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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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六十八話 初戦

月陽はあの野盗の根城での生活を楽しいと……幸せだと言った。


これまでの生活についてはざっくりと聞いているんで、

それに比べればまあ……幸せなんじゃないかとは思う。


それはいい。月陽が幸せなのはいい事だ。

ただ、あれから俺は自分に問いかける事が多くなった。

その質問はその時その時で細部は違えど、まあ大体同じものだった。


「俺は幸せなのか? あるいは、恵まれて……いるのか?」







今の生活は楽しい。遠鬼は変な奴だが悪人って訳じゃない。

特に俺達が子供だからか、それを保護する大人としての役割を

言わずとも担ってくれている。


月陽だって可愛い奴だと思う。勿論容姿がどうこうって意味じゃなくて、

いや……容姿も可愛いとは……思うけれど。

とにかく、世間知らずで我儘に思える事はあっても、

少しずつだけど我慢する事を覚えつつある。

多分、この調子で色々と学んでいけば、ちゃんとした社会性を身に着けた、

綺麗な女性になるんじゃないかな、と思う。


綺麗な女性……春夜さんも悪い人じゃあないと思う。

良いのか悪いのか、俺へは並々ならぬ好意を向けてくれているし。

ただ、俺が人間だなんて知らないからの好意には違いなく、

だからこそ今もあまり関わり合いになりたくないのは変わらない。


だけど、よくよく考えればだ。もし俺達が魔族同士だったとしても、

知られれば嫌われるかもしれない秘密の一つや二つ、

抱え込んでても不思議じゃないのかもしれない。

そしてそんな秘密は普通に付き合う分には露見しないだろう。


……だったら、春夜さんとはこれからもずっと人間である事を知られずに

付き合っていけると考えてみればいい。

……うん、それならとてもいい人だと思う。

後は遠鬼と仲直りをしてくれればうるさくなくていいんだけど……

これは無理だろうなぁ。


話を最初に戻す。

結論としては、今の俺は幸せだと思う。

周りの皆も癖はあるけどいい奴ばかりだ。


ただ、恵まれているのか……と言われると、それは違う気はする。


牧場で食用として育てられ、上手く逃げおおせてからも戦いどおしだ。

ついこの間も両腕を折られる酷い怪我を負った。

そして遠鬼が言うように、これからも多分ずっと戦いどおしになるだろう。

つまりはずっと……これからもずっと、

あんな痛い思いをし続けなければならない訳だ。


そうなる理由が俺自身の所業にあるのなら仕方がないと諦めはつくかもしれない。

ただ……こればっかりは違う。その原因は俺の出自だからだ。

俺がこの世界で魔族に従わない人間だから、こんな目に遭う訳だ。


生まれてすぐ意志を縛られ、次に姉を奪われ、挙句に記憶と右手の自由も失った。

そして今までも、これからも戦いから逃れられる事は無い。

こんな人生が……恵まれている訳がない。


なら……この世界で恵まれてるって奴は、どんな生き方をしてるんだ?







たとえば遠鬼や春夜さん。

今はどうか知らないけれど、それでも子供の頃は

俺や月陽よりずっと恵まれてたんじゃないだろうか。


たとえば延老さん。

子供の頃からずっと戦いどおしだったらしいが、

左近衛中将となってからは護衛や後進の指導ばかりをやっていたらしい。

その時はまぁ……恵まれていたと言えるんじゃないか?


う~ん……この三人はちょっと違う。

色々と酷い目には遭ってるだろうから、純粋に羨ましいとは思えない。


なら俺から見て羨ましいと思えるような、恵まれてる奴って何だろう?


