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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百九十七話 破綻

子供達は思い思いに鹿野戸に話しかけてくる。

鹿野戸と生きてまた再会出来た事を喜んでいない者は一人もおらず

感極まって鹿野戸の腰に抱き着く子や泣き出す子までいた。


やはり怖かったのだろう。

命令一つで死ななければならないという状況……

加えて動けないとはいえ魔族だらけのこの町にいたのだから。


鹿野戸だって子供達にそんな過酷な任務を与えた事を重々承知している。

だからこそ集う皆へ向けて出来る限りの笑顔を作る。

作りはするが……それでも、鹿野戸にはそれが

ぎこちないものだと思えてしょうがなかった。


「鹿野戸さん……良かったな、子供達とまたこうやって会えてさ」


そんな鹿野戸の心中は分かっているのだろう。

界武のその声は何か含みがあるように聞こえた。


「界武君、どうして……いや、どうやって……」


どうやって……鹿野戸の命令に反するような形で

子供達をここに連れてくる事が出来たのだろうか。

そんな鹿野戸の疑問に界武はさも当たり前の事かのようにこう答えた。


「どうやって……聞くまでも無いだろう鹿野戸さん。

 俺はこの子達に……皆を絶対に助けるからと約束して

 ここに連れてきたんだ」


助ける……それは、鹿野戸が口に出そうといくら思おうと

ここにいる子供達には決して掛けてあげられなかった言葉。

人間の世界の為に犠牲になってもらう事を強いた子供達には、決して……だ。


「そうだよ先生、界武さんから聞いたよ。

 界武さんの仲間が助けてくれるって!」


「俺達はここから生き延びて……それで、

 ちゃんと成長していけるんだって!」


「そうそう、それで、それで……

 成長して、強くなったらもっと先生を助けられるって!」


子供達の掛けてくれるその喜色溢れる言葉は全て

呪いの鎖となって鹿野戸の心を締め上げた。


何故ならそれらは全て、鹿野戸には決して実現出来なかった事だから。

どれだけ悩み、苦しみ……そして涙を流そうとも、

愛する子供達を武器として扱う事しか出来なかったのが鹿野戸だ。

ただ生きたいという素直な願いすらも踏みつけるしか出来なかったのが

ここにいる鹿野戸だからだ。


「界武君が……約束、してくれたのか」


鹿野戸は今一度子供達に確認する。

子供達は笑顔のままただ頷いて肯定する。


(この世界でこの子達を助けるという事が、

 どれだけ無謀な試みか、界武君は本当に理解しているのか……!?)


界武のそんな安請け合いに怒りすら湧いてくる。


(出来る筈がない! 何度も何度も考えた!

 他のやり方が無いかと、気が狂うくらい考え抜いた!

 それでも結論はいつも同じだった!

 全てを助けるのは無理だと……だから、

 それならせめて犠牲を最小限にして人間の世界を取り戻すのだと……!)


眼前で喜んでいるのはそんな最小限の犠牲だと鹿野戸が切り捨てた子供達だ。

鋼の覚悟で使い捨てると決断した……そんな、愛しき存在だ。


「界武君、君は……!」


無責任に子供達に希望を持たせて、一体どうするつもりだと。

そんな残酷な事をどうしてしてしまったのかと問いただそうと視線を向けた。


そこでようやく……鹿野戸は界武の姿をはっきりと見た。


怪我をしている……それもただの怪我じゃあない。

服はずたぼろに引き裂かれていて、

露わになった身体には傷がついてない場所が無い。

特に目を引くのは……左手の骨折だ。

折れた骨が皮膚を突き破っているその深い傷は、もう完治するかも疑わしい。


(……この小さな体で岩童を退けたんだ。

 それは……こうなるのも無理はないのか)


側に立つ岩童の身体を今一度見上げる。

……こちらも、負けず劣らずの負傷具合だ。


(この岩童を見て……その時に気が付くべきだった。

 界武君とて無傷では済む筈がなかったのだと)


