三十六話 無頼の思想
「界武君……あまり遠鬼に毒されない方がいいよ。
アイツ、偉そうに言ってるけど要は何も考えてないの。
あれはね、無頼の思想って奴だから」
「無頼の思想……?」
何もかもを雑音と言い捨てた遠鬼の考え方がか。
「そう……ならず者の考え方ね。
この太平の世の中で、法や秩序に逆らう物好き共はあんな風に考えるの。
それで周りの迷惑も気にせず、好きな事をしては暴れまわる……
今倒した野盗達みたいにね。あんなのは界武君みたいな普通の子が
参考にするもんじゃない、絶対に」
まあ……普通と呼ぶにはちょっと強すぎるかな、凄いねぇ、
と春夜さんは付け足してくれた。
(まあ……確かに乱暴な考え方だった。
それにとにかく無責任だ……)
ちょっと前に聞いたのなら笑い飛ばしたと思う。
主義や主張、正義に夢……? どれも大事なものに決まってる。
だけど、今の俺の心を静めてくれたのは、そんな遠鬼の無責任な考え方だった。
全ての野盗の墓が作られた頃には陽が沈みかけてしまっており、
遠鬼の案内で野盗の根城に向かう事になった。
それなり以上に家財道具が整っているそうで、
この場で野営するよりはずっと快適とのことだ。
「……そういう事なら、私はこのまま新坂に戻る」
「何故だ?」
「あなたがいるから!
誰が仇と一緒に楽しく一晩過ごせるっていうの!?」
激昂する春夜さん。いちいちもっともだと思う。
というか、そこで何故だと問い質せる遠鬼の神経がおかしい。
お前、さっき自分で春夜さんの家族殺したって言ったじゃないか。
呆れながらその二人のやり取りを眺めていると、
春夜さんは俺の方にやってきた。何か俺に用事でもあるのかと思っていたら……
両肩をがしっと掴まれた。そしてそのまま俺の目をじっと見つめてくる。
顔が近い。お互いの角が触れ合わんばかりだ。……俺のは猪の牙なんだけど。
「ねえ界武君。あの男と一緒にいると絶対に良くない事になる筈だよ。
それよりさ、私と一緒に旅をしない?
絶対アイツと二人より楽しい旅になるからさ。
ほら、仇を討ってくれるって言ってくれたし……」
紅潮する頬に蕩けるような声。少年を色気で誑かすかのようなやり方だが、
肩から伝わるのは春夜さんの体の震えだ。
恐らくは精一杯、春夜さんなりに真剣に俺を勧誘しているんだろう。
半日に満たない程度の短い時間一緒に居ただけだけど、
何となくは分かるつもりだ。多分、嘘の付けない真っ直ぐな人なんだと思う。
……だけど、春夜さんには悪いがこのやり方は逆効果だ。
こんな風に言われて平静でいられる訳はなく……。
「止め……止めてくれ! 仇はいつか取ってやるからさ……!
とにかく、恥ずかしいから離れてくれ!
俺は女の人と一緒に旅なんて出来ねぇよ、まだ!」
そう言って肩を掴む手を振り払った。
子供扱いされるのも嫌だが、大人のように扱われるのも抵抗があった。
自分で言うのも何だが、俺ぐらいの年の少年は複雑なんだ。
手を振り払われた春夜さんは、一瞬は辛そうな表情をしたものの、
すぐに余裕を持った笑顔を作りその場を取り繕う。
「そう……残念。
でも覚えておいて! 遠鬼に付き合いきれなくなったらさ、
いつでも私に頼ってきていいからね!」
そう言うと春夜さんは、暗くなる前に急がないといけないからと
あっという間に馬に乗って駆けていってしまった。
遠鬼に案内されて辿り着いた野盗の根城、これが丘の上にあった廃村を利用した
天然の要害とも言うべき場所であり、背後は険しい崖、左右を流れる川が守り、
正面には牧場の柵なんかよりさらに大きな壁が備え付けらえている。
最早無人となってしまった要害、その正面の扉から中に入ってみれば、
人が住めそうな家屋が数軒に、戦利品を収めるためのものか、蔵が二戸前。
中央は大きな広場になっており、
丸太を粗く加工しただけの机と椅子がいくつか並んでいた。
「これは……確かに遠鬼殿の言う通り、
野盗に使わせるには勿体ないくらいに、快適な場所ですなぁ」
「だろう。水が豊富だからか、小さいながら風呂まである。
野盗の割に贅沢だとは思っていた」
延老さんと遠鬼が今日の宿について色々と話し合っている。
遠鬼が言うには、蔵の一つは穀物がぎっしり詰まっており、
十人程度であれば三ヶ月は容易く籠城できるだろうとの事だ。
……いや、しないけどさ。
「それに……こいつも今朝狩ったものだ。襲撃前だったからな、
血抜きだけして吊るしておいた」
そう言って遠鬼が持ってきたのは猪の死体。
昔遠鬼と一緒に狩ったものと同じぐらいの、二尺程度の大きさだった。
「いいですなぁ! であれば、私達の旅もひとまず明日で終わります。
そこで、糧食を食べ尽くしておきたいと思っていたのです。
これらの食材を使いまして、今日は一つ豪華な夕食を作りませんか?
