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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百九十五話 錆色

臣錬は優秀な魔術師であった。

だが、自分が最強であると己惚れるほど強くはなかった。


臣錬は自分より強い者の存在を嫌というほど知っている。

というよりは、軍に所属する者であれば誰もがその存在を知っている。

近衛兵という最強の集団を。


臣錬も元々は近衛志望であったが、

それが叶わなかったが故に右衛府に勤めている。

短期間で右衛門佐にまで昇格した臣錬ですらこの扱いだ。

近衛兵というのはまさに化け物揃いなのだ。


『君の魔術は確かに使い勝手はいい。

 だけどね……あれでは近衛では通用しないんだ。

 あの炎を容易く消し飛ばす者や見もせずに回避出来る者、

 そういう奴等ばかりいるのが近衛軍だからね』


近衛編入試験を受けた際もそのように言われて弾かれてしまった。

その時の試験官の言葉にはそこまででもなかったが、

あの申し訳なさそうな表情にこそ自尊心が酷く傷ついたのを

臣錬はよく覚えている。


だから……臣錬は考えた。


(絶対に消し飛ばされず、回避も出来ないような炎を生み出す事が出来れば

 そうすれば……近衛にも通用するのではないのか?)


そのような炎は実在するのか、夢や幻の類ではないのだろうかと……

そんな不安に苦しみながら、それでも臣錬は実現させんと研鑽を積んだ。


結果……その望みは叶ったのだ。

……完全にではないにしろだが。







「羽膳……まずはお前の逃げ道を塞ぐ!」


言うと同時に魔術を発動する。


「なっ……!?」


驚愕する羽膳。


それもその筈……何の前触れもなく羽膳の周りを取り囲むかのように

炎柱が吹き上がってきたのだ。

その二十近くの火柱は中空で縛り纏められたかのように一か所に重なり、

ここ新坂の守護屋敷にあった鳥籠を

巨大にしたかのような荘厳な炎の檻と化した。


柱と柱の間には多少の隙間はあるものの、

炎柱の熱を思えばそこを通り抜ける間に

焼け焦げてしまうだろうというのは容易に想像出来る。


つまりは、これで羽膳の逃げ口が完全に塞がれたのは勿論だが、

これまでのように軽やかに動いて火球を回避する事もまた難しくなった。


「これは……何の魔術だ、右衛門佐殿?」


炎柱の隙間を覗き込むように首を傾げ羽膳は臣錬の方を見る。


「何であろうと変わらん。

 これでもうお前は捕らわれの身だ……羽膳!」


それを聞いた羽膳は周囲を一回り見渡した後、

上空を見上げて言った。


「捕らわれ……か。

 確かに、上の方までご丁寧に取り囲んであるな」


「その翼があるではないか。私は油断はしない」


「今の俺は怪我のせいで空を飛べぬよ、

 見れば分からないか……無駄な心配だ」


羽膳が広げた翼は確かに大いに痛めつけられている。

片方には矢が深々と突き刺さり、

もう片翼も切り裂かれたような傷痕が幾つも付けられている。


「そういう訳で……上を塞ぐのは魔力の無駄だぞ。

 ここまで大規模な術となると魔力消費も膨大だろう。

 上は開けておいた方がいいのではないか?」


「……私は油断はしない、そう言った筈だぞ」


羽膳の申し出を拒む。

臣錬にしてみればこれは格下との勝負なのだ。

万が一にも敗北の可能性を残したくなかった。


(飛べぬというのは格好だけで、あの翼でも羽膳は飛ぶかもしれん。

 だからこのまま天井も塞いでおく。

 それに……この魔術、魔力消費は言われる程酷くもないのだ)


片頬を吊り上げる様に笑う。

ここに至って臣錬は絶対的な優位に立った。

そう確信しての笑みだった。


「さあ……ではとどめといこうか!」


固くしっかりと組んでいた両手をほどき両腕を大きく広げる。


「見よ……その籠全てを飲み干す程の炎の濁流というものを見せてやる!」


その大声と同時にどこからか溢れ出たのか、

臣錬の背より巨大な炎の流れが現れた。

渦巻き、荒ぶるその炎は正に臣錬が言うような炎の濁流に見えたであろう。

木々を、橋を、家を……そして町そのものを飲み込む程に苛烈な

氾濫する川のように思えたであろう。


「分かるか……これこそ!

 回避もは勿論、消し飛ばす事も不可能な炎の魔術だ!

 我が鍛錬の集大成だ……!」


自身をも取り囲む巨大な炎の川を従え悦に浸る臣錬。


「さあこれで最後だ羽膳……燃え尽きる前に何か言う事はないのか?

 機会があれば衛蒼殿に伝えておいてもいいぞ……」


その言葉をどう思ったか……羽膳は小さな声でただこう言った。


「惜しいな……」


生憎と炎の檻が邪魔をしてその表情は臣錬からは見えない。

だが……不思議と恐れている風ではない。

諦めているようにも聞こえない。


「何がだ……何が惜しい、羽膳!」


聞きたかったのは命乞いだ。

だからその望みのものではなかった言葉に苛立ちつつも次を促す。


「何が……?