子供達を助ける為にと文字通りに命を懸けて戦ったのだ。

そんな界武が言うのだから……その言葉は、約束は、

単なる安請け合い等では決して無いのだと、鹿野戸は理解した。


「……君には、出来るのか」


力なく鹿野戸は呟く。


「出来るんじゃない、やるのさ」


子供達を助け、ここから逃げ出すと決めたのだと。

そして、決めたのだから出来る出来ないじゃなくてそれをやりきるのだと。

界武は言ってのけたのだ。


二人の問答を側で聞いていただけの岩童でも容易に察する事が出来た。

岩童は界武と鹿野戸の関係を深く理解していた訳ではない。

だからその話の内容すらもちゃんと理解出来てなんかいなかった。

それでも……鹿野戸が圧されている。

界武に言い負かされようとしていると肌で感じ取ったのだ。


「……おい、界武。ここに来たって事は俺ともう一回やるんだな?」


だからそう言って無理矢理に介入しようとした。

勿論こんな形での再戦なんて望んではいなかった。

それでも岩童なりに鹿野戸を助けようとしての言葉だった。


「岩童。俺達の再戦はここじゃないだろう。

 それはお前だって重々承知してるんじゃないのか?」


だが界武はそれだけ言ってすぐに視線を鹿野戸へと戻した。

岩童の介入を歯牙にかけすらもしなかった。


(ああ……なるほど。やっぱそうだよなぁ……。

 ここじゃあ、ねぇよなぁ……)


その態度を見ても岩童は怒りを覚えるような事は無く、

ただ、そんな風に同意してしまった。


「なあ……鹿野戸さん。俺言ったよな」


岩童の介入がこれ以上ない事を察した界武は、再度鹿野戸に語り掛ける。


「鹿野戸さんの企みを……最後の奥の手を俺が止めたのなら、

 俺の勝ちになるって言ったよな……」


「……聞いた」


「じゃあ分かってる筈だ。

 なあ……鹿野戸さん。俺が子供達を皆集めてここに来た時点で

 鹿野戸さんの奥の手……最後の足掻きはもう破綻してるんだ。

 もう……止めよう」







界武と鹿野戸の話し合いを子供達はきょとんとした顔で聞いている。

それは口論とは呼べぬほど穏やかではあったが、

談笑とは取れない程度に緊張感もあったのだ。

故に反応に困ってのきょとん顔だった。


そんな子供達の顔を一通り見渡してから

また界武の瞳をじっと見つめ鹿野戸は口を開いた。


「止めよう、か……そう言うが界武君。

 君は俺の奥の手について何も知らないんじゃないのか?」


鹿野戸は自身の奥の手を凪や鋼牙等の極一部にしか話していない。

だから界武も当然その詳細を知らない。

ただのはったりではないかと言った。


それを聞いた界武だがそう来るのが分かっていたかのように

流暢に語りだす。


「羽膳から俺は聞いてるんだよ。

 ここ新坂の町そのものを人質にしてそれと引き換えに

 管領様を手駒にしようってんだろ」


鹿野戸はそれを聞き少し前の自分の迂闊さを悔いた。


(ああ……そうか。あの時まだ羽膳は生きていただけでなく、

 死んだふりをしながらじっと聞き耳を立てていたのか……。

 なるほど。管領が負けた後が怖いと評した男なだけはある)


