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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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五十一話 侍所 その二

「……良くない予感がする。多分、この件はしっかり調べておかないと、

 後で酷い事になる……と思う」


「そう……? 人間を秘密裏に何処かへ運んでるだけ、

 とも言えなくはないけどね。まあ……宴会の準備にしては

 ちょっと凝り過ぎてる気はするけど」


羽膳の予感を大袈裟だと言う花南。

それは多分人間に対する認識の違いじゃないかと羽膳は思うが、

ここでそれを言及しても意味はないだろう。


「花南、あの人間達が育ったっていう牧場の場所、教えてくれ」


「それはいいけど……もしかして行ってくるの?」


「そう、ひとっ飛び行ってくる。その変な服従印を刻んだ奴の手掛かりでも

 残ってるかもしれないし」


「えっとぉ……じゃあ私は?」


「牧場から人間達を買って解体して売ったっていう商人がいるんだろ?

 そいつをちょっと調べて来てくれ。

 えっと……そうだな、もしかして一人だけじゃ危ないかもしれないけど」


「それなら虎鎧を捕まえてから行ってくる。

 アイツのうろつきそうな場所は分かってるからね」


「じゃあそれで頼む。虎鎧が見つからないようなら落葉でもいい。

 とにかく……気を付けて」


牧場の場所を聞いた羽膳は、文字通りあっという間に飛んで行ってしまった。


「人間の密輸程度で、おおげさねぇ……」


やや呆れ気味の花南だが、一応の上司である羽膳の命令でもある。


「それじゃあ……あの馬鹿のいそうな場所でも行ってみますかぁ」


羽膳を追うかのように、花南は足早に詰所を後にした。







二年間、里を出てから楼京で過ごした。新しい事ばかりの二年間だった。

その間に色んな種族と出会った。

仲良くなれた者もいれば、戦うしかなかった者もいた。


鳥人族随一の戦士を自認していた羽膳だったが、結構な数の敗北を味わい

世界の広さを知った。勿論負けたままでいられる筈もなく、

それから必死に鍛錬を重ね、大体の相手には既に復讐を済ませた。

侍所の他の面々もその中に含まれており、

そのせいで虎鎧からは良く思われてないのも知っていた。

まあ……それも含めてだ、里にいたそれまでの十二年と違い、

楼京に来てからの時間は本当に濃密だったと思う。


そうして今は侍所の所司代という仕事を勤めさせてもらっている。

以前は閑職だの無駄飯食らいだのと言われていたらしい侍所だが、

現在の所司の華々しい活躍によって、誰もがその認識を改めている。

そういった諸々も含めて、自分は恵まれた環境にいると羽膳は思っていた。


だが……それでも、胸にしこりのように残っている思いがある。


鳥人族は魔族を恐れてはいなかった。

何故なら空を飛べるのは鳥人族だけだったのだから。

実際、初代魔王に帰順を迫られた時も飛んで逃げ回って事なきを得たらしい。

それ自体に思う事はあったが……それはまた別の話だ。

とにかく、そんな鳥人族が唯一恐れるものがあった。


……人間だ。奴等は弓や弩などを用いて、

空飛ぶ鳥人族の戦士を平気で撃ち落としていたらしい。

里にいた頃に何度も聞かされたその人間の武威に、

密かに戦って打ち負かしてやりたいという思いを育ててきた。


それが……なんだ!

牧場に降り立ち人間達の調査を始めた羽膳は、

眼前のつまらない現実に幻滅に近い思いを抱え込んでいた。


(……本当に、ただの食糧に成り果ててるんだな)


