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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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五十八話 凶報

添え木と包帯を勝手に取った事を咎められはしたものの、

両腕が完治した事自体は月陽から祝福してもらえた。


そして朝食と朝の運動を済ませた後、いつも通りに疲れ切って休む月陽を

家に置いて、俺は川の畔で遠鬼に米の作り方を教わっていた。


「で……水を入れなきゃいけないのか」


「そうだ。稲を育てる畑は水田と言ってな、大抵の期間水に浸しておく。

 川から水路を引いて水を溜めて置けるようにしておけばいい。

 こう……浅く掘って水路から水を入れる。

 最初は水が抜けていくかもしれんが、地を固めて水を入れる……

 それを何度も繰り返せばじきに水が溜まるようになる」


予想とはかなり異なった作り方のようで、麦のようにはいかないらしい。

しかもどうやら春から作り始めて秋に収穫する作物のようで、

作るにしてもどうやら来年からになりそうだ。


……そう、来年だ。

ここまでくれば流石に遠鬼もはっきりと理解しているだろう。


「……ここに残るつもりなのか」


俺には言いづらかったその言葉。

やっぱりというか、遠鬼の口からはあっさりと出てきた。


「……今のところは、そうした方がいいかなと、思ってる。

 ほら、月陽の奴はまだ全然世間知らずだし……

 いや勿論俺もそうなんだけどさ。

 それにしたってもうちょっと安心して外を歩けるぐらい強くなるまで、

 ここぐらいに安全な場所にいた方がいいと思うんだ」


無駄に饒舌だなと自分でも思う。

別に後ろめたい事は無い筈なのに、何故か必死に言い訳してるような気になる。


「お前の服従印を破った奴は探さないのか?」


「そ、それは……」


……また、変なところに気が付く男だ。

勿論気にはなる、気にはなるけれど……。


「月陽の身を危険に晒してまで探すもんじゃあないと思う。

 何事もさ、命あっての物種だよ。

 これから俺は月陽の命にもちゃんと責任をとるんだ。

 だから……避けられる限り危険は避けたいんだ」


「……そうか。それがお前のしたい事なら、それでいい」


(俺のしたい事……本当にそうか?

 月陽と二人で、ここで静かに暮らす……それが、本当に……)


勿論かかる火の粉は振り払わないといけない。

ここにいたって戦いからは逃げられはしないだろう。


でも……それでも、ここで過ごした十三日、

それが心地良かったんだ。幸せだったんだ。

そこに少しでも長く浸っていたいと思って……何が悪いんだ?


何故か湧いてきた自責の念を振り払わんと頭を振る。

……大丈夫。俺は正しい選択をしてる筈だ。


「なあ……遠鬼。

 お前は、いつここを出ていく気だ?」


俺の選択が正しいのなら、遠鬼がいなくなった後の事を

もっとしっかり考えないといけない。

そして、遠鬼から教わりたい事はまだまだあった。


「お前の怪我が癒えたのなら、明日にでも出ようと思うが」


「……そっか」


期限は、今日を含めて一日あるかないか。

それならまず、これだけはちゃんと教えてもらおう。

そう思い、俺は密かに握っていた物を見せて遠鬼に聞いた。


「それならさ、こいつの作り方を教えてくれよ」


左掌に乗せてあるのは二本の白い牙。


「それは……昨日の猪の牙か」


「そうだ。遠鬼も昔言ってたじゃないか、

 初めての狩りの獲物の牙は御守になるって」


あの時、月陽が猪の解体を頑張っていた姿を見て、

密かにこの二本を回収しておいたんだ。


ここで一度外してからはしばらく着けていなかったが、

寝床の棚の上に置いてある、俺の額当て。

それに付いてる物よりはやや小ぶりな牙ではあるが、

それが逆に月陽には似合いそうな気がしていた。


「月陽も解体を頑張ってくれただろ。

 ならあの猪は、月陽にとって初めての獲物だからさ」


「……それで、額当てを作るのか?」


「そうだ。もしもの時、月陽が人間だとバレるのは拙いと思うしさ」


それに……勿論、感謝の気持ちも伝えたかった。

少女への贈り物としてはちょっと厳ついかもしれないが、

それでも月陽は多分、嫌な顔などしないと思う。


「どうやって作ったか知らないけど有り合わせの材料で作った割には

 随分と丈夫だったからな。その秘密を教えてくれよ」


「秘密……」


また遠鬼が深く考え込んでいる。

その時零れてきた独り言を拾い取ってみたが……。


「適当に作ったんだがな……秘密か……」


「おい、ちょっと待て。適当って何だ!」


それでどうしてあそこまで頑丈なんだ?

