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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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四十五話 雨

俺の勝ちだと……そう笑いながら言う延老さんは、

俺のよく知る優しい老人に戻っていた。

その変化にようやく実感が湧いてきた。

勝った……なんて恥ずかしくて言えたもんじゃないが、

それでも、認めてもらう事は出来たんだと。


しかし……体は文字通りボロボロだ。未だ左半分の視界が真っ赤のまま。

だからパッと見、延老さんも血だらけに見えてるが、

多分負傷と呼べるのは両腕と額の傷ぐらいだろう。

……本当に、刀も魔術も使わずに、俺を圧倒できるんだ。

随分と無謀な勝負を挑んだものだと気付いたか、今更ながらに体が震えだす。

それを抑え込もうと両手で体を押さえようとするが……


「いってえええぇ!」


動かそうとした両手から軋む音が聞こえた気がした。

……あの後ろ蹴りを防いだ時に骨をやったかもしれない。

良くも今まで動かせたものだ。


仕方なく両手をだらりと下げて、せめて震えているのを誤魔化そうと

延老さんに質問を投げた。


「お、思い出せたって……どういう事だ?」


「ああ、界武君は私を師匠と呼びましたよね……?」


「え? ま、まあ……呼んだけどさ」


あの時凄い嫌そうな顔をされたの、実は結構傷ついてる。


「私の刀のお師匠様はね……武士だったんですよ。

 ああ……武士というのはですね、人間の戦士の事です。

 さぶらいとも呼ばれてましたかねぇ……」


「え!? っていう事は、延老さん人間から刀を教わったのか!?」


「そうです。勿論手取り足取り教えたもらった訳ではありませんがね。

 戦場で何度も対峙しては技を盗んでいったのですよ。

 とはいえ……師と思うその気持ちは揺らぎません」


「へえ……」


「だというのに……魔族の治世が長過ぎましたね。

 私はそんな事すら忘れていた……いや、思い出そうとしなかったのです。

 このまま老いて死んだとあっては、地獄であの武士に合わす顔が無かった」


その辛そうな表情に、歴戦の勇士だけが持つ寂寥感のようなものを見た。


「……ありがとう、界武君。

 老い先短い身だと思ってましたが、死ぬ前に君と戦えてよかった」


頭まで下げられた。ここまでされると恐縮してしまう。


「いや……そんな変な感謝のされ方は、

 どう反応したらいいか分からねぇし……あ、そうだ!」


忘れていた。俺が勝ったのならば戦利品を貰っておかないといけない。


「解除印。あの子の解除印を渡してくれ!

 重罪かもしれないけど、こればっかりは譲れない!」


「ええ、もちろん。私は負けたのです。

 たとえ私も罪に問われようと、解除印は間違いなくお譲りいたします。

 ですが……」


「ですが……何だ?」


「その前に、後ろにいる子に傷を治してもらってはどうですか?」


(後ろ……)


促されて後ろを向けば、荷台から走って来てる人影があった。

まだ視界が良くないからぼやけてはいたが……あの小さな人影は間違いない。


少女が走って来ていた。今にも転びそうなほど危なげな走り方で、

真っ直ぐ俺の方に近づいてきていた。俺の方からも歩いて近づく。

転びそうで不安だったから。

だけど、もしかしたら俺の方が転びかねないほどにフラフラだったから、

余計に少女に心配をかけたかもしれない。


お互いの距離が近づくにつれ、歩幅が小さくなる。

三歩ほどの距離になると不安に押しつぶされそうな表情の少女の顔が見えた。

その顔は涙でぐしゃぐしゃ、紅い瞳が更に紅くなっている。


少女は涙にぬれた顔を腕で拭って、それから両手で俺の顔を包んだ。

ちょっと涙に濡れてひんやりした手が戦いで火照った頬に気持ち良かった。

それから視界が薄く輝き始め、その眩しさにたまらず瞼を閉じた。


(治癒魔術か……。顔にされると気持ちもいいけどちょっとくすぐったいな)


