六十二話 弁明と叱責
「とまあ……そういう訳らしくて。
このまま特に弁明も無いようなら幕府最強の男が
遠鬼を殺してくれるって寸法よ」
……話を聞く限りでは遠鬼を探しているとは言っていたが、
殺すとまでは言ってない筈だ。
そんな春夜さんの願望も若干含んだ凶報だった。
「遠鬼、確か黒樹林の牧場荒らしはやってないって言ったよな?」
どうも遠鬼はさっきから機嫌が良くない感じがする。
春夜さんが言うところのエイソウさんとやらにいい印象を持ってないようだ。
「……言った。その場所すら知らん」
「じゃあその……『偏愛逆徒』とやらに心当たりは?」
「会った事も無い。服従印も刻まれた覚えはない」
だろうな、と俺も思う。
ずっと一緒に居たのだから容易に理解できる。
どう見たって誰かに操られて動いていた感じじゃなかった。
「……じゃあさ、お前の疑いって冤罪じゃあないのか?」
そういう事になる。
そりゃあ……それ以外の余罪は一杯ありそうだが、
少なくとも今掛けられている疑いに関しては潔白の筈だ。
「そうかもしれん。だがそんな事はどうでもいい」
法にちっとも重きを置いていない遠鬼ではあった。
それは知ってはいたが……法を蔑ろにするという事は、
どうもそれに付随する罪すらもどうだっていいらしい。
「いや……どうでもよかぁねぇだろ……」
俺なら自分のやってもいない事で咎められるのはたまらない。
「どうでもいい。それよりも大事な事がある」
「えっと……何だ?」
「あの馬鹿野郎が新坂に来るという事だ。
それも俺に勝負を挑みに来てくれるらしい」
そう言って猛々しく笑う。
……ああ、機嫌が悪そうだと見ていたがどうもそれは勘違いで、
もしかしたら遠鬼は、さっきからずっと闘気が抑えきれないのか。
「馬鹿野郎? それって……」
「衛蒼さんの事。『楼京の守護者』、『幕府最強』……他にも、
『法の執行者』なんて通り名もあった筈。
とにかく強くて、法や秩序を守る事にかけては魔族随一ね」
春夜さんが代わりに答えてくれる。だが……。
「ごめん、ちょっと想像がつかない。
そもそもさ、俺の周りってそこまで法に厳しい人が居なかったからさ」
ならず者とか無頼とか……とにかく、そんなんばっかりだった。
そんな俺を不憫にでも思ってくれたのか、
春夜さんが懇切丁寧にその衛蒼という人の事を教えてくれた。
種族は鬼人族。身の丈は六尺程度でやや細身。髪や目の色は青系で肌も白い。
一見ただの優男だが、その実信じられない程に強い。
年齢は遠鬼や春夜さんより一つ上の二十四。
(……ん? という事は遠鬼と春夜さんは同じ二十三歳なのか)
まあ大体それ位かなぁと思っていたから特に驚きも無いっちゃあないけれど、
はっきり知ったのは今が初めてか。
それはとにかく衛蒼の話だ。
まずその衛蒼が住む町である楼京は、この世界で最も大きい。
そういう事もあってそこに住むならず者の数もまた世界最多だそうで、
ずっと治安が良くはなかった。
そんな楼京の町で育った衛蒼は、
元服も待たずに町の治安を守らんと役人になった。
その当時からとにかく強く、楼京中の力自慢を片っ端から叩き伏せては
法の遵守を誓わせたらしい。
結果楼京で衛蒼に逆らえる者はいなくなり、
町は平和な繁栄を謳歌しているとの事。
そしてそうした功績が認められてか……
つい最近、いきなり将軍の次に地位が高い管領という職に抜擢されたという。
「……つまり、すご~く偉くて強くて、しかもいい人って事?」
そういう風にしか聞こえない。
少なくとも法に従い平穏に生きる普通の魔族にとっては、
文字通りの守護者様なんだろう。
「そうね。その若さを問題視する人はいるけど、
その人格と能力を疑問視する人は幕府のお偉方にもいないって話」
春夜さんもそうだし、魔族の偉い人達も俺と同じ印象を持ってるそうだ。
「……遠鬼、全然馬鹿野郎じゃないじゃないか」
「馬鹿野郎だ。
法と秩序こそが全て。それが何もせずに守られるのなら
