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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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三十一話 十四敗

鍛錬をするとは言ったが、まだ負傷が完治したわけでもなく……

荷台を降りて延老さんの下へ向かう途中に、

姉さんから教わった体操で体の調子を確かめてみる。


まず前屈……うん、左手の傷はそこまで深いもんじゃなかったようで、

ちゃんと血も止まってる。伸ばしても痛みはない。


次に肩寄せ……ああ、左肩は大きく動かすとまだ痛い。


では屈伸……う~ん、しばらく走りっぱなしだったせいか、

下半身がちょっとぎこちない。治癒魔術のお蔭だろうか、

痛みは無いけど……それが逆に不気味だ。


結論。……まだ十分無理がきく。

最近怠ってた体操だが、身体の調子を確認するには丁度いい感じだった。

この鍛錬中は休まずしっかりやっておこうという気になる。


「身体の調子はどうですか?」


体操する俺を気遣ってか、延老さんが声を掛けてくる。


「治癒魔術のお蔭か痛みが無いんで、どうとでもなりそうだよ」


「……ご存知かと思いますが、治癒魔術は痛みを取る事が出来ますが、

 傷を完治させてる訳ではありません。痛みが無いからと無理を繰り返すと、

 その内取り返しのつかない怪我を負うかもしれませんよ」


「……だとしても、あと三日持つならそれでいいよ。

 遠鬼に勝てるぐらいまでは強くなっておかないとな」


「やけに遠鬼殿に勝つことに拘りますね。仲間という訳ではないのですか?」


ああ、そういえば延老さんは俺達の関係を詳しくは知らないのか。

同じ鬼人族って事で、旅仲間、もしくは親戚だとでも思ってたのか。


「仲間? 違うなぁ……色々あって偶々同じ方角に旅をしてたってだけで、

 どっちかと言えば敵、だな」


「敵……ですか?」


「そうだ。実際戦った事もある。あの時は……」


そう、原始魔術が全く役に立たなかったから勝負にすらなってなかった。


(あれ……そういえば、遠鬼は原始魔術をかき消していたな。

 もしかして、延老さんもあの魔術の腕をかき消す方法、

 知ってたり……しないよな?)


だとしたら非常に拙い事になる。今確認すべきだが、

聞き方が悪いと藪蛇になりかねない。話を聞いて延老さんがその方法に

思い至ってしまう、なんて事も十分有り得るからだ。

急に降って沸いたこの難題をどう処理すべきか迷っていると……。


「その様子ですと、遠鬼殿との初戦はあまり良くない結果だったようですね」


どうやら俺の迷いを、遠鬼に負けた事を口に出したくないからだとでも

誤解してくれたようで、そう気を揉んでくれた。


(正直そんな事はどうだっていいんだけどな……

 何とかして、延老さんに原始魔術が通用するかどうか、確認しないと……)


そこでふと思いついた。俺の力が通用するか確認出来るのみならず、

今以上に強くなれもするという薔薇色の方法が。


「延老さん! それも含めて頼みがある! 模擬戦だ、模擬戦をしよう!」


「模擬戦ですか?」


「ああそうだ! 確かに初戦はあまり良くなかった。

 それで思ってたんだけど、遠鬼に勝つ為に今の俺に足りないものは沢山ある。

 その中でもやっぱり一番得難いのは戦闘経験だよ!」


「うん、まあ……確かに」


何故俺が模擬戦、という発想に至ったのか、

延老さんはよく分かってないようだが、

雰囲気に流されたのか空返事はしてくれる。


「そういう訳でさ、今からお互い殺さない程度に全力出して、

 力を競い合うっていうのは、どうだ?」


その俺の言葉を聞いた延老さんは、最初は唖然としていたが……

すぐに笑い始めた。しかしこれは、いつもの陽気な笑い声では決して無く、

猛々しい、戦士の笑みだった。


「全力ですか……。申し訳ないのですが、私は全力を出せません。

 いや勿論、界武君は全力でかかって来てください。

 隙があったら殺すつもりで構いませんよ」


「それは……流石に不公平じゃねぇか?」


頑張って笑い返そうとするが、表情がこわばっている。

冷や汗が流れ、膝が震えているのが分かる。

今の延老さんの恐ろしさに比べれば、昼間の野盗達など幼子のそれだ。


「いえいえ……界武君は怪我が完治しておりませんからな。

 これくらいで丁度いいのでは?」


顔は笑っているし口調は丁寧だ。だが……これはいつもの延老さんじゃない。


(いや……むしろ、今のこの恐ろしい状態が、本当の延老さん、って訳か)


