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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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五十六話 誕生日

生活にゆとりが生まれてくると、今度はこの後、

つまり将来について考える事が出来るようになってきた。


今の俺はもう、この世界をどうこうしようっていう野望は持っちゃいない。

だからここで旅を止めて定住する事だって十分選択肢に入ってしまう。

正直、それが一番楽なような気もするが、そうなると問題は遠鬼の存在である。

あれからちょっと遠鬼の予定を聞いてみたが、俺の怪我が治った後は、

また西に向かって旅を続けるそうだ。

勇者を倒すという仕事については、どうなろうと続けるつもりだという。


人間の俺としてはどっちの味方をすればいいのかよく分からない所だが、

それでも遠鬼にはあまり怪我をして欲しくはなかった。


しかし……そうなると色々と考えなくてはならない事が出てくる。

目下の懸念事項は、今遠鬼が担当している仕事を次は誰がするのか、という事だ。

遠鬼は料理や洗濯を含む簡単な家事もこなしているが、

それよりも重大なのは遠鬼が受け持つ食糧調達の任である。

遠鬼と離れてここに二人で住むのであれば、今遠鬼が出来る程度の事は

俺と月陽でこなしていけるようにならないといけない。







二本の銀の腕、それがけたたましい音を鳴らしながら

地を思うがままに荒らしまわっている。

右の腕が大きく地を抉り取ったかと思えば、

今度は左の腕が地を跳ね回り小さな穴を幾つも作っていく。


土埃が舞い上がる大地を、俺は風上から見つめる。

銀の腕は加速度も最高速度も透明のそれとはかけ離れている為に、

二本目を出せるようになってからも随分とその扱いには難儀した。

だがそれでも、ここで暮らし始めてもう十日目である。

欠かさず続けた鍛錬が、俺を銀の原始魔術を

ここまで使えるように成長させてくれた。


そして大地を散々に荒らした二本の腕は、満足したかのようにかき消える。

急激な魔力の消耗にややふらつきながらも、

眼前で行われてた仕事の内容に、俺はそれなりに満足できていた。


「さぁて……これで後は、細かい所を手作業で整えれば、

 ここを畑として使えると思う」


「……界武君の魔術って、力持ちだね」


力持ち、と言っていいのだろうか? 疑問は残るものの、

その月陽の賛辞については一応お礼を言っておく。


「これでだ、月陽に持ってきてもらった芽が出てる芋を

 適当な間隔で植えておけば、多分冬前には収穫できると思う」


「へええ……そうなんだ。お芋ってこんな風にして増やすんだね」


畑を触った事すらないという月陽にとっては新しい事だらけのせいか、

俺にとっては馴染みの農作業、その一つ一つを楽しそうにこなしている。


「それじゃあさ、米と麦はどう作るの?」


「米は……稲だっけか? 俺は作った事ないんだけど、多分遠鬼は知ってる筈だ。

 明日にでも教えてもらおう。ただ種まきには適当な時期っていうのがあってな、

 冬までに収穫が間に合わないようなら、米を作るのは来年からって事になる。

 麦は種にできそうなのが蔵にあったから、それで麦畑を作れると思う。

 だけど……まだ時期がちょっと早いかな?

