百九十一話 言い争い
思うに……羽膳が戦って俺が子供達を探す、という役割分担は
理にかなっていたんだと思う。
今のこの新坂は子供の隠れ場所に困る事はないのだ。
物言わぬ人の群れに紛れてもいいし、
動かぬ家主を尻目に好き勝手に家の中に隠れ潜んでもいい。
そうなってしまえば羽膳じゃあ見つけられないだろう。
隠れた子供を探す術なんてアイツは持ってないだろうし、
見つけたとしても子供達は逃げていくに決まってる。
「いや……もしかして向かっていく子もいるかもなぁ」
それは駄目だ。アイツなら必要とあらば子供でも殺すだろう。
何しろもう拷問をしてでも聞き出す情報なんてないんだから
生かしておく理由なんてない。
子供達が死ねば破裂して周りに被害を及ぼす……
その一点さえ解決してしまえば容赦などない筈だ。
「じゃあやっぱり俺が探すので正解だなぁ……」
子供達が殺されるのを看過できる俺じゃあなかった。
となれば、俺は子供達を守る為に
羽膳とも戦わなくちゃいけなくなっただろう。
この状況で羽膳にまで喧嘩を売るのは……流石に遠慮したかった。
それは偽りない気持ちだ。
単純に体がもう戦いに耐えられないというのもあるし……
何より、羽膳と協力しているというこの状況を悪くないと思ってしまっていた。
俺は誰よりもアイツの強さを知ってる。
二度戦って二度勝てなかったんだから当然だ。
アイツを頼もしいと思ったとして、責められる謂れはない……多分。
ただ……それならば俺なら子供達を見つける事は出来るのだろうか?
羽膳が探しても見つからないとしても、
それが俺に代われば結果が変わるかというのはまた別の話だ。
でも、そこは俺は心配してなかった。
俺は子供達を探す必要なんてない。
俺の予感が確かなら……
俺はただ子供達が隠れていそうな所をウロウロするだけでいい。
「おい……もしかして界武さんじゃないか?」
何処からか声が聞こえた。
「大丈夫か!? そんなに怪我して……何があったんだ!?」
その声に振り向けば、
この新坂で会った少年の一人が後ろから近付いてきていた。
確か……この街に墜落した俺を探しに来た子供の内の一人だ。
他の二人にその役割を押し付けられたかのように、
恐る恐る俺に声をかけてきた子がそこにはいた。
「ああ……鹿野戸さん……先生を呼んでくれた子だな。
ありがとう……お陰で、先生に会えたよ」
顔見知りに会えたのは僥倖だった。
その嬉しさもあってか感謝の言葉が自然に出てくる。
「いや、それはいいけど……何があったんだよその怪我。
毛人にやられたのか……?」
「ああ……うん、まぁ、魔族にやられたのはそうなんだけどな」
そう言って苦笑いする俺を
その子は不思議なものであるかのように見つめている。
……その視線の意味するところはなんとなくは分かる。
今の俺が酷い怪我を負っているからだろう。
俺だって全身傷だらけに加えて手から骨を露出させてる子がいたら……
そして、そんな子が笑ってたりしたら不思議に思うだろうから。
笑ってる場合じゃないだろうと。
痛くて苦しくて……立っているのも辛いんじゃないかと思う筈だ。
(だよなぁ……そう思ってた。
俺みたいな子供がこんなに怪我だらけで歩いていたら……
お前達は絶対に見過ごせないだろうさ)
俺が子供達を見つけられるだろうという予感を持っていたのはこれが理由だ。
今まで会ってきた子供達は皆そうだった。
そりゃあ最初は誤解なんかもあって刺々しい反応だった子もいたけど、
ちゃんと話してみれば皆優しい子ばかりだったからだ。
だから俺みたいな怪我人が何かを探すようにうろついてるのを見れば
心配のあまり声を掛けずにはいられない……そう思ったんだ。
そうして不思議な視線を向けられてもなお笑みを浮かべたままの俺を見て、
その子供は浮かんで当然の質問を投げてくる。
「もしかして……痛く、ないのか?」
「いや……死ぬほど、痛ぇよ」
「だ、だよなぁ……。
じゃあ、どうしてその……笑ってんだ?」
「ああ、これはな……予想通りだったから。
予想通り……いい奴ばっかりで良かったと思ったからだ」
「い、いい奴……?」
「……ああ、そうだろ?
俺を心配して声を掛けてきたんじゃないのか?
魔族に見つかったら殺されるかもしれないっていう今みたいな状況でも
怪我してる俺を助けようと思って声を掛けてくれたんだろ?
そういうのはさ、いい奴のする事なんだ」
「ああ……そういう事?」
その子供は照れ臭そうに視線を外す。
俺の笑顔の原因が自分の優しさからの行動だと指摘されたからだろう。
その反応からもよく分かる。
鹿野戸さんに従う子供達は皆……他人から褒められたのを素直に受けとれるんだ。
その言葉の裏を訝しむような擦れた子じゃなくて、
素直に、そして優しい子になるようにと愛情深く育てられたんだ。
(こんな子供達を……どうして、どうして!
鹿野戸さんは犠牲に出来るんだ……!)
