十九話 牧場荒らし
「話は半月ほど前に遡ります……」
二度目の襲撃の後、深い夜の闇の中三人で焚き火を囲み、
今日起こった事について色々と話をする機会を得た。
その中で、延老さんによる野盗の襲撃がこうも続く事へのネタ晴らしが始まった。
「そもそも事の始まりは、この近隣で起きた牧場荒らしです」
どこかで聞いた事のある話だ。というか、間違いなく黒樹林の事だろう。
「黒樹林の牧場だろ、それは知ってるよ。
それがどうなったら野盗に繋がるんだ?」
「牧場の管理者であった全牙という戦士が殺されたからですよ」
それを聞いてますます分からなくなり首を傾げた。
「界武、牧場の管理者は名うての戦士が任じられる事が多い」
困ってる俺に遠鬼からの助け船。
どうやら事の概要を理解するのに必要な予備知識があるらしい。
「何でまた牧場にそんなのが任命されるんだ?」
「大きい理由が二つ。まず人間が高価だからだ。
何人か奪って売り捌けばしばらく遊んで暮らせる」
「……もう一つは?」
「知ってる筈だ。人間を食べるとその魔力を吸収できる。
つまりは強くなれる訳だ。ならず者なら誰でも欲しがる」
「なるほど。それで野盗によく狙われるから強い奴が管理者になるのか」
「もしくは、用心棒を雇ったりしてますね」
延老さんが補足を加えた。
「話は戻りますが、黒樹林の牧場を管理していた全牙、鋼牙の兄弟。
彼等はこの一帯では知らぬ者のない強者でした。
だから彼等の目の黒い内はこの地のならず者共は大人しくしていたのです」
「ああ……それで分かった。つまりその二人が死んだと噂が流れたのか」
「そうです。それでならず者共は我こそは全牙を討ち取った強者だと
武勇を騙って人を集め、村々や旅人を襲い始めたのです。
分かってるだけでも新興の盗賊団が四つも出来ているそうで」
旅人が殆どいなかった理由は分かった。
だがそうなると、討伐隊でも送られそうなものだが……。
「さっさと討伐できねぇもんなのか?」
「ご存知のように守護様が一度に使える戦士の数は限られてましてね、
こう一度に大発生すると手が回りません」
「ご存知じゃあないな。守護様ってぐらいなのに部下が少ないのか?」
守護様の部下の数なんて知ってる訳がない。しょうがないから聞いてみる。
「ああ、失礼。本当に遠鬼殿から何も聞いていないのですね?」
どうやら遠鬼は間違いなく知ってるらしい。なら延老さんを煩わせる事も無い。
「遠鬼。言ってない事があるなら今言ってくれ」
「……幕府については教えたな。この世界を統治してる組織だ。
だが幕府が担当してるのは統治だけだ。反乱討伐といった争い事には関われん。
もっと言うと幕府は兵権を持ってない。兵権は朝廷にある。
だから幕府の下にいる守護も最低限の取り締まりが出来る程度の兵しか持たん」
兵権、という言葉に馴染みはないが、まあ軍勢を率いる力、程度の意味だろう。
「えっと……じゃあこの場合は、守護が朝廷に頼んで討伐してもらうのか?」
その俺の問いには延老さんが答えた。
「反乱ならともかく、野盗程度の討伐を朝廷に依頼するのを守護様は望みません。
力不足と謗られかねませんからね……。でも、手に余るのもまた事実。
だから私があの子を運んでいるのです」
各地で一斉に活動し始めた野盗を虱潰しに討伐するのは時間がかかりすぎる。
ならば、最高級の人間である少女を餌に野盗共をおびき寄せ、
食いついたところを処分する、という作戦のようだ。
「その為にこの辺り一帯に噂をばら撒いてあるのですよ。
守護様が最高級品を高名な牧場より取り寄せ、
それが護衛も付けずに運ばれてくる」
なるほど、これでようやく襲撃が続いた事情が理解できたと相槌を打つ。
「夜襲ってきた賊は、予定では明後日釣られる予定だったのですが、
他の賊に先んじられることを恐れたのですかね?
随分と東に来てくれたものです」
延老さんはのほほんと話しているが、今の話から判断すると、
この老人は十や二十の野盗なら容易く斬れると守護より深く信頼されている、
という事になる。
「えっとさぁ……延老さん?」
「何ですか、界武君?」
「延老さんって……何者?」
哄笑が返ってくる。
何だろう、自分の素性を尋ねられるのがそんなに面白いのだろうか?
「いやいや失礼……。久しく何者かと聞かれた事など無かったもので」
延老はまだ笑っている。
(いや、まだ何者か答えてもらってないが……教えてもらえない流れ?)
