表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
63/198

六十三話 被衣

自分が誰かに説教垂れる程偉くなったなんて思っちゃいない。

だけど、それでも遠鬼の春夜さんへの態度はあまりにも酷い。


……というか、多分遠鬼のこの態度は春夜さんに対してだけじゃないだろう。

強くない者や守る必要のない者に対しては常にこういう対応なんだ。

それで構わないと遠鬼は言うのだろうけど、

俺はやっぱり良くはないと思う。魔族の掟に従って生きるのはいい。

でも、それと無駄に敵を作らないという生き方は両立できると思うんだ。







聞きたくない事だからと無闇に聞き流すな。


何でも直截に言えばいいってもんじゃない。相手を慮って言い方を選べ。


掟が大事なのは分かったけど、それを押し付けるんじゃなく、

他者の大事なものも尊重しろ。


地べたに大人しく座る遠鬼に、俺はそんな説教を繰り返した。


「分かった、分かった……。

 まあ……出来る範囲で、どうにかする」


ややぐったりしながらも、遠鬼はそう言って降伏した。


「それならまず、春夜さんに言う事があるんじゃないのか!?」


俺はともかくとしても、五年間ずっと蔑ろにされ続けた春夜さんこそは、

遠鬼の謝罪を受ける権利がある筈だ。


「春夜に……? そうか……」


遠鬼はのっそりと立ち上がる。

そして遠鬼の説教される様を茫然と眺めていた春夜さんに近づく。

相変わらずも面倒そうにのっそりと近づく遠鬼に、何故か構える春夜さん。

そして後一歩でぶつかってしまいそうな、

それぐらいの距離にまで近づいて遠鬼が口を開いた。


「春夜」


「な……何!?」


「俺もどうせいつか死ぬ」


「……そりゃ……そうでしょ」


「だからその時は、お前の目の前で死ぬよう気を付ける」


(……何だそれ?)


傍から聞いていただけの俺ですら首を傾げた。

村を滅ぼした件を詫びるでもなく、

また今まで蔑ろにしてきた事を謝るでもなく……。


「……何よ、それ」


奇しくも、いや……当たり前というべきか、春夜さんの反応も俺と大差なかった。

その春夜さんの涙声に、遠鬼の返事は変わらず抑揚が無い。


「何も含んではいない。そのままの意味だ」


「じゃあ今死んでよ!」


「無理だ。する事がある」


「何なの!?」


「色々あるが……まずは、新坂に行ってあの馬鹿野郎に弁明をする。

 界武達にまで迷惑は掛けられんからな」


激昂しかけた春夜さんは、その言葉に毒気を抜かれたかのようになる。

流れかけた涙も引っ込んだか、目尻に溜まったまま零れる事は無かった。


「……あなた、変わったよね」


「そうか?」


「……もういい。勝手にすれば。

 その代わり、さっきの言葉、忘れないで」


切なそうな瞳を閉じ俯いて、春夜さんはそう言った。


「分かった」


それでどうやら会話が終わったらしく、しばらく沈黙が続いた。


(えっと……これでいいのか?

 まあ、当人同士がいいって言ったんだから、いいのかねぇ)


俺からその沈黙を破る事は憚られたんでぼうっと突っ立っていたら、

遠鬼がこっちを向いた。


「界武。これでこの話を一旦締めて昼飯の準備をしよう。

 多分……そろそろ限界だろうしな」


「……限界? 何がだ?」


「それは……」


「界武君ッ!」


広場に響く高い声。その声の主は間違いなく……。


「……月陽が俺達を待つのが、だ」


……なるほど。でもせめてもうちょっと早く教えて欲しかった。

月陽と春夜さんを会わせるのは拙い。

そもそも春夜さんは以前月陽と会っている。

人間だって事はとうに知られている筈だ。


「……誰?」


春夜さんが声の方に視線を向ける。それを遮ろうと体を動かしたが、

春夜さんの表情を見るにどうやら無駄な努力だったらしい。


「月陽……えっと……あの……」


だから俺も仕方なく、声のした後ろの方へ振り向いた。


そこには、簡素な被衣(かつぎ)をかぶった可愛い鬼人族の女の子がいた。

俺と同じように角を守る額当てを付けた、紅い眼の女の子。

それは言うまでもなく月陽の筈なのだ。

だがその印象が普段とはあまりに異なっていた。


印象が異なるとは言うが、衣服は特に変わらない。

いつも着ているぶかぶかの野盗のお古を、

無理矢理帯で締めあげて何とか着こなしている。

そこまでは変わらないのに、頭に付けた角付き額当てが

鬼人族らしい勇敢さを纏わせており、

そして何よりも……髪の上からかぶる濃い鼠色の被衣が、

月陽をまるで別の女の子であるかのように仕立て上げていた。


「界武君! いつまでその女の人と話してるの!?

