五十三話 侍所 その四
「なあ……服従印って首の後ろに刻むもんだからよぉ、
別に素っ裸になる事なかったんじゃねぇのか?」
「そこに刻むのが簡単で効果も高いってんでそうしてるんだけど、
他に刻んでもそれなりに効果があるんだってさ。
昔魔族に刻まれたってぇ事件も、背中に印があったそうよぉ。
……にしても、恥ずかしかったわぁ」
侍所の役人達にも身体検査の順番が回ってきたようで、
先程から花南と虎鎧が愚痴りあっている。
「……幕府の要人には服従印持ちはいなかったそうです。
人間を商う者達にも一通り検査が行われたそうですが、
やはり印は栃野屋以外には誰にも見つからずじまいです」
「そりゃあ……操る者の数が増えれば効率が良くなるかもしれないけど、
その分露見する可能性も高くなるわけだしなぁ。
『偏愛逆徒』って奴もその辺の事は考えてたんだろう」
落葉と羽膳は分かってきた事実を話し合う。
あれからたった一日で、随分と捜査に進展がみられているのだ。
落葉などはあれから栃野屋の主人も含めた関係者全てに取り調べを行う事が叶い、
どんどんと大小様々な有力情報を手に入れつつある。
あれから衛蒼の指導の下、首謀者が『偏愛逆徒』である可能性が周知された。
後は近隣の拘束魔術師を集めて栃野屋の主人に残る服従印を解析し、
その推測がほぼ間違いないという事になった。
そして、この事件の解決には侍所の力が不可欠であるという認識も同時に、
衛蒼によって幕府全体で共有されたのだ。その結果……。
「久々な気もするが、今回は私が陣頭指揮を執る。
秩序を乱す不逞の輩の企みを、共に打ち砕こう」
「はい!!」
今の侍所の詰所には、あるべき人があるべき場所に座っている。
それだけで随分と場が締まって見えた。
部屋に響く返事も心地良く、大変な事件を前にしているというのに、
侍所の役人達には欠片も不安は見られなかった。
衛蒼が中央の上座に、そしてその脇を羽膳と虎鎧、次に落葉と花南が続く。
久々の……全員勢揃いしての会議であった。
「ではまず私から、『偏愛逆徒』についての情報を伝える。
と言っても書類として幕府に残っている記録は殆ど無かったのでな。
当時出雲国に居たという者からその時の話なども聞いてみた」
衛蒼程の立場の者がそこまで自ら動くというのも実はかなり異常だと言える。
管領というのは、幕府の実務を統括する、将軍に次いで最も力を持つ者のことだ。
それが未だ小さな役所に留まって采配を振るう事には異論もあっただろうが、
衛蒼自身がそれを望んでいたし、
それを許さざるを得ない幕府なりの事情もあった。
「まず……『偏愛逆徒』の本名だが……これはどうも伝わってないようだ。
いつまでもこのままでは呼びにくいので、
ひとまずただ逆徒、と呼ぶことにしよう」
人の通り名を勝手に略す衛蒼。
「それで……この逆徒だが、王都で拘束魔術を学び、
それから渡りの拘束魔術師となって主に西側の国で働いていたらしい」
「拘束魔術を学んだって事は……意志矯正は済んでる筈ですよねぇ?」
「えっと……花南、意志矯正ってどういう意味だ?」
外界から隔離された鳥人族の里から出て来てまだ二年、
自分が世間知らずであることを痛感している羽膳は、
分からない言葉などが出た際に聞き返す事に尻込みなどしない。
今も花南の言った『意志矯正』という言葉の意味を確認する。
「意志矯正っていうのはねぇ……
ほら、誰かから魔術を学ぶ時はまず自分の意志を否定する所から始めて、
心を真っ新にしてから学ぶ事になるの。その事よ。
魔力と意志ってそれ程に繋がりが強いからね。
でさ、その過程で性格もガラッと変わったりするの。
それを含めて意志矯正なのよ。だから拘束魔術師って人達は
吃驚するぐらいみんな同じ性格よぉ、理屈屋の唐変木」
「へえ……ありがとう、花南。
そうすると……衛蒼様、逆徒もそんな性格だったりするんでしょうか?」
「少なくとも王都を出るまではそうだったのだろうな。
取り立てて特別な記録が残ってないそうだ。つまりは、
ここまでは逆徒は何処にでもいる普通の拘束魔術師だった」
衛蒼が話を続ける。
「だが……拘束魔術師として人間を見て回る内に、