眼前に並ぶ人間の子供達は、ただ物珍し気に羽膳を眺めるだけだった。

弓を番える者は勿論、敵意を込めた視線すらそこには無かった。


「じゃあ君達、いくつか質問があるんだけど……順々に答えてくれな」


口には出せぬ鬱屈とした思いを噛み殺しながらも、羽膳は仕事に取り掛かった。







「やあっぱりここにいたぁ!」


「……何だ、花南かよ」


楼京の大通り、いつものように人でごった返しているその一角で、

大勢の群衆が輪のように二人の男を取り囲んでいた。

ここ楼京の華とも言われ、ある種名物ともなっている喧嘩である。


元々血の気が多い魔族の若集が、

名を上げようと世界中からここ楼京に集まっている。

結果至る所で暴力沙汰が巻き起こるようになった。

来月武芸大会が控えている今の季節は、特にこの華が満開と咲き乱れている。


勿論みだりに暴力を振るう事は法で禁じられている為に、

喧嘩とはいえ、やり過ぎた者は役人達にしょっ引かれ罰を受ける事になる。

だがちょっとした荒事ならば役人達も黙認するのが慣例となっていた。

そもそも手が回らないし、若者の激情を慰撫する場が必要なのも確かだからだ。

更に言うのなら、ここ最近は喧嘩でやり過ぎた者など一人もいなかった。

この楼京に住むならず者達は皆……とある男が本気になるのを恐れているからだ。

そういった条件が重なって、良いのか悪いのか……

楼京では喧嘩は安全な娯楽として親しまれてしまっていた。


花南は群衆を掻き分け騒ぎの中心に向かう。

お目当ての虎鎧はいつものように喧嘩に明け暮れていた。

街中での喧嘩となれば虎鎧は無双の強さを誇り、

今日も今日とて挑戦者を叩き伏せて勝ち誇っていた。


「おっ、花南の嬢ちゃんか。一戦やっていくのか?」


「虎鎧の奴だとその辺の若いのじゃあ賭けにならねぇんだよ。

 その点花南の嬢ちゃんならいい稼ぎになりそうだぁ!」


群衆の無責任な野次に、花南は笑いながら答える。


「おじさん達知ってるでしょ? 私達、一応役人なのよ?

 取り締まる側なの、本当は! さあ散った散った!

 今日の喧嘩はこれでお開きだよ!」


群衆も慣れたもので、じゃあしょうがねぇやと思い思いにその場を去る。

そしてさっきまで騒ぎの中心にいた虎鎧といえば、

楽しみを奪われて子供っぽく不貞腐れていた。


「虎鎧、仕事だよ!」


「仕事ぉ!? さっきまで俺は喧嘩の取り締まりってぇ仕事をやってたんだよ。

 それを邪魔して何が仕事だぁ!?」


「アンタ、率先して楽しんでんじゃん!

 それでな~にが仕事さ! 仕事ってのはねぇ……

 私が昨日やってたような、つっまらない解析とかの事を言うんだよぉ!」


「ご愁傷様。それじゃ俺は次の喧嘩を探しに行くぜ」


「待ちなって……ちょっと今回の仕事は危険かもしれないからって、

 アンタを連れて行くように言われてんだよ!」


「それ……羽膳の野郎の命令だろ?」


「何まだ不貞腐れてんの!? 誰の命令だろうとねぇ、

 アンタが来なきゃ私が危険な目に遭うの! 分かったらサッサと付いてくる!」


昔馴染みの二人である。口で花南に勝てた例のない虎鎧は、

いつものように両手を挙げて参りましたの意思表示。







「……で、何処に行くんだ?」


歩きながら虎鎧は聞く。虎鎧程ではないとはいえ、

花南だってその辺のならず者より遥かに強い。

この二人が必要という念の入れ様に、虎鎧としても警戒しているのだ。


「商人の家。人間を中心に商いをしてる……栃野屋、だっけ?

 とにかくそんな名前のお店」


「商人……? 何だってそんな所に俺達二人が必要なんだよ?」


「私も大袈裟だとは思う。だけど羽膳が悪い予感がするって言うもんだからさぁ」


「なるほど。所司代様ともなりゃ、そういった鼻も効くようになるのかねぇ」


皮肉とも呼べない虎鎧の負け惜しみに、流石に花南も言い返す。


「……いい加減格好悪いよ、虎鎧!