そうと知っていれば誰にも聞かれぬように小声を使った筈なのだ。

ここは羽膳の執念を甘く見た自身の失点と鹿野戸は判断した。


「……奥の手については知られていたのか。

 だが……それでは、どうして子供達がここに集まれば

 この計画が破綻したのだと言えるんだい?」


「そりゃあ当然、この子達がさしずめ人質の喉元に突き付けた

 短刀のような役割をしてるからだよ。

 その短刀を取り上げたんだから、当然もう新坂は人質として機能しない」


それを聞いた鹿野戸はニヤッと笑う。


「界武君。残念だが君が言う短刀は二本あるんだよ。

 一本は君が言うようにここの子供達だ。だが……当然これは予備だ。

 本命は俺の拘束魔術なんだよ。

 今実際に町の住民を縛っているのはこの拘束魔術だ。

 一つ命令するだけで俺はこの町の住民全てを殺しつくす事が出来る。

 ……分かるかい? この町はまだ人質として通用するんだ」


そこまでを口を挟まずにじっと聞いていた界武。

少しだけ考えを纏めるようにか目を閉じはしたが、またも流暢に反論を始めた。


「鹿野戸さん、その本命の短刀は絶対に使えない事は

 鹿野戸さん自身が分かっている筈だ。

 俺は延老さんから聞いてるんだよ、この拘束魔術の弱点というか……制約をな」


「延老……『閃刃』か」


「そうそう……『閃刃』だよ。あの人を敵に回すんじゃないよ、鹿野戸さん。

 ただ強いだけじゃないんだ。もう何十年と戦場で経験を積んだ戦士なんだ。

 生半可な魔術ならすぐその弱点を見抜いちまうんだから」


余裕からか界武は声を出して笑う。

それからまた……ゆっくりと喋り出した。


「鹿野戸さんの拘束魔術は対象を限定できない。

 例えば踊れと命令すれば、魔術の制御下にある全ての人が踊る事になる。

 その辺の数人だけを踊らせて、後は座らせて見物させるってのは無理なんだ」


そう言ってから界武は近くで動けぬまま立ち尽くす町人の一人を指差した。


「俺の言ってる事が嘘だというのなら、今実際にあの人だけを踊らせてみなよ。

 ……出来ない筈だ、そうだろ?」


鹿野戸は答えない。


実際に界武の言う事は正しく、だからこそここまで多くの者を制御下に置いた際は

動くな、という当たり障りのない命令しか出せないのだ。

人によって解釈の異なる命令を送ろうものなら

その命令を出した鹿野戸ですら収拾出来ない状況を起こしかねないのだから。


「だから鹿野戸さん。アンタが操ってる人達に死ねと命令したのなら、

 この町の住民全てがその通りに死んでしまう事になる。

 でもさぁ……それじゃあ脅しには使えねぇよな。

 子供達ならまだ……一部の住民だけを殺して

 それを管領様に知らせる事が出来るだろうけど」


その子供達が周囲にいるから界武はその方法までは明言しなかったが、

鹿野戸は重々承知している。


子供を数人だけ破裂させればいいのだ。

それで殺す量は調節出来るし、破裂する際の大きな音で

衛蒼に新坂で何が起きたかを知らせる事が出来る。


「拘束魔術は脅しには使えない。その短刀を使うと決めたその時には

 もう人質は全員死んでいるからだよ。

 そうなったら管領様がここに攻めてきて鹿野戸さんはおしまいだ。

 鹿野戸さん……アンタもそうと分かってるから……

 その、子供達を使おうとしたんだろ?」


界武の反論は正しく鹿野戸の意図を言い当てていたのだろう。

鹿野戸はまるで罪を自白するかのように、こう呟いた。


「……本当に使う気はなかった。

 だが……管領の反応が読み切れない以上はそうするしかなかった」

 

……ここまで来れば鹿野戸は認めるしかなかった。

界武が言うように、子供達をここに集められた時点で……いや違う。

それを界武にやられた時点で……何もかもが、終わったのだと。


「鹿野戸さん……こうなったらもう選択肢は二つしかないんだよ。

 この町を道連れに破滅するか……」


そして、界武は砕けた左手をそっと差し出した。


「それとも……俺の手を取って、一緒にこの子達を守るかだ」


界武はまだ、そんな手を差し伸べてまで鹿野戸を救いたいと……

そう言ったのだ。

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