「界武、この男は『閃刃』だ」
回答を諦めかけてたが、遠鬼が代わりに答えた。
「『閃刃』?」
「通り名だ、本名は知らん。
俺やお前が生まれるずっと前から戦い続けている無双の刀の達人だ。」
「若い頃の通り名ですな。私としては『四代魔王の懐刀』の方が好きなのですが」
よく分からんが、どうやら伝説的に強い人らしい。
それならその辺のならず者が十人程度で襲ってきてもどうとでもなるのだろう。
(ちょっと待て、そんな人と分かってて遠鬼は勝負を挑んだのか……)
「遠鬼、お前勇者を倒しに行くって言ってたよな」
「だから今旅をしてる」
「ここで延老さんと戦って、死んだらどうするつもりだった」
「何してようが死ぬときは死ぬ」
「……いや、せめて役目果たすまで死なんよう気を付けたらどうだ」
相変わらずいい加減な男だ。受けた仕事を何だと思っていやがるのか。
「おや、結局次は『勇者』という事になったのですか?」
勇者を倒す、という所に延老さんが食いついた。言い方から察するに、
遠鬼が勇者を狙う事情を知ってるようだ。ついでだからと聞いてみる。
「次はってどういう事だ?」
「王都では噂になっていたのですよ。あの『同族殺し』が次に挑むは
左近衛大将か、それとも『勇者』か、と。
私などは噂で窺い知るばかりでしたが、それはもう随分と暴れられたようで」
「サコノエ……何だって?」
(また聞き流すには抵抗がありすぎる言葉がいくつか……)
「『閃刃』、俺との勝負が中断されている。いつ始める? 明日の朝か?」
自分の話題に嫌気がさしたか、遠鬼が強引に話題を変える。
「ああ、そうでしたね……。いやいや、先ほどお話ししたように、
実は今回の任務、後三回は野盗を斬らねばならぬのです。
その中に実際に全牙殿を殺した者もいるかもしれませんので、
よくよく考えればあの場で勝負を受けたのは短慮ではありましたな……。
先程の界武君の言葉を聞いてハッとさせられましたわ」
(あ……この人も任務忘れてた口か。これだから戦闘狂は……)
「全て斬ってからにするか?」
ならばと遠鬼が聞く。どうやらどうしても戦いたいらしい。
「そして、この娘を守護様の下にお届けした後であれば」
「ではそれで」
それで再戦が決まった。もうそれは好きにやってもらっていい。
だが強引に話題を変えられた手前、元の話に戻すのは躊躇われる。
だとすれば違う話題は……丁度いいのがある。
聞き方には気を付けなければいけないが、絶対に聞いておきたい。
「そういや延老さん、その少女の事なんだけどさ。
守護は野盗を釣る餌として取り寄せたんだよな。
じゃあその仕事が終わったらまた牧場に返されるのか?」
そう、今の話を聞くと、
どうもこの少女は食べられる為に運ばれてる訳でもないらしい。
ならばもしかしたら、食べられずに生き残る道もあるかもしれない。
「……どうですかね。私はただ運んでくるよう指示されただけでして。
その後守護様がどうなさるかまでは分かりません」
煮え切らない返事だが、とにかく食用と決まってる訳でもないらしい。
それならそれで打てる手はある。
「へえ……だとしても、ただ食うだけってのも勿体ない気がしないか?」
「と、言いますと?」
「治癒魔術って貴重なんだろ? それが使えるんならただ食べるより
生かしておいて治療役にでもしておいた方がいい気がしたんでね」
「ふむ……」
少し考え込む仕草をしながら延老は視線を少女に向ける。
少女は沢山食べて満足したのか、スヤスヤと可愛い寝息を立てている。
「まあ……確かに、貴重な魔術ではありますからね……。
ではそうですね、守護様には私からそうするように言ってみますよ」
(しめた! これであの子が食べられずに済むかもしれねぇ)
「ああ、それがいいと思うよ、俺も。食ってしまえばそこでお終いだけど、
生かしておけばずっと治療してもらえるからな」
少女の命を繋ぐ道を何とか用意する事が出来た。
その達成感で思わず笑みが零れそうになるが、
俺は何とか平静を装ってその案を薦める。
(後はあの子の運次第。俺が出来るのはここまで……かな)
明日には村に着く。予定通りなら延老さんとはそこで別れる事となる。
俺達は一足先に守護様がおわす町であるところの、新坂に行って延老さんを待つ。
そして延老さんは野盗を釣るため別の道から新坂に向かうらしい。
「まず問題ないとは思いますが、
危険な任務ですので巻き込むわけにはいきませんからね」
延老さんはそう言って、今更ながらと野盗の襲撃に二度も巻き込んだ事を謝った。




