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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百九十三話 害獣と食糧

勝負の結果など最初から分かっていた。

まず第一、弓兵は距離を詰められた時点で既に大いに不利なのだ。

こうなってしまえばいかに羽膳が強化魔術を使えないとはいえ、

勝負の間合いは拳が届くほどに短くなり……

弓矢の持つ長射程という利点を活かせる機会はない。


牽制の為に放たれた矢……それとて、高所を狙う矢を躱すのは容易く、

羽膳は屋根の上から軽く跳びあがってはそれをやり過ごして、

凪の直上から強襲を仕掛けた。


基本的に人の身体というのは自身の直上から襲うものに対し

迎撃をやりにくいように作られている。

敵を高所より攻撃する機会が多い羽膳はそれを熟知しており、

今回もこの窮地にてその得意技を選んだ。


直上からの踏みつけるような跳び蹴り。

それを躱すか防ぐか……凪は判断が遅れた。

頭上からの攻撃なんてものには不慣れだったのが大きい。


その判断の遅れ故にか凪は中途半端な対応しか出来ない。

とっさに腰を落として持っていた大弓を頭上に掲げたのだ。

躱すにしろ防ぐにしろ中途半端でしかないその防備を見て

羽膳はそう来ると分かっていたかのように大弓を踏み砕いた。


強大な魔族の戦士を射殺す為にと長門国から持ってきたのがこの大弓だ。

これだけの弓を作る技術も扱う技術もどうにか取り戻せたのは

凪が元服したのと同時期だった。

以来凪はこの人間の武の象徴を大事な戦いの際には必ず携帯し、

その戦いでの武功の殆どがこの大弓の齎したものだった。


その愛用の武器が眼前で砕かれた……。

木片を散らしながら脆くも二つと折られた大弓を見て、

凪は喪失感のあまり一瞬戦意を失いかけた。


(駄目だ……この弓はもう使えない。役に立たない。

 これを捨てて懐から短刀を……取り出さないと……)


そう思っていても……その大弓だったものを手放せない、手放したくない。

だがそんな感傷に縛られた凪に羽膳はなおも襲い掛かる。

弓を蹴り砕いた足を地に着けた直後に凪の喉元を狙う足刀蹴り。

反応の遅れた凪はどうにか屈んで避けようとしたが間に合わず、

額を強かに蹴り上げられた。


「ぐっ……!」


のけぞって倒れる。

そして地に横たわる凪を踏み潰さんと再度跳び上がる羽膳を見て、

それを躱そうと凪はどうにか地を転がる。


さっきまで倒れていた場所を羽膳の両足が踏み潰した。

地が震える様を凪はその身体で感じ、慌てて上体を跳ね上げて腰を浮かす。


(また蹴りが……!)


起き上がる直前を狙った前蹴りが視界に入る。

凪はせっかく立ち上がりかけた自分の身体を再度地に投げ出す事で

どうにかそれを避けた。


(だが……これでは何も変わらない!)


こうやって羽膳の蹴りを避けられるのも後僅かの間だけだと凪の勘が告げている。

如何に羽膳が強化魔術を使えないとはいえ、格闘家としての羽膳と凪では

その技量に越えがたい差があるのだ。


(今は逃げるしか……ないかっ!)


凪の両手は今も砕けた大弓を掴んだままだったが、

その右手をどうにかして引き剥がして懐に忍ばせ短刀を手に取る。


「しゃあっ!」


羽膳の方へ寝返りを打つ要領で振り上げた右手。

その手に持つ短刀を羽膳へと投げる。


羽膳はそれを躱したか、それとも防いだのか……

凪はそれを見届けずに背を向けて逃げ出した。


凪とてその逃走が成功し難いとは分かっている。

だが弓を砕かれ、短刀を手放した今となってはもうそれしか活路がない。


走る。走る。凪は人通りの絶えた新坂の路地を走り抜ける。


(……そうだ! 大通りの方へ行けば動かぬ毛人が立ち並んでいる。

 それを人質にすれば……!)


そうすればまだ時間が稼げるだろう。

そうやって時間を稼いで……鹿野戸からの救援を待つのだ。


だが……そんな凪の足が大通りへと届く事はなかった。


「がっ!?」


何かに後頭部を押された感覚に気付いた時にはもう遅かった。

前のめりになった拍子に足がもつれ、そのままうつ伏せに倒れ込む。

倒れ込んだ凪は自分の後ろ首と右手首に何やら重圧を感じ、

強引に首を傾げて右手首を視界に収めた。


そこには……羽膳の足が見えた。

人間のそれより細めな鳥人族の足が、凪の右手を器用に抑え込んでいた。

とすると……後ろ首の重圧も当然羽膳のものだろう。


つまりは、凪は抵抗むなしく羽膳に抑え込まれてしまったという事だ。







「お前が……お前が毛人であるからこうも容易く私を組み伏せられるのだ!