俺は気付く。この人は老いて丸くなった訳じゃない。

戦場から離れた事で、仕方なく好々爺の仮面を被っただけの戦闘狂だ。

全力を出せという俺の言葉を挑発とでも受け取ったか……

たったそれだけの事で、容易くその仮面を捨てたんだ。


「じゃあ……それでいいや。俺は本気で行くぞ」


隙があったらこれ幸いと半殺しにしてしまおう。

それで解除印を奪えれば万事解決だ。そう強がって心中気合を入れ直す。


「いいですよ、時間は日が完全に沈むまでにしましょう。でないと……」


「でないと……何だ?」


「本当に殺してしまいかねません」


延老さんの笑みが更に歪む。それを見た瞬間、俺の心を塗りつぶしたのは、恐怖。

その沸き上がる恐怖に押され、特に準備も出来ぬままに俺は間合いを詰めた。


「あああああっ!」


気合を入れんと上げたその掛け声ですら、悲鳴のようにも聞こえる。

俺は一直線に突き進み、構えすら取っちゃいない延老さんのみぞおちに

左拳を打ちつけた。


だがその左拳が延老さんの体から大きく逸れる。

延老さんの右手が優しく俺の左手に添えられた、

それだけで左拳はあらぬ方向に飛んでいく。

崩された体勢を戻すことも出来ぬまま、足払いの一閃で俺は地に倒れ伏した。


「はい、今頭を踏み砕きましたよ。まずは界武君の一敗です」


何が起きたか分からぬまま倒れ伏してる俺に延老さんが声を掛ける。


(……何だ? 何だこれは!?)


怒りか……それとも恐怖からか、俺はすぐさまその場で跳ね起きる。

延老さんは相変わらず構えを取っていない。一見隙だらけだが……多分違う。

隙に見えるものは全て誘いだ。迂闊に攻撃すればさっきの二の舞になる。


(な、なら魔術だ!)


そう、本来この模擬戦は原始魔術がかき消されるかどうか、

確認するために仕向けたものだ。


(それが何だ! 恐怖に我を忘れて拙い攻撃をしたもんだ!)


未だ湧き出続ける恐怖を何とか闘志で押し止め、魔術の腕を四本、

それぞれを学んだ人間の急所へと打ち放つ。


だがその魔術の腕すら、延老さんが優しく手を添えるだけで標的から逃げていく。

魔術か何かを疑ったが……。


「これは魔術ではありませんよ。ただの、技術です」


いつの間にか間合いを詰めていた延老さんの、その声が聞こえた瞬間……

俺の天地が逆転した。


「があっ!」


背に打ちつけられた地面の硬さにうめき声を上げる。

どうやったかは分からないが、多分……延老さんに投げられた。


「はい、今喉を踏み潰しました。二敗目です」


空から響く延老さんの声はいつもと変わらない。それが尚更恐ろしい。

倒れたまま横に転がり、間合いを離してから起き上がる。


(魔術の腕をかき消してる訳じゃない!

 格闘の技術だけで、魔術の腕すら受け流せるのか……!)


かき消されこそしなかったが、それと大して変わりはしない。

ただの魔術の腕では、延老さんには通用しない……!


「もう既に薄暗くなってしまったのが不利に働きましたね。

 普段は透明の原始魔術、今は輪郭が良く見えますよ」


そして延老さんは笑いながらも腰に下げた鞘を取り、右手で刀の柄を握りしめた。


(長刀を……抜くのか!?)


