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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
一章 界武
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二十二話 鋼牙 その一

旅に出てからこれで七日。

兄貴を殺した牧場荒らしの手掛かりは未だに掴めない。

唯一事情を知ってる筈の人間のガキも結局崖から飛び降りて自殺してしまい、

完全に手詰まりになってしまっている。

あの時あの鬼人族の馬鹿が訳の分からない横槍を入れてこなければ、

少なくともガキの方で気を病む必要が無くなったことを思うと

憎くてしょうがない。衝動的に拳を壁にぶつける。

元々崩れかかっていたそれは脆くも弾け飛び、強い夜風が頬に吹きかかる。

仮の宿と決めていた廃屋が、ギシギシと悲鳴を上げて揺らぐ。


「畜生……! ふざけるなよ! 見つけたら全員ぶっ殺してやる!」


鋼牙は吠える。ままならぬ全てに対する憎しみを込めて。







旅を決めたのは逃げた人間のガキが死に、他の人間への聞き取りも

全て徒労と終わった辺りだ。黒樹林の村に住む魔族の殆どは、

兄である全牙の庇護を期待してわざわざこんな辺鄙な場所に来た奴等だ。

だから、暫くは鋼牙の命令に従ってはいたものの、

次第に言う事を聞かなくなった。


そうしてしばらく手をこまねいている内に、新坂から早馬が来た。

綺麗な服の優男が役人を名乗り、守護様が牧場荒らしの詳細を聞きたいとかで、

やたら高圧的に質問してきた。

そして、事件の詳細など全く答えられない鋼牙に対しては

酷く冷たい視線を向けられ、事情を知る筈の人間を逃がした件については、

叱責までされた。


(コイツだって兄貴を前にしたらヘコヘコしてるだろうに……!)


村の住民やこの役人は、兄である全牙の武名には敬意を払っても、

鋼牙に対してはそのそぶりも見せない。その理由は単純明快だ。

鋼牙は全牙に比べればかなり強さの格が落ちる、

そう周りに思われているのだ。

このまま舐められっぱなしでは今後の牧場の管理すら危うい。

鋼牙自身の武名を広める必要にも迫られた。


そこに降って湧いたような野盗の噂である。

兄貴を倒したと言い張る野盗達が各地で暴れているとの事だ。

これしか無いと思った。どうせ全てが騙りであろうが、

少なくとも兄の仇を討った弟としての武名は得られる。


(やるしかねぇ! それでこの最悪な事件に片が付く!)


牧場を他の仲間達に任せ、鋼牙は住み慣れた牧場を発った。







道中、兄と大暴れして周った若き頃を思い出した。

あの頃も色んな場所に行っては荒くれ者共に喧嘩を売って勝ち続けた。

鋼牙は主に露払い担当で、大物を狩るのは全牙の仕事だった。

兄は鋼牙の目から見ても絶対的に強く、

誰かに負ける事など想像すらできなかった。

その兄が後ろに控えているという自信が、

鋼牙にも己以上の力を与えていたような気がする。

兄弟の喧嘩行脚は誰にも止められないままに、この世界最大の都、

楼京まで到達したのだ。


だが、鋼牙達の快進撃はそこで止まってしまったのだ。







今でもよく覚えている。あれは楼京の関を通ろうとした時だ。


「そこの二人、止まれ」


最初は凡百のひ弱な役人が声を掛けて来たのかと思った。

何故ならその男、戦士にしてはやや小柄、六尺にも届かぬだろう身の丈だった。

質素な着物に細い木製の槍を持ち、額当てで角を保護する鬼人族で、

肌は白く体は細身、その長い髪はやや青みがかった黒色で、瞳は深い藍色……。

まあ、多少容姿が整ってる事を除けばどこにでもいる小役人に見えた。


全牙はとにかく人の言葉に従うのを嫌う男で、その小役人の警告も無視して

関に押し入ろうとした。兄弟二人なら誰が来ようと叩き伏せられるという、

自信に満ちた行動だった。何しろ全牙の身の丈は六尺五寸、体つきも逞しく、

あのようなひ弱な役人など、腕を一振りするだけで殺しかねないほどだ。


その全牙の行く手を横から差し出された槍が止めた。


「止まれと言っている。貴様等、全牙、鋼牙の兄弟ではないのか?

