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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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三十七話 夕食

夕食は確かに豪華だった。食卓に並ぶ料理は左から麦飯、

塩と山菜のお吸い物、豪快な焼き猪肉に猪肉と茸の煮物。

なんと四品もあり、しかもそれぞれが結構な量だった。


「それで……これが米?」


麦飯に混ざるやや白っぽい穀物。これが姉さんが昔言っていた、

米という食べ物らしかった。遠鬼が言うには西の方ではこっちが多いんだったか。

この世界の名前、水穂の元にもなったそうだ。……何だ、意外と覚えてるな。


「この辺では麦ばかり作られてますからねぇ……。

 初めて食べる方は食感が苦手、と言ったりしますね」


「延老さんはともかく、遠鬼も食べた事あるのか?」


遠鬼は既に麦飯を頬張っていたが、

それを飲み込んでから言葉を返した。


「俺は西の方から来ている。村でも米ばかり作っていたから

 こっちの方が馴染みがあるぐらいだ」


(お前……軽々しく村とか言ってるけど、

 それお前が滅ぼしたんじゃないのか……?)


ちょっと突っ込みづらいから、心の中で思っても口には出さない。


「これが、姉さんが食べたかった米、かぁ……」


代わりに何となく出た言葉。そして口の中に入れてみる。

……なんだろう。麦よりも柔らかくて粘り気が強い。

確かに食感がかなり異なるけど……美味しいと思う。


「……おや、界武君にはお姉さんがいるのですか?」


そういえば警戒してたのもあるが、俺の事は全く延老さんに話してなかった。


(遠鬼も自分の事は全く俺に話さなかったが、

 俺も人の事は言えたもんじゃねぇな……)


今はもう延老さんにそこまでの警戒感は無いから話を合わせる。


「いたけど、死んだ」


「それは……すいません」


「いいよ、正直俺もまだ実感が無いんだ……でも、なんか変だな」


「何がですか?」


「延老さん、あんだけ死人拵えといて、

 死者を悼むような事も言うんだなぁと……」


「界武君……私は法に従いならず者を斬り捨てているだけの事。

 その言い方では、まるで私が好き好んで人を斬ってるようではないですか」


「えっと……それ、笑うところ?」


「笑わないでください。

 しかし、まさか界武君にそのように思われていたとは……」


わざとらしく延老さんが天を仰ぐ。

それを見た遠鬼がしたり顔で呟いた。


「日頃の行いだな、『閃刃』」


「お前が言うな!」


これには突っ込まざるを得ない。


「お前……ここに春夜さんがいたら絶対ぶん殴られてるぞ」


「それは無い、あいつは俺に勝負を挑まん。

 勝てないと決めてかかってるからな」


「いや、そういう事じゃなくてさ……」


……なるほど、確かにコレと一緒に居て手もあげられないとなると、

春夜さんの血管がどれだけ太かろうと片っ端から千切れ飛ぶだろう。


「春夜殿と言えば、界武君は随分と気に入られてたみたいですな……

 ついて行かなくて良かったのですか?」


どうやら春夜さんと別れる際の一部始終を見られていたらしい。

延老さんの人をからかうような笑顔。だが、今の俺には笑顔を返す余裕がある。

……人間とバレたら殺されるんなら、春夜さんとは関係がどうの、

という事にはなりはしないんだ。


「俺はまだ女の人の事全然分からねぇし、

 まだ男同士の方が全然気楽だ……な……?」


(……何だ? 何か凄い視線を感じるが……)