 俺の誕生日が過ぎてしばらくしてからが……あ!」


「……なぁに、界武君?」 


気付いた、気付いてしまった。葉月の一番最初の日、

それが俺の誕生日だったはずだ。

もしかして……もう過ぎてしまったかもしれない。

姉さんにあの手この手で祝ってもらえた記憶が脳裏をよぎり、

途端にやるせない気持ちが一気に膨らんだ。


「……どうしたの?」


心配そうに俺を覗き込む月陽。

それにちょっと感傷的になっただけだと空笑いを返す。


「じゃあさ、今から芋を植えていくぞ。月陽も手伝ってくれ」


「うん!」


俺達は芋を掴んでさっき荒らした大地に向かう。

遠鬼がここを去るまでには、せめてアイツを心配させない程度には

俺達だけでも生きていけるという姿を見せないといけないからだ。







あの後、遠鬼を連れ立って山菜採りと猪狩りを兼ねて森の中に入った。

俺の両手はまだ動かせないから、山菜を摘むのは月陽の仕事だ。

しばらく俺は月陽が楽しそうに遠鬼に教わりながら

山菜を採っていく様を眺めていた。だが……。


「ねぇねぇ遠鬼。この変な形の奴! これも食べられるの?」


「それは茸という奴だ。大抵は食えないどころか毒まで入っている。

 手を出さない方がいい」


「え~!? でも、面白い形だし持っていきたい!」


「触らん方がいいぞ。触れるだけで肌が痛むものもある」


「え~……でもぉ……」


そんなよく分からない駄々をこねる月陽にまで何も言わなかったのがまずかった。


「……界武、何があった?」


「え!? い……いきなり何だよ!」


さっきからずっと黙っていた俺を怪訝にでも思ったのだろう。

遠鬼が月陽をあやしつつも俺に声を掛けてきた。


「さっきから言葉少なだ。今の月陽の我儘を窘めもしない辺り、

 どうせまた面倒な事を考えこんでるんだろ」


「……いや、そんな面倒な事でも無いけどよ」


「そういえば界武君、畑作ってる時に、おれのたんじょうびがすぎ……

 とか何とか言ってから、ちょっと様子がおかしいんだよ」


「たんじょ……うびがすぎ……何だそれは?」


「いやそこで切るなよ。誕生日だよ、誕生日。ああもう、

 分かったよ、白状するよ!」







「生まれた日を祝うのか……聞かん風習だが人間はそれが当たり前なのか?」


「いや……多分姉さんだけだ。姉さんだけがそんな風に祝ってくれた」


誕生日について、知ってる事を伝えてはみたが……気恥ずかしい。

これじゃあまるで俺が誕生日を祝ってもらってない事を

暗に咎めてるみたいじゃないか。

勿論そんな訳はなく、ただ姉さんを懐かしんでいただけなのにだ。


月陽などはやや不貞腐れて……。


「私、そんなの知らない。祝ってもらった事なんかない」


そして明確に私を祝えと言外に訴えていた。……目が怖い。

そんな月陽の不満げな視線に、思わずの苦笑いをしてから遠鬼が言った。


「……まあいい。その誕生日とやらを口実に今日の夕食は豪勢にしよう。

 月陽、もうちょっと山菜採っておくぞ」


「分かった! じゃあこの茸は……」


「駄目だ。食べられる物もあるが、見分けがつきにくい。

 だから茸は止めておけ」


そして二人はまた山菜採りに戻った。不満そうな表情から一変、

月陽は豪勢な夕食という言葉にすっかり機嫌を直しており、

楽しそうに山菜の特徴を教わっていた。


既に見慣れてしまったこの二人の談笑。

遠鬼は好戦的ではあるものの気性が荒い訳ではないからか、

月陽や俺がどう反応しようと語気を荒らげる事が無い。

だからだろうか、子供の扱いはこなれているようにも思えた。


(……俺じゃあまだあんな風には無理かな)