力とて本来必要では無い……俺の前でそう抜かしたのだ。
魔族の風上にも置けん」
……うん、遠鬼の言いたい事は大体分かった。
そして、その意見が当てにならない事も十分に察せた。
だから俺は春夜さんと話を続ける。
「……でも、そんなに法に厳しいんならさ、
やっぱり冤罪も嫌うんじゃないのか?」
「そりゃあ勿論そうでしょうね。
遠鬼と違って話が通じない訳でもないし、
多分アイツがちゃんと弁明すればお咎めなしにしてくれるとは思う」
「弁明……ねぇ」
チラリと遠鬼の方を見る。
いつもと変わらずの不愛想で椅子に座っているが……
あ、膝に添えた手が踊るように動いている。何だかちょっと楽しそうだ。
「遠鬼、お前弁明する気は……?」
「無い」
即答。それを聞いて春夜さんも満足げだ。
「それなら遠鬼、さっさと新坂に来なさいな。
そこで二日も待てばお目当ての衛蒼さんが来てくれるから」
「そうだな」
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
遠鬼が戦うのも、それで春夜さんの敵討ちが果たされるのも
しょうがないのかもしれない。
だけど……その勝負の所以がただの誤解っていうのはちょっと違う気がするのだ。
それに何よりも……遠鬼が弁明しないのなら、多分非常に困った事になる。
「遠鬼、お前はちゃんと弁明しろ!
その後に戦うのはお前の勝手かもしれないけどな、
それでもお前に掛けられた疑いだけはしっかり晴らしてくれ!」
「……何故だ?」
「ちょっとは考えてくれ。
お前にそんな変な疑いが掛かってるって事はだな、
お前の仲間である俺達にも同じような疑いが掛かってるって事なんだよ!」
そうだ、俺はともかく月陽もそのように思われて、
幕府に追われでもしたらたまらない。
二人静かにこの場所で生きていくなんて、夢のまた夢に終わってしまう。
「……む」
俺達、という所で俺の言いたい事を察したんだろう。
遠鬼は言葉に困って悩み始めた。
「そこで悩まないでくれ。何が大事かはお前だって分かるだろ?
その衛蒼って人と戦いたいのは分かったよ。
でもな、その理由作りに俺達を巻き込まないでくれ」
「……分かった」
「え!?」
遠鬼が素直に従った姿に、
春夜さんが信じられないものを見たかのような驚愕の表情。
だが余程の驚きだったのか、そこから言葉を失い無反応だ。
だから申し訳ないけれど、そんな春夜さんは無視して遠鬼と話を進める。
「じゃあ今から弁明の内容を考えてくれ。後さ、
いつもみたいに自分の言いたい事だけ言えばお咎めなし……
なんて期待しないでくれな。
話を聞く分には凄い大事件らしいじゃないか。
ちゃんと説得力を持った弁明をしないとどうしようもないぞ」
「そうは言うがな……
実際その牧場には行ってないし、その変な拘束魔術師も知らん。
それ以上何を言えばいい?」
「それを証明してくれる人は?」
「いない……いや、一人いる」
「お、誰だ?」
まさか、そんな証言をしてくれる知り合いが遠鬼にもいたんだろうか。
少なくとも俺がコイツと知り合ってからはずっと一人だった筈だが……。
「界武、お前だ」
「……ん? 俺!?」
「そうだ。お前とはその牧場荒らしの時ぐらいからの付き合いだ。
それなら何か分かるんじゃないのか、俺が件の牧場荒らしじゃない事も、
『偏愛逆徒』とやらと会ってもいない事も」
「……そうか、言われてみればそうなるのか」
確かに、俺はあの牧場で遠鬼と出会ってはいない。
更にあの後ずっと一緒に……いや、数日離れてもいたけれど、
それでも俺が知る限り、遠鬼は右目を隠した男と会ってもいない。
いや、でも……。
「俺はお前の仲間だからさ、庇って嘘を付いてると思われるんじゃないか?」
「そうなのか、面倒だな……」
良い案だと思っていたらしい。遠鬼は見るからに困り果てている。
(ん……ちょっと待てよ。
俺の証言の正しさを保証してくれる誰かがいれば、
今の遠鬼の案で押し通せるんじゃないのか?)