野盗討伐の完遂を祝いましょう」
その延老さんの提案に、異を唱える者は勿論いなかった。
そうして延老さんが調理をしている間、俺はいつも通りに荷台を押す訓練をする。
今日重りの代わりに乗っているのは遠鬼だった。
流石に延老さんよりずっと重く、昨日までの倍は力を入れて荷台を押した。
ただ、最初は押すのに精一杯で無駄口を叩く余裕もなかったけど、
広場を一周する頃にはその重さにも慣れてきた。
「なあ遠鬼、生まれ故郷の村を滅ぼしたって本当か?」
だから二周目からはこういう事を聞いたりもする。
別にそこまで興味のある訳でもなかったから、
言い淀むようであれば返事を待たず流すつもりの話題だった。だが……。
「本当だ」
そうあっさりと肯定された。声から後ろめたさすら感じないのが逆に凄い。
「なら聞くけどさ、そんな事すると守護様とかに怒られないのか?」
そう、今延老さんが守護の命を受けて野盗を討伐しているように、
遠鬼も討伐されるのが筋ではないだろうか?
「魔族の法には他者への暴力を戒めてる条項がある」
「あ……あるんだ。じゃあ法には違反してるよな、それ」
「ただし決められた罰則はない。その国の守護の裁量で決まる」
「えっと……つまり、守護様が許せばお咎めなしって事?」
「そうなる。掟に従い戦い勝った。結果滅んだと守護に伝えてそれまでだ」
……村一つ滅んでそれで済むのか。
「そのいい加減な守護様はどこの国の奴だ?」
「備中だ。ここよりずっと西だな」
(備中の守護は当てにならない。西に旅をする場合は通るかもしれないし、
一応覚えておくか)
しかし遠鬼は何故村人全員と戦うような事をしたのか。
魔族の掟は全部で三つ。三つ目の弱者に勝負を挑まないは
この場合関係ないだろうから、一つ目か二つ目に従った、という事になる。
「そうするとさ、強くなるために村人全員と戦ったのか?」
「違う。村の全員に勝負を挑まれた」
一つ目の掟ではなく、二つ目の掟に従った、という事か。
「……村全体から勝負を挑まれるって、何したんだよ」
「何故詳しく聞きたがる? 春夜に頼まれでもしたか」
ちょっとしつこく聞きすぎたか……
遠鬼も流石に詳細までは語りたがってないようだった。
「そういう訳じゃねぇよ。ただ……ちょっと気になっただけだ」
それならこの話題は当初の予定に従い流してしまう。
であれば、他の話題は……ああ、そう言えば聞いてみたい事があった。
「そういえば……春夜さんの事だけどさ」
「何だ?」
もし知ってるなら教えてほしかった。春夜さんの積極性の理由を。
「春夜さん、今日会ったばっかの俺に随分親しげに話してきてたり
してたんだけど……あれ、理由とか分かる?」
「……お前に?」
「ああ。妙に触ってきたり、褒めてきたり……なんか怖かった」
「ああ……。それは惚れられたんだ」
まさかの回答だった。
「な、な、な……なんでだよ! 会ったばっかだし歳も違うし!」
「その歳のせいだ」
遠鬼が簡単に説明してくれた。まず、鬼人族というのは種族として
戦闘が大好きらしい。だから大抵の男は十五で元服を済ませると、
さっさと村を出てあちこちで争いを繰り返して
どこかで野垂れ死ぬという習性を持つのだそうだ。
(なんて迷惑な……)
遠鬼と春夜さんのいた村は、詳しくは教えてくれなかったが特殊な事情があり、
その傾向がさらに顕著であるらしい。
結果女達は子を成したいと思っても元服前の子供しか周りにいないため、
必然的に男の子供を嗜好するようになったとの事だ。
「……つまり、俺みたいな子供が大好きって事?」
「鬼人族の子供が、だな」
業が深いなぁ、と思わずにいられない鬼人族の女性の習性だった。
ただ、そういう事であれば……。
「もし俺が人間だとバレたら……」
辛うじて遠鬼に届く程度の小声で聞いてみる。
「まあ……騙されたと知れば殺そうとしてくるんじゃないか?」
「やっぱりか! ついて行かなくて良かった!」
とはいえ、嘆いていても始まらない。
新坂に行けばまた春夜さんと会うんだから、何かしら対策を考えねば。
「遠鬼、俺は別に春夜さんが嫌いじゃねぇんだけどさ、
そういう事ならなるべく関わり合いになりたくないんだけど……」
「それなら、次に新坂であいつに会ったら……」
「……会ったら?」
「手酷く振れ。それで相手にされなくなる」
「難易度高ぇよ! お前さぁ、一回り上のお姉さんだぞ!
しかも……ちょっと綺麗な感じの! それをそんな風に……いや、
そもそも女の振り方なんて知らねぇわ!」
「顔を見たらひっぱたいて、気持ち悪い、反吐が出る、
もう二度と見たくない、とでも言えばいい」
「やり方分かってみたらやっぱり出来る訳ねぇよそんな事!
もうこんなんばっかりだ!」
色んな意味で、この世界は俺に厳しかった。




