五十四話 侍所 その五
前回の会議で、虎鎧が一見関係の無さそうな所から
とんでもない情報を仕入れてきた事もある。
結果取り調べの対象をぐぐっと広げた落葉が、
疲れ果てたと言わんばかりに詰所の畳の上にうつ伏せで倒れ込んでいた。
「……お疲れ。有力な情報はあった?」
羽膳はそんな落葉にお茶を振舞う。
その手の薬指までが羽と一体化している鳥人族の手、
その残った三本の指で器用に湯呑を握っている。
「あ、ありがとうございます」
なんとか、といった体で上体を起こし、落葉は湯呑を受け取る。
その熱めのお茶の上澄みを啜るように飲んでから、
ポツポツと戦果を語り始めた。
「ここ一年の間に丹波国に行った事のある商人達に、
片っ端から話を聞いているんです。
まあ、あんまり有力そうな情報は無かったんですけど、
気になる事が二つばかりありました」
「へえ……一体どんなのだ?」
「実はですね……どれも、牧場荒らしについてなんですよ。
この一年の間で、丹波国では二件の牧場荒らしが起きてるんです。
一件は一年前に、もう一件はつい最近です。
ああほら、昨日の会議で言ったじゃないですか。
新坂以東の旅が禁止されてるって。
その原因が最近起きた牧場荒らしらしいんですよ」
「……逆徒が人間を密輸し始めた時期と一致するな。
ちなみにどちらも下手人は?」
「見つかってないそうです。
ただ、こんな東にある牧場を襲撃しに来る人間もいないだろうって事で、
魔族が犯人ではないか、とは噂されていたそうです」
「つまり、どっちも逆徒がやった可能性があるって事か」
「いえ、それが……どれも昔の逆徒のやり口と全く異なるんですよ。
まず一年前のは新坂近くにある牧場が狙われました。
別に人間が操られて火を放つような事もなく、
野盗らしき者達が深夜に襲撃に来たとの事で。
ですが……この時は数名の管理者が殺された程度で、
何も奪えずに逃げてるんです」
「……杜撰だなぁ」
話を聞く分には、とてもじゃないが逆徒の犯行とは思えない。
「二件目はもっと不可解です。
新坂よりさらに東、黒樹林という場所にある牧場が襲われました。
この時も数名の管理者が殺されて、人間が一人逃げ出しただけだそうです。
で……その逃げ出した人間も途中で死んだんだとか」
「つまり……その時も何にも奪えていないって事か」
「はい。正直虎鎧さんの件がなかったら、
関係無しと見做して放っておいたと思います」
その虎鎧だが、将軍拉致事件と今回の人間密輸事件を結び付けた功績からか、
随分と衛蒼に褒められていた。だから今も上機嫌で楼京をうろついている筈だ。
「上の考えの従うだけではなく、自分の考えで行動できる者が
組織には必ず必要だ。そしてそれを虎鎧はやってくれた……でしたっけ?
もうべた褒めでしたよね」
衛蒼が虎鎧に向けた称賛の言葉を、落葉はしっかり覚えていたようだ。
一言一句違わずに諳んじて見せた。
「ああいう一見常識にとらわれない考え方が出来るっていうのが
虎鎧の長所だからな。俺達も俺達のやり方であれくらい褒められるように
頑張ろうな、落葉!」
「……ですね。じゃあこのお茶飲んでから、もうちょっと頑張りますか」
話している間に丁度良い感じに温くなっていたお茶を飲み、
落葉は英気を養っている。
そうして丁度そのお茶が飲み干されようとしていた時だ。
「衛蒼様、いますかぁ~!?」
そんな大声が詰所の入口から聞こえてきた。花南の声だ。
「ここにはいないよ~!」
羽膳がそう声を上げる。
衛蒼は今滞っていた管領の仕事を片付けに行っている。
今回の事件の陣頭指揮を執るとは言っても、
管領の仕事を蔑ろにも出来ないらしい。
だから今日は夜から来てくれることになっている。
「……あらそう? じゃあどうしようかなぁ……」
入口から顔だけを出して詰所を覗き込む花南。
「今日は夜から来てくれる事になってるけどさ、急ぎの用事か何かか?」
「いやぁね、衛蒼様に会いたいって人が来てたから、
どうしようかなぁと思って」
