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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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四十三話 怒りの矛先

振るう度に拍手のように激しく鳴る音が、その銀の腕の特徴だった。

そしてその音は、その腕の速度に比例するかのように高くなる。


初撃。延老さんの体捌きすら凌ぐであろう速度の魔腕を、

稲妻の如く空から叩き落す。

それを左腕で受け止めた延老さんだが……。


「むうっ!」


腕ごと圧し潰されかねないその圧力に、たまらず防御を諦め受け流す。

それは恐らく、延老さんがこの戦いで格闘術を解禁した瞬間だった。


模擬戦では土汚れを付ける事すら叶わなかった延老さんの服。

その左袖が袖口から弾け飛び露わになった腕は

先程の衝撃からか赤みを帯びている。


二撃目。速度を増した魔腕が鞭のようにしなり打ち下ろされる。

左肩から袈裟斬りにするかのように叩き込まれたその腕を

受け流そうとはしたんだろう。だが……初撃を上回る衝撃に抗しきれず、

延老さんは真横にふっ飛ばされた。


(通用……している! しているぞ!)


想像以上の手応え。このままいけば延老さんの防御を潜り抜け、

一撃を見舞う事だって出来るかもしれない。魔力はずっと温存してきたから、

一分は無理でもその半分は持つだろう。

ならば……このまま押し切る!


次弾は地を削り土煙と共に振りあがる逆袈裟の斬り上げ。

防御も受け流しも諦めたか、横に飛んで回避する延老さんだが……。


「逃がすかっ!」


原始魔術は変幻自在だ。刀では有り得ぬ角度で軌道を変え、

避ける延老さんを猛追する。辛うじて上体を捻り

直撃だけは避けた延老さんの右肩と額を掠めた銀の拳は、

上空で切り返して標的を再捕捉し、鉄槌として叩き下ろされた。


轟音が鳴り響き土煙が上がる。

手応えはあった。間違いなく銀の拳は延老さんに届き、

その体を打ち据えた筈だ。

俺は銀の腕を一旦消す。出しっぱなしにしておくと魔力が持たない。


土煙が収まるまでは猶予があるだろうと、

呼吸を整えつつ左手で鼻下を撫でる。……真っ赤だ。

見下ろせば上着は勿論、帯が解けて露出している上半身が

血と土に塗れている。その酷い有様に苦笑いして鼻をすする。

鼻血は……そろそろ止まるだろうか。

だとしてもこの有様では、この一張羅はもう着れなくなりそうだ。


「……なかなかの切り札だ」


土煙の中から聞こえるが、声の主の姿は見えない。

その口調から少しは感情が聞き取れる。でも……何だこれは?

怒ってるようには聞こえない。楽しんでる風でもない。


「だろう? そろそろやせ我慢は止めて、

 せめて魔術ぐらいは使ったらどうだ!?

 思い知っただろ? この銀の腕は格闘術だけじゃ止めらんねぇよ!」


「魔術……? 何故だ?」


「な、何故って……強化魔術でも使えば対抗できるんじゃねぇのか!?」


土煙が晴れてくる。現れた延老さんの顔……その額から血が流れている。

両袖は弾け飛び、受け流しに使ったであろう左右の腕は赤く腫れており、

小さな裂傷が至る所にできている。

……そりゃあそうだ。昨日の遠鬼の掌を見るに、あの銀の腕は触れるだけでも

皮膚を切り裂くような衝撃を与えるらしい。

如何に延老さんの腕が頑丈であろうと、

魔術を使わなければ防ぎきれるもんじゃない。だが……。


「……それは、ない」


それでも頑なに、魔術を使うのを拒んでいた。


「意地になんのは止めなよ。今ので分かった筈だ。

 刀も魔術も使わずに、俺の銀の腕は止められない!

 このままやりあったら……そっちだってただじゃ済まねぇぞ!」


その警告への返事は、深いため息が一つ。

そして延老さんは、格闘術の指導時のような口ぶりで、淡々と語りだした。


「魔力とは意志を源とする。故に魔術を使うという事は……

 例えば、この拳を魔術で強化するという事はだ。

 私の意志をこの拳に乗せるという事だ。意志を伝えるも同然なのだ」


(意志の……力か)


遠鬼が言っていた、人間達は魔力の事をそう呼んでいたんだと。


「だがな……人間に伝える意志など私には無い。

 当然だろう……食糧に何を伝えろと? 馬鹿馬鹿しい……」


ここまで来るともう絶句するしかない。

この銀の魔腕を以ていくら打ち据えようと、人間を認める事などないと、

延老さんはそう言っているのだ。


「ふ……ふざけるな! このままだと死ぬかもしれねぇんだぞ!

 まだ十分魔力は残ってんだ! まだいくらでも銀の原始魔術は……」


「ならば、打ってみればいい」


「……分かったよ、この分からず屋め!」


右手を振り払うと同時に、その先から銀の腕が作られる。


「いい加減……俺達を認めろおおおっ!」


叫びと共に突き出した右手から稲光が走る。

延老さんはそれを格闘術の構えで待ち構え……。


「防ぐも避けるも無理ならば……打ち返せばいい!」


迎撃するは右拳。


「なっ……!」


銀の腕が跳ね飛ばされた。まさか……そんなやり方が!


