二十九話 五人程度
「があああっ!」
狙いを左から迫る野盗に絞る。右にいる野盗の獲物は長く、
懐に入り込めなかったら左右から袋叩きになるからだ。まず倒すべきは左!
その野盗は、自身の鋭利な爪を頼りに俺に飛びかかるところだった。
その右の鋭い爪を、俺は顎を地に付けんばかりに這って躱す。
そしてそこから飛びあがるように跳ね起き、右拳を股座に叩きつける。
包帯が汚れるのを嫌った俺は、右手を魔術の布で包んでおいた。
こういう時にもこいつは便利だ。
そして激痛に悶え倒れ伏す野盗の口に、その魔術の布を張り付けた。
そのまま窒息してくれることを期待したいが、それを見届ける余裕はない。
「何だよこのガキ……! これで三人目だ」
そう喚きながら振り回される棒を、俺は地に転がって避ける。
(あの棒は厄介だ。長さは五……いや、六尺か?
あれだけ長いと懐に飛び込めねぇし、威力ときたら掠っただけでこれだ)
右肩の傷を見る。血が止まる気配はなく、これまで流れた血が腕に纏わりつき、
右腕は既に血まみれだ。
あの棒の一撃を防ぐには、何か硬いものが必要だ……。
そこで俺は視界の隅にあった棍棒を腰から伸ばした魔術の腕で取ってきて、
左手に持って構えた。この棍棒は……多分、二人目の野盗が持ってた奴だ。
「また不気味な真似を……!」
棒を構える野盗にはこの魔術の腕は見えないようで、
それを必要以上に警戒してなかなか攻めてこない。
「心配しなくてもさ、原始魔術の遠距離攻撃は縛ってんだよ!」
俺から奴の間合いに飛び込む。
この棍棒で奴の一撃を防ぎつつ懐に潜り込む算段だ。
だから左から迫る棒の一撃を、棍棒を逆手に持った左手で受け止めた。
六尺棒をその身に受けた棍棒は、その一撃でへし折れ砕け散った。
……材質は大して変わらない筈だが、頑丈さがまるで違う。
恐らくは、魔術で六尺棒は強化されているのだろう。
砕けた棍棒とその破片の幾つかが左手に突き刺さった痛みを感じる。
だが、それでもその一撃は俺の進撃を止める事は出来ず、
狙い通りに懐に潜り込めた。
こうなったら小回りが利くこっちが有利だ。
「まずはみぞおちっ!」
痺れが残る左拳を打ちつける。
「次は肝臓!」
延老さんに教えてもらった急所。それを狙って右拳が唸る。
教えてもらった事はまだある。人体の硬い箇所の殴り方だ。
「最後だっ!」
急所への二連撃に思わず体をよじった野盗の顎を、左の掌打で打ち上げた。
「畜生……! ガキの護衛がいるなんて、聞いてねぇぞ!」
「何か変な魔術を使ってやがる! 無闇に近づくな!」
四人目の仲間が倒されて、残りの野盗が浮足立つ。残るは……親玉を含め六人か。
「落ち着けっ!」
その野盗達を一喝する親玉。それでちゃんと静まる辺り、
まだこの親玉の統率は機能してるようだった。余程この男は強いのか……。
しかしこの親玉、強そうというよりは頑丈そうといいたくなるような体格で、
身の丈は六尺強という所だが、腹回りも同じぐらいはありそうだ。
「ガキとはいえ鬼人族だ。これぐらいはやるんだろうさ。
だがな……見ろ、今までの戦闘で両腕が血だらけだ。
もう怖くも何ともねぇぞ」
親分はそう言って、自分の獲物である鉈を振り上げた。
「後は俺がやる。この全牙、鋼牙の兄弟をぶっ殺した俺様が……」
「黙れよ、法螺吹き」
その言葉を遮る。
(同じ嘘を三度、それぞれ違う相手から聞かされてんだ。
もううんざりなんだよ……!)
「な……何が法螺だと……!」
「お前が殺したっていう鋼牙の野郎は生きてんだよ!