特に鼻の辺りがムズムズする。鼻血を治しているからか、などと思っていると、

少女の両手が頬から離れ右手に移った。

瞼を開ける。するとどうか、紅く染まっていた左の視界が綺麗になっている。

額の傷も塞がったのか、痛みが随分落ち着いている。

鼻血も止まってるに違いない。


「ありがとう……。全然痛くなくなったよ」


感謝の気持ちを伝えると、右手を治療中の少女が恥ずかしそうに頷いてくれた。







ひとまずの治療が終わる。あの酷い痛みの両腕も、今は痛みが引いている。

ただ、それでもあまり動かしたくはなかった。

骨が折れでもしてたらと思うと、やっぱり動かすのは躊躇われる。

そうして両腕の処遇に迷っていた頃には、遠鬼もこっちに寄ってきていた。


そうだ、遠鬼には言っておかなきゃならない。昨日、勝負を任されたんだから。


「どうだ、遠鬼?」


「……何がだ?」


「俺に任せて、良かっただろ?」


「そうだな、だが……」


「だが……?」


「その両腕、骨がやられているか?」


未だだらりと下げている腕を心配されたようだ。

そんな事気にせず喜んでもらいたかったが……

なにせ、この天然鬼は何故か少女を助けたいと強く思っていた筈だから。


「多分……そうだと思う。今は痛みは無いけど……」


「添え木を持って来よう。あと包帯もな。

 定期的に治癒魔術を受けられるとはいえ……

 半月は動かすのを控えた方がいい」


「半月……」


結構長い。その間の鍛錬……いや、それもそうだが食事や水も問題だ。

両手が使えなくても原始魔術でどうにかは出来るが、

それでもその間、相当不便する事になるだろうし。


「なに、気にするな」


「なんでだ? 半月も両手が使えねぇとなると……」


「言った筈だ。この場所なら三ヶ月は軽く籠城できる」


「えっと……まさか……」


「半月、ここでゆっくり休め。なに、俺にあの小娘もいる。問題は何も無い」


(やっぱり……前みたいに俺が治るまで世話する気か、コイツ……)


素直に感謝するべきか、その善意? を疑うべきか……。

迷っている間に、遠鬼は踵を返して歩き出した。

その歩みに迷いが無い事から察するに、

添え木も包帯も、多分この野盗の根城にはあるんだろう。

勝手に使うのは申し訳ないが……墓を掘ったんで大目に見て欲しかった。


「……ありがとう、界武」


遠鬼の背中からそんな言葉が聞こえた。

だから俺は笑って答えた。


「おうよ!」







今さっき激闘が繰り広げられたこの野盗の根城の中央にある広場だが、

銀の腕が多少地面を荒らした程度で昨日の河原よりはまだ綺麗だった。

その隅にある机では、延老さんが腰を下ろして少女からの治療を受けている。


俺が少女にお願いしたんだ。最初は断ろうとした延老さんだが……。


「その少女の事を少しでも知ってもらう為にもさ、

 治癒魔術を受けてくれよ」


その言葉に笑って頷いてくれた。


……この戦い、傍から見れば不毛なものだったかもしれない。

だけど、魔族の延老さんが人間の少女の治療を笑って受ける、

その光景こそが確かに俺の勝ち得たものだった。


それを眺める俺の頭に水滴が落ちてきた。


(あれ……雨か)


空を見上げると、昨日から空を覆っていた厚い雨雲が

ようやく雨を降らす事を決めたようだった。


どうせ体も汚れていたしと、水浴びのつもりでその場に立ち尽くす。

徐々に……徐々に強くなっていく雨音に、俺は日常に帰ってきた事を知る。


戦いは終わった。だけど、これは多分始まりでしかない。

遠鬼は言った、俺の成し遂げたい事は拳でしか成せないと。

ならば……多分これからも俺は戦い続けるしかないんだろう。


ぼうっと雨空を眺めていた俺の肩が叩かれた。

視線を降ろすと雨に濡れた少女がいた。


(まあ……怪我人が雨に濡れっぱなしだと心配するよな、確かに)


その表情から少女の気持ちが容易く知れた。

濡れる俺を心配して呼びに来たようだ。だけど……。


「だけどな……ここまで来たらお前も濡れるだろ?

 次からは遠くから一声掛けてくれればいいよ」


その言葉を聞いて、少女がきょとんとした表情に変わる。


「覚えてないかもしれないし……

 そもそもちゃんと認識出来てたかどうかも分からない。

 でもな、俺はお前に言ったんだよ、その服従印を解除するってな」


少女の表情はまだ変わらない。


「聞いてるよ、その印のせいで喋れなくされてるってな。

 だけどさ、もうすぐ喋れるようになる。

 何処にだって行けるようにもなる。ちょっと面倒な世界だけどさ、

 それでも、自分で行き先ぐらいは決めたいだろ?」


こう言えば伝わるだろうか? そう思って言った言葉。

それを聞いた少女の目から、また溢れんばかりの涙が零れ始めた。

雨で濡れた少女の顔……それでも、涙の筋だけは雨とははっきり違って見えた。

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