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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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五十話 侍所 その一

その奇妙な事件は、誰にも知られる事もなく

取り返しがつかぬ所まで進行しておきながら、唐突に露見した。







既に葉月に入り涼しくはなってきたものの、

その日はここ最近で特に暑かった。


播磨国、人通りが皆無に近いとある小道を十人程度の一団が歩いていた。

武装した魔族が六人に、それに続く三人の人間。

一般に人間は脆いとされているため、

余程の近距離でなければ人間の輸送には荷馬車などを使うものだが、

その一団は人間を素足で歩かせていた。


それもその筈で、その六人の魔族は野盗であり、

偶々近場を通りかかった人間を輸送していた旅団を急襲し、

三人の人間を奪いここまで逃げて来ていた。


「まさかあんな獣道を人間を運ぶのに使ってるなんて、

 思ってもみませんでしたなぁ」


一人の魔族がそう言って笑う。

野衾族、そう呼ばれる彼等は獣人と呼ぶに相応しいその容姿に、

皆長い袖を持つ服を纏っている。


「そうだな。護衛はそれなりには強かったようだが、

 深夜、しかも木々茂る獣道だ。我々に機動力では敵わんよ」


話を振られた魔族は笑う。

彼等野衾族は木々の間を滑空して飛べるという種族特性を持っており、

これを利用した四方八方からの襲撃に絶対の自信を持っていた。

今回の襲撃も、地に足を降ろして戦えば勝ち目がなかったであろう相手を、

一方的に攪乱した挙句に積み荷の一部を奪う事に成功していた。


「しかし……あんな辺鄙な道を使って人間を運ぶって、

 何やら後ろめたい事でもあったんですかねぇ」


「詮索は無用だ。とにかく追手が来られると面倒だからな。

 こいつらを売るにしろ食べるにしろ、今はここから離れた方がいい」


視線を後ろにいる人間に向ける。

誰もが無理矢理に拉致されたせいか怯えすくみつつも付いてきている。

目は既に死人のように光を失ってはいたが、纏う衣服は上物のようにも見えた。


(これは……売った方が実入りがでかいか?)


野盗の親玉はそう思い舌なめずり。

ただ市場で人間を売るとなると役人が税を徴収しにやって来る。

人間の売買は酒と同じく税がかかるのだ。


「楼京で売るのはちょっと難しいですよ?」


「分かってる。幕府のお膝元だ。俺だってそんなに馬鹿じゃねぇよ」


「であれば……やっぱりこの辺だと新坂ですかねぇ。

 最近は野盗が暴れまわってるらしくて色々と品不足だとか。

 高い値が付きますよ」


男達は笑う。大金をせしめ酒と女に囲まれる自分達でも想像しただろうか、

随分と顔に締まりがない。


「ちょっと遠いが行く価値はあるな。

 なぁに、万が一役人が追ってきたとしてもだ。

 森に入った俺達に機動力で勝てる奴などいやしねぇ!」


「ですねぇ! 我々以上に空を自由に飛べる奴がいれば別ですがね。

 そんな奴ぁいやしねぇですし……」


その時、空から何かが降ってきた。

大きな鳥のようにも見えたそれは凄まじい速さで上空から落ちてきたかと思えば、

今は男達の眼前で悠々と浮遊していた。

羽ばたきをする度に高度を落としたそれは、

三度目の羽ばたきの後に地に足を降ろす。


(そういえば……聞いた事があったな)