 ちょっと勝てなくなったぐらいでしみったれやがってさぁ!」


「何だとぉ!? テメェだってずっと昔に追い抜かれたままじゃねぇか!」


「……そうだよ。あの子……羽膳はさ、悔しいけど私なんかとモノが違う。

 だから私はスパッと諦めてね、まだ頼りない羽膳を支える側に回る事にしたの」


「俺は……そんな風にならねぇ!」


虎鎧の脳裏に浮かぶのは、模擬戦が終わった後の羽膳の目だ。


強くなったとはいえ羽膳はまだ子供。

だから自分がどんな目で虎鎧を見ているか、分かってなんていないんだろう。

あの気を遣うような……憐憫の情すら僅かに感じるあの視線を、

倒れ伏したままの虎鎧がどんな思いで見ていたか……。


「……私もさ、アンタならまだ全然追いつけると思うよ、ホントにね。

 でもさぁ、そんな風に腐ったままだとその機会すらなくなっちゃうよぉ」


「……うるせぇ」


花南がそこまで自分を心配していると知り、

返す言葉を無くした虎鎧はうざったげに会話を打ち切った。


このままじゃあいけない、それは虎鎧だって分かってる。

このままじゃあ……。


「着いたよ、栃野屋」


いつの間にか目的地に着いていたようだ。

羽振りの良さそうな『栃野屋』の看板を憎らしげに睨みつけ、

虎鎧は花南を先導するように暖簾をくぐった。


「邪魔するぜ、侍所目付の虎鎧ってモンだ」


「同じく目付の花南、よろしくね」


「おや、これはこれはよくぞお越しに」


この暑い季節に不自然に着膨れした犬人族の男が笑顔を浮かべて応対していた。

……商人というのは、自分の権勢をその装束で示さねばならない掟でもあるのか、

見るからに高級な着物を羽織り、絹の反物らしき首巻きまで巻いている。


「今日はアンタ達が野盗に奪われた人間について聞きたくてね、

 それでここまで来たんだけどさぁ……」


「いやぁそれはそれは……。私達の方からお礼の品を持って伺おうと

 話し合っていたところだったのですよ。

 何しろ危険を冒して商品を取り返してくださったのですから。

 それをわざわざ……」


「止めとくれよ、そういうのは賄賂って言われてさ、上司が煩いんだよぉ」


……花南が世間話を交えつつ、この栃野屋の主人から事情を伺っている。

虎鎧から確認できる分には、この主人は随分と協力的だ。

花南に言われるままに、帳簿やら納税証やらを持って来させている。

傍からは怪しい所など全く無いように見える。だが……。


(羽膳の奴じゃねぇけどよ、なんかおかしい……そんな気がする)


