七十一話 『三大罪人』
誇りある死より恥辱に満ちた生を。
当時の魔王のその一言で、世界を二分しかかった大反乱の首謀者三人は
処刑もされずに生かされる事となった。
それが、『三大罪人』なるものが生まれた理由だという。
妖精族の長、『百戎王』。
人間が作った武器兵器、その悉くを自在に操り、
一人で千の戦士を相手にしたとされる。
鬼人族の長、『悪鬼王』。
不死身とも思える無双の肉体の持ち主であり、
この男も千を相手にして疲れすら見せなかったという話だ。
そして……巨人族の長、『山嶽王』。
文字通り山の如き巨体に変貌し、
彼が行軍するだけで村は潰れ、軍は壊滅したという。
「……そんな危険な奴等、
生かしたままでまた反乱されるとは思わなかったのか?」
羽膳からの簡単な説明を聞いてみれば、そう思わずにはいられない。
何というか……強い弱いの話じゃない。
人というよりは、地震や雷のような自然災害の類に聞こえる。
「そうさせない為に服従印を刻んだのだそうだ。
勿論、生半可なものでは効果が無いからか、特別製のを全身にな」
(また服従印か。この事件、本当に服従印に縁があるなぁ)
ただ、そういう事なら逆徒がそんな大物を引っ張り出せた理由も知れる。
「……もしかして、その服従印の解除を条件に、その『山嶽王』とやらを
逆徒は仲間にしたのか」
「可能性としてあるが……そもそもそう簡単に解除出来るものではない。
もし解除出来たとして、そうまでして戦えるかどうかも怪しい
老人を引っ張り出したというのも考えにくい」
「……あの護衛の人の見間違い、とでも言うのか?」
「もしくはこちらの聞き間違いか……
それとも、あの言葉には別の意図があったのか。
更に言えばな、厳容様は『三大罪人』の事など一言も仰ってなかった」
(……そうか。守護もその場にいたんだよな。
そんな危険な奴を見たのなら、真っ先に言ってくれてもいい筈だ)
羽膳の考えを聞いて、もう一度『さんだ ざい』という言葉について
思索にふけってみる。
残念ながら、その思索は何処にも辿り着く事はなかったが。
「……というかだ、ど……左衛門佐様から聞いていないのか?」
羽膳は思い出したかのようにそんな事を聞いてきた。
「遠鬼から……? そんな奴等の話は聞いた事はねぇけどな。何故だ?」
「『三大罪人』の一人、『悪鬼王』は鬼人族だ。
……噂でも聞いた事はないのか?
数年前、その『悪鬼王』が統べる村ごと滅ぼされた。
やったのは事もあろうに自分の孫らしいというな……」
騒乱の始まったその夜が明け、迎えた朝は意外な程に穏やかだった。
最初に目を覚ましたのは俺で、遠鬼と月陽はまだ寝息を立てている。
宿に備え付けられた窓からは日光が差し込んでおり、
そこから流れる喧騒も昨日聞いたものと変わらない。
昨日の話が嘘のように思えてくる。ただの悪い夢だったんだと。
(人間が……破裂……ね)
だけどそれは充満する血の匂いと共に、脳裏にこびり付いてしまっていた。
聞いてすぐは正直それがどういう事かよく分かってなかったと思う。
月陽の涙もあってか動揺していたし、
目の前で起きてる事を処理するのに手一杯だった。
だけど今は違う。昨日の襲撃で何が起こったのか、
その知りたくない部分まで十分理解が及んでしまっている。
(襲い掛かって来た人間を護衛の人が殺すと破裂したって訳だ。
……つまりは、殺された魔族と同じ、
もしくはそれ以上の数の人間も死んでいるんだよな)
単純に考えれば、逆徒とかいう魔族は百人の人間を誘拐し、
それを使い捨ての武器として使っているという事になる。
(……こんなふざけた話に、
月陽を関わらせちゃいけなかったんじゃないか……?)
昨日の月陽の涙を思い出す。
俺だって月陽にあんな顔をさせたい訳じゃなかった。
(でも……だったらどうすれば良かったんだ?
俺はあの時……あの護衛の人を見殺しにするべきだったのか!?)
横で眠る月陽を見れば、その寝顔は穏やかなものだ。
……俺は、今日は出来る限り長く眠っていて欲しいと思う。
起きてしまえばまた昨日のように、怪我人を救えなかった罪悪感に
苛まれるかもしれないからだ。
それを思うと居心地の悪さを感じ、仕方なく俺は部屋を出る。
かといって行く場所など特になく、どうしようかと
困っていたら思い出した事がある。
このあざみ屋は……大きな風呂が有名な高級宿だ。
絶対に入ろうと思っていたのに、色々あって昨日は入りそびれた。
だからこそ今日はゆっくり浸かろうかと思う。
こんな朝からは湯が張ってないかもしれないが、
それなら水浴びだけでもいい。とにかく気分転換に何かしたかった。
「あれ……界武君じゃない! 朝からお風呂?」
別に風呂は貸し切りじゃない。
更に言うと、お金を支払えば宿泊客じゃなくても風呂にだけは入れるらしい。
だから、先客がいる事ぐらいは想定していたが、
それが女性……しかも顔見知りだとは誰が想像出来るものか。
「……ちょっと見に来ただけなんで帰る。ごゆっくり」
幸い春夜さんは服を脱ぐ前だったので、速やかに退出しようとするが……
その腕をがっしりと掴まれた。
「恥ずかしがらなくてもいいんじゃない?