……逆に怖いわ!


「……とにかく、お前の額当てを見せてみろ。

 どうやって作ったか思い出す」


「覚えてねぇのかよ!

 もういいよ、俺も適当に作ってやるよ!」


やっぱり遠鬼は肝心な時に役に立たない奴だった。







結局、遠鬼と二人でああでもないこうでもないと言いながらも、

何とか月陽の額当てを作り上げた頃には既に昼を過ぎていた。


「飯が出来てないが、月陽を起こすべきか?」


額当ての出来には満足しているようだが、

そのせいで昼食の用意すらしていないのを気に病んだか、

遠鬼がそんな事を聞いてくる。


……月陽に気を遣いすぎるにも程があると思う。

そろそろ月陽に会えなくなるかもしれないんだから、

少しでも長く一緒に居させてやりたかった。


「偶には三人で作ろう。起こしてきてくれ」


「分かった」


遠鬼はのそのそと寝床へ歩いていき、その間に俺は土間でかまどに薪をくべる。

まだ猪肉はたっぷりとあるからと、昼の献立に思いを巡らせていた。


その時だ。


「遠鬼~! 界武く~ん……いないの~!?」


外から声が聞こえてくる。女性の声……というか、聞き覚えはあった。


(……春夜さんだ!)


ここに来るまでの途上、たった一日だけ旅を共にした鬼人族の女性。

端正な容姿を女戦士というべき装束で包んだ年上の人だ。

遠鬼を仇としていて、確か延老さんに仇を討ってもらおうとやって来ていた。

それで……。


「……あ」


思い出した。行われる筈だった延老さんと遠鬼の戦い。

その結果を見届けるために新坂で待っていた筈だ。

それをすっかり忘れたまま、ここで幾日過ごしてしまっていたのか。


(春夜さん、あれから十日以上も待ちぼうけだったのか……)


今更ながらに思い出して、ちょっと申し訳なく感じる。


とはいえ、無視する訳にもいかない。かまどは火を入れたばかりで、

今すぐ消したとしてもさっきまで人が居たという痕跡は残ってしまう。

この家に俺達がいる事は自ずとバレてしまうだろう。


(……あ、そうだ! 額当て!)


春夜さんの前に出るのなら、これを着けていないとややこしくなる。

俺は久々に馴染みのそれを額に固定し、頭の後ろで帯をしっかりと絞める。

ズレていないか確認し、それからもう一度帯を締め直す。

……うん、多分大丈夫だ。


(月陽は……どうするか?)


春夜さんが来るのなら寝かしておいた方が良かったか……。

だが今からそんな事を言っても始まらないだろう。

とにかく、寝室に向かって声を掛けた。


「遠鬼、月陽はここに隠れてもらってくれ。

 俺は広場で春夜さんと話をしてくる。

 どうせお前に用事だろうから、後から見に来てくれ」


それから外へ向かい大声を張り上げる。


「春夜さ~ん! 今そっちに行きます!」


それからちょっと勿体ないけど竈の火を消しておく。

火事になったらたまらない。


それでようやく、俺は駆け足で家を出た。







「界武君! 大丈夫だった!? 両手を怪我したって聞いたけど……」


新坂で待っている事すら忘れて十日以上も放っておいたにしては、

春夜さんは俺を見て最初に怪我の事を心配してくれた。


「春夜さん、久しぶり……。

 えっと……両手の骨折は、丁度今日の朝治ったばかりだよ」


「そう……良かった。『閃刃』様から聞いた時はびっくりしたけど……

 元気そうね。それどころかさらに逞しくなったぐらい」


怪我の事は延老さんから聞いていたらしい。


(という事は、俺と延老さんの勝負についても聞いているのか)


そう思うと、ちょっと恥ずかしくなってきた。

久々に見た端麗なるその顔が喜色溢れる様を見て、無性に照れてしまったのもある。

紅潮する顔を隠そうと、やや俯き加減で話を続けた。


「あ……ありがとう。

 後……ごめんな。春夜さんが新坂で待ってたのに、ずっとここから動けなかった」


「ああ、それはいいよ。界武君の怪我の方が大事だし。

 ……それにしても、遠鬼じゃなくって界武君が『閃刃』様と戦って、

 しかも勝ったっていうのは本当なの!?」


「か、勝ったっていうかさ、勿論手加減してもらったよ。

 それで……何と言うかな……そう、じ、実力を認めてもらったんだ」


(……駄目だ。ちょっと恥ずかしくて口が上手く回らねぇ。

 ちょっと……調子を整えないといけない)


「そんな事よりさ、こんな場所で立ち話も疲れるだろ?

