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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百九十六話 三度(みたび)

羽膳の予感は正しかった。

たとえ弓を砕いたとしても、凪を自由にさせてはならなかったのだ。


その本能的な予感と風切り音を頼りに咄嗟に防壁を張った。

魔力を籠める余裕もなく慌てて作った魔力の防壁は薄く、

臣錬の身体を貫いても尚貫通力を弱めない矢に歯が立たなかった。


だが……僅かに、その軌道を逸らす事だけは成功し、

羽膳の胸を貫く筈だったその矢は左肩の下……

脇の肉を抉り翼に穴をあけて、そのまま後ろへぬけていった。


その痛みに思わず片膝をつく。

羽膳はまず凪から目を離してしまった自分の失態を後悔し、

次に辛うじて命を拾った僥倖を思った。


「う、右衛門佐殿……」


そして眼下に倒れる臣錬、その身体に刻まれた傷を見たが……

凪の放った矢は胸の中央を綺麗に貫通していた。

出血の量から察するに、矢傷は心臓へと届いたのだろうか、

血の流れ出る勢いが尋常ではなかった。


(これでは……もう助からない)


羽膳はそう思う。

ついさっき殺されかけた相手とはいえ、仲間は仲間である。

その死を悼み、今すぐにでも弔いたくは思うが……

第二射がそれを待ってくれるとは思えなかった。


「凪ッ!」


湧いてきた怒りを糧に再度戦意を燃やす。

顔を上げ凪がこちらを狙ってきたであろう場所を睨み羽膳は叫んだ。


そこで第二射が来なかった理由を知る。

凪の背よりも大きかった弓がこの距離でも分かる程に小さく折れ曲がっていた。

どうにかして補修したはいいが恐らくは先の一撃が限界だったのだ。


凪としてもそこは割り切っていたのだろう。

折れ曲がった弓を惜しむように地に置くと、刀を抜いてこちらに歩いてくる。

あの一矢で仕留めきれなかった場合は接近戦を挑むつもりだったらしい。


(接近戦ならまだ勝ち目は……あるか?)


あると自信を持っては言えない。

先の一撃が文字通りの痛手だった。

命を繋ぎはしたものの射抜かれた場所が不味い。

心臓のすぐ近くで……どうやら太い血管を傷つけたらしい。

脇を絞めて力を入れれば出血を抑えられはするが

少しでも脇を開いたり、力を抜いたりすれば一気に血が溢れてくる。


(激しい動きは無理だ。強化魔術も使えない。

 それに何より……体力も、もうとっくに限界を超えている)


気力だけで意識を持たせている……

そんな状況がもうずっと続いている。

新坂を守るという侍所所司代としての責任感、

衛蒼の期待に応えたいという敬慕の念、

そして……好敵手である界武より先に倒れる訳にはいかないという意地。

そんなものでこれまではどうにか身体を支えていられた。


だが……臣錬を目の前で殺された、その失意が思いの他大きかった。

仇を取らんとする怒りでどうにか気力を補いはしているが、

それとてどこまで続くのか。


(でも……それでもだ、膝をついたままではいられない!)


接近戦を挑もうとする敵を相手に片膝立ちのままは戦士の恥だ。

魔族の戦士としての誇り……最後にはそういうものに縋って羽膳は立ち上がった。


凪を睨む。

一歩一歩ゆっくりとこちらに近づいてくる。

ただその歩みは段々と速くなっているようにも見える。

……気が逸っているのだ。

敵を殺す好機を待ちきれないようで

その殺気を抑えきれぬと凪の体が急いている。


(ここにきて戦意を些かも失っていない。

 人間の戦士とはこれ程に苛烈なのか……)


戦士としての地力なら凪は羽膳より劣りはするだろう。

だが……そんな戦力差なぞ元から計算してはいないのだ。

とにかくどんな手段を使ってでも魔族を殺す、

彼等人間の戦士にとって戦いとはそういうものなのだろう。

それだけ……魔族への恨み、憎しみが強いという事でもあるが。


(ああ……この憎しみに常にあてられるというのなら、

 長門国の反乱鎮圧というのはさぞ過酷なものなのだろうな……)


ここ新坂での最後の決戦となるだろう凪との対戦を前に、

羽膳はそんな風に長門国へと思いを馳せていた。


そして……激突の瞬間が迫り凪の歩調が更に一段速くなった。

早歩きから疾走になり……刀を腰だめに構えたまま羽膳の下へと向かってくる。


(あの勢いのまま……俺を刺し貫くつもりか!)


ならばと羽膳は少し腰を落とし、右の翼を前に出す。

格闘戦では腕を使わぬのが鳥人族の作法ではあるが、

この状況ではそうも言っていられない。


(どうにか右手で刀を捌いて……そして、反撃を叩きこむ!)


凪の行動は読める。だがこちらの身体がちゃんと動いてくれるか分からない。

だから羽膳は右手の犠牲も厭わぬ戦い方を選んだ。


(体や足を刺されればそこで終わり。動けなくなって俺の負け。

 だが……腕なら、この際多少傷が増えようともう誤差も同然だ!)


覚悟は決まった。後はもう……どちらが死ぬかだ。


そんな緊迫感の中どこからか、ぴゅうぅぅ……と、小さな音が聞こえた。


何の音かと思いはしたが羽膳は凪から目を逸らさなかった。

そんな余裕も無かった。


だが……凪は違った。

その音を聞くなり足を止め、音の方をぼんやりと眺め始めたのだ。


(どうした……のだ?)