大きなお風呂だしね……二人で、入りましょう」
……俺の腕は痛いぐらいに強く掴まれている。
春夜さんの口調もどこか迫力があり、
昨日の夜とは種類の違う恐怖に背筋が寒くなる。
「こ、これから鍛錬だから風呂に入る意味が無いんだよ。
だから本当に見に来ただけ。じゃあさよなら……」
「別にね! 夕方も風呂はやってるから……!
二回入ればいいじゃない……ね!」
(なんでそこまで必死なんだよ……風呂に入るだけじゃないのか!?)
そして二回入るのもいいが、そのどちらもこの人と一緒には入りたくない。
何か……何かこの人の気を逸らす方法はないだろうか。
「あ……そ、そういえばさぁ春夜さん、『悪鬼王』って知ってるか?」
咄嗟に思い付いたのは、昨日の夜に遠鬼に聞きそびれた話題。
苦し紛れの手だったがその効果は絶大で、
こっちから振り払うまでもなく春夜さんの手が俺の腕から離れた。
「……それって、遠鬼から聞いた話じゃないよね?」
「えっと……そうだけど。やっぱり春夜さん達の村の事なのか?」
「そう。私達の村はね、大罪人の村って呼ばれてた。
それが嫌だった訳じゃないけどね……居心地だって悪くなかったし」
春夜さんの視界にはもう俺は映っていないだろう。
恐らくは……滅んでしまった故郷を幻視しながら喋ってる。
その表情が徐々に悲痛に染まるのを見て、俺は慌てて話題を変える。
遠鬼はともかく、春夜さんに気軽に聞いていい話題じゃあなかった。
「それじゃあさ、『山嶽王』の事は知ってる?」
「『山嶽王』……? そりゃ話ぐらいは聞いた事あるけど、
会った事は無いかな。というか、もう死んでるんじゃないの?」
「それがさ……どうもこの近くに来てるみたいなんだ」
別に口止めをされてもいなかったからと、
昨夜の出来事を春夜さんに話す。
「そんな事が……私の寝てる間にあったんだ」
「そう。それで遠鬼と月陽はまだ寝てる」
「遠鬼の奴は寝坊助だからそれが理由じゃないと思うけど……
今の『山嶽王』の話、遠鬼にはした?」
「いや……結局あの後宿に戻ってすぐ寝たから、まだ話してない」
いい事を思いついた、そう言いたげな春夜さんのしたり顔。
「それじゃあさ、遠鬼が起きたらすぐに教えてあげなさいな」
「え? そりゃいいけどさぁ、そんな事したら遠鬼なら絶対……」
「そう、絶対に『山嶽王』に勝負を挑みに行く筈。
そいつが昔どれだけ強かったとしてもさ、今はもう九十の爺なんでしょ?
それなら遠鬼が倒してくれるんじゃない?
どうせアイツは暴れる事しか能が無いんだから、
せめて私達の役に立つように暴れてもらわないと……!」
それで共倒れしてくれたら最高ね、と春夜さんは嬉しそうに笑う。
春夜さんは相変わらずだなぁと呆れたが、言われてみれば悪い策じゃない。
どうせいつか遠鬼の耳には入るのだし、それなら早い方がいいだろう。
(……それに、これ以上逆徒とその『山嶽王』とやらを野放しにしておくと、
人間と魔族、両方の死人が無駄に増えるだけだ)
そう考えれば、むしろ遠鬼に暴れてもらった方がいいという気がしてくる。
ついでに逆徒を捕まえてもらえば、
弁明するまでもなく身の潔白は証明されるわけだし。
そして……月陽がこれ以上辛い思いをする前に、事を収めてもらった方がいい。
そう……それが絶対にいい筈だ。
「ありがとな、春夜さ……」
「でも……『閃刃』様も襲われてたりはしないよねぇ……」
礼を言って別れようと思ったが、その言葉が春夜さんの独り言とかち合った。
それだけなら別にどうって事はない。だけどその独り言の内容に、
不穏な何かを感じてしまった。
「延老さん……? 延老さんってまだこの近くにいるのか!?」
「え? そうね……守護様に引き留められてたとかで、
つい最近までこの新坂におられたけれど……あっ!」
「な……何だよ、春夜さん?」
「『閃刃』様、確か守護様と一緒に新坂を出て行った筈。
なのに……どうして、昨日の話で出てこなかったの!?」
「え!? いや、俺はそれ初めて知ったんだけど……って、まさか!」
(守護を逃がすために残ったっていう護衛が二人いたって話だったよな。
もしかしてその内の一人が……延老さんだったり……しないよな!?)
「春夜さん、ありがとっ!
ちょっと調べる事が出来たわっ!」
ここにはもう用は無かった。確認しなきゃいけない事に、
伝えなきゃいけない話……とにかく色々出来てしまった。
「え!? あ、ちょっとお風呂は……!」
春夜さんのその言葉に当然返事はしない。
聞こえなかった事にするのが、多分一番後腐れが無い筈だ。
俺は宿を出て、今一度守護屋敷へと向かって走る。今回の一件、俺の中ではもう
遠鬼の弁明だけで終わらせていいものじゃなくなってしまったからだ。
魔族と人間、その区別なく悪戯に屍を積み重ね、延老さんまで危険に晒し、
果てには月陽に悲しい思いをさせるっていうのならばだ。
(止めなきゃいけない。『偏愛逆徒』か『山嶽王』、どっちでもいい!
さっさと首謀者をとっちめて、一刻も早く終わらせなきゃいけない……!)




