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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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二十七話 新坂にて

新坂の繁華街、あざみ屋の正面には大きな酒場がある。

その酒場の暖簾をくぐり、七尺はあろうかという大男が表に出てきた。


(……やってみると、意外とどうにかなったな)


遠鬼は思いもかけず上首尾に終わった酒場での情報収集に、

自分の事ながら感心した。自分の事を戦闘に関する事以外は

かなり大雑把だと認識していたし、情報収集などというのは、

人の心の機微を察することが出来る繊細で賢い者の仕事だと思っていた。

だからこそ、慣れぬ仕事だとやや億劫になりながらも始めたそれの、

しかも最初の一手で欲しい情報の殆どが手に入ってしまった事に

拍子抜けもしていた。







一刻程前の話だ。昼にもかかわらず酒場で盛り上がっている三人組がいた。

三人とも新坂では少しは名を知られた無頼共だ。

酒の肴は自然と荒事方面に偏るもので、まずは長門国で起きてる人間の反乱、

次に近々行われるという楼京での武芸大会、そして今は黒樹林の牧場荒らしだ。


「全牙さん、鋼牙さんっていうと少し前にこの新坂も

 随分と荒らしまわったよねぇ」


三人の内の一人、化猫族の女が過去を思い出しつつ語る。


「俺の見立てだと弟の鋼牙の方はそこまで強くもなかったなぁ。

 兄の全牙の方は……ありゃあ化け物だったけどよ」


それを受けた犬人族の男が話を繋ぐ。


「そういう君は確か鋼牙にボコボコにされてませんでした?」


すでにかなり酒を飲んでいるのか、

言葉を返す兎人族の男の顔は真っ赤である。


「あ……あれは俺もまだ若かったのよ!

 今なら全牙だって楽勝よぉ!」


「その全牙さんも鋼牙さんも殺されちゃったってんだからね、

 世知辛いねぇ」


「お蔭でこの新坂の周りも物騒になりましたからね。私の知り合いも、

 ちょっと前にこの付近で野盗に荷物を奪われたそうですよ」


「俺が護衛についてりゃなぁ……その知り合いには悪い事したぜ」


「ま、下手な賊共よりは私達の方が強いからね、

 間違いなくね……って、あれ? これもしかしてさぁ」


「なんだよ」


「どうしました?」


「私達の時代、来たんじゃないかな?」


そう言って化猫族の女はにったりと笑う。


「なるほど……。確かに、全牙、鋼牙の兄弟がいなくなった

 この新坂周辺だと、次に名の知られてるのは……我々ですね」


兎人族の男が胸を張る。


「そっかぁ……。遂に俺も新坂最強かぁ……。感慨深いぜ」


犬人族の男が腕を組み何度もうなずく。


三人が余韻に浸っているその時、唐突に、ドン、

と大きな音がして卓上に酒瓶が置かれた。


「飲め」


そして、何者かが三人に向けて言い放った。


「な……だ、誰だ……よ……」


犬人族の男は乱入者に見覚えがあった。


……間違いない、去年の話だ。新坂中のならず者共を叩き伏せ、

捕らえに来た守護様の家来までも残らず蹴散らしながら

何も奪わず去っていった鬼人族。新坂のならず者共が皆、

その男を見れば直ちに腹を見せて横たわり降伏の意を示したという

伝説の無頼……『同族殺し』だ。

ちなみに勿論腹を見せる云々は誇張された話で、

実際にやったのはこの犬人族の男ただ一人である。


「お……お……お久しぶりですニャ、『同族殺し』さん……ニャ」


わざとらしく猫なで声を上げる化猫族の女。

強者に媚びるときは語尾にニャを付けるのが女の処世術だったが、

何故だろうか、それが上手くいった試しはなかった。こんなに可愛いのに。


「お、お、王都では大活躍だったそうで……

 いやぁ大活躍ってすごいですね、しかも王都で」


兎人族の男は動揺すると極端に語彙が少なくなる。


「聞きたいことがある。この酒をやるから教えてくれ」


そう言って『同族殺し』は空いた席に座った。


「聞きたい事ですかニャ!

 も、もちろんもちろん何でもお答えしますよ……ニャ」


「お酒ですかぁ、いいですよね、お酒……美味しいですもんね、

 お酒。何でも教えちゃいたくなりますよね、お酒ですからね」


犬人族の男は床に寝ころび腹を見せていた。


こうして遠鬼は、聞かぬことまで懇切丁寧に教えてくれる協力者を得て、

必要としていた情報の殆どを手に入れることが出来たのだった。







遠鬼は新坂の通りを歩く。去年見知った店があれば、

見た事のない店もある。そのどれもが賑わいごった返している。


(丹波国の守護はゲンヨウ……字は厳しい容器で厳容だったか?

