四十話 銀色
開始と同時に動く。躊躇いなどは最早微塵も無い。
「はああああっ!」
構えたままに遠鬼に飛びかかる。唯一の光源である松明を飛び越え、
全身の力を込めた左拳をその勢いのままみぞおちに叩きつける……が、
その拳が伸びきる前に右掌で受け止められた。
(最高に力の乗った拳だったんだけどなぁ……!)
その一撃が容易く止められたのは確かに悔しいが……勿論想定内だ。
すぐさま左手を引き、その捻りを利用しての右の回し蹴りを放つ。
だがこれも遠鬼の左手が止める。
「まだだっ!」
こんな事で止まる訳がない。格闘術は手数で勝負、俺は息が続く限り打ち続ける。
左の掌打、金的蹴り、右肘打ち、左縦拳、右の下段蹴り……
その一つ一つが拙くてもいい。
とにかく、延老さんから学んだ技を全て出し尽くす。
これは、遠鬼を倒す為でも、俺が強くなる為でもない。
遠鬼に、俺を認めさせる為の戦いなんだ。
なればこそ、俺の持つ力の全てを見せなきゃならない。
出し惜しみなど出来る筈が無い……!
その連撃が二十を超えると、流石に学んだ技の殆どを披露していた。
勿論一発たりとて遠鬼に届いてはいない。全てその両手で捌かれている。
「そろそろ学んだ技は出し尽くしたか?」
連撃二十四発目の膝蹴りを受け止められた時、そんな事を聞いてくる。
その余裕のある態度に分かっちゃいるが力の差を痛感する。
「右手が使えりゃもうちょっとあるんだけどな……!」
「そういえば……昼の戦闘じゃ右手が包帯で固めてあったな」
「そういう事だよっ!」
左の肝臓打ちも止められて、俺はたまらず距離を取った。
遠鬼からの追撃は無い。つまりは、まだ全然認められちゃいないって事だ。
「良く学んだようだが……どれも『閃刃』には通用しない」
「そりゃあそう簡単に師匠は超えられねぇわな」
荒れた呼吸を整える時間が欲しい。となると次は魔術戦だ。
いつも通りに左右の肩から一本ずつ魔術の腕を作る。
流石にこれだけ暗いとその腕の輪郭がはっきりと見え、
昼間のようにこっそりと近づけるのは無理そうだ。それに……。
「やっぱりさ、前みたいにこの腕をお前に近づけると、かき消されるのか?」
「試してみればいい」
そう、そのままぶつけても最初の対戦の二の舞だろう。
遠鬼はああ言ってるが、間違いなく不用意に殴りつけてもかき消されるだけだ。
「そっか。じゃあ……こうするわ」
その二本の腕は遠鬼の方には向かわず、
それぞれ河原に落ちていた適当な大きさの石を拾った。
「前にも言ったっけか。えねるぎー……強い打撃は質量と速度が重要な訳よ」
「つまり?」
「こうするとだな……!」
石を持った魔術の腕を振り回して速度を付けてから、遠鬼に叩きつける。
魔術の腕自体は予想通り遠鬼に近づくとかき消えてしまうが、
魔術ならぬ石の方は勿論消えない。
つまりは……そのまま、石礫として飛んでいく。
その二つの石礫は遠鬼の顔と腹を狙った。顔の方は首を傾け避けたが、
腹の方は右手で掴み取った。……あの速度の石礫だ。
流石に右手の痺れに遠鬼が少し顔を歪める。
「魔術の腕に質量が殆ど無いのならな、その石礫は魔術の拳と殆ど同じ破壊力だ」
今度は四本の腕、それぞれに石を掴んだ。
「流石に……お前でも素手で掴むと痛いだろ?