 お前が人間であったなら……こうまで簡単にいくものか!」


羽膳にうつ伏せに抑え込まれた凪は、

負け惜しみにも聞こえる叫び声をあげる。


それは本当にただの負け惜しみか、それとも他に何かの意図があるのか、

羽膳はそのどちらか判断を下せぬままにじっと凪を見降ろしていた。


「……簡単では、なかったさ」


そして……返事をする形にはなったが、

殆ど独り言に近いそんな言葉を吐き出した。


「な……何だと!?」


「簡単ではなかったと言った。

 少なくとも俺は人間であるお前を取り押さえる為にこれだけの傷を負った。

 楼京のならず者ならこれだけを聞けば大笑いするかもしれん。

 たかが人間を一人捕まえるのになんて様だと、罵ってくるかもしれん。

 俺だって……ここに来る前ならそれを聞けばそんな風に思っただろう」


凪からの返事はない。

元々それを期待していなかったか、一呼吸と待たずに羽膳は言葉を続ける。


「だが今は……誇らしい。

 難敵を捕らえたのだという達成感に満ちている。

 だからお前も誇るがいい。自分は強かったのだと。

 そんな風に……自分を、卑下するものじゃあない」


「ふ……ふざけるなぁ!」


「ふざけてなどない、が……それもいいだろう。

 お前達には俺の言葉など何の価値も無いのだろうからな」


素直な賞賛のつもりがそうは受け取られなかった。

羽膳はそれを寂しくは思いながらも、当然の事だと受け入れてもいた。


(この凪のような者にとっては俺のような魔族は敵ですらないのかもしれん。

 それよりは……害獣、と言えばいいのか。

 滅ぼして然るべき獣のような扱いなのだろうからな)


それに対して楼京に住んでいるような今の魔族はどうだろうか。

長門国で反乱が起こっていると言っても……遠い他国の話だ。

魔族にとって人間はただの食糧であり、やはり敵ではないのだろう。


(もしかしたらこの認識のすれ違いが……

 この両種族を分かつ最も大きな壁なのかもしれんな)


羽膳は鳥人族である。そしてその鳥人族が魔王に帰順したのは本当に最近の話だ。

だから他の魔族とは人間に持っている印象がかなり違っている。

空を支配する鳥人族を唯一脅かす天敵……それが人間なのだと、

子供の頃はそう思っていた。


だが、楼京に出てきた後に見た人間は

意志を縛られたまま牧場で安穏と過ごしていた。

そんな家畜同然の人間しか見てこなかったからか、

子供の頃に持っていた印象が崩れ幻滅すらしていた。


(長門国での反乱がああも長く続いているのも……今なら納得だ。

 やはり人間は強い生き物なのだ。

 鳥人族の天敵として申し分の無い力量を備えていたのだ……!)


だが今ならそれは違うと胸を張って言えるだろう。

人間とは……鳥人族の、そして魔族の天敵なのだとの確信が芽生えていた。


「……それでも、お前へ強敵に対する敬意を払わせてもらう。

 俺が勝手にする事だ。反論は受け付けん」


そう言うと羽膳は魔力の霧に使っていた魔力を少し風を作る魔術に流用する。

小さな風の塊を作り、凪へと放って昏倒させる為だ。


(殺してはならんと……聞いてるからな)


界武が言うには、凪にも破滅の魔術は使われているらしく、

その破壊力はこの新坂の町を破壊する程強いかもしれないそうだ。


だから羽膳は凪を殺さずに新坂から連れ出す必要があった。

その為に凪を昏倒させる必要があるのだが……

そのやり方として、一番痛みの少なそうなものを選んだのだ。


(小さな風の塊で脳を揺らせば、

 魔族といえどしばらくは動けなくなるものだからな)


楼京でならず者を大人しくさせる際によく使っていたやり方だから

失敗などあり得る筈がない。

そう考えて羽膳は静かに呼吸を整え魔力を練る。


狙いは凪の後頭部……そう思って足元の黒髪頭を凝視する。


「おや……来るのが少し遅かったかな。

 助ける筈の相手が組み敷かれておるわ」


聞き覚えのある声だった。

そしてそれは……決して油断してはならない男の声だ。


羽膳は慌てて視線を上げて辺りを見渡す。

……幸いすぐに見つかった、金色の体毛に包まれた魔術師の姿が。


「……右衛門佐殿」


臣錬だ。衛蒼と一緒に新坂の外にいる筈の男が……目の前にいる。


「まあ……私一人でも構わん、むしろやり易くなったと喜ぶところだな」


「右衛門佐殿……何を、言っているのだ?」


臣錬は仲間だ。誤解があるかもしれないが話せばちゃんと理解してくれる。

羽膳はそう思いたかった。だが……羽膳は分かってしまった。


臣錬が向ける敵意が凪の方を向いていない。

味方である筈の……羽膳の方に向いていたからだ。


「鳥人族……名は、羽膳だったかな?

 衛蒼殿の部下として楼京では随分と大きな顔をしていたものだが……

 人間相手にそうまで傷付き、なんとも無様なものだな」


冷笑を浮かべて臣錬は言う。


「無様と笑うが右衛門佐殿……。

 ここに倒れている凪は強敵であったよ。

 そう悪し様に言うものではないかと」


羽膳の反論は何故か凪を擁護するような形となった。

これを皮肉と思ったか臣錬は更に大きく笑う。


「ハハハッ……そうかそうか、強敵であったか。

 それはな羽膳よ。ただお前が弱かっただけと知れ。

 人間は人間……その力は魔族の足元にも及ばぬわ」


「そうは言うがな……ここに倒れている凪は貴方の仲間ではないのか、

 右衛門佐殿」


それを聞いた臣錬は笑うのを止める。


「逆徒に服従印を刻まれたのだな……」


その羽膳の言葉と同時に臣錬は右手を掲げる。

右掌の上には……小さな火の玉が、赤々と燃え盛っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] かなり追い込まれてるこの状況からどうするのか、次の更新をワクワクしながら待ってます。 [一言] 更新お疲れ様です。
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