ちょっと前にこの辺にも来ててな、法螺吹き共を殺して周ってんだとよ!」
これは延老さんから聞いた話だ。仇を討ったという名声が欲しくて
こんな所まで来てるらしい。迷惑な話だ。
「え……な、何だと……!?」
狼狽する親玉。そう、その狼狽を狙っての舌戦だ。
野盗の親玉に俺の拳を打ち込むのに詰めるべき間合いは三歩。
その三歩に必要な時間を、その狼狽に稼いでもらう。
まだ鉈を振り下ろせてすらいない親玉の腹にさっきと同じ連撃を打ち込む。
みぞおちに肝臓……だが、手ごたえが弱い。
この親玉の立派な腹回りだ。俺の攻撃が腹の中まで届いていない。
たまらず標的を変更し、金的蹴りを狙うが……それすらもあの腹部に防がれた。
今の俺の足だとちょっと届かない。
「テメェ……太り過ぎだっ!」
「これぐらいが丁度なんだよ!」
遂に振り下ろされた鉈は、刃ではなく柄の方を打ちつけられた。
魔術の腕で受け止めたものの、その腕のあまりの重さに俺の魔術は抗しきれず、
左の肩口までその攻撃が届いてしまった。
うめき声を上げて膝をつく。左肩が痛い。深手ではないかもしれないが、
それでもまだ痛みで動かせる気がしない。
「どうやら法螺吹きは貴様だったな、小僧!」
「……勝利を目前に舌なめずりか? 余裕だな」
強がってはみるが、確かに俺はもう手詰まりだ。
魔術での遠距離攻撃を縛って戦えば、俺はこんな雑魚にも勝てやしない。
その事実を思い知り、涙が滲むほどに悔しかった。
「強がるな……。まぁいい、これでお前を殺してあの小娘を食ってやるわ」
それは言っちゃいけなかった。消えかけた俺の闘志が再度燃え上がる。
「あのさぁ……おい、太鼓腹野郎」
「何だ……ぐふっ!」
その親玉は鉈を落とし、太鼓腹を地に付け悶絶し始めた。
……なんて事は無い。原始魔術の遠距離攻撃は確かに縛った。
戦いの実感を得るために、そして、強くなる為に。
「だけどな、近距離攻撃は縛ってなかったわ」
伸ばした原始魔術の腕ならば、その太鼓腹に邪魔されずに
股座を突き上げるのも容易かった。
左肩から二本、右肩から二本。それぞれ魔術の腕を作り出す。
やっぱりこの形が一番操作しやすいな、などと考えながら、
今も悶絶する親玉を見据える。
「魔術の腕は軽くてね、だから一発一発はそんなに痛くない筈だ」
この場にいる野盗達も見えてはいないだろう。だが、その四本の魔術の腕が今、
大きく振りかぶった。
「だから百発は打ち込む。まだ意識があったら褒めてやるよ……!」
あの少女を食らうなんて言いやがったこいつに、かける慈悲は無かった。
魔術の腕をひたすらに叩きつけた。
傍から見ればさぞ奇怪に見えただろう。
魔族の巨体が何もされてないのに跳ね回るんだから。
まだ五人は野盗が残っていた筈だが、怒りにそれを忘れた俺は、
ここで使い果たさんばかりに魔力を注ぎ込み、
出来る限り速く強い連撃を打ち続けた。
だが……約束は約束だ。
「そろそろ……百発か?」
百を打ち切った俺は、魔力の使い過ぎで意識が飛びかけている。
息は荒く、敵と対峙しているという状況じゃなきゃもう倒れ込んでる筈だ。
「止め……止めてくれ……悪かった……」
驚いた事にこの野盗、まだ意識が残っていた。
最早その顔は原形を留めていないが、それでもまだ命乞いをしている。
こうなったら仕方ない。約束通り褒めなくては。
「大したもんだな、お前の頑丈さは」
左手はまだ動かせない。だから血まみれの右腕を引き絞り、腰だめに構える。
思い描いたのはあの夜見た延老さんの縦拳。木の幹を打ち砕く、あの剛拳だ。
「助けて……くれ……」
「……砕けろ」
頭を打つ時は掌打にしておいた方がいいとは教わったが、
生憎とこの時は忘れていた。まあ動かせない右手を使ったんだから、
どっちにしろ、どうしようもなかったが。
鼻柱に打ち込んだ右の縦拳。
それで最後に残った親玉の意識を狩った。
「残り……何人だっけ?」
命乞いが止んだのを見届けて、深く深呼吸してからの一言だった。
そして、そういえばまだ残っていたなあと思って辺りを見渡すが、
残る野盗がいた筈の場所には既に延老さんしかおらず、
その足元には五つほどの死体が転がっていた。
「……延老さん? 手を出すなって言った筈だけどな」
「残りの野盗は逃げ出そうとしてました。
こうなると野盗とすら呼べぬ卑劣漢ですよ。
だから勘定に含める必要はありません。野盗を全滅させた、界武君の勝利です」
「勝利……ねぇ。こんな有様だけどな」
血まみれの両腕、痛む左肩、そして尽きかけの魔力。
どちらかというと負けた側の惨状だ。
「気づいておられたでしょうが、幾人かは魔術を使っておりました。
それを原始魔術のみを使い、付け焼刃の格闘術で五人も倒したのです。
これ以上を望むのは……我儘、ですよ」
他意は感じない。延老さんは本心から褒めてくれてるようだった。
だからこそ、余計に苛立った。
「違うんだよ、延老さん」
「違う……とは?」
「こんな奴等五人倒せる程度じゃ駄目なんだよ。
俺が戦わなきゃいけないのは……遠鬼や、延老さんみたいな……
とにかく、もっと強い奴なんだ」
「……私も、ですか?」
そう問い質す延老さんの声は、どこか嬉しそうだ。
(そうだ、だから……)
あの少女の解除印をかけて、俺と戦えと。
そう言えない自分の弱さにどうしようもなく苛立ち……そこで、意識が切れた。




