六十話 酒場と女戦士
衛蒼が丹波国に向かう事が決まってから、
まず羽膳が先行して新坂に行く事となった。
その気になれば早馬の倍の速度で半日は飛び続ける事が出来る羽膳であるが、
唯一の欠点として重たいものは運べない。
人ならば赤子がせいぜいといったところで、
衛蒼がいくら戦士としては小柄とはいえ羽膳の手には余るのだ。
その羽膳に課せられた役目は現地協力者との関係作りに情報収集だ。
四日遅れて到着するという衛蒼が動きやすくなるための場ならし、
と言ったところだろうか。
ただ、衛蒼から重ね重ね言いつけられたことがある。
「逆徒と『同族殺し』、この両名は見つけたとしても
くれぐれもこちらからは勝負を挑まぬように。
居場所をはっきりさせておくに留め、戦う場合は私が来てからとするように」
強さを信頼されてない訳じゃない。部下を大切にする衛蒼らしい判断だ。
だが、そのように言われてしまうとこう聞き返したくなる。
「……では、向こうから喧嘩を吹っ掛けられた場合は戦っていいのですね?」
その羽膳の問いには、軽く笑ってこう答えてくれた。
「羽膳に死なれたら困る。そうならぬようにだけ気を付けてくれ」
「死なぬように……か」
苦笑いに近かった衛蒼の顔を思い出しながら、羽膳はそう呟いた。
その羽膳の眼下に広がるは、新坂の大通りである。
上空から軽く眺めただけでも、通りに沿って大小様々な露店が見て取れた。
楼京のそれには敵わないまでも、かなりの賑わいを見せている。
(流石に、楼京のように関を飛び越えて入る訳にもいかないよなぁ)
楼京では既に名も役職も楼京中の役人に知られている事もあり、
関を気にせず自由気ままに空から出入りを繰り返している羽膳であるが、
新しく入る町などでは必ず関を通るようにと言いつけられている。
今回は管領様直筆の通行許可証までもらっている事もあり、
無意味に揉め事の種を撒く事もないと、新坂の手前の街道で一度地に降りた。
……旅人が多い。新坂に入ろうとする人々が列となって街道に並んでいた。
確か複数の野盗が一気に暴れだしたとかで
新坂以東の旅が禁じられていたと聞いていたが、そうは思えぬ混雑ぶりだ。
その関へと向かう列の最後尾に大人しく並び、ここ最近酷使し続けた羽を休める。
鳥人族はその羽ばたきのみで空を飛ぶのではなく、
種族特性とも言える飛行魔術を併用して空を飛んでいる。
だから長時間の飛行では体力よりも先に魔力が心許なくなる時もあり、
今も羽膳は軽い頭痛にやや気が滅入っていた。
ありとあらゆる種族が並ぶこの列ではあるが、
その中でもこの黒い翼は異彩を放つ。
流石に楼京のある播磨国ではそこまで珍しくも無くなったのか、
そこまで視線を感じる事はもう無いが、隣国であるここ丹波国では勝手が違う。
特に、装束から役人だと思われているだろう羽膳、
その権力にも物怖じしない子供達があからさまに視線を向けてくる。
(……懐かしいなぁ、楼京でも最初はこうだったっけ)
そう思いながら笑って手を振ると、子供の一人が寄って来た。
「……にいちゃん! にいちゃん空飛んでたよな!」
「ああ飛んでたよ。でもちょっと疲れたんで休んでるのさ」
「やっぱ大変なのか、空を飛ぶのって!?」
「大変なんだよ。だから普段は皆と同じに地面で生活してるよ。
空を飛ぶのは急いでる時だけだな」
「へ~そっか~」
人懐っこい子供が楽しそうに首肯していた。
気付けば、その後ろにも複数の子供達が寄って来ていた。
「えっと……君達はどうして新坂に来たんだい?」
普段はどうか知らないが、今はそこまで治安が良くは無いと聞いている。
それが子供達を連れての旅とは危険な気がしてそう聞いた。
「俺達か? 食い扶持を稼ぐ為に新坂で商売の手伝いに来たんだ!