あまりにも出来過ぎている。花南の質問への対応が全てにわたり完璧だ。

まるで……予め質問への回答を用意していたような。


にこやかに振舞う花南とは正反対の怪訝な視線を向けてくる大男。

その虎鎧の視線に気付いた栃野屋の主人は、

何故かしきりに首巻きを気にしだした。


「暑いのかい、栃野屋の旦那? そんな首巻きなんて取っちまえばどう?」


花南が不思議に思ってそう聞いた。なんて事の無い質問の筈だが……

ここで初めて栃野屋の主人の返事がどもる。


「い、いえ……最近手違いで熱湯を被っちまってですね。

 それで……そ、そう! この首巻きを巻いてるんですよ。

 お客様に見せるにはちょっと忍びなくてですねぇ」


「ありゃあ……そりゃ御気の毒様。養生しなよぉ」


とりあえずはそれで追及は終わる。

今回は野盗に盗られた人間の話をしに来たのだ。

別に店の主人のお洒落に文句を言うためじゃない。







「退屈させたね、虎鎧。書類も証言も全部確認したよ。

 どうやら本当に書類の手違いだけだったみたいだね。

 不審な所なんて何もなかったよ」


「……そうかよ」


店頭でのちょっとした取り調べが終わったようだ。

花南が精査した結果、この商人はシロ、と出たとの事だ。


「辺鄙な獣道を使ってた理由は?」


「それは頼んだ運び屋が勝手に選んだ道だってさ。

 そいつらが街道の関所を避けて通りたいからと

 無茶な道を選んだもんだって、旦那も怒ってたよ」


「へえ……」


虎鎧は花南から視線を外して後ろにいる店の主人を眺める。

主人は先程呼び出した運び屋の男を叱り飛ばしていた。

……なるほど。証言もしっかり取れているらしい。


怪しい所は何もない。それが……虎鎧は気に入らない。

羽膳の優等生然とした態度が気に入らないように、

あの主人にもむかっ腹が立つのだ。


「あ……ちょっと虎鎧!?」


花南を押しのけ主人の方へ進む。

八つ当たりを大いに含んだ虎鎧の追及が始まった。


「よぉ……旦那。今日は邪魔したな」


「い……いえいえ、邪魔などとは全く思っておりませんよ」


冷や汗だろうか……額からにじみ出るそれを主人は首巻きで拭う。


「そりゃあ良かった。でもな、やっぱり役人なんかが店の前を

 うろちょろすんのは良くねぇって思ってたのさ。

 で……詫びの代わりに一つ助言があるんだよ」


「じょ、助言ですか?」


「ああそうさ」


虎鎧は有無を言わさず首巻きを掴む。


「今日みたいな暑い日にそんな厚い反物を巻くのは良くねぇだろ?

 もっと薄いものにしとけばいいよ。ひとまずそれ取りな。

 俺が旦那に良さそうなのを見繕ってやるよ」


「い……いえ、結構です! 放してください!」


「そう焦んなくていいよ。俺達のせいで今は客もいねぇんだ。

 旦那の火傷を気にする奴ぁいないのさ」


力ずくで首巻きを剥ぎ取る。


「うひゃああああ!」


主人は情けない叫び声をあげて両手で後ろ首を隠す。

残念ながらよく見る事が出来なかったが、

主人が隠したそれは間違いなく火傷の痕ではなかった。


「だ……誰か、誰かぁ!」


主人の奇行に店内が騒然としだし、店の奥から用心棒らしき男達が三人、

待っていたと言わんばかりに武器を携え現れた。


「あの役人が乱心なされた! 追い出せ……い、いや、殺してしまえぇ!」


そう叫ぶと主人は後ろ首を隠したまま店の奥へ逃げて行った。


「ちょ……ちょっと虎鎧! どうなってんの!?」


主人の豹変ぶりに花南が慌てている。

花南はこういう予想外の出来事に弱い。


「この三人は俺がやる。お前は主人を追え」


だから花南には指示を与えて何も考えさせない。

長い付き合いで知っている。

慌てていてもこうしておけば花南はその指示だけはしっかりとこなす。


「……分かったよ、アンタも気を付けて」


羽膳との追いかけっこで身に着けたのか、

花南は素晴らしい俊足で男達の間をすり抜け店の奥へ向かった。

慌ててその後ろを追おうとした男達に虎鎧が声を掛ける。


「おっとぉ……テメェらの相手は俺だよ、よそ見はしない方がいいぜ」


虎鎧は腰に下げた自慢の武器を取り出した。

三本の鋼の杭が組み合わさったようなそれは、釵と呼ばれる武器だった。

左右二本の釵をそれぞれ順手と逆手に持ち、中腰で構える。

虎鎧は町の喧嘩などではこの武器を決して手に取りはしない。

何故なら……これを使うと、間違いなくやり過ぎてしまうからだ。


「……こちとら喧嘩の邪魔されてまだ気が立ってたんだよ。

 悪いけどなぁ……本気でやらせてもらうぜ!」







店内は主に血飛沫で酷い有様になってしまった。

ちょっとやり過ぎてしまったかもしれないが……

その責任は上司に被ってもらおう、そうしよう。

そう思い満足げに笑う虎鎧だが、自身も返り血で結構酷い姿だった。


「花南、そっちはどうだぁ!?」


三人の死体を跨いで店の奥に入る。


「大丈夫、捕まえてあるよ」


軽く息を荒らげた花南の下には、うつ伏せに倒れている主人の体が見えた。


「殺したのか?」


「昏倒させただけだよ、アンタと一緒にすんな」


「……俺だって、ちょおっと撫でただけさ」


「ハイハイ……でもさぁ、これ……どう思う?」


花南に促されて視線を移したその先、栃野屋の主人の後ろ首には……。


「服従印……か?」


つまり……この男は服従印に操られていたから、

印以外の事には淡々と、焦る事もなく完璧に対応できていた、という事か。


「だよねぇ……。えっとぉ……魔族に服従印を刻むのは……」


「重罪だ、処刑もある」


二人は暫し言葉を無くす。

羽膳が言った悪い予感とやらの正体に、今更ながら戦慄を覚えていたからだ。

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