全部避けた方がいいぞ……避けられるもんならな!」
振り回され十分に速度を得た魔術の腕が、遠鬼に襲い掛かった。
四つの石礫は全て躱されたが、絶え間なく飛ばした追加の三つは
流石にその一つを避けきれず手で掴んだ。遠鬼の顔が歪む。
痛み故か、それとも戦闘の高揚からか、ここからは分からない。
だが今が好機だ。さらに二本の魔術の腕、それぞれが大きめの石を掴む。
「こいつはちょっと大きいぞ……大丈夫か!?」
その石を掴んだままの魔術の腕を遠鬼に叩きつける。
「確かに痛そうだ」
そう言った遠鬼の顔に松明の明りが届いた。ああ……笑っている。
延老さんも良くしていた、戦闘狂の笑みだ……!
「ならばお前の真似でもしてみるか!」
金棒を持ってなかった筈の遠鬼の右手。その手が金色に輝く棍棒を握っていた。
「な……!?」
遠鬼はその棍棒で、二つの石礫を叩き落とす。
「くっ……何だよそれっ!」
駄目押しに用意していた四つの小さな石礫。
だがその三つまでもが同じように叩き落され、
最後の一つに至っては打ち返された。
「なっ……!?」
今度は俺が受け止める番だ。生憎と魔術の腕は全て攻撃に使っていたため、
俺の胸元に迫った石礫、それをどうにか左手で受け止めた。
「いってええええっ!」
痛い、半端なく痛い。思わず左手を振り回して悶える。
そんな俺の様子を、遠鬼は金棒よろしく金色の棍棒を肩に担ぎ、
笑いながら見ていた。その挑発にも似た態度に俺は怒声を上げる。
「お前さぁっ! 金棒持ってなかったんじゃないのか!?」
「ああ、これは金棒じゃない。だがお前には見せた事がある筈だ」
「……ああ、それまさか」
そうだ、遠鬼が出す金色の柱、俺は何度か見た事がある。
更に言うなら、アイツは俺の真似をするとか言っていた……!
「それ……お前の原始魔術か!」
「そうだ。軽すぎて攻撃には向かんが……礫程度なら叩き落とせる」
更に言うなら、遠鬼は石礫を打ち返せるんだから、
俺ももう迂闊にこの攻撃は使えない。魔術まで封じられた格好だ。
(ん……? でもそれおかしくないか?
俺の原始魔術は遠鬼に近づくとかき消されるのに……
何故、遠鬼のそれはそのまま残っている?)
「おいコラ! やっぱそれ卑怯じゃないか!?
俺の魔術は消えるのに、お前の魔術はそうじゃない!
一体どんな誤魔化しだ!?」
「別に何も誤魔化してない。ただ、お前の魔術が弱いだけだ」
「弱い……!?」
「そうだ。お前の魔術は弱いからこそ見えにくくなり敵の隙を突けるのだろう。
だが、今俺が周囲に張っているのは俗に魔力の霧と呼ぶ。
弱い魔術であればかき消し吸収する防御魔術の一つだ」
「という事は……俺の魔術は弱いからかき消されて……」
「この棍棒は強いから消されない、そういう事だ。
原始魔術はな、本来魔力を込めれば込めるほど輝きを増す。
……こんな風にな」
遠鬼は右手に持つ金色の棍棒を掲げた。すると遠鬼が魔力を込め始めたか、
その輝きがどんどん強くなり、遂には大きな篝火に引けを取らぬほどに
辺りを照らすようになる。そして、突然その光が消えた。
遠鬼が原始魔術を止めたのだ。
「……なるほどね」
何気なく使っていた原始魔術だが、実はかなり奥が深いらしい。
そして、そういった魔術の知識だけ取っても、俺は遠鬼には敵わない。
「これで、お前は魔術も使えない」
「……それはどうかな?」
でも……それがただの知識であるのなら、
吸収し応用するのは……俺の得意分野だ!
左手で右手首を掴み、前に突き出す。だらんと垂れ下がる右手の先に、
俺は持てる限りの魔力を集中させる。
(いや……これだけじゃ駄目だ!
まだだ……自分の全てを出し切るんだ!)
「あああああっ!」
俺は叫ぶ。俺の体の奥底に眠っている筈の力。その全てを叩き起こさんと。
「があああああっ!」
思い描くのは、あの輝く棍棒にも負けない、光り輝く魔術の腕。
俺の新しい武器だ……!