「延老さんだ!」
思わず俺は叫んでしまった。
「……『閃刃』がどうした?」
「だからさ、延老さんなら俺が嘘を言っていない事を信じてくれると思うんだ。
そうしたら俺の言葉の説得力も増すんだよ。
何しろあの人、左近衛中将まで上り詰めた……って、あれ?」
そこで思い出した。そういえば遠鬼も官位持ってなかったか?
「遠鬼、お前左衛門佐じゃなかったか?」
「そうだ」
「管領と左衛門佐ってどっちが偉いんだ?」
「分からん。だが基本的には朝廷の官職に幕府の役人は逆らわん筈だが……」
「それだよ!」
思わず脱力しかけた。……そうか、そんな事で良かったのか。
「遠鬼、まずは自分が左衛門佐だと訴えるんだ。
それでさっき言ったように、遠鬼が何もしていない事を説明しよう。
勿論俺もそこで自分の見た事を喋ってもいい。
それでも信用されないなら、今度は延老さんを頼るんだ。
それで……多分上手くいく」
「そうか。じゃあそれで」
やっぱり衛蒼という人と戦いたいのか、遠鬼はどこか投げやりだ。
とはいえ、どうにか弁明の段取りも付いた。
「よし……それなら急いで新坂に行かないとな……」
こうなったら俺も付いていかないと不安でしょうがない。
だがそうなると、月陽をどうするのか。……うん、色々と問題が山積みだ。
そうしてこれからの事に頭を悩ませていたその時だ。
「ねえ……これは夢なの? 一体何が起きてるの?」
ずっと動かなかった春夜さんから、そんな震える声がする。
「ん? えっと……どうしたんだ、春夜さん?」
「……どうして、どうして……遠鬼が人の言う事を素直に聞いているの?」
春夜さんの目、その焦点が合っていない。
その震える声だってどうも俺や遠鬼に言っているようでもない。
余程信じられない事、もしくは衝撃的な光景でも見たかのような……。
「春夜……さん? いくら遠鬼でも、
ちゃんとしっかり説明すれば、話を聞いてくれると……思うんだけど……」
そこで俺も絶句してしまう。何故なら目の前の春夜さんが泣いていた。
表情は変わらぬまま、だけど目から零れる涙は留まる事もなく……。
「だって……だって……私が何を言ってもちっとも聞いてくれなかったのに。
どれだけ泣き叫んでも、ちっとも……耳を傾けてなんて……」
そこから先は、言葉になってなかった。
思わず俺は遠鬼を睨む。
「遠鬼……今までどれだけ春夜さんを蔑ろにしてきたんだ?」
「してきたつもりはないが……」
その言葉には嘘は無いんだろう。
つまりは、素で蔑ろに扱っていたという事だ。
「それじゃあこうはなんねぇよ!」
「……そうか。
そういえば界武、ちょっと思い出したんだが……」
「何だよ!?」
「春夜を手酷く振らなくていいのか?
なるべく関わり合いになりたくないんだろ?」
それを聞いて思わず項垂れた。
(……ああ、駄目だコイツ。
本格的に他人の事はどうでもいいと思ってる戦闘狂だ)
遠鬼自身の為にも、後勿論春夜さんの為にもだ、
この男はここでしっかり絞っておかないといけない。
「……遠鬼、お前地面に座れ」
「何故だ?」
「いいから座れ」
よく分からないままに地に座り込んだ遠鬼に向かって、俺は叱責を開始した。