殺気に近い敵意を感じて慌てて腰を上げて辺りを見回す。

……見つけた。荷台の隅に隠れてる少女。何やら凄い視線をこっちに向けている。


「あ、ああ……そういえば忘れてた!」


そう、当初はこの場に少女も誘おうと思っていた。

だが、米を見つけた事から始まったこの一連の会話からなし崩し的に

夕食が始まってしまったため、その機会を逃していた。


多分、あの敵意のこもった視線は俺達だけが美味しそうなものを食べてる事への

抗議の証だろう……そう、多分。


俺は箸を置いて少女に近づく。

近づく度に視線に籠る敵意がきつくなっているが……

食べ物の恨みとはそれほどか。


「悪かったよ。ちょっとこっち来てくれ」


早く許してもらおうと、許可も取らずにその手を握った。

延老さんと遠鬼が座る、食卓の前まで連れてきたが……良かった、

視線に込められた敵意は何処へやら、今は何やら嬉しそうだ。


「この少女にも随分治癒魔術で助けられたからさ、

 この食べ物……分けてあげる事って出来ないか?」


延老さんと遠鬼に確認を取る。

遠鬼は興味なさげだが、延老さんは分かりやすいぐらいに難色を示している。


「界武君。普通は人間と一緒の食卓を囲む、なんてのはやらないのですよ」


「俺だって他の人間はどうだっていいよ。

 だけどさ、この子には魔術で色々助けられたんだ。

 遠鬼流に言うなら、この子は人間かもしれないが……俺の仲間だ」


……なんだろう、言ってすっきりした。

ずっと言いたかった。だけど……この子だけを特別扱いして、

他の牧場にいる人間は……食べられるのを待つだけの人間は

見ない振りをするのか。そんな風に自身を責める心に押されて

口には出せなかった。

他にもだ。俺は情を移せばこの少女を助けるしかないと思ってた。

その為に俺自身を犠牲にしようとも、だ。

だけど……別にいいんだよな。この少女の命の責任を俺が取る事は無い。

だから今は情を移していい。明日どちらかが死ぬかもしれなくても、

いや……だからこそ、お互い死ぬまではせめて親しく過ごしたいじゃないか。


「俺は別に構わん」


「遠鬼殿……!」


俺への援護のつもりなのか、遠鬼は少女と食事を共にするのを承諾した。

その遠鬼へ向けて、延老さんは咎めるような視線を向ける。


「『閃刃』、見た感じ界武はそれなりに役に立ってたようじゃないか。

 それなら異論を挟む事は出来ん筈だ。少なくとも、

 界武が自分の食い扶持からこの娘に分け与えるのを止める事は出来ん」


「遠鬼殿はそう仰いますが……」


「じゃあ……これは俺からだ」


「なっ……!?」


延老さんは驚く。そりゃそうだ。

遠鬼は延老さんの許可を待たずして、猪肉を使った煮物を取り分けて

少女に差し出した。


「これは俺が狩って俺が料理したものだ。文句は言えん筈だな」


「……ですね」


延老さんの深いため息。

遠鬼から差し出された器を見て、それを受け取る事も出来ないまま、

少女は俺達三人を代わる代わる見つめる。


「座って、食べよう」


俺が笑ってそう言うと、少女はおずおずと……その場に座った。


「……さあ! 改めて夕食の再開だな! 遠鬼、そっちの焼肉取ってくれ!」


ぎこちないその場を無理矢理に盛り上げようと声を上げる。

俺の意を汲んでか、遠鬼は何も言わずに俺の分のみならず、

少女の分まで焼肉を取ってくれた。


「まあ……今回の野盗討伐、一番働いたのは界武君ですからな」


延老さんも押し切られたか、そう言って吸い物を口に含む。

そして少女は、最初に受け取った器の煮物を恐る恐るながらも一口食べると、

歓喜が体中から放射されんばかりの表情でこっちを見てきた。


「それ美味しいのか? じゃあ俺も食べようかな……」


釣られて俺も煮物を探し始める。


……夕食は楽しかった。その後は延老さんが過去の武勇伝を語っては

遠鬼がズレた相槌を打ち、俺が逸れた話題を引き戻す。

そんな感じで話が尽きなかった。

相変わらず少女がその輪に入りきれてはいないけど、

それでも俺の横で恥ずかしそうに猪肉を齧る少女を見てたら、

これでいいかと思えた。







「それにしても……遠鬼殿は随分と人間に優しいのですね」


夕食の片付けが済んで、各自思い思いに寝る前の僅かな時間を過ごしていた時だ。

延老さんは遠鬼と何やら飲み交わしながらそんな事を言い出した。


「俺が……人間に?」


心外だ、とでも言わんばかりの遠鬼の口調。

それに少し穏やかじゃないものを感じ、俺は格闘術の鍛錬を切り上げて

二人が座る食卓に向かった。


