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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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六話 鬼

右手が動かせないので多少面倒だったけど、

干し肉を森の中のとある木の根元に埋めておいた。

穴を掘っている最中何度も腹が鳴りはしたけど、共食いは御免だ。


しかし……左足に体重を掛けづらい。

途中拾った杖代わりの木の枝も人の重さに耐えるまでの強さはなく、

今使ってるのは三本目だ。そうやって歩く速度も落としながらも

更に一刻は森の中を進んだ。


「あ~……なんかもう面倒くせぇ」


だがそんな逃避行で士気が上がる筈もなく、肉体より早く

心が疲れ果て、何もかもどうでもよくなってしまった俺は

その場に大の字に倒れ込んだ。


足を怪我はしたものの、原始魔術の扱いに不安はなく、

一対二でもどうにか戦えた事からそれなりに自信も持てていた。

だからだろうか、ここで少し休もうか、なんて暢気な考えが浮かんだ。


(隠れてやり過ごそうにも、奴ら匂いで嗅ぎ当てるからなぁ……)


それなら無駄な労力をかけて隠れる必要もない。

多少目立つだろうがそれでもここで寝たまま少し休む事にした。

ひとまずは、追っ手の気配を感じ取るまでは休む。

そう決めてさっさと不貞寝に入った。







目を開けた。少し休む程度の気持ちだったけど、

寝入ってしまっていたらしい。木々に隠れて見える空は既に赤暗く、

夕方に差し掛かっているようだった。


「……太々しい奴だな、小僧」


いつの間にか俺の視界の隅にいた男が、呆れたような声を出す。


膝がむき出しになるほどボロボロの袴によつれた羽織。

肌は浅黒く髪は血のように紅く、強者の証として額に在るは二本の角。


「お前……あの時の鬼か。何でまたお前まで俺を追ってきたんだ?」


そう言いつつも体を起こして一伸びする。

……あの集落からだが、この鬼からは俺に対する敵意を感じない。

それでついついのんびり対応してしまうが、

こいつだって人間を食う魔族の一員には違いないんだ。


そう気を引き締め直し、左足に気を遣いつつ立ち上がる。

俺の身の丈はこの歳にしては大きめで、

五尺に届くかどうかという所だったと思うが、

その俺に比べてもこいつは遥かに背が高い。


七尺を超えるかと思える身の丈に、鍛えられた体には数え切れぬほどの傷跡。

だが痛ましさは感じさせず、むしろその身体の精悍さを際立たせてる。

見た目の印象から言えば、今まで見たどの魔族よりも強そうで、

右肩には武器らしき黒い棒を背負い、左には荷物袋を担いでいる。

表情は……よく読めないが、ちょっと困ってるような気もする。


「単に手伝わされている。正直気が乗らん」


何故追ってきたのか聞く俺も自分でふざけてるとは思ったが、

聞かれた鬼の回答もまたふざけてる。


「断りゃいいだろうが」


「奴等が言うにはお前が逃げたのは俺のせいらしい。

 誰に聞いてもそう言われたからな。そうなると手伝うしかない」


「ああ……そりゃ確かになぁ」


「だがまあ見つけた。これで義理は果たしたろう」


そう言うとこの鬼は大きく息を吸い込み……。


「ここにいたぞー!!」


空に向けて大声で叫んだ。


「うるっせぇぞ! 叫ぶならその前に一言注意しろ!」


たまらずこっちも大声で抗議するが、

聞く気はないんだろう。鬼は踵を返してこの場を去ろうとした。


「えっと……お前は俺と戦わねぇのか?」


この鬼は外見からは弱いようには見えないし、

実際蜥蜴男を一投げで昏倒させている。それが俺を見つけただけで

何もせず去るのを訝しんだ。


「……お前は俺より弱い。だから戦わん」