「会いたいと思ってすぐ会える人じゃあないんだけどなぁ……。
ちなみに、どんな用事かってのは聞いてる?」
「それがねぇ……丹波国に黒樹林の牧場ってのがあるらしいんだけど、
そこの牧場を荒らした犯人を知らせたいっていうのよぉ」
それを聞いた羽膳と落葉が思わず目を合わせる。
まさかである。先程話していた牧場荒らしの情報が、
向こうから舞い込んできたのだ。
「……どうします、羽膳さん?」
「この際だ、話だけでも俺達で聞いておこう」
その言葉に落葉は頷き、花南の方へ歩いて行った。
「丹波国からのお客様です、ひとまず詰所の方で待ってもらいませんか?」
「え、いいのぉ? じゃあ呼んで来るね」
「……鋼牙だ。黒樹林の牧場の管理をしているモンだ」
花南に連れられやって来た男は、精悍な容姿の狼人族だった。
体格で言うなら虎鎧にだって負けてはいないだろう。
恐らくは、いい喧嘩仲間になれるに違いない。
「幕府侍所寄人の落葉と言います。よろしくお願いします」
「お、おう……」
予想以上に丁寧な落葉の態度に、鋼牙はちょっと面食らっているようだ。
それから羽膳と花南が簡単に自己紹介を済ませ、話を伺う事となった。
話を聞き出すのは落葉の得意とするところなので、
今回は羽膳と花南は聞き役となる。
「では鋼牙さん、黒樹林の牧場を荒らした犯人を知っているとの事ですが、
それは一体誰なのですか?」
婉曲な表現が不要な相手と見たか、落葉は単刀直入にそこから聞いた。
「……お前らが知ってるかどうかは分からねぇけどよ。
『同族殺し』ってえ通り名の鬼人族だ。
丹波国じゃあ有名な無頼なんだけど、ここ楼京では……」
「『同族殺し』!?」
鋼牙の話を遮って、聞き役の三名が全く同じ反応をした。
知っている処の話じゃない。侍所の全員がその戦っている姿を見た事がある。
……しかし、羽膳と落葉は『偏愛逆徒』の名が出てくるのではないかと
予想していたのだが、これまた現実に裏切られた格好となる。
「……知ってんのか?」
「知ってるもなにもさぁ……去年の如月にこの楼京で大事件があってねぇ、
そこでその『同族殺し』が大暴れしたんだよぉ」
花南の弱々しい声。『同族殺し』の暴威を間近で見る機会のあった花南は、
すっかり苦手意識を持ってしまっていた。
「そんな訳でよぉく知ってますとも……。
鋼牙さん、それでその、『同族殺し』が下手人であるという
物証や証言などはあるのでしょうか?」
「それは……ちょっと難しいんだけどな。
だけどよ、そうとしか考えられねぇんだよ」
そこからは鋼牙の推理について聞かされる事となった。
なんでも、その牧場荒らしで殺された男というのが鋼牙の兄で、
丹波国では並ぶ者の無い剛の者であったそうだ。
それが何も出来ずに殺された、そんな事が出来る者など限られている。
そして……牧場荒らしが起きた時、近隣にそれだけの強者は
『同族殺し』以外いなかったのだそうだ。
更に言うと、『同族殺し』はその時に逃げ出した人間の、
逃亡の手助けまでしていたという。
「なるほど……」
落葉が鋼牙の推理を聞いて唸る。
その推理は奇天烈という訳ではなく、それなりに聞くべき所はあった。
特に、今回の逆徒の件と絡めて考えるのであれば、
『同族殺し』が人間の逃亡を助けようとした、という部分は気になる。
「『同族殺し』の服装って、どんな感じだった?」
それまで聞き役に徹していた羽膳が、鋼牙ではなく落葉の方を向いたまま、
そんな事を聞いてきた。
「えっと……ボロボロの服だったけど、それが何かあんのか?」
「いや、例えばさぁ……首巻きとかしてなかったか?」
そこでようやく鋼牙の目を見る羽膳。
その真っ暗な瞳に気圧されたか、今度は鋼牙が視線を逸らした。
「ば、馬鹿言うな、あの時は文月だったんだぞ。
そんな暑っ苦しいもん巻く奴があるか!」
「そうか……」
(『同族殺し』は服従印を刻まれていないのか……?
ならば、どうして人間を助けるような真似をする?)
