三十四話 用心棒
延老さんが手綱を握るこの馬車、昨日までは一頭の馬が引いていたのだが、
今は二頭で引いている。春夜さんが乗ってきた馬が繋がれているからだ。
まあ、この馬は軽く繋がれてるだけなんで、荷台を引いているというよりは、
俺と同じく並走している、と言った方が正しいのかもしれない。
それでも二頭で引いているからか、いつもより少し速めのような気がする。
俺の方でも速めに走っているのに引き離せてない。
馬達も心なしかいつもより楽しそうにも見え、
仲間と一緒に事に当たるというのがいかに重要か、
教えてくれているようにも思えた。
(仲間……ねぇ)
俺にはそんなものは無い。今まで会った殆どの魔族は言うまでもなく敵側だし、
遠鬼はよく分からないが、延老さん、春夜さんも俺が魔族だと誤解してるだけ。
そして……あの少女にしても、服従印に縛られてる内は
そんな風に思ってくれないだろう。
(それなら……もし仮に長門国に逃げ込めたとして、
そこにいる人間達は俺の仲間になってくれるのか……?)
いや、正確には俺が溶け込めるか、だ。
もし彼等が魔族の鏖殺を願っていたとしたら、俺は志を共に出来るのか。
魔族の事をもっと知る事で、俺はそんな救いの無い結論から逃れようとした。
そして延老さんを知り、春夜さんと会話を交わし、
野盗達とは殺し合いだってした。その結果……何故だろう、
俺の意志は更に混乱している。
魔族とは何だ、人間にとって不倶戴天の敵か……それとも……。
「……界武君、界武君!」
気が付けば延老さんが呼んでいる。
どうやら、走りながら考えこみ過ぎていたようだ。
「何だ~!?」
返事をしつつ御者台に近づく。
「そろそろ、野盗の根城と目される丘の近くを通ります。
戦う準備が必要ではないですか?」
「……ああ、そうだな。そうするよ」
並走したまま御者台に飛び乗る。さっき振り払った筈の甘い匂いが
鼻孔をくすぐり、俺は戦いを前に何とも言えない気分になる。
「では、右手を出してください」
言われるまま、動かない右手を差し出す。
延老さんは手綱を春夜さんに委ね、俺の右手に包帯を巻いてくれる。
「えっと……界武君も戦うの?」
固められていく俺の右拳を見て、春夜さんが不安そうに聞いてくる。
「俺も、じゃない。俺が戦うんだ。野盗相手なら俺一人で十分だからな」
「えっ……でも、この先の野盗って確か……」
春夜さんが言うには、これから向かう先にいる野盗、
随分前からあの丘を根城に活動する名うての盗賊共らしい。
戦士を護衛に付けられぬ旅人は必ず避けて通る程だと言う。
「……あれ? じゃあその野盗って、黒樹林の牧場荒らしを
騙ってる訳じゃねぇのか?」
今回の延老さんの標的は、全牙が殺された結果湧いてきた
ならず者たちだという事だったから、その中には当てはまらない筈だ。
「まあ……自称している訳ではないですね。
ただ、そういう者の方が厄介だったりするのです」
「……なんでだ?」
「自称せずとも、周りが彼等なら全牙を倒す事が出来るのでは、
そう思っているという事です。つまりはそれだけ手強いと」
「なるほど」
延老さんの言う通りであれば、今から対峙する野盗達は
これまでとは一味違う強さだという事だが……。
「それでも延老さんよりは弱いんだろ?」
「え……!? それはそうだけど、界武君、危険だよ?」
慌てふためく春夜さんだが……ああ、心配してくれてるというのに
俺が春夜さんの言葉をあまり嬉しく感じていなかった理由が分かった。
なんて事は無い、子供扱いされてるんだ。
「子供扱いは止めてくれ。
野盗なんかに勝てないようならこの先やってけねぇんだよ」
固めてもらった右拳の具合を確認してから、
また荷台を飛び降りて走り始める。
残り香を良く思えなかった理由もこれで見当が付いた。
あれは、俺に甘えを促していた訳だ。
子供なんだから戦って傷つく事は避け、大人を頼りなさいと。
その柔らかい腕に縋りつき、身を委ねなさいと。
(……ふざけるな! 縋る腕なんか無い!
戦わずに済む生き方だって残ってない!
お前達魔族は……魔族は……)
敵。その言葉を『魔族は……』の次に繋げる事を躊躇ってしまった事に、
俺は余計に苛立った。
「ああ……確かに昔見た『閃刃』にそっくりだ。こいつは驚いた」
馬車の行く手を塞いだ野盗の親分が、延老さんを見て唸る。
腰に小ぶりの斧を下げ長刀を一本背負い、
草摺を付けた胴鎧に籠手や脛当てを身に纏う、
結構本格的に武装した獣人の大男だ。
その装備だけ見ても、これまで見た野盗とは格が違う。
というか、これまでの野盗の獲物は良くて棍棒、悪くて素手。
服装も汚れた着流しがまだいい方で、果ては猿股、ふんどしのみと、
夏だとはいえあんまりな格好だった。
……まあこれは人の事を言えなかったりもするけど。
今回は後ろに控える手下共も鎧を着ている者がちらほらいる。
全体的に装備の質が高い。
(なるほど、今までの奴等は野盗になりたてで稼ぎが無かった。
だがこいつらは野盗を長くやってきたから、稼ぎも潤沢って事なのかね……)
この近隣の野盗事情はこの際どうでもいい。問題は、
『閃刃』がいると知りながら、のこのこ出てきたという事だ。
「お前達、『閃刃』様がいると知っていて、よく顔を出せたものね」
春夜さんもその事を警戒しているのか、
自分から手を出そうとはしていない。相手の出方を警戒している。
「ハッハッハッ……それがな、都合のいい事にこっちにも
伝説の無頼様が用心棒についているのよ!」
野盗の親分はそう大見得を切って、大声を張り上げた。
「先生~! 出番です! 『閃刃』とはいえ所詮老人、
ぶち殺してまた新しい武勇伝を作りましょうや!」
その声に招かれて後ろから親分よりさらに大きな偉丈夫が現れる。
ぼろぼろの服を纏った浅黒くて髪の紅い……って、ちょっと待て!
「何だ、春夜までいたのか」
「……おいコラ! お前……新坂で待ってたんじゃないのか?
何故、こんなところにいやがる!」
まさかここで会うとは思わなかったが、俺がコイツを見間違えるものか。
間違いなく、その先生とやらは遠鬼だった。