 もうお昼なのにご飯もまだだし……

 それに、遠鬼も呼びに行ったまま帰ってこないし!」


その可愛さとは裏腹に、機嫌はかつてない程に悪い。

普段は楽しそうな表情しか見せない月陽のそのあまりの剣幕に、

俺は恐怖などではなく新鮮な驚きを感じていた。







説教される側に回った俺が、ごめんを五度ほど繰り返した後だろうか……。


「界武君、その子……誰?」


そんな呆れ気味の春夜さんの視線が痛い。

だが……今の言葉で一つ気付いた事がある。

春夜さんが気付いていない。以前延老さんが運んでいた人間の少女、

それが目の前で怒りに任せて俺を叱責している少女と一致していない。

特徴的な容姿を持つ月陽ではあるが、その大部分が被衣に隠れているし……

何よりも、以前とは全く印象も違うからだろう。


「あなたこそ、誰!?

 私は界武君の姉の月陽です! 姉弟の事に口出ししないで!」


「……姉? 本当なの、界武君?」


「えっと……そ、そう! 確かに俺の姉……の月陽だ。

 ここに来てから一緒に暮らしてるんだ」


それならもう月陽の主張に流されてしまうしかない。

月陽は俺の姉で、俺と同じく鬼人族の女の子。

それで押し通そう。どれだけ疑われようとそう言い張ろう。


「ほら聞いたでしょ!? 界武君は私の弟なんです!

 分かったらもう私の界武君に近寄らないで! どっかいって!」


「……いや月陽、弟は姉の所有物じゃないからな?」


「界武君はその女の味方をするの!?」


「いや、味方とか敵とかじゃなくて……」


駄目だ、多分今の月陽には言葉が通用しない。

しかも俺への怒りはともかく、春夜さんへのそれは敵意に近い。

何故か会わせたくないと思ってはいたが、それは正しかったようだ。

……ただ、もう遅すぎてはいるが。


「……月陽、その辺りで勘弁してやれ」


叱られっぱなしの俺を見かねたか、

それとも月陽と春夜さんの確執を避けようとでも思ったか、

遠鬼から助け舟が出される。


「遠鬼、でもさ……!」


「界武もほら、月陽に言う事があるんじゃないのか?」


「……言う事?」


謝罪の言葉はもう十分に伝えた。微塵も効果は無かったけれど。

他に何を言う事があるんだ、と視線で遠鬼に伝えると、

遠鬼の返事も視線で返ってくる。


えっと……その視線は、月陽のかぶる被衣に向いている気がする。


(……ああ!)


分かった。確かにこれは言っておかないといけなかった。


「月陽、その額当てと被衣……良く似合ってる、可愛いな」


「え!? えっと……そう?

 えっとね、遠鬼に付けてもらったんだけど……」


「いやほんと似合ってるよ。

 何というかさ、凄い可愛くてびっくりしたよ。いいと思う」


「そう……そっかぁ、それなら良かった!」


先程までの形相は何処にやら、

容姿を褒められて月陽の表情がすっかり蕩けている。


(……十の謝罪の言葉より、一の賛美の方が効果があるっていうのは、

 なんか……理不尽だな)