 そこに座って話をしよう」


そう言って広場の隅にある机と椅子を指差す。


「それはいいけど……遠鬼の奴は何処にいるの?」


春夜さんは俺が出てきた家の方を睨んでいる。

……拙い。あそこに行って欲しくはない。

月陽と春夜さんを会わせると絶対に碌な事にならない。

何故か分からないが、その確信があった。


「声を掛けておいたから、じきにここに来ると思うよ。

 だからさ、あそこで待ってよう……な!」


俺は早歩きで机に向かい、どっさりと音を立てて座る。

それから机をパンパンと叩いて注意を促した。







「……えっと、それでさ。やっぱり押されっぱなしだったんだけど、

 偶々運良く強化魔術が発現してさ、それで反撃する事が出来たんだけど……」


「綱渡りみたいな戦いねぇ……。私としては、そこまで強化魔術も使わずに

 『閃刃』様と戦ってたって事の方が信じられないけど」


「それはさ、延老さんから教えてもらった格闘術もあったけど、

 遠鬼を相手に身に着けた新しい原始魔術、あれが凄い効果があったんだよ」


「遠鬼が、ねぇ。

 ……アイツ、そんな事も出来たんだ」


あれからしばらくそんな感じで、どうにか春夜さん相手に話題を持たせていた。

延老さんとの戦いについては春夜さんも興味を持ってくれたんで、

どうやら退屈はせずに聞き入ってくれてるようだ。


だが、その話もそろそろ佳境。つまりは場を持たせるのもそろそろ限界だ。


(何してんだよ……遠鬼、早く来てくれぇ)


俺が最後に放った縦拳にまで話が及んだ時、ようやくその願いが叶った。

大きな足音が聞こえる。安堵と共にその音の方へ振り向いた。


「おせぇぞ、遠鬼!」


「ああ……ちょっと色々手間取ってな」


一体何を手間取ったのか。

とにかく、これで俺はお役御免だろう。

後は遠鬼に任せようかと席を立つと、何故か肩を押さえられてまた座らされた。


「え、えっと……春夜さん?」


「それから……界武君の縦拳はどうなったの!?」


「……はい?」


「話を一番いい所で切り上げないで! 最後まで話して!

 どうなったの!? ねぇ、どうなったの!?」


迫真の表情にたじろいでしまう。

まさか、そんなに真剣に聞いてくれていたとは思ってもみなかった。


「いやでもさ、遠鬼が……」


「アイツの事はいいじゃない。どうせもうすぐ死ぬんだからさ!

 それよりもどうなったの!?」


(……ん? どういう事だ? 遠鬼がもうすぐ死ぬ……?)


どう見ても大病に侵されてるようには思えない。

となると……まさか、遠鬼に討伐令でも下ったのだろうか?


「春夜さん、ちょっと待ってくれ。

 遠鬼がもうすぐ死ぬってどういう事だ?

 あれ見てくれよ、あんな太々しい奴がそう簡単に死ぬ訳ねぇだろ?」


左の親指で遠鬼を指差す。それでなんとか春夜さんが俺から視線を外してくれた。

仇を見つめるその瞳が、いい所で話を邪魔された怒りも混じり

強く燃え上がっているようだった。


「……アイツにね、幕府から捜索令が下ってるのよ。

 なんでもね、アイツが変な拘束魔術師と手を組んで、

 この世界を滅茶苦茶にしようとしてるって事らしいの。

 ホントかどうかは知らないけどさ、こうなると流石のアイツもお終いよ。

 何しろね……この世界でも有数の強さを誇る幕府最強の男がやってくるの!」


そして春夜さんは遠鬼を指差し叫んだ。


「知ってるでしょう!? 『楼京の守護者』……!

 衛蒼さんがあなたを追ってここにやって来る!

 流石のあなたも分が悪いわよ!」


俺はそんな男の事は知らない。だからそいつがどれだけ強いかなんて分からない。

だけど……その名前を聞いた時、とぼけた遠鬼の表情が確かに変わった。

それは俺が見た事のない表情……込められていた感情は、怒りに違いなかった。

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