 狼人族の兄弟が近隣の町で暴れまわっていると報告が来ている」


先程の役人だ。その体格差をものともせず、堂々と行く手を阻んでいる。

全牙の返答はその剛腕の一振りだ。勿論威嚇などではない。

当てるつもりでその役人の頭を狙った。

……だが、その腕は何故か役人を素通りし、ただ空を切る。

役人が避けたような仕草はなかった。何故か、当たらなかったのだ。


「煩わせるな、小僧が」


今度は殺すつもりの右拳。鋼牙はあの拳がならず者達の顎を砕く様を

何度も見てきていた。だから今度もそうなると思ったが……

その役人は槍を一振り、石突で全牙の拳を事も無げに打ち払い、

そのまま膝裏への一撃で跪かせ、後ろ首を打ち据えて全牙を拘束してしまった。


「な……何しやがった!」


石突で首を押さえられた全牙は、その拘束から抜け出ようともがくが、

何らかの魔術を使っているのか、全牙程の怪力を以てしても

腰を浮かす事すら出来ていない。


「兄貴ッ!」


慌てて鋼牙は強化魔術を発動する。

瞬発力を強化した鋼牙は一瞬で役人との間合いを詰め、

その勢いのまま右の爪撃を繰り出した……が、やはりその爪は空を切り、

逆に手首を掴まれ思い切り捻り上げられた。


「痛ッ……ど、どうして……当たらねぇ!?」


痛む右手を力づくで振りほどこうとするが、全く体が動かせない。

やはり何かしらの魔術で拘束されている。

それに気付きはしても、既に手遅れだった。


「みだりな暴力は魔族の法により禁じられている。

 知らぬわけではあるまい……。よって、今日一日牢に繋ぐ。

 頭を冷やしてこい」


向かう所敵無しであった兄弟は、こうして関をくぐる事すら叶わず、

そのまま牢に入れられた。


だがその夜、当然のように兄弟は牢破りを敢行した。

月夜になれば魔力が倍加する、その狼人族の種族特性を利用し、

四肢を魔術で肥大せんまでに強化した全牙が、

兄弟を閉じ込めていた牢を粉砕してのけたのだ。


鋼牙は知る。この状態になった兄はもう弟である鋼牙ですら止める事は出来ない。

あの関で全牙に恥をかかせた役人を八つ裂きにするまでは、

その暴威を鎮める事など叶わぬに違いないのだ。


「あの鬼人族の役人! 出てこい! ぶっ殺してやる!」


牢があった地下から抜け出した後も、

そう大声で叫びながら手当たり次第に目に付くものを破壊しつつ全牙が進む。

鋼牙はその後ろを冷や冷やしながらついて行く。

牢を守っていた筈の役人達は逃げ惑い、こちらに近づく事すらできていない。

そうして全牙によって戸が破られ、壁が砕かれ、ついには柱も折られて

その場が混乱の極みに達した丁度その時。


「昼間暴れた全牙、鋼牙の兄弟か。

 よくもまあその日の夜にこうもまた暴れられる……。

 どうしてそこまで魔族の法が守れぬのだ?」


嘆かわしい、まさにそんな表情であの役人が、再度全牙達の前に立ち塞がった。


「出たな小僧! 今すぐ殺してやる!」


敵を威嚇せんと声を張り上げる全牙。

だが威嚇は全く効果をなさなかった。


「法に従え。世界の秩序を守る正しき法だ」


その役人は手に持つ木製の槍を軽く振り回してから、中段に構え全牙を待った。

自身に向けられた穂先に躊躇すらせず、全牙が飛びかかる。


月光の魔力を受けてか、昼間とは比較にならぬ程強化された右の爪撃。

それが全牙の必殺の一撃だった。

これを受けきる事など誰であっても不可能である筈だった。


だがその時、役人の持つ木製の槍が青白い炎を纏う。


(信頼の魔力……? 武装強化魔術か!)


