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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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五話 干し肉

あれから一刻はずっとこの森の中を歩いてる。

どこに行けばいいのかなんて分かってないけど、

あの場所からは離れるしかなかったし、しょうがない。

ちなみに、あの集落に着くまでは森の中の傾斜を降りるように進んでいたが、

今は逆、傾斜を登りながら進んでいる。

この世界が本当に魔族に支配されてるっていうんなら、

極力人の少ない場所に行った方がいいと思ったからだ。


森の中で引きこもって暮らす……そんな考えに魅力は感じなかった。

そもそも、畑で育てたもの以外腹に入れた事なんかない。

主食の粥を作るには綺麗な水に雑穀が必要だけど、

水はともかく雑穀は森の中には無いだろうし。


(となると、適当な集落探して畑から何か盗むかぁ……)


畑から盗む、という言葉に何か覚えがある気がしたんで、

俺に残る僅かな記憶を辿ってみる。







「こっちもやられてる……!」


精魂込めて育てた芋が粗方掘り起こされてるのを見て、

姉さんは服が汚れるのも厭わず地に倒れ伏した。

綺麗好きの姉さんにしては珍しい。


「あっちの柵……下の方に穴が掘られてて、

 入れるようになってたみたいだって……」


慰めの言葉なんて思いつかなかった俺は、

それならと簡潔にこの惨事の原因を伝えた。


今は数人の人間がその穴を埋めたり近隣の柵を点検したりと、

牧場の畑はにわかに騒がしくなっている。


「もう許せない……。こうなったら罠仕掛けてさ、

 あいつ等捕まえて食ってやろうよ。芋の復讐しないと」


姉さんの落胆は俺の想像以上だったようで、発言が随分と不穏当だ。


「罠って……どうやんの?

 それにさ、猪ってあの猪だよ? 食べられる訳ないじゃん」


「食べられる筈なんだけどね……。私も食べた事ないけど、

 ジビエ料理って言って、結構美味しいらしいよ。」


「へえ……食べられるんだ、猪って」


「そうだよ……ってあれ、見て見て。

 今柵を修理してる狼人族、あいつが今齧ってる干し肉がさ、

 多分猪の肉を使ってるんじゃない?」


確かに何か茶色の紐みたいなのを齧ってる。

猪があれに変化する過程が全く想像出来ないけど、

姉さんが言うからには間違いないんだろう。ちょっとした驚きだ。


(しかし、どうやって猪が紐になるんだろう……)


「猪かぁ……あいつ等、外の世界を自由に動き回れるんだから、

 そこで好きなものを食べてればいいじゃない。

 私にはこの牧場しかないのにさ、

 どうして私の畑まで盗みに来るかなぁ……」


「いや姉さんの畑じゃないよ。俺達皆の畑だから」


その俺の言葉はどうやら届いてないようで、

姉さんはただ切ない瞳で柵の向こうを眺めてた。


ちなみに、物知りな筈の姉さんだったが、

何故か獣の罠に関しての知識は無いそうで、

結局猪を食べた事は無かった気がする。







(姉さんは……俺より先に出荷された。

 そして、出荷されたって事は、もう食べられてて

 この世にはいない……のか……?)


そう思うと、記憶の中の姉さんの一挙手一投足が、

狂おしいほどに懐かしく感じる。もう会えないかもしれないと

思った時に、怒りや憎しみよりも郷愁の念が強くなってしまうのは、

俺が実は姉さんの死を受け入れてしまったからなんだろうか?


(……分からない。多分現実感が無いんだ。

 受け入れたっていうより、処理の仕方が分からないから

 棚晒しのまま動かせない、そんな感じだ)


ならまだ動かすべきじゃない。今は何とかしなきゃいけない問題が

山のようにあるんだ。怒る、悲しむ、懐かしむ……どっちにしろ、

少し状況が落ち着いてからでいいと思った。


そして、目下の問題は食糧の確保だ。


(猪の真似をして、畑の芋でも掘ってみるかなぁ……)


ついでに猪を狩ってあの時の芋の恨みを晴らしてみようか、

なんて考えてみた。そうやって猪の調理法を思い悩んでいたその時だ。

後ろの方から獣以外の何かの声が響いてきた。


(もしかして追ってきた? ならそっちをまずどうにかするか)


そういえば、結局昨日の牧場で何が起きたか伝えてない。

これじゃあ鋼牙としては一度負けたとしても俺を追うしかないだろう。


(犯人はあの蜥蜴男だ……とでも言い捨ててから逃げるべきだったかな)


もうそれは仕方がないと気持ちを切り替える。

隠れてやり過ごすか、隙を突いて攻撃するか……相手を見てから決めたい。


(相手から見つからずに、こちらからは相手が目視できて、

 更に不意打ちをするのにちょうどいい……そんな場所に陣取っておきたいが)


左右を見渡すがあまり良さそうな場所はない。なら上はどうかと見上げると、

すぐ近場に大きく横に伸びた太い枝を持つ木があった。


「木の上……か。いけるかもしれねぇな」


(大人が子供を探すんなら、足元は注意しても頭上は気にしないだろ。

 しかも高所ならこちらからは相手が見つけやすくなる筈だ)


