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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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六十六話 好敵手

「しかし……あれですな、呼び方が各々異なっているのは面倒ですから、

 この場では遠鬼殿に統一しましょうか」


今更な話かもしれないが、厳容がそう提案する。

恐らくは、『閃刃』を立ててそう呼ぶ事にしたのだろう。


「では……俺も『閃刃』様を呼ぶ際は従四位様とお呼び致します」


実は羽膳も地味に気になっていた。厳容が従四位様と位階で呼んでいるのに、

自分はずっと通り名を使っていた。


この辺りの礼儀は少々ややこしく、基本は官職名で呼ぶ習わしだが、

官職を辞した者も位階まで失う訳ではない為、その際は位階名で呼ぶのが普通だ。

だが戦士は少し話が違って、

武勲により付けられた通り名で呼ばれるのを好む者もいる。

つまりはこの場合どちらでもいいと言えばいいのだが、

羽膳としては厳容を立てておかなければならない。

一国の守護と侍所の所司代では、職としての格が違うのだ。


「どちらでもいいのですけどね。平素は延老と名乗っておりますし」


『閃刃』はそう言って笑った。


「では話を遠鬼殿に戻しましょうか。

 これまでの話を合わせて考えますと、遠鬼殿は確かに怪しい。

 その行動の全てが逆徒の企みを助けていると言えますからな。

 ただ……それならば王都で右兵衛督殿を倒し、

 左衛門佐に任じられる所まで逆徒の企みの内という事になりますが……」


そこで厳容が視線を『閃刃』に向ける。

王都での話について一番詳しいのは『閃刃』だからだろう。


「有り得んでしょうな。王都での騒動も、

 それを魔王様が観戦なされた事も、そのような企みが及びようもない

 偶然の産物としか言えません」


春夜の話によれば、『閃刃』は『同族殺し』に会って

数日共に旅をしていたとの事だ。

その際にその為人をしっかり確認したからだろうか、先程から『閃刃』は

『同族殺し』がこの件については関わりが無い事を確信しているかに見える。


「つまりは……遠鬼殿はただ強い者を見れば戦いたくなる悪癖があるだけで、

 逆徒とは無関係に……ただ方々で暴れていた、という事ですか」


「でしょうなぁ……」

「でしょうね」


羽膳の問いに厳容と『閃刃』の答えが重なる。


楼京での捜査で浮かび上がった二件の牧場荒らし。

ただの点でしかないと思っていたそれらが

『同族殺し』を介して線として繋がったその時、

これが逆徒が描く企みの一部となっていると信じて疑ってなかった。


それがどうだ。丹波国に来てからは、『同族殺し』を知る者全てに

こうして否定され続けている。

流石の羽膳もちょっと自信を無くしかけていた。


「……という事は、話に上がった二件の牧場荒らしについても、

 逆徒の企みとは関係がない、と見た方がいいのでしょうか……」


だからそう気弱に聞いてしまっていた。


「いや、流石にそれは早計というものでしょう。

 むしろその二件は遠鬼殿のせいで調査が進んでいないとも言えます。

 新坂に戻りましたら黒樹林の牧場は勿論ですが、

 先程の話にもあった一年前に荒らされた牧場についても再度調査致しましょう。

 逆徒の企みの一端が暴かれるやもしれませんからな」


辣腕だと聞いていた厳容だが、流石に話が早い。

既に今回の事件への対策を幾つも考えているようだ。


「確かに。どちらも遠鬼殿が関わっていないのならば、

 他に真犯人がいる筈なのです。

 特に黒樹林の牧場はかなりの強者が犯人とみて間違いない筈ですからな。

 逆徒とやらが真犯人であると見てもいいのでは?」


『閃刃』に至っては、そんな独自の推理まで披露した。

その反応に二人からの気遣いを感じた羽膳は、思わず……。


「ありがとうございます!

 幕府としては管領様が来られてから本格的に捜査を開始する事となりますが、

 今後もご協力をお願いいたします」


そう、感謝の言葉を述べていた。







それからも三人の会議は続き、幾つかの方針が立てられた。


まず厳容だが、丹波国守護の立場と職権を使っての

捜査協力を担当する事となった。

その為にもまずは急いで新坂に帰り、牧場荒らしの捜査は勿論だが、

人手を使った逆徒の捜索を指揮する事となる。


次に羽膳。一足先に新坂に帰り、春夜が連れてくるという

『同族殺し』の監視役をする事となった。

これは、厳容からのたっての要望によるものである。

今度こそは揉め事を起こして欲しくはないらしい。気持ちはよく分かる。

そして衛蒼が来てからは、その指揮の下に動く事となるだろう。


後は……。


「そういう事ならば、朝廷にも事のあらましを

 伝えておく必要があるでしょう。

 山城国でも警戒が必要でしょうからな。

 その役を担ってもいいのですが……それは別の者でも出来るでしょうし、

 私はここに残って守護様の護衛でも致しましょうか?」


『閃刃』としても看過は出来ぬようで、そう協力を志願してきた。


「それは是非にとお願いしたいところなのですが、

 私の護衛は他にもおりますし、

 これ以上従四位様のお手を煩わせるわけには……」


そう言って恐縮する厳容。


「そうですか、残念ですなぁ……。

 では、羽膳君のお手伝いでもする事にしますかな」


今度は羽膳が恐縮する番だ。

誇り高き伝説的英雄に仕事を手伝わせるなどあってはならないからだ。


(誇り高き、伝説的英雄か……)