その言葉に少し怒りを覚えた。これでも魔族三人倒してるんだ。

見た目だけで弱いと思われるのは気に入らない。


「そう言わずにちょっと遊んでいけばどうだ?」


挨拶代わりに魔術で腕を一本作り、鬼の後頭部に叩きつけた……

つけた筈だが……当たらなかった。何故か途中で腕の形を保てなくなり、

薄れて消えてしまった。


「……あれ?」


「という事だ。お前は俺より弱い」


後ろを向いていようが俺が魔術を使った事は知られていたのか、

鬼はこっちを振り返りつまらなそうにそう言った。


その間にも三回、魔術の腕で殴りつけてみたんだが、

全て当たる前にかき消えた。

……意地になってもう二回ほど、今度は勢いを付けて殴ってみたが、

結果は変わらなかった。どうやら原始魔術をかき消す術を知ってるらしい。


「それちょっと卑怯だろ?」


避けるなり受け止めるなりするのはいいが、理由も分からず

かき消されるのは卑怯だ。とにかく卑怯だ。


「卑怯ねぇ……」


それならどう対応しようかと、鬼は腕を組んで考え始めた。その時だ。

そんな弛緩した空気を吹き飛ばすかのような大声が後ろから聞こえた。


「よおっ! まだガキを逃がしてないな!」


鋼牙とは違う狼人族の男、両手に長い爪を持つ獣人の二人組がやってきた。


「おっ! 足怪我してるみてぇだな! これは商品の右腕は貰ったかな……」


「俺は足の方が好きだから……あの怪我してない右足貰っとくか」


二人の魔族は俺のどこを食べるかまず当たりを付け始めた。

当然ムカつく。勝手に商品にされる謂れはない。

そして不思議な事に、その言葉を不快に思ってるのは俺だけじゃなかった。

あの鬼が二人組を不快感を込めた瞳で睨みつけていた。


「え……えっと……一対一なら文句ねぇだろ?」


その視線を恐れた狼人族は鬼に向かってそう言い訳した。

それを受けて鬼は黙って目を瞑る。どうやらそれで文句が無いらしい。

しかし……怪我してる人間の子供が一人に、

魔族側は三人もいるって事でやはり油断が過ぎる。

何故敵を前にして、よそ見なんかが出来るのか。


だから俺はその及び腰の狼人族の顎を、鋼牙と同じ要領でかち上げてやった。


「はいじゃあ次の相手!」


崩れ落ちた狼人族には目もくれず、長い爪を持つ獣人に狙いを定めた。







「このガキっ!」


流石にもう一回同じ手は使えない。

こちらを警戒するあの爪長男にも打ち込んだ魔術の腕は綺麗に躱された。

とはいえ距離を保って戦えるならこちらの有利は動かない。

ほら、あんな遠くから爪を振り回しても俺に怪我なんて……


杖代わりの木の枝が真ん中で切れたかと思ったら、俺の左脇腹もスパっと切れた。

杖が折られたせいでしゃがみこんでしまったが、むしろそれが良かったようだ。

見えない何かが俺の上を通り過ぎたのが風の動きで分かる。


「な……何しやがった、テメェ!」


「鎌鼬だよ。俺達の得意魔術でね……!」


あの爪を振るうごとに見えない刃が飛んで来るらしい。

俺は四つん這いになって跳ね回り、何とかそれを躱す。

左足が痛くて顔をしかめるが、切り刻まれるよりかはまだマシだ。


四度目の回避。俺のいた場所は土煙が上がり地が抉れる。

その土煙に紛れるように後ろに引き、木の後ろに隠れた。


「おいっ、それも卑怯だぞ!」


こっちの一撃は上手く当たっても昏倒させる程度の可愛いものなのに、

爪長男の攻撃は直撃すると死にかねない。この威力の差は酷い。

それに左脇腹は深く切られてはないものの、傷口が大きい分かなりの出血だ。


「卑怯も糞もあるか! 味が落ちる前にさっさと降伏しろ!」


俺が隠れる木の幹から衝撃が伝わる。恐らくあの見えない刃が幹を

切りつけているんだ。この木が切り倒される前に移動しなくては……!

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