右手首から、稲光が発したかと思った。
空気を散らす破裂音を幾重にも鳴らし、
目の前にある何かが、その破壊力を誇示していた。
光に慣れた俺の視界に映っていたのは……間違いなく、
銀色に光り輝く魔術の腕だった。
半透明のそれとはまるで魔力の消費量が違う。
これは……出し続けるだけであっという間に魔力を使い切りそうだ。
そして、そんな馬鹿な真似は絶対にしたくない。
「くらえっ!」
その腕を伸ばし、銀の拳を遠鬼に打ち放つ。
それは銀の稲妻のように不規則な軌道を取りながら遠鬼の下へと向かう。
その速さは透明のそれの比ではない。
つまりは、速度の二乗に比例する破壊力は……!
「ぐっ!」
魔力の霧を容易に切り裂きその胸元に迫った銀の拳を、遠鬼は片手で払いのけた。
だが……その威力が予想を超えていたか、先程の石礫以上の衝撃に
遠鬼は明らかに狼狽えていた。
「がああああっ!」
恐らくは、後僅かの時間しかあの銀の腕を維持できない。
それを悟った俺はとにかくその腕を振り回した。
空を裂き、地をえぐり飛び交う銀の拳を、遠鬼は何度も払い落とす。
だがその度に速度を増し続ける稲光に、遠鬼もついに金色の金棒を作り出した。
棍棒と拳、金と銀の原始魔術。その打ち合いが三度、四度と続き……
そしてすぐに、限界が訪れた。
唐突に銀の腕が消えた。分かってる、俺の魔力が限界だった。
結局……多少痛手は与えたかもしれないが、
俺の魔術は一度だって遠鬼に攻撃として届かなかった。
(だけど……!)
そう、まだ魔力が尽きただけだ。頭痛が酷く、意識も朦朧としてる。
だがそれでも体は動く。この左拳が、勝負を諦めてなんかない!
銀の腕に引きずられるように、俺は遠鬼の方に近づいていたんだ。
そして、銀の腕が消えたその時には……もう十分に拳の届く距離にいた。
「はあっ!」
木の幹を打ち砕いた延老さんの縦拳。
今回の一撃は……それに迫ったんじゃないかなと思う。
そこで、天地がひっくり返った。
「……いてぇ」
背中が、痛い。拳を打った筈の俺が、何故か地に叩きつけられていた。
今にも気を失いそうなのに、背中の痛さがそれを許してくれない。
(延老さんにも……良くやられたよなぁ)
こいつらは、本当にポンポンと気軽に人を投げ飛ばす。
もう少し俺の背中を労わって欲しい。
「……格闘術か」
「そうだ。勿論俺も使える」
延老さんがよく使う格闘術の投げ技。引き遅れた腕を取って体勢を崩し、
そのまま投げ飛ばす技だ。それを遠鬼にやられた訳だ。
「……畜生!」
「何を悔しがる?」
「結局……一発も当てられなかった……」
最後の一発は当たると思ったんだ。会心の一撃だったんだ。
「なんだ、そんな事か」
「そんな事って……なんだ!」
勝者の余裕か。そういうのを自然とひけらかすところも嫌いだった。
「いいから見てみろ」
遠鬼は俺の手を取って引っ張り起こした。
俺は何とか立ち上がり、遠鬼が掲げる原始魔術の光を頼りに辺りを見渡した。
「……何だ……これ……?」
川は相変わらず静かに流れているが、その河原は酷い状態だった。
地はえぐれ、岩は割れ、近くの幹には大きな傷がついている。
その辺に転がっていた筈の松明も、今はもう何処に行ったか分からない。
「これだけ出来るんなら……十分だろう」
そう言って遠鬼は左手を開く。
「あ……」
幾つもの礫を打ち払い、銀の拳を受け止めたその掌には
複数の傷がついており、その内の一つからは血が一条流れていた。
「明日は任せたぞ」
「……おうよ!」
その左手に、俺の左手を打ちつけた。パシンと音が鳴る。
そう、遠鬼との勝負の決着は……次に持ち越しだ。
俺にはその前に、戦うべき相手がいるからだ。