そのあまりに仰々しい何者かの登場に、

野盗の親玉は一つの噂話を思い出した。


魔王様がこの世界を支配して百年は過ぎようとしているが、

未だ魔王様に服従する事なく生きる魔族も僅かながらに存在する。

その中に魔族の中で唯一、空を滑空するのではなく

飛ぶことが出来るという一族がいる。

その一族……鳥人族が最近幕府の功績により魔王様に帰順し、

その内の一人が何の用か楼京に滞在しているという話だったか。


短くまとめた髪と瞳、その色は同じく濡羽色。

小柄な体躯に人間に似た容姿。だが人間と大きく異なる両腕の翼。

その大きな黒い翼を両手に纏い、袖の無い白袴を着たこの男。

それがまさか……その鳥人族だとでもいうのか。


「幕府侍所、所司代のウゼンという者だ。

 荷が人間であることは上空より確認している。

 知っておろうが人間を商う際は幕府より税が徴収されるが、

 果たして……貴方達は納税の証を持ち合わせているのかな?」


荷を検めに来たその男がここに降り立ったのは、全くの偶然からだった。







楼京幕府に侍所というものがある。武士の統括が主な任務であったそれは

人間の治世ではそれなりに大きな組織だったそうだ。

しかしこの魔族の支配する今となっては幕府に兵権が無いために、

数名程度が主に楼京の荒事を片付けるためだけに配属されている。

言わば閑職であり、長く無駄飯食らいの代名詞だった。


ただ、最近は少し様子が違っている。


「ねぇ~羽膳? 何でアンタはお使いに行っただけなのに

 賊を連れてくるのかなぁ!?」


額に三つ目の瞳を持つ短い金髪の女性が、

翼から羽を毟り取らんと鳥人族の男を追いかける。


三つの藍色の瞳を駆使して縦横無尽に動き回る鳥人族を

捕らえようと走り回るその女性は、可愛いと呼んでいい程度の容姿に

童女が着るような丈の短い着物を羽織っていた。

体格も女性というよりは少年のそれに近く、

鳥人族の男が小柄な事もあってか、

傍目からは子供達がじゃれ合ってるようにも見えた。


「偶々見つけたんだ。なんだ花南、賊を取り締まるのは楼京の治安にとって

 いい事だろう。何故そうも機嫌が悪いんだよ」


ウゼンと呼ばれた男は逃げ回りつつも淡々と返す。

どうやらカナンと呼ぶその女性に追われるのは慣れているらしい。


「仕事が増えるの! どれだけ働こうと禄は変わらないんだから、

 あんな野盗なんか見なかった事にすればいいじゃない!」


「馬鹿を言うな。俺は自分の仕事に誇りを持っているんだ。

 そんな下らん理由でふざけた真似が出来るか」


議論は平行線のまま。これもいつもの事だ。


「バタバタ騒ぐな! お前等いい加減飽きねぇのかよ!」


鍛え抜かれた肉体を持つ、縞柄の獣人が大きな声を上げる。

侍所の詰所は昔の名残か間取りは広く、

彼等二人が走り回る余裕は十分にはあるものの、

下らない理由で周りを走り回られるといい気がするものではない。


「飽きな~い。で、今日こそは十枚目の羽を奪いたいの。

 大台に乗るのよ、そうすると!」


「だから、欲しいんなら抜けたのをやるって……」


「ち~が~う~の~! 抜けたのじゃなくって抜いたのが欲しいの!」


「変わらないって……虎鎧も言ってやってくれ。

 そもそも知ってるだろ? この騒ぎは全部花南の奴が……」


「お前が逃げ回らずに羽を毟らせれば済む話だろ!」


コガイと呼ばれた獣人は、半ば本気で怒っていた。

どうも最近は虫の居所が悪いらしい。


「この間そうしたよ! そしたらコイツ、

 翼が無くなるまで毟る勢いだったぞ!

 それは流石に仕事に差し障るんだって……しかもだ!」


「逃げない羽膳から毟った羽は戦果に含めませ~ん」


「これだよ!? 毟られ損もいい所だ!」


「……ええい! とにかく黙れお前等!」


その大声に流石に足を止めた花南は、意地悪な笑みを浮かべて虎鎧を見る。


「なんだ虎鎧、アンタまだ所司代になれなかったのを根に持ってんの?」


「なっ……!?」


狼狽える虎鎧、どうやら図星のようだった。


「そりゃあさ、羽膳はアンタより四つも年下の元服前のガキだけどぉ。

 それでも飛べるってのは便利よね。使いっ走りには最高の人材じゃない?」


「たかが使いっ走りだろ!?」


「……使者も立派な仕事だ。虎鎧達がどう言おうと俺は誇りに思っている」


羽膳のそのすました態度が余計に虎鎧の逆鱗を刺激する。

だが……その握る拳を羽膳に向けて振るう事は出来ない。何故なら……。


「そのたかが使いっ走りがさ、この二年ばかりの鍛錬を経て、

 今やアンタよりもずっと強くなっちゃったのよねぇ。

 勿論私も追い抜かれたんだけど、さ」


そう……二年前羽膳がここに初めて来た頃は、

素早いお使いだけが長所の何も知らない子供だった。

それが今や、この楼京でも指折りの戦士にまで成長してしまっていたのだ。

ここ半年、虎鎧の羽膳との模擬戦の結果は虎鎧の全敗となっている。

いつの間にか、埋めがたい程の力量差が二人の間に横たわっていた。


だが……それでも経験豊富な自分が所司代に選ばれると思っていた。

思っていたのにだ。今所司代として自分達の上司となっていたのは

羽膳という名の少年だった。

そして……同僚達も素直にその結果を認めてしまっていた。

それが、虎鎧には許せなかったのだ。


「……見回りに行ってくる!」


そう言うと虎鎧は逃げ出るかのように詰所を出て行った。


「……アイツも、そんな事で腐ってるから強くなれないのよ」


深い同情の込められたその言葉が、虎鎧に届く事は無かった。







「取り調べ、終わりましたけど……何ですか?