逆徒に何かしらの変化があったのだろう……
人間に対し異常な愛情を持つ事となる。
逆徒の起こした牧場荒らしの鎮圧に参加した者に話を聞くと、
逆徒は自分の主張を繰り返すばかりで話が通じなかったそうだ」
「聞いてた話と違いますね。唐変木どころか、随分と熱い心をお持ちのようで」
「みたいねぇ……何があったのかしら?」
落葉と花南の相槌。このぐらいで相槌を打ってもらえると
話す方も話しやすくなるというものだ。
「それはもう会って話を聞く他無いだろう。
その逆徒だが、凄腕の拘束魔術師である事は間違いない。
法に逆らえない筈の人間達に牧場に火を付けさせている。
つまりは、既存の服従印を根幹に近い部分まで
書き換える事が出来るという事だ。
更に鎮圧の際に手を焼いたのが、奴の特殊な拘束魔術だ」
「特殊……? まさか服従印を刻まなくても命令に従わせるとか
言うんじゃないでしょうね?」
「鋭いな、虎鎧。その通りだそうだ。なんでも奴が動くなと言えば、
魔力の強くない者は動きづらくなるという。
魔力の霧などの防衛魔術で対抗は出来るそうだが、
そうと知らなければ一方的にやられるままになりかねん」
「うわぁ……それ本気ですか。えげつねぇ……」
「四年前でそうだったのだ、今は防衛魔術でも防ぎきれない可能性もある。
何かしら対策を検討すべきだろう。逆徒については今はこんな所だ」
衛蒼の話が終わる。
「では次は私が調べた事を報告しますねぇ」
花南がそう言って控えめに手を挙げた。
「まず栃野屋の旦那の服従印の解析結果です。
私も手伝わされたんですけどぉ……
あれ、どうも一年ぐらい前にはもう刻まれていたみたいです。
納税記録なども見てみましたけど、
確かに一年ほど前からちょっと高めに人間を買う事があったようですから、
解析結果の正しさを裏付けてると思います」
「一年前からずっと人間をこっそり横流ししてたって訳かぁ。
他の誰かに売ってたり、自分で食ったりしてたのかとでも思ってたけどよ、
逆徒の言い分を考えるとそうじゃねぇんだよな」
「……そうだろうなぁ。多分……人間の密輸は手段であって目的じゃないんだ。
これは次の大きな企みの準備でしかない、そんな気がする」
「まあ……羽膳がそう言うからには、そうなんだろうなぁ」
花南の報告を受けて、虎鎧と羽膳が話し合っている。
そこに刺々しい雰囲気などはなく、昔のような仲のいい同僚にしか見えない。
「ちなみにねぇ、一年前からの納税記録全部洗ってみたけどさ……
吃驚しないでよ? 栃野屋が高値で買った人間の数、
この一年間で百を超えるのよ!」
「それは……凄い数字ですね」
そう声に出したのは落葉だけではあるが、
場の全員が驚愕していたのは間違いない。
「今回みたいに、運ぶ途中で野盗に奪われたりもしたかもしれないからさ、
この百人全てが今もどこかに潜んでるって事は無いと思うけどさぁ。
……ちょっと、怖いよね」
それで花南の報告が終わった。
ここまでの話をまとめると、魔王様に逆らってまで人間を守ろうとする
凄腕の拘束魔術師が、一年以上前からこの楼京で陰謀を巡らせており、
今は百人近くの人間と共に何処かに潜伏中、という事らしい。
「……こうして考えると恐ろしいな。
ここまでこの犯罪を見過ごしていた我々自身に反省する所もあるのだろうが、
それよりも逆徒の陰謀の巧みさこそを警戒すべきかもしれん」
その衛蒼の言葉に皆が頷く。
「じゃあ次は僕の番かな……。
僕の方はですね、栃野屋の主人が人間の密輸に使ってたっていう
運び屋を取り調べていました。
結果、人間の密輸先に大体の当たりが付きました」
「流石落葉だな。相変わらず話を聞き出す技術は天下一品だ」
「そんなに褒めないでください、照れて話しにくくなります」
分かりにくくはあるが確かに語尾が上ずっている。
衛蒼に褒められると落葉とはいえ普段のままではいられないのだろう。
「とにかく報告続けますよ……。
その運び屋ですが、毎回ここ播磨国と丹波国の国境の関所、
それを過ぎてしばらく行った辺りの宿場町で
別の運び屋に引き渡していたそうです」
「丹波国か……そこから更に東に向かったという可能性は?