「だっ……だけどまだ!」


そう、魔力が切れない限りは、いくらだってこの腕を振り回せる!


上空から、左右から、真下から、ありとあらゆる方向から

何度も銀の拳を叩きつけた。何度も何度も……!

だが最初の右拳から始まり、左の縦拳、回し蹴り、裏拳、跳び蹴り……

ありとあらゆる格闘術で打ち返された。


それどころか……銀の拳が打ち返される度、

延老さんとの間合いが詰まっている。俺は一歩も前に出られてないから、

これは延老さんが徐々に前に進んでいるんだ。


(格闘術で……こんな事まで出来るのか!)


届かぬ攻撃、すり減る魔力、にじり寄る老格闘家。

焦りから息が荒くなり、鼓動も早くなる。だが……打開策は無く。

そうして……いつの間にか俺達の間合いは三歩程度に縮まってしまっていた。


怯えからか竦む体。その一瞬の隙を突かれた。

延老さんが放つは、これまでの雑な前蹴りなんかじゃない。

それは俺の脇腹を狙う鋭い回し蹴り。

咄嗟に跳んで躱しはしたが、掠めた胴には紅い線が引かれた。


そして、そこから始まった連撃は躱す事など出来ぬほどの鋭さだった。


回し蹴りからの後ろ蹴り。俺も習った事がある基本的な蹴りでの連撃だが……

基本だから威力が出ないなんて事は勿論なく、

延老さんが放つそれは木の幹すら砕き折るだろう。


銀の原始魔術を初めて守りに使う。自身の両腕も十字に組んで守ろうとはした。

だがその蹴りは銀の腕を弾き飛ばし、そのまま俺の両手の守りをも跳ね上げた。

肩から先が吹き飛ばされたかのような衝撃。

だが俺は上がりかけた悲鳴を噛み殺す。延老さんの連撃がこれで終わる筈が無い。

そこから正面に向き直った延老さんの打ち下ろすような右拳。

銀色の腕でその軌道を必死に逸らしはしたものの……

それは、完全に逸らしきるには至らなかった。







鈍い痛みがこめかみを突き抜け、頭から地に叩きつけられた。

額が割れて血が流れているのがその痛みから理解できた。

血が流れ込んできたか、左の視界が真っ赤に染まる。


意識はまだ残っている。だけどそれとて朧気で、

まともに体を動かせる気がしない。

立ち上がったところで前に歩く程度の事も覚束ないだろう。

そしてあの強烈な後ろ蹴りを防いだせいだろうか、

左右の腕は共に痛みと痺れで肘から先が言う事を聞かない。


(銀の……原始魔術でも……届かないのか……)


心に満ちるのは絶望……そして敗北と死の予感。

今追撃を受けようものならそのまま命まで持っていかれた筈だ。


だけど来たのは追撃じゃなく、ただ無造作に首巻きを剥ぎ取る二本の腕だった。


「これは……解除ではないな、破られている。

 それでまだ生きているとは……なるほど強運だ」


そう言って延老さんは俺の首を掴んでその身体を吊り上げた。

あの細い腕で良くも容易く持ち上げられる。


(やっぱり……魔族と人間じゃこんなに差があるのか……)


必死で戦ったつもりだった。多少は傷を負わせる事だって叶った。

だがそれは延老さんの人間への認識に傷を入れるには至らずに、

今死に体になっているのは俺だった。

切り札の銀の腕も格闘術で弾かれて、両腕もこのざまだ。

既に万策が尽き果てていた。


だがその死に体の俺に何の用があるのか、

延老さんは吊り上げた俺の喉を握り潰すのではなく、詰問を始めた。


「答えろ。もし遠鬼でないのなら、その服従印を破ったのは誰だ」


「……何故、そんな事を……聞くんだよ?」


「この傷の礼だ。お前を殺して終いにするつもりだったが、

 それでは私の気が済まん。だからお前の逃亡に加担した者、

 全て斬り捨てて来よう。」


今はこの服従印を破ったのが誰かなんて分からない。

だが……それが誰かなんて事はどうでもいい。


「人間を助けたってだけの奴を……躊躇い無く斬ってしまえるのか」


「そうだ」


「どうしてだよ……? どうして……そこまで出来るんだ?」


問わざるを得なかった。あんなに優しかった延老さんでさえ、

俺が人間だと分かった途端これだ。人間とはそこまでされなければならないのか。


「何故そんな事を聞く?」


「だってなぁ……やっぱり俺にはまだ分かんねぇよ。

 俺が額当てをしてた時はさ、あんだけ仲良くやってたじゃねぇか……。

 なのに、俺が人間だってだけでこうまでなるのか……?

 俺達がそんなに憎いのかよ……」


「憎い……? 違うな」


憎いのではないのなら、何だというのか。


「小僧、お前は粟が憎いか? 稗を殺したいと思うのか?