それに気付いた鋼牙は全牙に注意を促そうとしたが、勿論そんな時間は無かった。

強化された木製の槍はやはり事も無げに全牙の一撃を打ち払い、

そのまま昼間の再現が行われたかのように、

あっという間に全牙は拘束されてしまった。


それで兄弟は思い知ったのだ。自分達はただ世界の広さを知らなかったのだと。

無敵と信じた自分達の力は、凡百のそれでしかなかったのだと。







不幸中の幸いと言おうか、この敗北は武名を損なうものにはならなかった。

何故ならば、その役人は既に楼京で最強との評判を得ていた強者だったからだ。

だが、その敗北は武名を損なわずとも全牙の心を折った。

そうして、全牙はその武勇を評価され黒樹林の牧場の管理を任されることとなり、

鋼牙と共に山村に引っ込むこととなる。


(鬼人族は俺にとって災厄だな。あいつらが出てくると碌なことが起こらねぇ)


そこで鋼牙は事件以降ずっと抱えていた疑問について考える。

兄貴は荒事から遠ざかっていたとはいえ強かった。

その辺の魔族なら今でも瞬殺出来ただろう。

その兄貴があのように無残に殺されたのだ……。

しかも、その爪を何にも突き立てる事も出来ずに。


(そこまで強い奴が来たなら、どっかで噂になってる筈だ)


そう思って黒樹林の周りの村々や、旅先でも噂を集めまわった。

結果、該当する強者が一人浮かび上がった。


(『同族殺し』……あの赤髪の鬼人族だ)


『同族殺し』が今世間を騒がしている牧場荒らしその人だったとすれば、

色んな疑問に回答が得られる。何よりも、魔族の掟云々という意味不明な理屈で

あの人間のガキの逃走を手伝った不可解な出来事にも、

しっかりとした理由が付くのだ。


(もし本当に『同族殺し』が兄貴の仇なら……俺はどうすりゃいいんだ?)


少なくとも、真正面からやりあって勝てる相手ではない。

強さの底が知れないという意味では、

あの時絶望的な力の差を感じた、あの役人と変わらないのだ。

だが人間の捕縛を邪魔された恨みもある。

さらに、どうにかして倒すことが出来れば、全ての問題が決着するのみならず、

兄以上の武名も得られるだろう。


(まあ……まずは野盗を狩る。その後で作戦考えるか)







旅を始めて半月近く経過して、

遂に牧場荒らしを騙る野盗の一団を見つけることが出来た。


鋼牙は草むらの陰から、野盗共がねぐらにしている廃村の様子を窺う。

数は恐らく二十以下、種族構成は鎌鼬族が大半で、少し猿人族が混じっている。

鎌鼬族の種族特性は厄介ではあるものの、奴等は守勢に回ると呆れるほど脆い。

奇襲さえ成功すればどうとでもなるだろう。


となると、このまま奇襲をかけても多分勝てなくはないだろう。

ではあるが、証人がいなければ野盗を倒したという鋼牙の武勇が広まらない。

半月探し回って漸く見つけた名誉挽回の機会である。最大限に活かしたい。


しかし……噂によれば至る所に出没していたらしい野盗共だが、

半月も探し回ってようやく見つけることが出来た事から察するに、

大した数はいなかったらしい。


(やはり噂は噂だな。余程の事が無けりゃ付き合うようなもんじゃねぇわ)


もうこれでこの付き合いは最後にしたい。

ならば野盗共が獲物を狙う直前に乱入して親玉を狩るべきだ。

残った雑魚などその後で適当に蹴散らしておけばいいだろう。

そうすれば助けた者達はその時の武勇伝を広めてくれるし、

野盗の生き残りも鋼牙の噂を撒いてくれる筈だ。

幸い、様子を見るに野盗達は襲撃の準備をしている。

そろそろ狙った獲物がかかる頃なのだろう。


(『同族殺し』の件もある。さっさと終わらせちまおう……)


鋼牙は野盗の後を追い、その機会を待った。

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