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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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七話 大きな布

「何だこれ……これ以上前は進めないって事か」


あれから隠れて逃げてを繰り返し、どうにか距離を離しはした。

だがその逃走先に現れたのは開けた場所だ。着いてみれば、

そこは開けたというより、何もなかった。赤く染まる綺麗な空。

うっすらと見える山影に、日が沈もうとしていた。

その綺麗な情景が眼前に広がる理由、それはこの先は何もなかったから。

森はおろか、それを支える地面ですらも。


崖、というらしい。切り立ったその先から下を見下ろすと、

とんでもない高さだという事が分かった。


(どうすっかな……退路も断たれちまった)


とにかく、あの爪長男を倒せばいい。鬼の方はもう追って来てないだろうから、

あいつ一人倒してしまえばこの場を凌げる。


(また木の上からの奇襲……しかないかねぇ)


あれならバレない限りは確実に倒せる。

俺は引き返して隠れるのに適当な枝を見つけると、前と同じ要領で登る。

足が痛いから蹴りじゃなくて殴ってみようとか、もしバレた時の為に

もう一手間何かしておこうとか、とにかく色々考えてたら

あの爪長男がやってきた。


こういった奇襲では隠れてしまえばもうする事は何もない。

というか何もしない方がいい。だから息を潜めて待ち構えていたが……

俺が隠れる枝よりも五歩は離れた場所から、

あの長い爪が俺目掛けて振り下ろされた。


急いでそこから飛び降りる。その枝ごと俺を切り裂く一撃を、

それでどうにか切り抜けた。負傷中の左足から着地するのは避けたいと、

降りる際にも原始魔術を使い、左手と右足、魔術の腕二本。

それでどうにか降り立った。


「危なっ! ……っていうか、どうしてバレた!?」


「血の匂いでなぁ、お前の隠れてる場所はバレバレだったよ!」


勝ち誇る爪長男。それを悔しがる俺。

どうやらもう血が止まりかけている脇腹の傷が俺の居場所を

晒してたんだそうだ。自分の血の匂いなんて分からないから

盲点には違いなかった。


「分かったよ……降伏、降伏する。かくれんぼはこれで終いだ」


後ずさりながら両手を上げる。だがそんな俺をも警戒してか、

爪長男はなかなかこちらに寄ってこない。


……だけど、俺が隠れていた枝の下までは来てくれた。

今はそれで十分だ。


「ちなみにさ……さっきの攻撃、枝ごと切るつもりで打ったんだよな?」


「……あ? それがどうかしたよ?」


「なのに俺だけが落ちて枝が落ちない理由は何だ?」


俺は、ひそかに切れた枝を掴んでいた、魔術の腕をかき消した。


これはもしパレた時のもう一手間だ。俺が隠れていた枝に、

魔術の腕を一本グルグル巻きつけておいたんだ。

魔術の腕は切られようとすぐ繋ぎ直せるのを利用し、

枝が切られてもすぐ繋ぎ直した。それであの爪長男が真下に来たら、

枝を支えるその腕を消してしまえばどうなるか。


爪長男の頭上に太い枝が落ちる。ゴツリと、

こっちからも聞こえるくらいの重い音が響く。

後は簡単だ。その不意の一撃を受けた瞬間なら、俺が何をしようと

対応できる筈もない。


上げた両手を振り下ろすと同時に生み出した二本の腕を、

爪長男の顔に向けて叩きつけた。


枝の下に倒れ伏したまま動かない男を見て、俺は安堵のあまり座り込んだ。


「あ~……疲れた」


もう一生分は戦った気がする。これ以上は流石に無理だ。

左足は勿論、脇腹の方もじくじくと痛む。

さっきまでの逃走で体力も使い果たしているし、

出来ればどこかでゆっくり休みたい。


(とはいえ……)


