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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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五十五話 束の間の日常

時間は少し遡り、文月の終わりのとある日の事である。


「そうそう……体を横に倒して……って、もっと倒れないか?」


「む~り~……!」


「……やっぱり、月陽はちょっとどころじゃなく運動不足だなぁ」


荷台に座ったままだった頃の綺麗な白い着物ではなく、

俺と同じく野盗のお古を羽織った月陽。

その身体を何とか横に曲げようと手助けしてみるが、

一向に曲がる気配の無いその硬さに、俺はすっかり呆れていた。







その日の朝、俺が姉さんから習った体操を月陽に教えてみた。

だが思いの外体が硬く、前屈などは手が地面に届きすらしなかった。

月陽が言うには、ずっと小さな部屋に閉じ込められっぱなしで、

碌に運動した事も無いんだそうだ。


その月陽のぶよぶよの二の腕をどうにかしようと、

俺の鍛錬のついでにはなるが、色々と体を動かしてもらっている。


「体操が終わったら、この周りを走るんだけど……

 月陽は周回遅れで構わないから歩いて着いて来て」


「うん……分かった。でも、界武君も鍛えているかもしれないけど、

 絶対に無理はしないでね。右膝の傷もまだちゃんと治ってないんだからね」


延老さんに蹴飛ばされた箇所だ。あれから五日も経っているのに、

まだ痛みが引かずに月陽の魔術のお世話になっている。

こっちの怪我も、もしかしたら骨を痛めていたのかもしれない。

でもまあ、両腕の怪我ほど酷くはなかったし、大丈夫だろう。


「分かってるよ、両腕もまだこんな状態だしな。

 昨日みたいな事はしないから安心しろって」


そう言って月陽に向けて両手を振ってみる。

その両腕には相変わらず包帯がびっしり巻かれている。

このせいで未だ日常生活にも支障がある上に、

上半身の鍛錬は体操のみと決められている。

それが身体がなまってしまいそうで嫌だった。


だからやっぱり気が急いてしまうのか、ついつい他の鍛錬もしたくなってしまう。

昨日などはついあんまり痛くないからと、

格闘術の鍛錬をしていたら月陽に見つかって酷く怒られた。


……どうも月陽はお姉さんぶる所があり、事ある毎にお説教をしてくる。

歳を聞くと十一という事で年下の筈なのだから、微妙に理不尽だ。







「はい、三周……この辺にしとくかぁ」


今いる野盗の根城の内周を走るのはとても気持ちがいい。

何せここは左右を川、背後を崖が守っているという天然の要害だ。

人間にとっては捕食者だらけのこの世界でも安心感が違う。

更に川の畔はせせらぎの音が心地良く、崖の側は自然の雄大さを感じ取ったか、

不思議とこっちの気持ちも大きくなってくる。

根拠もなく、何か大きな事が出来るんじゃないか、なんて思ってしまうんだ。


そういう訳で個人的には楽しい運動なのだが、

二周の周回遅れながらも疲れ果て、ぐったりしながら歩いて着いて来る

月陽にとってはそうでもないらしい。


「……だめ、もうだめ、もう走れない……」


「いや、ずっと前から歩きっぱなしじゃないか」


その俺の言葉に反論する事すらしんどいのか、

俺の傍まで来ると縋りつくように抱きついてきた。

……体中に、汗がべっとりと貼り付く。


「……遠鬼が風呂湧かしてくれてるだろうし、先に入ってきな」


「……動けない。運んでぇ……」


「お姉さんだろ? 一人で立ちな」


「……界武君、冷たい」


そうやって結局、最後は肩車で連れて帰るのが日課みたいになってしまっていた。







ここでの五日間で、俺の体に大小様々に取り揃えた怪我の多くが癒えてくれた。

遠鬼と月陽の手当てのお蔭だと感謝はしている。

……遠鬼に対しては、なかなか口に出せないけれど。


今も残るのは右膝の打ち身に両腕の骨折ぐらいだけど、

それだって治癒魔術の効果が続いてる間は痛みだって無いもんだから、

ついつい怪我人だって事を忘れがちだ。


「……とはいえ、格闘術の鍛錬は止めておけ」


「分かってる、月陽にだって散々怒られたんだ。もう懲りてるよ」


昼食の後に行っている魔術の鍛錬、

それにいつからか遠鬼が付き合うようになった。

ちなみに月陽は運動疲れで昼寝中だ。


「さあて……じゃあ、昨日の鍛錬の成果を見せてやるよ」


「銀色の腕、二本目だったか?」


「そうだ……さてと、出ろぉ!」


その軽めの掛け声と共に右肘に集中した魔力。

そこから延びだしてきたのは俺の切り札、銀色の原始魔術の腕だった。

これまでの鍛錬の成果か、魔力を極限まで集中させなくとも

銀色の原始魔術を出せるようになっている。

それに、これを出したまま維持できる時間も結構伸びてきた。


「じゃあ……ここで、二本目……!」


次は左肘に集中……!