この辺の村の子供達は畑仕事が落ち着くといつもこうさ」
「そうか……でも、野盗が出て危険だ、と聞いていたけど大丈夫だったか?」
「ん? ああ、悪い奴は全部『閃刃』様がやっつけてくれたって
役人様が言ってたよ!」
「……『閃刃』様?」
「にいちゃん知らないのか!? 最強の剣士様って話だぜ!」
後ろに控えていた子供の一人がそう大声で答えてくれた。
知っている。楼京に来てから教わった一般常識とされる知識の中に、
その人の事が含まれていた。『四代魔王の懐刀』とも呼ばれ、
この世界でも最強と目される近衛軍の猛者達すらも震え上がらせた
鬼教官だとも聞いている。
既に引退して久しいと聞いていたのだが、
その生ける伝説がまさか野盗討伐なんぞに尽力してくれたというのだろうか。
「その剣士様って……そうなると今は新坂にいるのかな?」
ついそんな事を子供に聞いてしまう。
会いたい、そう思ってしまったのだ。その誇り高き伝説的英雄に、
会って話がしたかったのだ。
「知らね。とにかくさ、その『閃刃』様が悪い奴を全部倒しちまったんで、
今はいつも以上に安全なんだってさ!」
……これは、非常に有力な情報ではないだろうか。
もし『閃刃』が新坂に留まっているのなら、
これから起こり得る騒乱に対しても手を貸してくれるかもしれない。
思いがけずに得たその情報に感謝して、
羽膳は子供達に羽を一枚ずつ配っておいた。
すると嬉しさのあまりかその羽を手荒に扱って
折ってしまった子供が一人泣いてしまった。
それをあやす為にとその子にだけもう一枚の羽根をあげたのだが……
それが、良くなかった。
途中から何故か大人も混じって随分羽を毟られた。
これぐらいならまだ空を飛ぶのに支障は無いとはいえ、
どうにも腕が細くなった気がして落ち着かない。
これも情報の対価だと諦めて、くたびれ姿で列に並んでいた羽膳だが、
ようやく関の手前まで来れた。
管領直筆の通行許可証を掲げ、関を守る役人に聞く。
「幕府侍所、所司代の羽膳という者だ。
丹波国守護、厳容様への取次ぎを頼みたいのだが、
如何様にすればよろしいか?」
許可証に認められた管領の名を見た役人達が俄かに慌ただしくなる。
少し待つと、この関の責任者らしき壮年の役人が現れた。
「所司代の羽膳様ですか。申し訳ありませんが、
守護様は今東に出ておられまして、
新坂に戻るのは二日後だと聞いております」
「東に……? 確か、以前から野盗が出ていて旅が禁じられていたとか。
今は既に討伐されたらしいが……」
「よくご存じで。その事もありまして
守護様が野盗に怯え暮らしていた住民達を慰撫するために
村々を回っているのです」
「ほう……それは見上げた守護様ではないか」
国によっては碌に野盗も取り締まらず、
住民を蔑ろにする守護もあると聞いている。
それに比べれば随分と出来た守護だと思う。
次期将軍候補として名が挙がるのも頷ける。
しかし……ならばどうすべきか。
現地協力者として真っ先に名の挙がった厳容への面会が難しいのであれば……。
「そうだ、それでは『閃刃』様はこの新坂におられまいか?
もしおられるのであれば、是非に面会を願いたいのだが……」
次の候補として考えられる『閃刃』との面識も得ておきたい。
とはいえ、その言葉には個人的な興味も多分に含まれていた。
「いえ、それが……『閃刃』……我々は従四位様と呼んでおりますが、
従四位様も守護様と共に東に出ておりまして……
こちらはそのまま王都に戻り、この新坂には帰ってこられないです」
「なんと、そうでしたか……」
「はい、住民の慰撫のついでとはなりましたが、
守護様がどうしても従四位様をお見送りしたいと仰りまして、
このような形になりました」
つまりは、現地協力者の最有力者が二名揃って
この新坂にはいないという事になる。
(どうする……いっそ、守護様を探しにもう少し東に飛ぶか?)
そうも思ったが、羽を犠牲にしてまで関に並んだ意味が失われるのも嫌だ。
……仕方がない。ひとまずは新坂で情報収集に励もうと考え直した。
「であれば、守護様が戻られるまでこの新坂で待とうと思う。
よろしければ宿などを紹介して欲しいのだが……」
そうして紹介されたあざみ屋に僅かな荷物を降ろし、羽膳は街に出た。
落葉程ではないにしろ、羽膳も人の話を聞く事が得意な方ではあった。
何しろ侍所の一員として文字通り飛び回り、
方々で人の話を聞いて廻る事がよくあったからだ。
(こういう大きな町だと、まずは酒場が順当かな……)
気のいい客に酒でも奢れば、聞かずとも色々な事を喋ってくれるものだ。
そう思いながら正面の大きな酒場の暖簾をくぐった。
「だ~か~ら~! 事情は知ってるけどちょっと遅すぎやしない!?
アイツと言ったらねぇ! いっつもこう!