 新坂をよく治めている)


酒場で聞いた限りでは、別段悪い噂の無い男だ。

というより巷の評はむしろ逆で、部下に公平、

民に公正であると聞いている。

そして、統治者がその務めを良く果たしているのであれば、

為人がどうであれ問題にはならない。それはそれで正しい。


(いや……その為人も問題視するような事はなかった。魔族から見れば、だが)


敵意のある視線を感じたので思索を中断する。

通りを歩く人々を見渡してみるが、遠鬼に視線を向ける者はいない。

むしろ必死に視線を逸らそうとしているようにも見える。

暫し見回して、通りの外れ、路地の入口付近に佇む女を見つけた。

知っている顔だ。悪い縁を結んだ者ではあったが、無視することも出来ない。

遠鬼はゆっくりと女の下に近づいた。


「まだこんな所にいたの、遠鬼」


「お前はどこにでもいるな、春夜」


ハルヤ、そう呼ばれた女戦士は呆れ果てた、

とでも言いたげな表情で遠鬼を睨んだ。手足に籠手や脛当て、甲掛を纏い、

丈の短い着物の下には薄手の鎖帷子を着込んでいる。

端正な顔立ちに長い黒髪を肩で一つにまとめ、

二本の角が美しさよりも凛々しさを際立たせている。


「もう楼京には着いてるものだと思ってたけど、

 そんなに『勇者』と戦うのが怖いの?」


「いや、楽しみにしてる」


「じゃあなぜこんなに遅れてるの!」


「寄り道だ」


「ふざけるな!」


「ふざけてない」


「なお悪い!」


「そうか」


春夜は頭を抱え大きなため息をつく。

春夜にとって遠鬼という男は今でも理解しがたい。

自分がどれだけ残虐で非道な行いをしたのか知ってか知らずか、

達観したかのように戦闘以外の事に無関心だ。


その事が許せなかった。せめて、泣き喚いて頭を伏せ、

村の皆に謝ってでもくれれば少しは気が晴れたのに。


「楼京には居たの、あなたを殺せる男が!

 それで話をつけて待ってたのに、全然来やしない!」


「それでここまで戻ってきたのか……すまん」


「そんな事で謝るな!」


「そうか……しかし、春夜」


「何!?」


「いつも怒ってるな」


「……誰の! せいだと! 思ってる!」


激昂する。当然だ。親類縁者に友人知人も含めて、

この男自身を除いては全て殺されたのだから。


「お前だ」


だが返ってきたのは予期せぬ言葉。


「え……!?」


その春夜の狼狽に追撃が来る。


「怒りに任せて俺に勝負を挑めばいい。

 それで勝てばお前の気は晴れる。それをしないからただ怒ってる」


「……あなたに挑めば殺される。私があなたより弱いから」


「やってみなければ分からん」


「分かるわ。でもね、あなたは私を殺せない。だって私が弱いから」


「そうだな」


「掟って素敵ね。おかげで私は生きてられるし、

 あなたの敵を探すことが出来る」


「ああ、王都ではいい勝負が出来た。ありがとう」


「感謝するな!」


「そうか」


「……もういい!」


もううんざりだとばかりに話を打ち切り、

春夜はこの場を立ち去ろうとする。

その去り際に、伝え忘れた事でもあったのか、振り返って遠鬼を睨んだ。


「遠鬼……いえ、『同族殺し』。

 私ね、新坂に戻ってきていい事もあったの。あなたを殺せる男の情報。

 それもね、もうすぐここに来てくれる」


「そうか」


「いつもの事だけどつれない返事。でも期待してて。今度は間違いない。

 間違いなくあなたより強い男だから……!」


「誰だ?」


「知ってるでしょ? 『閃刃』よ。あの伝説の剣士がね、

 もうすぐこの新坂に来る。そこであなたにけしかける」


「ああ、それは……」


「楽しみにね、『同族殺し』!

 私達の村の皆を殺し尽くしたお前の罪、その時にこそ裁かれるから!」


春夜はそれだけ言って去っていった。


(けしかけなくてもここで戦うんだが……)


言いそびれたことを、今度謝っておこうと遠鬼は思った。

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