それを思うだけで胸が締め付けられる。
そして……そんな激情に突き動かされるように、
思わず俺はその子の肩に腕を乗せた。
「なっ……どうしたんだ?」
驚くその子に、笑みを崩さないように気を付けながらも俺は口を開く。
「聞いて欲しい事があるんだ」
「……なんだ?」
俺は一息入れる。
「時間がない。だから手短に言うけど……
でも絶対に短慮からの言葉じゃないから、ちゃんと聞いて欲しい」
「わ、分かったよ……で、何?」
「今からこの街にいる子供達を全員集めて……それで、
ここから逃げ出すんだ。一刻も早く!」
俺がこんな事を言うなんてまるで予想してなかったんだろう。
目を見開いて驚いている。
「え!? いやでも、俺達は先生から頼まれて……」
「この街に散らばってくれと言われたんだろ?」
「ああ、そうだけど……」
「……その理由についても、ちゃんと聞いているか?」
「それは……俺は人伝で聞かされたから先生の口からは何も聞けてない」
「でも……予想は出来るんじゃないのか?」
俺がそこまで言うと少年は顔を歪めて黙りこくる。
自分達が何の目的で連れ去られて今まで育てられてきたのか、
この子達はちゃんと分かっている。
「言いにくいだろうし俺から言うよ。
鹿野戸さんはこの新坂の町そのものを人質として
ここを攻めようとしてる幕府の管領様を脅しているんだ」
そこまで俺が言えばその少年も後に続く言葉を察せたようだった。
「それで……俺達はさしずめその人質の喉に押し当てられた
短刀みたいなものか」
「ああそうだ。管領様が乱暴な手段に出るような素振りがあれば
一人、また一人と子供達を破裂させる……。
こんな事をされたら誰だって迂闊に動ける筈がないからな」
それで……管領の動きを封じ、服従印を刻もうというのが鹿野戸さんの腹案だ。
実際それが可能かどうかは俺には分からないけど、
とにかく鹿野戸さんはそのつもりで動いていて……
そして、子供達は最悪の場合全員が使い捨てられる。
「今のところは管領様も乱暴な手段を取る気がないんだろう。
だからまだ誰も破裂してない……と思う。音がしないからな。
でも……この状況が長く続けば分からない。
次の瞬間にもお前に破裂しろって指示が来るかもしれない」
「……それも分かってる。そして……その時になったら、俺はそうすると思う」
死を覚悟していると少年は言う。
その心の底の思いを慮って、俺は声を荒らげる。
「それじゃ駄目なんだ! お前が死んでも何も変わらない!
いや……むしろ、もっと悪くなる!
だから……そんなんじゃ駄目だ!」
それを聞いた少年は驚いた……というより、呆れたような表情で俺を見ていた。
「駄目って言うけど……界武さん……?
俺から見れば界武さんの方が駄目そうな感じなんだけど……」
「俺が?」
「だってほら……怪我だらけだし、今にも死にそうな感じじゃないか。
……痛くないの?」
「さっきも言ったよな、死ぬほど痛ぇよ!
腰も、背中も、足も、腕も!
特に……この手! 見てみろ! 骨が出てんだぞ!?
ずっとビリビリ痛くて今にも泣きそうだよ、俺はぁ!」
実際、周りの目がなければさめざめと泣いている。
「いや、それなら俺達の事なんかじゃなくて自分の事を気にしなよ。
このままだと俺達が……その、破裂するよりも先にさ、
界武さんが倒れちまうよ」
「それこそ俺の事なんかよりもお前達の事を気にしろってんだ!
俺のこの怪我は俺が俺の意志で戦った結果だ! 自業自得なんだ!
お前達が破裂するのとはまた全然違うんだよ!」
「ち……違わない! これだって俺が俺の意志でやるんだ!
先生の為に、そして……人間の世界の為に……!」
「馬鹿言うなよ! 目的が高尚なら手段が正当化されるなんて思うな!」
「されるよ! 立派な行為だったって後で皆が褒めてくれるって……!」
いつの間にか取っ組み合いの喧嘩でも始まりそうな言い合いになってきた。
もうお互いがどんな理由で言い争いをしているのかも
あやふやになってきてたりもしている。
(……冷静に、なるべきだな)
そう考えて一つ深呼吸をする。
(俺が攻めるべきは……何だ? どう言えばこの子を説得出来る?)
少年の目からは鹿野戸さんの瞳が孕む狂気を感じない。
つまりは……この子は鹿野戸さんの狂気にあてられて暴走してるんじゃなく、
この子なりの理屈に従って命を捨てようとしているんだ。
(それなら……情に訴えたり恐怖を煽ったりするのは最後の手段か。
まずはこの子達の理屈を一つ一つ解きほぐしていく……)
悠長にしている時間はない。
だけどそうかといってここで焦ってもこの子達は救えない。
(管領の衛蒼さんは多分大丈夫だ。
春夜さんや遠鬼の話だと物凄い強いらしいし。
それに……羽膳の奴も問題ない。
アイツは強いんだから大抵の奴ならあしらえるし、
そもそも俺がアイツの事を気にする必要はない……)
だから、ここで貴重な時間を費やす事を許して欲しい。
そう自分の中で言い訳を重ねてから、改めて少年の瞳を見据える。
(悪いな……屁理屈のこねあいなら俺の方に一日の長がある)
この子達の理屈……鹿野戸さんから与えられたそれの矛盾点を突く事なんて
今の俺には造作もないのだ。
そうして俺は口を開いた。




