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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百八十九話 逆転

物心つく頃にはもう凪は弓を携え戦列に並んでいた。

それは特別な事ではなく、長門国の人間としてはごく当たり前の事だった。


子供の力では強弓を引く事など出来ない。

だからあてがわれたのは小さな弓、番える矢は毒矢だった。

とにかく数を揃え、かすり傷でもいいから与えられればと

毛人の部隊に向けて何十という矢を撃ち込むのだ。


勿論毛人も反撃を試みようとするが、その前に急いで逃げる。

地の利があるのはこちら側だ。大抵の場合は逃げ切る事が出来た。

ただ……それでも、運の悪い者というのは毎回出てくるもので、

戦いの度に数人の子供が帰ってこなかった。


そういった子供達がどうなるかはよく聞かされている。

捕まって殺されて食べられるのだ。


だから……戦いに向かう子供達には過度な程の毒が与えられていた。

それは自決用のものではあるが、ただそれだけの為という訳ではない。

とにかく可食部位を少しでも減らしたいという悲しい打算もあったのだ。

毛人は人間を食べれば食べる程魔力が強くなるのだから

それを惨いと思う事はなく、仕方のない事だと割り切っていた。


そんな凪にしてみれば、

鹿野戸の使う破滅の魔術などは残酷な攻撃手段にすら見えていなかった。

むしろその目には極めて合理的で効果的……

且つ、人道的なものに映っていただろう。


そんな凪だから……界武という人間の少年はその存在自体が許せない。

人間でありながら毛人と共に生き、

その毛人と共に鹿野戸の計画を破綻させんと挑んでくる。


人間を救い、毛人を滅ぼす為の計画をだ……!







その凪がチッと舌打ちを鳴らす。


ここを去ろうとする界武の背を狙って放った矢が

羽膳にまたも掴み取られたのだ。


何処に体力が残っていたのか走って逃げる界武、

そしてそれを庇う様に立ちはだかる羽膳……

この光景もまた、凪にとっては我慢ならないものだった。


そうして……界武は大通りまで走ると左に曲がる。

それで家屋に隠れて見えなくなった。

こうなると界武を追って殺す為には

眼前の羽膳をどうにかしなければならない。


「凪……お前の相手は俺だと言った筈だ。

 どうして界武の背を撃った?」


その間ずっと目で界武を追っていた凪を見てか、

そんな風に羽膳が自分を狙わなかった事を咎める。

逃げる者の背を狙うのは卑怯だとでも言いたいらしい。


「なぜ私が毛人の言う事を聞かねばならん?

 ただあの背が憎らしかったから撃っただけだ。

 それをお前にどうこう言われる筋合いはない!」


言いながら凪は再度矢を番える。

だが……撃つのを躊躇うかのようにそのまま動かない。


このまま撃っても当たりはしない事は承知しているからだ。

矢の数にも限りがある。効かぬと分かっていて撃つのは無駄でしかない。


「しかし……お前は勘がいいのだな。

 先の速度強化した矢を躱されるとは思わなかった。

 しかも……初見でだ」


だから代わりにそんな言葉を羽膳に向けて放つ。

無論毛人を称賛する気は微塵もないが、

さりとて先の一撃がどうして効かなかったのかは不可解だった。

その理由を探る為の言葉である。


それを聞いてどう思ったのか、羽膳は小さく笑ってからこう言った。


「お前の疑問も尤もだ。

 以前の俺のままならあの矢に頭を撃ち抜かれていただろうな。

 だが……俺もここ丹波国に来てからな、強くなっている……!」


言うや否や羽膳は駆ける。

路地に立ち並ぶ家屋に近づくとその壁に足をかけるや

ひらりと跳んで屋根に飛び移る。


凪との間にはまだ三軒程の距離があるが、

これで高さという点では並んだ。


「無論……先程胸を射られた事もいい経験になった。

 あれでな……俺は更に強くなった。

 もうお前の矢など当たる気がせんわ!」


そして屋根を伝って凪へと迫る。

こうなっては番えた矢をそのままにしておく事は出来ず、

凪は駆けてくる羽膳のへその辺りを狙って矢を放つ。


当たるとは思ってない。

牽制のつもりで放った矢だ。

羽膳も当然のように僅かな動きで横に躱し、一気に間合いを詰めた。


(速いっ……!)


逃げる時間ぐらいは稼げるだろうと思って放った矢が何の効果もなく、

攻撃が届く所まで近づかれてしまった。

凪とて懐に短剣を隠し持ってはいるが、

こうなってはそれを抜く時間もない。


そんな凪へ向けて、羽膳は足刀蹴りで頭を狙った。

とっさに右手で頭を庇ったが……その蹴りは強力、

右手に着けた皮の籠手が骨を痛めるのだけは防いだが……

凪は上半身ごと吹き飛ばされ、屋根の上から転がり落ちた。


「がっ……!」


背から地面に叩きつけられた。

だが背負った矢筒が衝撃を吸収したか、痛みはそれ程強くはなかった。


「よくも……!」


まだ体は十全に動く。

なればとそう吠えては急いで立ち上がり羽膳を睨む。


一方の羽膳は凪を蹴った場所……

屋根の上からじっと凪の方を見下ろしていた。


立場が逆転してしまった。

満身創痍な筈の羽膳に高所を取られ追い詰められている。


(有り得ない……。

 まさか羽膳が言うように本当に強くなったというのか……?)


へこんだ矢筒からどうにか矢を一本取り出し、

再度羽膳を狙いながら凪は考える。


(いや、本当に強くなっているかどうかはまだ分からない。

 むしろただの強がりだと考えた方が辻褄は合う。

 だが……そうすると不可解な点が一つ、

 どうしてあの男は……こうも機敏に動けるのだ?)


先の一連の攻防……それが凪には分からなかった。

現在もこの街は鹿野戸の拘束魔術の影響下にある。

動くな、という命令が常時流されている以上、

あれ程に機敏には動けない筈なのだ。


(いや……そうだ! 可能性はある!)


だが凪とて戦歴だけなら羽膳より遥かに長い。

羽膳がどうしてああも素早く動けるのか、その答えにすぐ辿り着く。


「羽膳……お前、もう強化魔術を使っていないな……!?」


矢で羽膳の喉元を狙ったまま凪は言う。

それを聞いた羽膳は、感心したといった風に驚いた表情を見せた。


「……そうだ。残った魔力は全て霧を作るのに注ぎ切っている。

 あの拘束魔術に抵抗するにはもうこれしかないのでな」


身体を強化したとしてもその身体が動かないのなら意味はない。

だから羽膳は凪と再戦するに際し、魔力の霧以外の魔術の全てを諦めた。


思い切った手である。

強化魔術は攻撃もそうだが、防御にも力を発揮する。

その魔術を捨てて戦うとなれば、

次に受ける一撃は例外なく致命傷となるだろう。


「お前達に勝つ為だ。敗戦の汚辱を払拭する為ならな……

 俺は、戦い方など選ばない!」


衛蒼が負けてからが怖いと評価した男……

羽膳の誇り高さが今、優位だった筈の凪を追い込んでいた。

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