勿論言葉には出さない。無駄に月陽を怒らせる事もなし。


「……ならそろそろ飯にしよう。

 この後の事はそれから話す。界武、月陽、食事の準備を手伝ってくれ」


「おう、分かった!」


丁度腹も減っていた。その遠鬼の提案に真っ先に乗る。


「手伝うって、私は何をすればいいの!?」


月陽もいつもの楽しそうな表情に戻っている。

食事の準備すら、月陽にとっては遊びと何ら変わらない。


「えっと……遠鬼、私は?」


置いてけぼりにされかけた春夜さんがそう聞くが……。


「……ややこしくなるからそこに座って待っててくれ。

 食事が出来たら持っていく」


これ以上月陽と一緒に居させても面倒事しか起こらない。

そう判断した遠鬼が無情にも切り捨てた。


「……分かった」


不服そうな春夜さんだが、俺もその遠鬼の判断に逆らわない。

心中謝りつつも、遠鬼達と一緒にそそくさと家に戻った。







「……で、どうするんだ?」


焼きあがる猪肉を見ながら、俺はそう聞いた。


広場で待ってる春夜さんをどうしようか、と聞いた言葉だったが、

受け取った遠鬼はもっと先の予定について聞いてるものだと思ったようだ。


「飯を食べたら出立の準備だ。糧食、衣服に路銀も揃えんとな」


「いやそれよりも春夜さんを……って、路銀って何だ?」


「金だ」


「……金? 金ってもしかして……お金の事か?」


「それ以外の何がある……というか、金を知らんのか?」


お金。聞いた事はあるが見た事はない。

何でも大きな町ではそれを使って物を取引するらしいが……。


「……界武君、お金見た事が無いの?」


家に帰り、額当てこそ外さないものの被衣は脱いでいた月陽が言う。

竈の火加減を見ていた筈だが、今は不思議そうな顔でこっちを見ている。

どうやら月陽の価値観でも、お金を見た事が無いというのは奇異であるらしい。


「見た事は無い。けどどんなものかは知ってる」


「……ここに二戸前の蔵があったろう。

 一つはいつも使ってる食べ物が入ってる奴だ。

 もう一つは特に用事も無いんで開けてなかったが……」


「その中に、お金があるのか?」


「金もそうだが、上物の服に武器や防具、雑貨などもある。

 月陽に羽織らせた被衣もそこから取ってきた」


「そう! 界武君が可愛いって言ってくれたこれ!」


月陽はそう言うと嬉しそうに、また被衣をかぶって見せつけてくる。

……うん、印象は異なれどこれはこれで可愛い。


「じゃあ……そこから旅に必要な物を持ち出すわけだ」


「そうだ」


「荷台は……野盗が使ってたやつがあるか。

 だとしてもそれを引く馬がいないような……」


「春夜の馬を借りればいい」


「……じゃあ、やっぱり春夜さんと一緒に旅をする事になるのか」


「そうなる。そして当然月陽を一人ここに置いていく訳にもいかんからな」


「俺と月陽に、遠鬼と春夜さんの四人になる訳だな」


ここでやっと俺の聞きたかった話題に戻ってきた。でもどうやら遠鬼はもう、

春夜さんを含めたこの四人でここを出るつもりでいるらしい。


「……私、あの女の人嫌い!」


さっきまで上機嫌だった月陽が頬を膨らませている。

理由までは分からないが、とにかく月陽と春夜さんは相性が悪い。


「月陽、別にアイツを好きになれとは言わんが、あまり邪険にはするな」


そんな月陽に、遠鬼が年長者らしくそう諭す。


「でも……!」


「でもじゃない。何だったか……そうだ、

 お前の考えを押し付けるんじゃなくて、相手を慮って話せばいい」


(いや、それ俺がさっき言った事じゃないか……)


遠鬼はそれを他人への説教に活用する事にしたようだ。

……出来れば、今後はそれを自身の言動にも反映させて欲しいのだが。


「……分かった。押し付けない」


不承不承ながらに月陽は頷いた。


「よしいい子だ。……界武、肉の火加減はどうだ?」


「え? あ……拙い、ちょっと焼き過ぎてる!」


慌てて鉄鍋から猪肉の切れ端を拾い上げる。


(……うん、この黒いのは俺が責任もって食べるか)


焦げた肉を皿の端に寄せる。

食べられる場所は全部食べないと、この猪にもそうだし、

解体してくれた月陽にも申し訳が無い。


「肉はこれで全部焼けたぞ。麦飯はどうだ、月陽?」


「えっと……火加減は大丈夫そう。だけどもうちょっと時間かかるかな?」


「そっか……なら……」


肉だけでも春夜さんの待つ広場に先に届けるべきか。

だが……そうなると、竈を監督する立場の遠鬼が動けないから、

届けるのは俺か月陽、もしくはその両方という事になる。


(……駄目だ、どうやっても月陽が機嫌を悪くする気しかしねぇ)


「……麦飯が炊けてから、皆で広場に行こうか」


「分かった!」


嬉しそうに頷く月陽を見て、これでいいと思い込む事にした。

そうだ。誰だって面倒事は出来る限り先延ばししたいに違いないんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