俺は後ろに広がる崖の下をもう一度のぞき込むが、

ちょっとここから落ちて五体満足な自分、というのを想像できない。

魔術の腕を思い切り伸ばしても届く距離じゃないし、

やっぱり落ちたら死は免れないと思う。


「そういえば、落ちる時の速さについても、

 姉さんが何か言ってたような……」


勿論落ちる気なんて更々無いけれど、

貴重な姉さんの記憶を取り戻せそうな気がしたんで、

何とか思い出そうとしてみた。







「重力加速度っていうのがあってね?」


「もう何から何まで分からないよ、姉さん」


重力っていうのも、加速度っていうのも意味不明だ。

というか、姉さんが教えてくれる事の大部分はその時の思い付きで、

算数を教わった次の瞬間には漢字を教えられたりする。

もう慣れてしまいはしたけど、もうちょっと話題の飛ばす場所には

気を遣って欲しいといつも思う。


「この世界が地球と同じと仮定すると、9.8m/s2なんだけど……」


「また来た! めーとるとか、まいびょうとか……

 聞いた事も無いのは分からないと言ったじゃないか」


「ここ尺貫法に48刻法だからね……私の知識全然通用しない」


「通用しないんなら、覚えても仕方ないよ」


「そういう訳に行かない! 物理の基礎の基礎の筈だし、

 忘れたらニュートン先生に怒られるから……」


また知らない人の名前が出てきた。後で聞いたが、

姉さんも会った事はないらしいが凄い有名人らしい。


「まあ……簡単に言うとね。こう、芋が落ちるでしょ?」


そう言うと姉さんは手に持った芋を落とす。

コトンと音がして芋が落ちたが……食べ物は粗末にしないで欲しい。


「とにかく、物が落ちる時はね、大体同じぐらいの間隔で

 どんどん速くなる。大雑把に言うとそういう事」


「えっと……それつまり、落ちる高さが高ければ高いほど

 速く落ちるって事だよね?」


「いや、そういう事でもないの」


「どういう事だよ……言ってる事滅茶苦茶だよ」


「空気抵抗っていうのもあってね……まあ、簡単に言うと、

 際限なく速くなったりはしないで、適当な速さになると

 それ以上は速くならないの」


「う~ん……それってさ、例えば人が落ちる時はどれくらい?」


また一生使う事のない知識が増えたと思った俺は、

せめて使うかもしれない知識に落とし込もうと思いそんな事を聞いた。


「メートルと時間使わないと説明できないけど」


「じゃあいいや」


「即答ね……でも、実はそんな信じられない程速くはならない筈。

 空の上から飛び降りても、物凄い大きな布を広げた中央に落ちたら

 怪我もしなかった、っていうスタントをテレビで見た事があるから」


「布? それはまた随分と頑丈な布だね……」


すたんととてれびっていうのには突っ込まない事にした。

どうせ聞いても分からないに違いないんだ。







思い出せた記憶はここまで。役に立ちそうでやっぱり立たなかった。

そんな頑丈で大きな布がここに無い以上、崖を降りて逃げるのは無理だ。


なら崖を迂回しようかと辺りを見渡した時……視界に動くものが見えた。

恐らくは追手だと思うけど、問題は俺を取り囲むように幾つもの人影が

見えてしまったという事だ。







対策を考えている内に、包囲は狭まってしまった。


「ようガキ……さっきはよくもやってくれたな」


包囲の先頭に立つのは鋼牙だった。

随分と殴らせてもらってる筈だが、それでも追って来てるって事は。


「お前……もしかして殴られるの好きなのか?」


「んな訳あるか! ホント憎たらしいガキだな……!」


激昂するかと思ったが、意外と余裕がある。

挑発して隙を作る案はまず消えた。


「それじゃあそうだな……牧場で起きた事をちゃんと話す前に

 確認しておきたいんだけど」


「……何だ?」


「正直に話したら俺の手や足を食べないでくれってのは……駄目か?」


「駄目だ。両手両足売約済みだ」


「ひっでぇ……」


懐柔も無理そうだ。それなら残る手はあと一つ。


「そういやさ鋼牙、お前ならここから落ちたらどうなるんだ?」


崖を指さし聞いてみた。


「そんなこと聞いてどうする?」


「いや、俺なら間違いなく死ぬんだけど、お前なら大丈夫かと」


「馬鹿が。こんな高さから落ちたら、空でも飛べん限り誰でも死ぬよ」


「……そっか」


この答えを聞いて安心した。こいつらは大きな布さえあれば

どんな高さから落ちても助かるってのを知らないんだ。


「じゃあ……これで、俺の勝ちだ」


俺を包囲する全ての魔族に背を向けて、俺は崖の先へと飛び出した。







落ちながら地に向かって両手を伸ばす。思い描くのは布の代わりになり得るもの。

それは十個ほどは肘があろうかという長い腕。

要は衝撃を吸収し、速度を落としさえすればいいんだ。

だから俺は持てる力の全てを込めて、その長い腕を作り出す。


崖の下、その地面に実体を持つ幻の手が届く。その直後から一つ目の肘が曲がり、

今度はその肘が地面に着く。次は二つ目の肘、それが曲がれば三つ目の肘と、

順々に曲げていく。肘が地面に着く度に重い衝撃が腕を伝って肩にぶつかり、

五つ目が曲がった時にガツリと音がして右肩が外れる。

六、七、八と肘が曲がる度に俺の体が地面に近づき、併せて速度も落ちていく。

九……十、次に届くは俺自身の手。右手に力が入らなかったからか

地表間近で体が右によれ、俺は右半身から地に叩きつけられた。







……今度は右肩が痛い。痛いが、痛いって事は生きてるって事だ。

大きな布代わりにするにはちょっと無理があり過ぎたかもしれないが、

とにかく賭けには勝ったんだ。


そして、いつまで待っても追手が降りてこない事を悟って、

勝利の余韻に浸りつつも俺は目を閉じた。


とにかく今は休もう。本当に……疲れた。

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