羽膳とて将軍拉致事件にて大暴れした『同族殺し』の姿を見ている。
弱者を忌諱し、強者しか眼中に入っていない自己中心的な戦闘狂……
それが『同族殺し』の印象だった。自分の生まれた村を滅ぼしておきながら、
未だにその生き残りを見つけては殺して廻っているという話も聞いていた。
そんな男が弱い人間を助けるなんて……普通ならそんな考えすら及ばない。
「とにかくだよ! 俺としてはその『同族殺し』を何とかしてほしいんだ!
あの鬼人族の役人を出してくれ! アイツぐらいじゃねぇと、
とてもじゃねぇが『同族殺し』には歯が立たねぇぞ!」
痺れを切らしたか、そこで鋼牙がここに来た目的を漏らした。
兄の敵討ちを、衛蒼に代行して欲しいそうだ。
「……衛蒼様はお忙しい。今だって管領の仕事に加えて、
大きな事件を捜査しておられる」
「は……管領? おかしいだろ、管領って言やぁ、
将軍様の次に偉い奴の事だろ? 俺がここに来た時は、
アイツは関の番人なんてしてた小役人だったぞ!?」
途端に鋼牙が慌てだした。衛蒼が管領となっている事を知らなかったらしく、
今更ながら顔を青くしている。
「……今も別段自分が偉くなったなどとは思っていない。
また関を守れと言われれば、その勤めを果たす事に躊躇いはないよ」
夕日が窓から差し込んできた詰所の入口に、いつの間にか一人の男が立っていた。
「な……テメェはあの時の……!」
「久しぶりだな、鋼牙……だったか?
牢破りの償いに牧場の管理を課せられていた筈だが……兄は壮健か?」
あれから騒ぐ鋼牙にひとまず退席してもらい、
ここにいる侍所の面々だけで情報の共有が行われた。
「そう……か……」
主に落葉から事のあらましを聞いた衛蒼の返事がそれだった。
その表情は深刻そのもので、それ以上に言葉を発することも出来ない。
それもその筈で、この中で『同族殺し』の強さを一番理解しているのが
他ならぬこの衛蒼だからだ。
「考えたくはないが……事ここに至っては最悪の事態を想定して動くしかないか」
ようやく開かれた重い口。そこからは一種の決意が聞き取れた。
「最悪の……事態とは?」
その羽膳の問いに、衛蒼が答える。
「考えてみれば分かる。一年半前に起きた事件では
逆徒は狂風の首魁、鬼衝を駒に仕立てたと思われる。
それでも計画は頓挫したのだから、次に逆徒はこう考える筈だ。
……次は、もっと強い駒を使わなければ、とな」
「……まさかぁ」
真っ青になる花南。どうやら、本当に『同族殺し』が苦手なようだ。
「あの事件の一部始終を逆徒も見ていたのであれば、
次の駒の候補は容易に想像がつく。私か……『同族殺し』だ。
そして私は幸いな事に逆徒の好みではなかった様だからな」
あの事件、首謀者と目された鬼衝を叩き伏せたのが衛蒼なら、
止めを刺したのは『同族殺し』である。
「……でも、『同族殺し』の後ろ首には服従印は無かったようですが」
落葉が聞き返す。
そう、鋼牙の言葉によると『同族殺し』は後ろ首を隠してはいなかった。
「だとしてもだ、背中か……もしくは尻にでも刻まれてるのかもしれん。
そうでなくとも……服従印を刻まれていなくとも逆徒の駒となっている
可能性だって考えられる」
その可能性、衛蒼を除きその場にいる誰もが考えもつかなかった。
「『同族殺し』が、逆徒と何らかの形で目的を共有している場合だ。
人間愛護の思想か、この世界の転覆か……何かは窺い知る事は出来ない。
だがこれこそが私が考える最悪の事態だ。
もしこの予想が現実のものであれば、考えるだに恐ろしい事が起こる。
『同族殺し』に率いられた百人の人間の軍隊が、
『偏愛逆徒』の謀略に沿って世界各地で暴れてみろ、どうなると思う?」
……誰もが言葉を失っていた。
去年の将軍拉致事件の時も、未然に防げたとはいえ楼京の一角が吹き飛んだのだ。
だが今衛蒼が言った事が現実となれば、
その被害は去年の事件など比べ物にならない筈だ。
「……丹波国に行くぞ。こうなってはもう、
ここ楼京で情報を集めているだけでは手遅れとなる。
楼京の守りは虎鎧達三人に任せ、私と羽膳で打って出る」
奇しくも、鋼牙の杜撰な企みがこのような形で実現する事となる。
迫りくる騒乱の日まで、もう幾何の時間もなかった。