思い通りに動かない事にかけてはねぇ、ほんっとうに天才的なのよ!」
「あ……姐さん、ちょっと飲み過ぎじゃ……」
「うるさい!」
「ぶへぇ!」
昼間っからご機嫌に出来上がってる女性が酒場で飲んだくれていた。
額にある角から容易に種族が知れる。鬼人族だ。
一緒に飲んでいるのは……いや、一方的に絡まれてるのだろうか?
とにかく、先程殴られて伸びている犬人族の男、
それと兎人族の男に女は……化猫族だろうか?
その四名が占拠する酒場の一角が外の喧騒にも負けず騒がしかった。
化猫族の女が今しがた殴り倒された男の頬をペチペチと叩く。
「あ~あ……伸びちゃったよ、どうする?」
「そのままにしておく方が幸せなのかもしれないですよ……
ここまで酷い絡み酒はちょっと経験した事ないですし……って、い、いてっ!」
「酷い~!? 酷いのはねぇ、遠鬼の奴よ!
今までの話聞いてたの!?
アイツったらちっとも私の言う事聞かないし……!」
鬼人族の女性にその長い耳を引っ張られて、兎人族の男が悶えている。
(うわぁ……)
口には出さないが、羽膳は心の中でそう呟く。
まだ昼間だというのにこの酒乱ぶりだ。
大きな町には必ず居るという、ならず者達なのだろう。
(あんまり関わり合いになりたくない面々だな……)
この四名には酒を奢ったとて碌な情報は引き出せまい。
それどころか……下手に絡まれると寂しくなった左右の翼から
さらに羽が毟られかねない。
そうは思った羽膳だが……何か気になる。
(あの鬼人族の女は、いつかどこかで見たような……気がするな)
楼京にいた二年の間に、見た事があるような気がするのだ。
そう思いながら、羽膳は声を掛けるでもなくぼうっとその四人を眺めていた。
「やっぱりさぁ、姐さんから『同族殺し』の弱点を聞き出そうって考えが、
そもそも間違ってたんじゃないかなぁ」
「そうは言いますが、我々も一応新坂最強なのですから、
やられっぱなしという訳にも……って、痛いです、姐さん!
耳を……耳を離してくださいぃ!」
(……『同族殺し』!?)
「ちょっと……ちょっとそこのお姉さん方!
今『同族殺し』の話をしなかったか!?」
反射的に声を掛けてしまった。
一斉に向けられた酒精に浸りきった視線にややたじろぐも、
羽膳はその四名の占拠する卓に近づく。
「なぁに、その黒い羽根は……アンタ誰よ!?」
「えっと……俺は幕府侍所、所司代の羽膳と……」
「お役人様なのぉ!? それならさぁ、さっさと遠鬼の奴をとっちめてよ!
それでザクっと首でも刎ねちゃいなさいよぉ……!
もう五年よぉ……五年……」
「あ、姐さん落ち着いて……!
多分楼京から来た偉いお役人様です!
お役人様ですよ、しかも偉いんですよ!?
下手すると刎ねられるのは姐さんの首になっちゃいますよ!
だから下手しないで……つ、ついでに耳も下手に扱わないで……って痛い!」
「お……お役人様、ちょおっと待ってくださいニャ。
姐さんはちょっと今日は悪い酔い方をしちゃっててニャ、
下手に近づくとあんな風に耳を毟られるかもしれませんよ……ニャ」
俄かに慌てだす兎人族の男と化猫族の女。
羽膳は彼等の首を刎ねる気は更々なく、
『同族殺し』の話を聞きたいだけなのだが……
「そ……そういう事なら、酔い覚ましに水でも奢らせてくれ。
それで少し落ち着いた後でいい、『同族殺し』の事を教えてくれないか?」
「『同族殺し』ですか……ニャ?」
「ああそうだ、先程貴方達が言っていたでは……」
「ああー!!」
唐突な大声に言葉が遮られた。
何事かと思えば、鬼人族の女性が羽膳を指差し驚いていた。
「アンタ……楼京にいた鳥人族の役人じゃない!?
そう、衛蒼さんの部下じゃなかった!?」
「ん……!? 貴方は衛蒼様を知っているのか……?
いや、そうだ確か貴方は……!」
羽膳は思い出した。あの時……将軍拉致未遂事件だ。
『同族殺し』に絡む形で騒動に巻き込まれた、鬼人族の女戦士がいた。
あの女性の名は確か……。
「春夜さん、だったか?」
「アンタは……コガイ、だっけ?」
「羽膳です」
そんな流れで、羽膳は妙な場所で、妙な相手に再会する事となった。