「延老さん、遠鬼があの子に食べ物を上げたのは、俺が仲間だと言ったからだよ」


その言葉に振り返った延老さんはいつもの笑顔だった。

そして、ちょっと頬が赤くなっている。


「何飲んでんだ?」


「酒だ」


返事をしたのは遠鬼。


「さけって……何だ?」


「ああ……界武君は飲んじゃいけませんよ。

 子供には美味しいものじゃありませんからね」


今度は延老さん。

ただ、そう言われると口にしたくなる。


「遠鬼、一口……」


言葉が終わる前に差し出された小さな杯。

その中に入ってる液体を口に含むが……。


「ゴホッゲホッ……何だこれ!? こんなの飲んでんのか!?」


酷く変な味で、口の中が痺れて熱い。

とてもじゃないがこんなものを飲む気にはなれない。


「でしょう? 界武君も大人になったらこの味が分かりますよ」


延老さんは楽しそうに杯を空けた。

本当に美味しそうだが……今の俺にはその味は分からない。


「……実はですね、旅の途中でとある狼人族に会ったのですよ」


空の杯に酒を注ぎながら延老さんが話を戻す。

その言葉に、俺にも当然心当たりがあった。


「ああ……鋼牙の事か」


「鋼牙……?」


遠鬼は聞き覚えが無さそうだ。単に忘れたのか……。

遠鬼に鋼牙の事を言った事あったっけか? ……いかん、俺も忘れてる。


「あいつだよ。黒樹林の牧場を仕切ってた狼人族だ」


「ああ、あの男か。こんな所にまで来てたのか」


その反応に笑う延老さん。


「鋼牙殿は遠鬼殿の事をよく覚えておいででしたよ。

 まさか肝心の遠鬼殿が忘れておられたとは」


「で……その鋼牙に何か言われたのか?」


急に出てきたその名前に不吉なものを感じ、俺は訝りながらも続きを促す。


「鋼牙殿が言うにはですね、黒樹林の牧場を荒らした真犯人、

 それこそが遠鬼殿らしいのですよ」


「え……!?」


そのあまりの驚きにそれ以上の言葉を失った俺は慌てて遠鬼の方を見る。

遠鬼は……特に変化はない。驚いてるようでもなく、慌てるでもなく。

ただ、黙々と杯を傾けている。


「遠鬼殿にそんな事をする理由が無いと思いましたんで、

 その時は話半分に聞き流しておりましたが……。

 あの小娘への態度を見るに、もしかして、と思いましてな」


延老さんも笑いながら酒を飲んではいるが……

多分、返答次第ではこの場で遠鬼を斬り捨てるやもしれない。


「そんな事はやってない。そもそもその牧場の場所を知らん」


まるで疑われているのが自分ではないかのような素っ気ない一言。

遠鬼の弁明はそれだけだった。


「……そうですか」


「人間も別にどうでもいい。

 強ければ種族を問わず勝負を挑むが、それだけだ」


「……なるほど」


遠鬼らしい返答だった。こんな弁明で疑いが晴れるとはまるで思えないが、

それが逆に怪しくないようにも感じさせた。

狙ってやってるなら大したものだが……間違いなく天然だろう。


「それならば、やはり鋼牙殿の疑い過ぎでしょうなぁ。

 どうやら彼の者は、遠鬼殿に恨みらしきものを感じておられたようですからな」


「あ……今ので信じるんだ」


急に弛緩した雰囲気に戻ってしまったからか、失った言葉も返ってきた。


「そうは言いますが界武君。遠鬼殿が巧妙に嘘を付けると思いますか?」


「……無理だな」


「でしょう?」


「……そっか」


何故か、俺はそこでほっとしていた。

そんな俺の心も知らずに、遠鬼は変わらず酒を飲んでいる。


(本当に、いい加減な奴だ……ってあれ? そういえば……)


「ちょっと待ってくれ、延老さん」


大変な事に気付いた、と思う。というか、なぜ今までそこに至らなかったのか。


「何ですか?」


「今まで倒した野盗達さ、全員件の牧場荒らしじゃなかったよな!?」


「そうでしょうなぁ……」


今まで斬ってきた野盗達を思い返しているのか、

延老さんは杯に映る自分の顔をじっと見つめている。


「で、遠鬼も違うんだろう? じゃあさ、一体……誰がやったんだ!?」


そうだ、そもそも俺にとってそれは何より肝要だった筈だ。

俺の服従印を破った者の正体とその意図。


「さあ……未だ謎に包まれてますからな。

 ただ、一つ分かるのは……」


「……分かるのは?」


「鋼牙殿が言うには、強い筈の彼の兄が何も出来ずに殺されていたそうです。

 つまりその牧場荒らしは、もしかしたら遠鬼殿と並ぶほどに

 強いかもしれない、という事です」


その延老さんの言葉に、遠鬼がようやく杯を置いた。

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