そんな事をされては本当に殺されかねない。

咄嗟に出した魔術の布をその刀に向けて投げる。

どうにかしてこの布を巻きつけて、刀を封じるつもりだった。


すると延老さんは鞘に入ったままの長刀を優しく持ち上げて、

くるくると魔術の布を巻き取った。


「この程度の引っかけで奥の手を晒してはいけませんよ。

 なるほど……この布は確かに厄介そうですね」


そう言って魔術の布をまじまじと観察する。その性質を確認しているんだ。

なんて事だろうか、延老さんは恐らくその力の一割だって

出しちゃいないだろうに、こちらの手の内があっという間に晒されていく。


そして観察が済んだ延老さんは事も無げに刀を手放す。


「抜く筈が無いでしょう? 殺す気はないのですよ」


いつの間に間合いを詰めたのか、俺のすぐ目の前に現れた延老さんの、

右の掌打がみぞおちに突き刺さった。


一瞬呼吸が止まり、うめき声すら上げられずに膝をつく俺にまた声がかかる。


「はい心臓を貫きました。これで三敗目ですよ」


殺し方がどんどんえげつなくなってるな……

なんて思いながら、俺はどうにか息を整えていた。







「陽が完全に落ちましたね。これで終わりにしましょうか」


地に仰向けに倒れ込む俺は、あまりの疲労に返事すらできなかった。


「十四敗……ですね。ああ、でも気を落とさないでください。

 その歳でこれだけ戦えるというのは素晴らしい事ですよ、界武君」


俺はまだ言葉を返せない。呼吸を整えるので精いっぱいだ。

だけど勿論言いたい事はある。


(その言葉……ちっとも慰めになってねぇぞ!)


その言葉の代わりに睨みつける。その視線を受け、延老さんは哄笑した。

ああ、これはいつもの陽気な笑い声だ。


「いや、実はですね……界武君が私を標的として強くなろうとしている事、

 薄々感付いていたのですよ。

 それでついつい、実力の一端を晒してみたくなったのです」


「な……!?」


何とか出せた言葉は、驚き。


「どうです? あと三日で越えられそうでしょうか?

 是非そうなって欲しいと、本心から思ってはいるのですよ」


楽しそうだ。本当に楽しそうだ。


(そういえば……確か言っていた、延老さんも古き掟に従う身だと……)


相手が何であれ、戦いから逃げる気は毛頭無い訳だ。


「じゃあ、起き上がれるようになったら焚き火まで来てくださいね。

 ちょっと遅くなりましたが夕食にしましょう」


「え……延老さん!」


立ち去ろうとした延老さんを呼び止める。

延老さんを狙っていると知られた以上は、確認しなきゃいけない事がある。


「何ですか?」


「俺が延老さんを狙う理由……知ってるのか?」


俺が人間で、少女を解放したいと思ってる事までは……。


「……思うに、遠鬼殿を殺されるのが嫌なのでしょう?

 界武君が遠鬼殿の事を語る時は、いつも顔を赤くしてますからね」


そう言って延老さんは笑った。


(あ……そんな誤解をしてるのか)


ある意味助かった。しかし……遠鬼の事を語る時、俺は赤くなってるのか。

それは何というか……凄い、嫌だった。


「界武君は優しい子だ。優しさ故に強さを求める……

 その心根は非常に好ましい。

 断言しますよ、きっといつか私や遠鬼殿より強くなれる。

 ですがね、その為にかかる時間は三日よりは少し長いと思いますよ。

 あまり焦らずに、頑張ってください」


……もしかして、その事を伝えたいから実力を見せた、

という面もあるのだろうか。だとしても、とんだ荒療治だが。







遠ざかる延老さんの足音を、俺は夜空に瞬く星を見ながら聞いていた。


(あれで、実力の一端か……。あの星みたいに、まるで手が届きそうにねぇ)


思い知ってしまった。僅かな望みにかけて強くなろうとしたその意志が、

儚くも砕かれてしまっていた。


(あれに勝つのは……無理だわ)


鍛錬を止めはしないが、作戦は変更するしかない。

新坂に着いたら、今度は少女がいた牧場まで解除印を取りに行こう。

長門国とは逆の方角だけど、まあ仕方がない。

少女が守護の下で治療役になる事が出来れば、救う機会もきっとある筈だ。


「……よっと」


俺は体を起こす。夏の夜空は本当に綺麗で、

これを眺めてるだけでも心が晴れやかになったって不思議じゃない。


だけど……あれだけ徹底的に打ちのめされ、敗北を認める事が出来た筈なのに、

夜空だってここまで綺麗なのに、心の中の怒りの炎はまだ消えていない。

むしろ、今回の十四の敗北全てを薪にして、更に燃え盛っていた。


「……畜生!」


心が猛っている。強さが欲しいと、かつてない程に希っていた。

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