それはたとえば……その出自に誇りを持っていて、

幼い頃から挫折も無く優等生として過ごし、

社会にも認められ高い地位に就いている。

そして、上物の服を着て、上から目線で人を諭して恥じもしない……。


そう、それは丁度目の前のいけ好かない奴の事に違いなかった。







延老さんと戦った時の一割程度しか強化出来てない魔術ではあったが、

それでも普段の心許ない四肢からは得られない全能感に満たされる。

その勢いに任せての左右の拳打からの左回し蹴り。

普段の倍は鋭く強烈である筈のその連撃は、羽膳に掠りすらしなかった。


「ちょ……ちょっと速すぎるぞテメェ!」


「速い……? 違うな、お前が遅すぎるんだ」


羽膳の前蹴りが急に視界を覆う。

咄嗟に振り上げた左手がその蹴り足を跳ね上げる。

だが安堵する暇もなく右からの頭部を狙う回し蹴り。

その蹴り足を受け取らんと右手を上げたが、それを待っていたかのように

羽膳の足は上段から中段へと軌道を変えて俺の脇腹に突き刺さった。


「いってぇぇぇ!」


右脇腹を押さえながら、苦し紛れに左手で掴みかかるがそれも空振り。

あの羽を一振りするだけで、羽膳の体は信じがたい加速を生み、

一瞬の間に十歩は距離を離された。


「……おかしいだろ、その羽! 何をどうしたらそんな速度で動けんだ!?」


延老さんの体捌きも凄まじい速さだったが、それとは速さの質が違う。

四肢の動く速度はそこまででもないが、あれが羽ばたく瞬間に限り、

羽膳はとんでもない速度で動き、

その全身が文字通り視界から消えてなくなってしまう。


「これが鳥人族の誇り、空の支配者の証だ。

 俺がいる限り、鳥人族を腰抜けなどと誰にも言わせない!」


「俺は腰抜けとは言ってねぇよ! ただ小さいってんだよ!

 お前揚力の公式知ってるか!? 重たいものを飛ばすにはなぁ、

 それなりに大きな翼が要るってんだよ!」


「ならそのようりょく……とやらが間違ってるのだ!

 俺はこの翼で空を飛ぶのに不自由した事などない!」


「畜生……実際飛んでやがるから否定しづらい……!」


ならばと俺は羽膳に駆け寄る。


(こうなったら捕まえて揚力の仕組みを解き明かしてやる……!)


「その羽いっぺん調べさせろぉっ!」


「御免被るっ!」


羽膳は直立したまま、ただその羽を一払いした。


唐突に巻き上がる風が砂埃を纏って俺の視界を塞ぐ。


「なっ、何だこの風……!」


たまらず両手で目を庇ったが、これじゃあ当然前方は見えない。

だから、突っ込んできた羽膳の横蹴りに気付いたのは、

その衝撃に元いた場所までふっ飛ばされた後だった。







……痛い。

腹の痛みは勿論だが、ここまでふっ飛ばされた際の衝撃も

俺の全身を痛めつけていた。

強化魔術の恩恵が無ければそのまま昏倒していただろう。


「目潰しってのは、卑怯じゃねぇのか……?」


悪態をつきながらも立ち上がる。

だが……腹部の痛みは酷く、立ち上がりはしたものの呼吸が整わない。

これだと羽膳に駆け寄って殴りかかるのは無理だ。


「翼を一払いしただけだ。

 卑怯な振る舞いなぞした覚えがない」


そんな窮地に苦しむ俺を尻目に、

羽膳は跳ねるように駆け出したかと思えば羽ばたきを重ねてさらに加速する。

そしてその速さのままに空へと駆け上がった。


「その痛みならもう動けんだろう!?

 俺の方からそっちに行こう! 空からだがまあ気にするなぁ!」


その宣言の後、背面宙返りで加速をつけて上空から飛びかかってきた。


「上空からって……どう防御すんだよ延老さんっ!」


延老さんから学んだ格闘術は、あくまで地に足を付けた相手を想定してのものだ。

当然、あんな攻撃への対抗策など学んでいない。


(こうなったら試作品でも使うしかないか……!)


上空からの襲撃を防ぐ為に咄嗟に作り出した魔術の枕。

透明の原始魔術の袋に空気を詰め込んだそれを二つ、

左右の腕に貼り付けて羽膳の攻撃を待ち構える。


(でも……正直これは使いたくなかった)


試作品だからその耐久性に不安があるのは勿論だが、

この魔術の枕、衝撃に耐えられない場合は……!


空中からの飛び蹴りをその両腕で受け止める。

俺の両腕を骨まで痛めつけた延老さんの後ろ蹴りにも勝るとも劣らないそれを、

その衝撃まで受け止めきった。だが……。


バァン! けたたましい破裂音が響く。

勿論耳を塞ぐ事まで考えてなかったから、その音に心臓が飛び上がる思いをする。


しかしその音に俺より驚いた者がいた。

俺と同じく間近でその音圧の被害を受けた羽膳だ。

最初の跳び蹴りの後に続ける筈だった連撃を外し、

空中で縺れるように体勢を崩した。


「め……面妖な真似をっ!」


羽膳は何とか態勢を整え、慌てて距離を取った。

絶好の反撃の機会だったかもしれないが、

俺の方もあの破裂音にたじろいてそれどころじゃなかったのが残念だ。


だが……その実力差故に勝ち目の見えなかったあの羽膳にも弱点があった。

挫折を知らぬ優等生なのだろう。予想外の出来事には存外弱そうだ。


(意表を突く攻撃って奴も……俺の得意分野だからな!)