右肘への魔力の集中を維持したままでいるのが大変だった。

だけど、それだって昨日の鍛錬で、何となくだがコツを掴みかけていた。


「出ろぉ!」


その掛け声の直後、左肘の先の先から鳴り出す破裂音。

それが二本目の銀の腕を作り出せた証だった。


「……どうだ、二本出せるようになったぞ」


「出せたはいいが……まだ実戦で使えそうにないな。

 ほら、右肘の奴が薄くなってきてるぞ」


「あ……本当だ! ちょっと待って、まだ消えるな……!」


だが右の銀の腕は、持ち主に逆らって勝手に消えていった。

……ため息をついて、左の銀の腕も消しておいた。

確かに、まだ二本目は使い物にはならないようだ。


「二本目はもうちょっと鍛錬が必要だなぁ」


「この調子なら、それももう五日もすれば使い物になるんじゃないか?」


「……そうか? ならもうちょっとやってみるか」


遠鬼は慰めの言葉なんてかけちゃくれない。

だからこれは実際に俺の成長速度から遠鬼がそう見立てたんだろう。

そう思うと、ちょっと自信が付いてきた。


「これもそうだが、強化魔術はどうした。まだ使えないのか?」


「ああ、あれなぁ……」


俺が延老さんとの戦いで使ったという強化魔術。

遠鬼が言うにはかなり質の高い物だったらしく、使いこなせる様になっておくと

文字通り格が違う強さを手に入れる事が出来るらしい。らしいが……。


「色々試してはいるんだけどな、全然使えない。

 怒りの魔力だってお前が言うからさ、怒ったりとか叫んだりとか……

 まあ色々はやってるんだけどな、全然あの赤銅色の魔力が出てこねぇわ」


「……昨晩の犬の遠吠えのような叫びはお前か」


その遠鬼の呆れ果てたと言わんばかりの表情に、

俺としても言いたい事はあった。


「そうは言うけどさ、お前の教え方もどうかと思うぞ。

 魔術発動のコツを教えろって言ったらさぁ、

 お前ときたら素手で岩を叩き壊して、

 『これが強化魔術だ』と来たもんだ。あんなんで分かるか!

 端折り過ぎてんだよ!」


「……そうは言うが、俺が強化魔術を身に着けたのは五歳とか六歳の頃だ。

 お前が何に悩んでいるかなど、もう覚えてもいない」


「ああそうかい、じゃあどうしろってんだ……!」


苛立つ俺へ向ける言葉を選んでいるのか、遠鬼は腕を組んでは時々首を動かし、

あらぬ所へと視線を移動させている。

最近気づいたが、それは遠鬼が考え込む際の癖みたいなものだった。


「ああ……そうか」


何か分かったのか、遠鬼はそう独り言ちた後俺の方を向いて言った。


「お前はまだ意志が成熟していない。だから魔術も十全に使えないんだ」


「何だって? 意志が……成熟?」


成熟という言葉の意味は分かる。成長して大人になる……だったか?


「つまり、俺は精神がまだ子供だって事か?」


「いや……文字通り捉えるならそういう事になるが、

 こと魔力においては意味合いが違ってくる」


それならまだ手掛かりも無い俺はその意味を察する事が出来ないと、

大人しく聞く姿勢になり遠鬼の次の言葉を待つ。


「魔力においては、その時の意志の状態を問わず、

 修得した全ての魔術を使いこなせるようになると、意志が成熟したと言う」


「更に分からなくなったな……。

 つまりなんだ、俺が強化魔術を使えないのは

 そういう意志の状態じゃないからか」


「そうだ。恐らくは、『閃刃』と戦っていた時の怒りを完全に再現出来るのなら、

 お前は今でも強化魔術を扱える。だが……それが出来ないから今は扱えない。

 だが、意志が成熟すればそういった意志の再現をする必要が無くなり、

 例えば笑いながらでも怒りの魔力を発現させられる」


遠鬼は広場の片隅に落ちていた拳大の石を拾うと、

それを笑いながら親指から中指までの三本の指だけで握り砕いた。

……ちょっと怖い。


「こんな風にだ」


「……そういうのはさ、もっと早めに教えてくれない?」


思わず項垂れた。五日間も強化魔術が使えなかったんだ。

理由も分からず不安だったのに、聞いてみればなるほどと言える理屈だった。


(魔力とは意志の力。意志が未熟なら魔力も魔術も当然未熟になるって事か)


ちなみに、俺の愚痴に対する遠鬼の言い訳はこうだった。


「俺は十の時には既に済んでいたからな。

 そんな事もあったなと思い出すのに時間がかかった」


(……でもなぁ、コイツの精神が大人だっていうのもちょっと眉唾だよなぁ。

 人格と魔力の成熟具合は全然関係ないのかねぇ)


そんな失礼な事を考えながらも、

これからの指針はしっかり遠鬼に確認する。


「えっと……つまり俺はどうすりゃいいんだ?

 怒りを再現する方向か、それとも意志を成熟させる方向か。

 どっち向いて鍛錬続けるべき……いやちょっと待て、

 意志を成熟させるってどうすりゃいいんだよ!?」


遠鬼の返事は沈黙。どうやら、それも教える事が出来なさそうだった。


「まあ……とにかく成熟すればいい。大人になれ」


やっと返ってきた言葉がこれだ。やっぱりこの天然鬼はあてにならない。


「言われてすぐ出来るもんじゃないだろうが……」


これで方針は決まった。強化魔術については怒りを再現する方向でいこう。

……ひとまずは、遠鬼のいい加減さについてしっかり怒っていく事にする。

もしかしたらその拍子に、強化魔術が使えるようになるかもしれないからな。

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