 さっき虎鎧さんとすれ違いましたが……また怒らせたんですか?」


入れ違いに長身の優男が詰所に入って来る。

人に近い容姿に複雑な形状の角を持つ竜人族のその男は、

ボサボサの長髪をまとめるでもなく好き放題にさせており、

前髪に至っては鼻の頭にまでかかる惨状であり、表情すら碌に読み取れない。


「アイツが勝手に機嫌悪くして出て行ったのよぉ……」


花南が不服そうに言葉を返す。


「あの人、あの図体で心根は繊細だったりするんで、

 からかうのも程々にしてくださいね」


「……落葉、それで取り調べで何か上に報告が必要な事ってあったか?」


自分が虎鎧の癇癪の原因であることは羽膳も察しているので、

そう言ってあからさまに話題を逸らした。

そのラクヨウと呼ばれた男も、寄人と呼ばれるこの侍所の役人である。

上司である羽膳の言葉に素直に答えた。


「いえ……彼等自身は普通の野盗ですね。余罪が幾つもあるでしょうから

 法に照らして適当な罰を科すのがよろしいかと。ただ……」


「ただ……何だ?」


「奇妙な事が二つ。一つは彼等が人間を奪った場所です。

 あの野盗達が襲った商人なんですが、

 普通の商人が通るような街道ではなく、小さな馬車がやっと通れるような

 獣道を隠れるように進んでいたんだそうです」


「……脱税目的かな?

 それにしても街道を避けるのは割に合わない気がするけど」


「ですよね。実際野盗に襲われた訳ですし。

 で、もう一つの方なんですが……人間達にも一応色々事情を聴いたんです。

 そしたらもう、何を聞いても分からないの一点張りで」


「……人間だしなぁ、本当に何も分かってないんじゃないのか?」


「ですがね、自分達がいた牧場について聞いても分からない、なんですよ……」


「それは流石に知ってるよなぁ……どういう事だ?」


羽膳は悩む。鳥人族の里を出てから経験を積み強くもなった。

だが難しい事を考えるのは相変わらず苦手だった。

こういう時は年長の部下を頼ろうと、花南に話を振る。


「花南、お前ならどう見るんだ?」


「……普通に後ろめたい積み荷だったんでしょ?

 そりゃあ人間は私達の命令には絶対服従だから嘘は付けないんだけどさ、

 それにしたって抜け道もあるのよ」


「抜け道……?」


「服従印よ。優秀な拘束魔術師なら都合の悪い事を聞かれても

 嘘をつかせるような命令を刻む事だって出来る」


「なるほどねぇ……で、そんな事が出来る拘束魔術師って

 どれぐらいいるんだ?」


「詳しい数までは知らない。そもそも服従印と拘束魔術師の管理は

 幕府じゃなくて朝廷の管轄だからねぇ」


「……そうなると、こっちで書類漁っても何も分からないって事か」


「面倒だけど深く調べる方法があるにはあるけど……」


「どうするんだ?」


「服従印の解析。拘束魔術師によって癖とかあったりするしねぇ。

 他にも汎用の服従印は数年に一度、大なり小なり更新されてたりするのよ。

 その更新内容も国によって微妙に違ったりするからね、

 ちゃんと解析すればその服従印がいつ、どこで刻まれたかは分かるのよ」


「じゃあそれを頼む。そういうの得意だろ、花南」


「私の話聞いたの? すっごく面倒なのよ、服従印の解析って!

 禄も変わんないんだからあんまりやりたくないんだけど~!」


「えっと……じゃあ、はいこれ」


自分の翼から羽を一本毟って渡す。


「……あのねぇ、私が自分で毟った羽にしか価値は無いんだけど」


「いや、でもさ。この羽のこの辺見てくれ。ちょっと白いだろ?」


「どれどれ……あ、本当だ!」


「こういう羽って結構珍しいんだ。

 今までの戦利品とは別枠で持っててもいいと思うんだけど」


「う~……じゃあこれで」


花南はその先から根元に至り緩やかに白みを増す一本の羽を受け取ると、

落葉に軽く挨拶をして詰所を出て行った。

 

「……本当に珍しいんですか、あの羽?」


その落葉の言葉に、羽膳は笑顔だけを返した。







管領様の書を各地の領主に渡して周るお使いの途上、

偶々見つけた野盗を捕らえて楼京に連行した。

そこまでは侍所の普段の日常の範囲内に収まる些細な出来事だった。


「羽膳~、ちょっとおかしい感じになってきちゃった」


その次の日だ。花南がそう言って詰所にやって来た。

詰所には羽膳が一人だけ。虎鎧は朝に顔だけは出したものの、

すぐに見回りに行ってしまったからだ。


「おかしいって……何があったんだ?」


「昨日の人間の服従印ね、解析して育った牧場は分かったのよ。

 それでついでに納税関係の書類も調べてみたんだけどね……?」


言われた以上の事をしてくれる花南は、

面倒だという割には仕事に対して真摯であると羽膳は思う。


「納税されてなかったのか?」


「逆よ。あの人間達、脱税どころかしっかり納税されててね、

 更には既に解体されて売られてしまったみたいなの」


「ん……? いやだって、アイツらまだ生きてるじゃないか」


「そう……なのよね。それなのに、

 納税の書類だけを追っていくとそういう事になるのよ」


「えっと……書類の間違いか?」


普通に考えればそういう事になる。

だが……もしそうではないのなら……。


「そうじゃないのなら……分かる、羽膳?

 どこかの誰かがわざわざ税金を払って正規の手続きを全て済ませた後に、

 報告を偽ってまで、あの人間達をこっそりとどこかに

 密輸しようとしていたって事になる」


日常から外れ、騒乱の日々が訪れつつあるような予感が、羽膳にはあった。

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