その木の真下まで移動し、透明の腕を太い枝に巻き付けて、

体を引っ張り上げるようにして枝の上に登る。

視界が思ったより良くはないけどこの際しょうがない。


準備は出来た。しかも今の状況を考慮すれば、

最良と言ってもいい隠れ場所を確保できたと思う。

そうして俺は、魔族の追っ手を息を潜めて待ち構えた。


暫くして現れたのは毛むくじゃらの小男。背丈は俺と変わらないぐらい。

種族名までは分からないけど、狼人族や蜥蜴男よりはまだ戦えそうだ。

勿論、やるとしても不意打ちで終わらせるつもりでいる。


だけど、その小男の少し後ろにもう一人いるのが見えた。

一対二になると、勝てるかどうかもそうだが何より面倒だ。

やり過ごす事に決めて、ただ気配を殺す事に意識を集中した。


木の幹に背を張り付け、息を殺す。流れる冷や汗も拭えなくてもどかしい。

鼓動が速さを増し、その音が嫌に耳に響いて他の音が聞き取りづらくなる。

足音が近づいてきて、そして……木の下を……通り過ぎた。


 恐る恐る下を見ると、先ほどの小男の背中が少しずつ遠ざかっている。


(……よし、まずは一人)


そしてもう一人、その後ろから近づいてくる男を見る。

あれは……狼人族ほど獰猛そうじゃないけど似たような顔に、四肢も体も細長い。

何よりその両手の爪が恐ろしく鋭く、そして長い。

あんなものが体に突き立てられたら生きてなどいられないだろう。


男の足音が徐々に近づく。再びの緊張に心臓が抗議の声を上げているようだ。

大人しくしてほしいと宥めている内に足音が俺の真下に辿りついた。

そしてその足音は……真下を通り……過ぎない。


足を止めた。勘弁してほしいと思いながら下を見ると、男が鼻を鳴らしていた。


(まさか……匂いでバレるのか!)


もう考える余裕などない。男が木を見上げようとしたその瞬間、

俺は男に向かって飛び降りた。


全体重を乗せた両足が男の側頭部に突き刺さる。

そのまま男の後頭部に尻もちをつくような形で二人倒れ込んだ。


「ん?おい、どうした今の音……?」


先行していた小男が振り向こうとして首を捻る。


(次はあっちか!)


反射的に両手を伸ばし、それぞれの手首から透明の手を飛ばす。

男の頭を掴み、こっちを見るために捻ろうとしていたその首を、

男に合わせて思い切り捩じる。


「おあがっ!」


間抜けな声を上げて男が悶える。


今度は両肩より原始魔術の手を伸ばし、さっき飛び降りた枝に

再度自分の体を吊るし上げ、十分な高度を得たところで木の幹を蹴り、

小男に向かって飛びかかる。俺の左手が右掌を強く握りしめて振り上がり、

衝突する瞬間に男の頭に振り下ろされた。


ぐしゃりと、気持ち悪い感触が左手から伝わってきて、

それを嫌だと思う間もなく小男と縺れて倒れ込んだ。

心臓がうるさくて何も聞こえない。

だから目で確認しようと体を起こし小男を調べる。


……ピクリともしない。どうやら気を失っているようだ。

ならばと後ろで倒れる男も確認したが、動く気配はなかった。


「一対二でも……どうって事ねぇな!」


心臓を落ち着かせようと深呼吸を二、三回。そして立ち上がって

辺りの様子を確認しようとした時、左足首に激痛が走った。


「いたっ……もしかして、足捻ったか?」


最初の男を蹴り倒した時か、二人目を倒して縺れ込んだ時か。

とにかく確認してみると、左足首が赤く腫れている。

これから逃げようって時に、かなり厳しい怪我だ。


(……次やるとしたら、原始魔術だけで戦った方がいいな)


この怪我の対処はどうするか。これは姉さんの記憶を漁るまでもない。

とにかく動かさないようにして放っておく。

何か足首を固定できるものは無いかと辺りを見渡す。

すると後ろで倒れている爪の長い男の背に、何やら荷物があるのが見えた。


片足立ちで跳ねながらそちらに向かい、役に立つものが無いかと

その袋の中に左手を伸ばす。まず掴んだのは木みたいな何かで出来た細長いもの。

先に蓋のようなものがあり、振ると中に液体があるのが分かった。

もしやと思い蓋を開けて中身を少し掌に垂らす。


(水だ!)


これは水筒っていう水を運ぶための容器だと分かった俺は、

急いでそれに口を付け思い切り飲み干した。久々に喉を潤す水は、

信じられないほど美味かった。


収穫に満足しかけた俺であったが、肝心の固定する何かがまだ見つかってない。

だからもう一度袋の中に手を突っ込みかき回す。探るのは紐か長く硬いもの。

するとちょっとざらざらした長いものを掴んだので、それを引っ張り出した。


(何だこれ? 長く硬いものが葉に包まれてる。一応葉を取ってみるか……)


左手一つで何とか葉を剥いてみれば、焦げ茶色の紐のようなものがあった。


(これ……もしかして、あの干し肉か?)


狼人族が齧っていた何かによく似ている。俺は食べた事は無いが、

姉さんが言うには食べられる筈だ。丁度腹も減っているしと

一つ摘まんで口の中に……入れる直前に、ふと、思った。


(……これ、本当に猪の肉なのか?)


加工過程が分からないから何とも言いようがない。

というよりは……危惧したのはこの肉が猪のものじゃなくて……


(人間の……じゃないよな?)


鋼牙の言葉を思い出す。


(俺ぐらいまでの歳まで育てて食用に出荷するんだったか……)


ふざけた話だと今も思う。思い返す度に怒りが湧いてくる。

だけどもあれを聞いてしまった以上、もう肉は食べられない。

そもそも、食べた事がないものを食べて腹でも壊したら最悪だ。


「これは……どこかに埋めておくか」


返す気にもなれなかったんで、仕方なくまた葉に包んで持ち去る事にした。


結局、その場ではもう役立つものが手に入らなかった俺は、

荷物袋につけられた紐を抜き取り、空の水筒を添え木代わりに足首に縛り付けた。

今はもうこれでいいから、さっさとこの場を立ち去りたかった。

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