だが、そこで羽膳は思い出す。

『閃刃』に確認しなければならない事があった筈だ。

だがそれは……英雄にとって不名誉な事ではないだろうか。

その誇りを汚しはしないだろうか。

その思いが躊躇いを生む。


(だがこれも仕事だ、聞かなければ……いや、違う。

 俺は……聞きたいんだ。従四位様が敗北を喫したという話、

 その真実を……)


そして羽膳は口を開いた。


「お手伝いをお願いする事は出来ませんが、

 その代わりに聞きたい事があるのです。

 先程お伝えしましたが、俺は新坂で春夜という名の女性に話を聞きました。

 その内容が真であるか、従四位様に確認したいのです」


「春夜殿の話の内容……ですか?

 となると、もしや私と界武君の勝負について、ですかね?」


嫌な顔をされるかと思ったが、意外にも『閃刃』の表情は明るい。


「はい。庭にて一度、従四位様の絶技を拝見した今となっては

 やはり戯言としか思えぬのですが、その勝負にて……その……」


「はい。私は敗北いたしました。

 それはもう見事に、自身の未熟を自覚させられましたとも」


躊躇いもなく、『閃刃』は敗北を認めた。


「な……何故です!? そんな筈が無いでしょう!

 従四位様の剣技の冴えを見れば分かります!

 これまでの戦績も伺っておりますとも!

 だから分かります、貴方が未熟であろう筈が無い!」


取り乱す羽膳に向ける『閃刃』の顔は、それまでと変わらずの好々爺だ。


「剣に優れていればいいというものではなく、

 経験を重ねていれば成熟しているというものでもないのです。

 私は確かに、あの勝負にて界武君に未熟を自覚させられました。

 それこそが敗因なのです。界武君は力や技ではなく、

 心で私を凌駕したのですよ」


「そんな馬鹿な……! いや、もしそれが正しいとしても、

 その敗北は貴方の誇りや経歴を汚すものになりはしないのですか!?」


当人から直接聞いたとて、羽膳はそれを受け入れる事が出来ない。

勝負から逃げ続けた事を誇った他の鳥人族を認められないように、

子供に負けた事を良しとする英雄の姿も正視に堪えなかった。

 

「笑う者がいるでしょうし、蔑む者も出てくるでしょう。

 ですがそれは私の何も損ないはしません。

 負けたのならば、また強くなればいいだけの事ですよ」


「俺のような者ならそれでいいんです!

 ですが従四位様は……誇り高き……魔族の……英雄ではないですか……」


何故かは分からないが、羽膳はどうしようもなく悔しかった。

その『閃刃』を負かしたという界武という少年を憎いとすら思った。

……目尻に溜まる涙が、その惰弱さが許せなかった。


「……羽膳君は、今は何歳でしたかね?」


悔しさに震える羽膳に、『閃刃』は何故か年齢を聞いてきた。


「……十四です」


「界武君とかなり年が近いですね。確か十二歳と言っていた筈ですから」


十二歳。羽膳が鳥人族の里を抜け出した歳だ。

当時の羽膳は、己の力量も図れない馬鹿者に他ならなかった。


(そんな歳の少年が、本当に従四位様を心で凌駕出来るのか……?)


そんな訳がないと思う。

だが……もしそんな事が出来る少年がいるのなら、それは……。


「このままだと、新坂で会えるかもしれませんね。

 もしそうなったら界武君と話をしてみてはどうでしょう?

 いや……戦ってみるのもいいかもしれませんな」


そう言った『閃刃』の笑みは、一瞬ながら戦闘狂の凄みを垣間見せた。


そうだ。戦って倒してやらなければならない。

その未熟を、思い知らせてやらなければならない。


(……この羽膳こそが、

 次代の英雄である事を刻み付けてやらねばならない!)


羽膳はその直感から確信していた。

たとえ将来どれだけ強くなろうとも、どれだけの戦果を挙げようともだ。

その界武という少年との勝負に勝利しない限り、

自分を誇り高き英雄だと認める事は出来ないだろうと。


「では従四位様。この羽膳が貴方の仇を取ってきましょう。

 それで……よろしいですね?」


それを聞いた『閃刃』は、哄笑の後に答えた。


「勿論。若者が切磋琢磨するのはいい事ですからな。

 ただ……簡単に勝てるとは思わぬ事です」


落葉、花南、虎鎧……侍所の同僚達は強かった。超えるべき壁ではあった。

衛蒼は上司であり密かに師と慕う先達だ。今は超えようという気すら起きない。

逆徒も『同族殺し』も、いずれ打ち倒すべき敵ではあるのだろう。

だが……それだけだ。それ以上の意味は羽膳の中には無い。


羽膳はかねてからずっと欲していた、鳥人族の自分こそが打ち倒すべき敵を。

かつては人間にそれを求めていたが、

叶わないと知った後には風化するのみだったこの想い。


それが今、かつてない程に燃えている。

顔も知らぬ好敵手を思い、羽膳は羽を震わせた。

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