「ならその面妖な真似って奴に、もうちょっと付き合ってもらおうかぁ!」


包帯で固めた右拳に魔力を込める。


「強化魔術で殴りかかるだけが俺の戦い方じゃないんでね……

 むしろこっちが本命だからなぁ!」


銀の魔力がその拳から迸る。その稲妻を見せびらかすかのように振り回し、

未だ宙に浮く羽膳へ向けて言い放つ。


「延老さんすら受け止めきれなかった銀の原始魔術だ!

 受けられるもんなら受けてみろぉ!」


俺は右手を振り下ろす。それに合わせて銀の雷光が羽膳を打ち据える……

そう思っていた俺だが、その右手には衝撃が届かない。


(避けられた……!? アイツ、銀の腕より早く動けるのか……!)


羽膳を見据えれば、いつの間にやら俺の直上の空に移動している。

その位置を嫌って右手を振り回すが、

銀の魔腕は一度だって羽膳には当たらなかった。


「……悪いが、そんな遅いものを受ける気にはなれん。

 もう少し速く動かせないのか?」


ご丁寧に挑発までしてくれやがる。

あの憎たらしいすまし顔をいつかボコボコにすると誓い、

今は負け惜しみを吐いてこの場を凌ぐ。


「悔しい事に今はこれが限度だよ!

 お前こそもうちょっとゆっくり飛んだらどうだ!?

 こんないい天気なんだからよぉ!」


俺の攻撃の速度の限界を知れたからか、

羽膳は笑って勝ち誇る。


「そうか、ならお前に勝った後にそうさせてもらう!」


その羽膳の油断を見て、俺は内心ほくそ笑む。

……嘘は言っていない。銀の原始魔術の速度は、今はこれが限界だ。


(だけど、お前の速度を落とす事なら出来るんだよなぁ……)


「なっ……!?」


何故か急に落ちる速度。それで揚力が保てなくなったか、

羽膳は慌てて地表に向かう。


「足に何かが絡みついてっ……!

 な、何をした界武っ!」


「銀の腕に注意をひきつけてる間になぁ、

 透明の腕を使ってお前の足に魔術の布を貼り付けておいた!

 今はそいつが空気を捉えて、碌に速度を出せない筈だ!」


速く動けないのならば、羽膳の小柄な体などは

銀の腕で簡単に叩き落せる……!


「落ちろぉっ!」


振り下ろした銀の鉄槌が、確かに羽膳に叩き落とされた。







当たった筈だ。俺の銀の腕は、確かに羽膳を撃ち落とした筈だ。

だが……何故だろうか? 羽膳の頭上に青白く光る薄い板がある。

それが銀の腕を拒み、羽膳に当たってすらいない。


「……防壁の魔術。俺の得意魔術の一つで……

 これを破って攻撃出来たのは、未だ衛蒼様ただ一人だ」


地に降り立っていた羽膳は、その腕で頭上を庇う事もなくそう言った。

先程の狼狽が演技だと思えるほどに、それは冷静な口ぶりだった。


俺は流れる冷や汗を無視し、強がりだけをどうにか口にする。


「へぇ……頑丈なのな、それ。

 そんなの使えると知ってたら、もうちょっと強く殴ったんだけどなぁ」


今の俺が使える、最も威力の高い攻撃がこうも容易く防がれた。

その動揺を隠す事が、この強がりに出来たのだろうか?


「次は俺の番だ。先の卑怯な一撃への返礼として、

 少し真面目にやらせてもらう」


羽膳は両手を組んで頭上に掲げた。

漆黒の両翼が高々と上がった次の瞬間に、

俺の銀の腕が吹き飛ばされるようにかき消えた。


つまり……今、羽膳の頭上に何かがある。

俺の透明の腕のように見えない何かがあるのだ。


聞けば、風の音がする。渦巻くような風音が、

あの翼の上から聞こえるのだ。


「今からコイツを叩きつけるが……

 この風圧、さっきの面妖な防御魔術で防げるとは思わん事だ」


(風を……武器にしているのか!?)


その言葉通りなら、今羽膳の上空に渦巻くは人を容易に叩き潰す風の塊だ。


……何だそれは? 魔術とはそこまでの事が出来るのか!?

そして……。


(あの羽膳は……それ程に強いのか!)


感じたのは絶対的な力量差。

だがそれでも心だけは退くまいと、俺は大声を張り上げた。


「先に卑怯な目潰しをしたテメェが言う事かぁっ!」


振り下ろされた黒い翼。


頭上から迫りくる吹きすさぶ風の塊、

その恐怖に抗わんと両手を掲げる。







そこで、意識が途切れた。

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