 違うだろう……そういう事だ。人間を評価するのに憎いなんて言葉は使わん。

 美味いか、不味いか……それだけだ」


(何だよ……何だよそれ)


絶望に染まっていた心の奥底から……新たな感情が湧き出てくる。

いや……これは新しいものじゃない。昨日、遠鬼の話を聞いた時から……

いやもしかしたら、少女に会った時から。

もしくは……あの集落で、この世界の常識を知った時からか。

とにかく俺の心の中でずっと、向ける矛先が定まらないまま燻ぶっていた何か。


「お前が殺されるのは私に勝負を挑んだからで、

 娘が殺されるのは食べられるからだ。

 そしてお前の逃走を助けた者は、それが罪だから殺されるのだ。

 そこに憎しみなど無い。何故なら、お前達は食糧だからだ」


(……そうか、そうなのか。

 これが……これこそが、俺の倒すべき敵なのか。

 魔族でも、魔王でも、勿論延老さんでもない……)


俺が守りたいものの為に、拳を振るうべき相手がここにあった。


痺れて動かせない筈だった俺の左手が、俺の首を吊る延老さんの腕を掴む。

赤く染まる右拳も、やはり延老さんの腕に添えられる。


「……何だ、この手は?」


「……俺も、延老さんが憎くないよ」


「何を言っている?」


「だってさ……俺の格闘術のお師匠様だ。お陰様で今も何とか戦えたよ」


「止めろ。お前が人間と知っていれば……」


「遠鬼もそうだし……鋼牙だって……他の魔族もそうだ。

 怖くはあった。あっちから襲ってきたのもあるし……敵意だってあったろうさ。

 でもなぁ……やっぱ、憎いっていうのとは違うんだよ」


何故だろうか、延老さんは黙って俺の言葉を聞いている。


俺は左手でその腕を握り潰そうと力を入れ、

その間にも右手でガツ、ガツ、と腕を叩いて拘束を解こうと試みる。

どちらの力も微弱で、何の効果も示さない。だけど俺は続ける。


「止めろ。痛くも痒くもない」


「怒りもあった、憤りもした。だけどやっぱりそれは魔族に向けられなかった。

 だから随分迷いもしたよ。遠鬼がああ言ってくれなかったらさ、

 きっと今も迷ってた」


「……何故だ? 何故食べられるというのに我々を憎まなかった?」


初めて、延老さんが俺の言葉を聞いてくれた。

こんな状況なのに、それが少し嬉しかった。


「結局なぁ……鋼牙が言った通りだったよ。当たり前なのさ、人間を食べるのは。

 当たり前の事をしてる奴等を憎もうにもさぁ……空回りするだろ?

 そしたら馬鹿みたいだろ? そういう事なんだよ」


「人間が食糧だと……お前が認めるというのか?」


「ふざけんなよ」


「な……!?」


「誰が認めるか! ふざけるな! 俺が許せないのはなぁ……

 人間が食糧でしかないこの世界だ!

 ああそうさ、俺の力も俺の望みもそれに比べちゃちっぽけだよ!

 でもな……だからこそ、俺の手の届く範囲だけは……そんな世界を認めない!

 その中だけはな……人間も魔族も、一緒に笑っていられるようにしてやる!」


延老さんの腕を掴む左手が急激にその力を増した。

右拳の打撃が発する音がより大きくなり、延老さんはたまらず腕を振り払った。


拘束を解かれ一度は地に崩れ落ちた俺の体だが、またすぐに立ち上がる。

傷が回復しているわけではなく、今も変わらず満身創痍だ。

それでも俺の心が、意志が、いくらでも体に力を供給する。


遠鬼がかつて言った……魔力とは意志の力だと。だとすればこれは俺の意志が、

俺の怒りが魔術という形を取って俺に力を与えているのだと、そう気付いた。







「怒りの魔力……。強化魔術か」


荷台の上から戦況を眺める遠鬼は、

界武を取り囲む赤銅色の魔力を見てそう言った。

遠鬼にしがみ付いていた少女は涙ぐむ目を遠鬼に一瞬向けるが、

その視線はすぐまた界武を追う。


(しかもこれは、この魔術は……)


怒りの魔力が発動させるは大体が強化魔術だ。

その強化先や強化量は個人差が強く出る部分であり、

一言で強化魔術と言ってもその内実は多種多様だ。

遠鬼自身も腕力や脚力を強化して普段の数倍の力を使う事が出来るが、

界武の発動する魔術はそれとも違う。


人や魔族に向けたものではなく、国や組織に向けたものでもない。

この世界そのものへ対しての怒り。

界武の境遇故に歪に膨れ上がったその怒りが生み出した魔術は……。


(腕力……脚力……いや、これは全強化魔術か。しかもその強化量も出鱈目だ)


ひ弱な人間の少年が世界に抗するために生み出したのは、

強化魔術の中でも最高峰。凄まじく魔力を消費するものの、

使う者の身体能力を大きく引き上げる……

それこそ、魔族の英雄と戦えるまでに。


「そうだ界武。お前は憤っていい。この世界はお前にとって最低だ。

 ……だから戦え。その意志で、その力で……この世界を、覆してみせろ」


そう言って遠鬼は笑った。

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