逆徒が人間の愛玩化を望んでいるのであれば、
やはり王都のある山城国を狙う可能性が高い気がするが」
「衛蒼さん、僕もそれは考えました。
だけど……運び屋に確認するとですね、
最近の丹波国は野盗が大量に発生してたみたいで、
守護の厳容様が新坂以東の旅を禁じていたようなのです。
この状況で更に東に旅をするのは危険すぎるそうです」
「つまり、少なくとも最後に密輸した十人程度の人間達は、
まだ丹波国の……その宿場町付近にいる可能性が高い訳か」
「その後の報告は俺が引き継ぎます」
そう言ってしばらく聞き役に徹していた羽膳が大きく手を挙げた。
それと同時に黒い羽根が広がり、その羽ばたきにも似た動きで
横にいた落葉の髪が揺れた。
「では羽膳、お前の報告を聞こうか」
「はい衛蒼様。俺は落葉からその話を事前に聞きました。
それで、夜通し飛んでその宿場町まで行ってきたんです」
「それは……無理をしていないか?」
「大変な時期ですし、無理は承知ですよ。
とにかくです、そこで色々話を聞いてきましたが、
ここ一年ぐらい、確かにそうやって沢山の人間の引き渡しをする
運び屋達を見る機会が多かった、という証言を得ました。
それでさらに深く調べてみたんですが……
どうもそうやって人間を受け取った運び屋達は、王都や新坂のある東ではなく、
北の方へ向かっていたそうなんですよ」
「北……というと、丹後国か?」
「もしくは、丹波国の何処かに潜伏したのかもしれません。
ここ播磨国と違って丹波国の山林はまだ殆ど手が入っておらず、
廃村が幾つもそのままになっており、
時折野盗が住み着いたりするのだそうです」
「なるほど。そういった廃村の一つに潜伏しているかもしれない、という事か」
「はい。ですが、一日で調べられるのはそこまででした」
「いや……よくぞそこまでしてくれた、ありがとう」
「……俺の取り柄ってこれぐらいですから」
そう言って小さく笑う羽膳だが、どこか誇らしげだった。
羽膳にとっても衛蒼は特別な存在だ。その衛蒼にこうも褒められるのは、
まだ十四の少年である羽膳にとってはたまらなく嬉しい事だろう。
「じゃあ……最後は俺かぁ。ちょっと緊張するねぇ」
虎鎧はそう言って咳払いをする。
「何さ、アンタも緊張する事あるんだ」
「あるよ! 特にこんな場所じゃあな! ちょっと黙ってろ、花南!」
「は~い」
その花南の冷やかしで緊張がほぐれたか、
虎鎧はいつもの調子に戻ったようだ。
「俺はな、羽膳達と違ってちょっと今回の事件と関係の無い事が気になってよ、
そいつについてちょっと調べてきた」
「なぁにアンタ、この大変な時に無関係の事を調べてたの!?」
「だから黙ってろ、花南! えっとなぁ……その、無関係の事なんだけどよ。
去年の冬……如月位の頃にあったあの大事件、覚えてるだろみんな」
「それもしかして……あの、将軍様拉致未遂事件?」
「そう……衛蒼様の大活躍で未遂で済んだあの事件だよ」
将軍拉致未遂事件。あの時も衛蒼率いる侍所の面々が大活躍した。
結果楼京に巣くう犯罪組織の一つが壊滅。
その余波で楼京の一角が文字通り吹っ飛んで、
その場所は未だ復興の途上となっている大事件だった。
「虎鎧、あの事件の何が気になったんだ?」
「衛蒼様、あの事件の首謀者、犯罪組織『狂風』の首魁、
覚えてますか? キショウの奴です」
「ああ……そうだ、鬼衝だったな。……鬼人族の面汚しだ」
「ですが強かったです。当時の俺じゃあ歯が立たなかった。
衛蒼様が倒してくれなかったら、
ここ楼京がもっと酷い事になってたでしょうや。
その鬼衝の奴がですよ、あの時は冬も寒かったんで
特に気にしてなかったんですがね……
首巻きを、していたじゃあないですか」
「……まさか、虎鎧」
あまりの驚愕に衛蒼の声が震えている。
虎鎧は小さく頷いてから更に報告を続けた。
「俺はね、今の喧嘩仲間に当時『狂風』に出入りしていた
小悪党が数人いるんですよ。
そいつらに当時の事を聞いて周ってきました。
あの時『狂風』に出入りしていた者の中に、
右目を髪で隠した優男がいなかったかってね」
「まさか……そんなのいる訳ないじゃない……」
さっきまでの虎鎧をからかうような態度の花南ではない。
あまりに予想していなかった所から出てきた驚愕の事実。
それを認められずにか細い声でそれを否定していた。
「それがな、花南。見た奴がいるんだ、それも何人も」
……その言葉の後には暫し誰も言葉を発しなかった。いや、発せなかった。
もし、その証言が真だとするなら……。
「……逆徒は、一年前からじゃない。少なくとも一年半……
そして、恐らくはそれより以前からここ楼京に潜伏し、
この世界を転覆させんとする陰謀を張り巡らせていた、そういう事か」
その衛蒼の言葉に、しばらく誰も反応すら示せなかった。