 ああ、なんと言うかな……この魔術は本当に優れたものだと思う。

 並の相手であれば確かに回避も何も出来んだろうさ」


そこまで言うと羽膳は再度首を傾けて炎の檻の向こうから顔を出す。

その……表情は……。


「羽膳……貴様、どうしてそんな顔を……!」


申し訳なさそうな表情をしていた。

臣錬の近衛軍編入を拒んだ、あの試験官と同じような表情を……。


「ただな……右衛門佐殿、こういうのはな、今の俺には通用しないのだ」


「ぬかせぃ!」


思い出すのも嫌な挫折した過去を彷彿とさせるその表情に激昂し、

臣錬は堰き止められていた炎の濁流を一気にけしかけた。


それはそのまま羽膳は勿論、術者である臣錬をも巻き込んで

一気に何もかもを押し流し、燃やし尽くしたかのようだったが……

その流れが引き、後に残ったものは倒れ伏す臣錬と、

その傍らに立つ羽膳ただ二人だけだった。







「魔術師である臣錬殿に俺が言う事じゃあないが……

 魔力にはな、色があるだろう」


臣錬は答えない……否、答えられない。

股座を強かに蹴り上げられた上に、

顎骨が砕ける程に強烈な回し蹴りを受けたのだ。


「『同族殺し』の奴と戦った事があるが……

 奴はそんな魔力の色をしっかりと意識しながら俺を相手にしていた。

 真似をする訳ではないがな、次もう一度奴とやった時の事も考え

 盗める技は全て盗む事にしたのだ」


そうでもしなければ成長し続ける『同族殺し』の強さに追い付く事など

到底不可能には違いなかった。


だから盗んだ、敵の魔力を分析する技術を。

それは『山嶽王』の体術、躰々の先の習得に貢献し、

今回の臣錬との勝利にも繋がった。


「あの炎の檻を作り出した魔術はな……発動の瞬間、

 微かに錆色の魔力が見えた。

 他のものならともかく、あの色の魔術は見覚えがあった」


苦しみに悶えながらも臣錬は羽膳を見上げる。

その目に宿るは……怒りや苦しみ等よりも悲しみが強かった。


「錆色……あれは、虚栄心の魔力。

 楼京のならず者の一部がよく使う奴だからよく覚えている。

 発動するは……幻を作り出す魔術だ。

 そうだろう、右衛門佐殿?」


臣錬は答えられないが、

この勝負の結果を見ればそれが正しいのは明らかだった。


「勿論ならず者共はちょっと自分を大きく見せる程度の幻しか作れない。

 あそこまで大きく、且つ実に迫った炎を作り出した魔術は確かに素晴らしい。

 大抵の相手であればあの炎に恐れ竦み、

 何も出来ぬままに幻に紛れた現実の火の玉を受けて倒されていたであろうよ」


もしくは……虚実関係なく炎による攻撃をものともしない

強靭な相手にも通用しないだろう。

羽膳はそうではなかったが、魔力の流れを見極める目を持っており、

錆色の魔力にも心当たりがあった。


「結局はそういう所がものを言うのだ。

 現場での経験という奴がな……そういう事だ、右衛門佐殿」


その言葉をどう受け取ったのか、臣錬はこれ以上反抗する事もなく、

ただ目を伏せたまま……よろよろと立ち上がった。


「まだ……やる気か?」


その問いには黙って首を振る臣錬。

どうやら……決着はついたと認めたのだろう。


「ではその辺に座って休んでいればいい。

 服従印を解除する当てはあるから心配するな。

 俺はこのまま逆徒を探すか……」


もしくは凪をもう一度捕まえに行こうか、そう思っていた時だ。


嫌な予感がした。いや……予感だけじゃない。

風切り音が、どこかから聞こえたのだ。







「あの羽膳とかいう毛人は……とにかく、勘が鋭い。

 矢を放つ瞬間を見られていれば、

 その速さから軌道までもが読まれてしまう」


それは先ほどの戦いから凪が学んだことであった。


「だが……それならば見られなければいいのだ。

 実際、新坂に侵入してきた時は簡単に撃ち落せた。

 あれはこちらが見つかっていなかったから、当たったのだろうな」


ならばどうすればいいのか……結論を導くのは容易だ。


「死角だ……死角に潜り込んで矢を放つ」


だが……その矢を放つ弓は砕かれた。

修理をするにしろ、その技術も道具も凪は持っていない。


「弓は元の通りには直せない。

 だが……応急処置なら、後一度引くだけなら……

 魔術を使えばどうとでもなる」


折られた弓の中央には布が巻かれた程度の補修がされている。

普通ならばこんな弓で矢は射れない。

だが……その弓も、巻かれた布も薄く淡い青色の光を纏っている。


「武装強化の応用だ……

 人間の魔術を、なめるなよ……毛人がぁ!」


小さな独り言が最後には大声となった。

だが……聞かれる心配も、見つかる心配もない。


何故なら……凪が今いる場所は羽膳からは遠く、更に死角にあるのだ。

その視線を遮るは……臣錬の身体。


臣錬の背の更に向こう側から凪は弓を引き絞っていた。


そうして遂に矢は放たれる。


弓と同じく青白く光るその矢は貫通力が強化されている。

敗北を自覚し、戦意を失った魔族の身体程度なら軽々と貫通し、

その後ろにいる標的をも貫くだろう……。


そして確かにその一撃は、臣錬の背をも貫通し……羽膳に届いたのだ。

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