隙だらけだ。

今ならばこちらから簡単に攻撃を叩き込めるのではないかとすら思った。

だが……そんな考えは次の凪の叫びにかき消されたのだ。


「どうして……どうしてなのですか、先生っ!」







時間は少し遡り、ここは新坂の関の前。


臣錬を凪への援軍に送り、鋼牙を衛蒼の監視へと差し向けた後、

鹿野戸は黙々と倒れ伏す岩童の背中に服従印を刻んでいた。


「……先生サマよぉ」


「起きたのか。刻み終わってすぐとは、流石に頑丈だな」


丁度、新しい服従印を描き終えてすぐの反応に鹿野戸は驚いた。


確かに服従印の効果で今の岩童は全身の痛覚がほぼ麻痺している。

だから痛みに苦しむ事なく意識が戻るのも道理ではあるが、

それにしたって徹底的に界武に痛めつけられた筈の身体である。

疲労は残っているし怪我も治った訳ではない。

起きるのはもう少し後になるだろうと思っていた。


「俺は……どれぐらい寝てた?」


「少しの間だ。まだ状況はそこまで動いちゃいない」


そう言うや鹿野戸は岩童の背中から降りる。


「そうかい、ならまだ俺達が負けた訳じゃねぇんだな」


背が軽くなったのを感じたか、

岩童は転がって仰向けになるとゆっくりと体を起こした。


「負けた訳ではないが……まあ、首の皮一枚繋がっている程度だ。

 詳しく説明する時間は無い。

 とにかく今から俺の言った通りに動け」


岩童が動けるのなら早急にやって欲しい事はいくらでもあった。

だからと鹿野戸は起きたばかりの岩童に速やかに立ち上がるよう促す。


「分かった、分かったよ……。

 じゃあ、何をすりゃいいんだ?」


「馬車だ、馬車を最低三台は用意しろ。

 お前も乗り込めるほど大きく頑丈な奴も必要だ」


「俺が馬車に? 大丈夫だよ、歩くぐらいなら出来る」


ここに来る時も岩童は堂々と歩いてきたのだ。

多少の怪我があるとはいえ、馬車に乗せられて運ばれるというのも

情けないという思いがあった。


「……いけるのか? 途中で倒れても回収出来んぞ」


「いけるよ。幸いどこも痛くねぇ」


それは強がりではなく、本当にどこも痛くはない。

右腕などはもう指一本と動かせる気はしないが、それでも全く痛くない。


「ならばいい。では小さくともいいから馬車を三台。

 並行して子供達を集めて凪と臣錬を回収し、ここから撤退する」


「……撤退?

 管領が外で待ち構えてるんじゃねぇのか?」


「交渉は済んでいる。見逃してくれるそうだ」


「……本当かよ」


「懸念が無い訳ではない。だから多少の人質は連れていく。

 こうなると守護屋敷にいる厳容が人質としては適任だが……

 印を破かれている以上はそういう訳にもいくまい」


こういう所にも界武の影響がある。


(本当に……界武君には計画を滅茶苦茶にされた)


だが鹿野戸はどうしても界武を憎くは思えなかった。

界武と対峙した時に常に胸中に渦巻くは自分の至らなさだ。


誰も救えなかった鹿野戸に対して、界武は誰もを救おうとする。

それこそ……ここまで敵対し、直接、間接問わず何度も痛めつけられた

鹿野戸に対してさえ、界武は助けたいという気持ちを失ってはいない。


(本当は……ああなりたかったのだ、俺も)


それが自分に出来ると己惚れた事は一度だってなかったが、

そうなりたいという夢を捨てる事だけはずっと出来なかった。


(そう……界武君は恐らく、俺の理想の映し鏡。夢の体現者。

 であれば……どうして怨む事が出来よう、どうして憎む事が出来よう)


その人生を賭けた魔王への反逆をこうまで妨害されてもだ、

それでも鹿野戸が界武を悪く思えなかった理由は結局これなのだ。


「……岩童、動けるか?」


胸中の思いを振り払い、鹿野戸は岩童に声を掛ける。


「ああ……じゃあ、まずは馬車か」


「そうだ、子供達を集めるのは俺がやる。

 だからその次にお前は凪と臣錬を回収しろ。

 報告が無いからまだ羽膳と戦っているのだろうが

 流石にあの二人相手では羽膳にも限界が来ているだろう」


「臣錬……ああ、あの妖狐族か。分かったよ。

 じゃあそろそろ行くぜ」


岩童は立ち上がる。

体中に奇妙な痺れがあったりはするが、

これは服従印で痛覚を遮断している副作用だろう。

右腕以外は問題なく動く事を確認し、

岩童が馬車を探そうと辺りを見渡したその時だ。


「せんせ~い!」

「先生!先生!」

「良かった……先生は大丈夫だ!」


声だ。それも複数の。

鹿野戸と岩童は当然その声の方へと振り向く。


そこには……子供達がいた。

この新坂に散らばっていた子供達……

恐らくはその全てが鹿野戸を見つけて走ってきていた。


「お前達……」


思わず頬が緩んだ鹿野戸であったが、不思議でもあった。


(まだ集まれという指示を出してはいないのに……

 どうして、皆がここにいるのだ?)


その疑問の解はすぐに見つかった。

鹿野戸の下へと走る子供達の後ろに……最早見慣れた少年がいた。


「界武……君……」


鹿野戸の企みを砕き……その命を救うため、

界武が三度現れたのだ。

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