月陽はずっと一人だったせいか、人との接し方が少し極端で、

甘えたり我儘に振舞う時には、この辺までに留めておこうと

大抵の人が自制するような限度が存在していない。


そのせいもあってか、俺達は夜眠る時、月陽を挟んで川の字に寝ている。

月陽がどうしても離れて眠るのが嫌だと駄々をこねたせいだ。

俺は最後まで異を唱えたが、遠鬼がすぐ折れたために儚い抵抗でしかなかった。


これ以外にも月陽がごね通した例がこの十日間だけで結構あったりする。

そんな月陽の態度に、俺は偶にだけどもむかっ腹が立つ事もある。

良くないと思うが、こればっかりはすぐ直せるもんでもないし、

やっぱり月陽にもその辺の限界は学んでもらいたい。


だが……いつまでもそんな所まで遠鬼に頼りっぱなしにしておく訳にもいかない。

ならば、俺は俺の出来る事をしっかりやっておこう。


「遠鬼、俺はもうちょっと奥の方に行ってみる。

 俺の誕生日祝いだしな、猪を狩って来てやるよ」


「そうか、なら俺も……」


「いや……いいよ。遠鬼は月陽に付いていてくれ。

 俺一人でもちゃんと狩りが出来るって所を見せてやるからさ」


森の中なら機動力で遠鬼に勝ると、俺は透明の腕を伸ばして木の上に登る。


「この一帯を隈なく探してみる。そうすりゃ一匹ぐらいは見つかるだろ!」


「……無理はするな。魔力が尽きたら戻って来い」


「おうよ!」


その返事だけ済ませて、俺は枝をつたって木々の間を飛び回る。

両手が使えなくても問題は無く、四本の魔術の腕で縦横無尽に森を進んだ。







幸い、暗くなる前に一匹の猪を見つけた。

後はどうという事もない。今の俺なら木の上からでも簡単に仕留める事が出来る。

まず適当な大きさの石ころを魔術の腕を伸ばして掴み、それを空高く振り上げる。


「じゃあ……ごめんよっ!」


その透明の腕を振り下ろす瞬間に思いっきり魔力を込めて銀色に変化させる。

魔術の鍛錬の結果身に着けた、透明の腕を途中で銀に変える新たな技だ。

そして正に銀色の稲光といった体で猪の眉間に叩き下ろされた石礫は、

見事に猪の頭蓋骨を打ち砕いた。


「……やり過ぎたか?」


足元の惨状を見下ろし、次からは石ころは必要ないかな、などと思っていた。







猪の解体作業は川辺がいいと聞いていたので、

俺がそちらに向かうと既に山菜採りを終えた二人が待っていた。


「これはまた……派手にやったな」


俺が魔術の腕で引っ張ってきた猪の死体を見ての遠鬼の感想だ。

言われても仕方のないそれは、頭の上半分が吹っ飛んでいた。


「初めてだからな、ちょっと加減が分からなかった。

 次はもうちょっと上手くやるよ」


まあ……銀の魔腕の破壊力は猪には過剰すぎる事は分かったから、

次からは透明の腕でやろうと思う。


「じゃあ解体は俺がするから、そいつを水辺に置いてくれ」


その遠鬼の厚意は謹んで辞退する。確かに両腕は使えないが、

俺には原始魔術がある訳だしな。


「いや、それも俺がするよ。遠鬼はやり方だけ教えてくれ。

 そうじゃないとさぁ……」


お前がいなくなった後が大変だろうと、そう言いたいけどまだ言葉には出せない。

だが何となく俺の言いたい事を察した遠鬼は……。


「そうか」


そのいつもの一言で引き下がった。

だが、そこに伏兵が潜んでいたのを俺達二人共忘れていたのだ。


「私がする!」


その宣言は月陽のものだ。月陽はどことなく使命感に燃えた瞳でこちらを見据え、

大きく手を挙げていた。


「い、いや、これ力仕事だから……」


「大丈夫! 私も体操と走り込みのお蔭で結構力ついたから!」


そう言って右手をブンブンと振り回す月陽。

だが俺は知っている、その二の腕はまだぶよぶよだと。


「え、えっと……刃物も使うし危ないから……」


「界武君、私は治癒魔術が使えるんだよ? 多少の怪我ならすぐ治せるから」


いや、だからといって指を切り落とされでもしたらたまらない。

それに、何と言っても……。


「気持ち悪いと、思うぞ。

 ……血だらけになるかもしれない」


「でも、遠鬼がいつもやってくれてるんでしょ?

 なら私も手伝えるようになりたい!」


……どうしようかと遠鬼の方を見る。

だが遠鬼も重々承知だ。月陽はこうなったら引くという事を知らない。


「……じゃあ、俺が隣についてしっかり教える。

 月陽、界武が言った通りに力もいるし大変な仕事だ。

 絶対に俺の言う事に従うように。ふざけたりしたらすぐ止めてもらう」


「……分かった!」







後から聞いたが、お姉さんとして俺の為に何かしてあげたかったのだそうだ。


(お姉さんじゃないよ、今はもう俺の方が二つも年上だ……)


その思いは言葉にならないし、する気もない。

そんなくだらない突込みは無粋も甚だしい。

半ば泣きべそをかきながらも必死に猪の皮を剥いでいた姿や、

目を瞑りながらも内臓を掻き出していたその姿に、

俺には月陽への感謝以外の気持ちが湧かなかった。

だから今日だけは、月陽をお姉さんだと認めてもいい気がしている。


その俺の新しい姉さんは、昔の姉さんと変わらないぐらいの満面の笑みで、

晩餐の焼肉をよそいながらこう言ってくれた。


「界武君……誕生日、おめでとう!」


……実は、不安しかなかった。だけど、遠鬼がいなくなった後も

意外に二人で楽しくやっていけるんじゃないかと、この時に思った。

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