百八十八話 止まらない
「凪さんを倒すってなぁ……結構な怪我してるんじゃないのか?」
「……問題ない」
そう返事をしつつも羽膳はゆっくりと近づいてくる。
怪我の割にはその歩調はしっかりとしていて、
実は見た目ほど傷は深くないのでは……
なんて、ちょっと思ってしまっていた。
「くっ!」
そんな羽膳を俺よりも脅威と感じたか、
いつの間にか次の矢を番えた凪さんは今度は狙いを羽膳へと変えた。
ただゆっくりと近づいてくるだけの羽膳であれば
たやすく射抜けると思ったか、
魔力も籠めずに一射、二射と立て続けに撃つ。
それを羽膳は躱しもしない。
魔術で防ごうともしない。
ただ自分の胸元に迫る矢を二本とも空中で摘み取り、
無造作に投げ捨てたのだ。
「連射なら避けられぬとでも思ったか?
むしろ威力がない分扱いやすい」
そう言った後は凪さんを一睨み……
たったそれだけで、羽膳はそれ以上の追撃を防いでしまった。
そうして羽膳はゆっくりとした歩みのまま俺の側まで来てしまう。
「……問題、なさそうだな」
「だからそう言っている」
冷笑を浮かべた顔でそう返す羽膳。
だがその顔から下を見てみれば両手……いや、両翼か?
とにかく両腕の傷を筆頭に大いに痛めつけられていた。
「確かに胸を射抜いた筈だが……よくもまあ生きていたな」
それは凪さんの声。
近付く羽膳を警戒したか三軒程後ろの屋根に退いて
弓を構えながらそう言った。
「胸……はな。確かに射抜かれた。
そうお前達に思わせるために一芝居打った訳だが……」
芝居というからには実は躱していたのだろうか……
そう思って羽膳の胸をよく見れば、
その中央に丸くくり抜いたかのような傷痕が残っていた。
「胸……怪我してんじゃねぇか」
「いやこれは……違う!
奴等を騙す為にだな……この皮膚の下に防壁を作ったのだ!」
「皮膚の下……?」
「そうだ!
拘束魔術で動けなかったからな、防壁の魔術で防ぐしかなかった。
だがそのまま防壁を作っては防いだのが一目瞭然だろう。
だからな……悟られぬように皮膚の下に防壁を作ったのだ!」
なるほど……その丸い傷痕は皮膚の下に作った防壁の形という訳か。
でもそうなると……。
「という事は羽膳、お前死んだふりするしかないぐらいまで
追い詰められたっていうのか」
「それは……そうだが、今はそんな事を話してる場合じゃないだろう!」
誤魔化された。だが羽膳の言う事も正しい。
俺は羽膳の視線を追う形で、再度凪さんの方へと振り向いた。
「凪さん……羽膳は強いぞ。凪さん一人じゃ勝てっこねぇぞ」
「怪我人が二人揃ったところで……!」
凪さんは大弓の弦を強く引き絞る。
連射が通用しないのなら全力を込めた一撃を、というところだろうか。
矢がゆっくりと青い光を纏っていく。
「あれ……大丈夫か?」
小声で羽膳に聞く。
「問題ない。むしろお前がいない方がやりやすい」
「……そうかい」
羽膳がそう言うのなら助力など不要なんだろう。
俺は傷ついた体を労わりながらフラフラと路地の隅に移動する。
そんな無防備な俺を狙うのではなく、
凪さんの構えた矢は羽膳の方を向いたままだ。
(強化された矢は……防壁の魔術に防がれたばかりなのにな)
俺はそんな事を思う。
ついさっき俺を狙った矢は羽膳が完全に防いでみせた。
であれば当然同じ攻撃は通用しないと考えるだろうに、
凪さんはもうそれしかないかのように同じ攻撃を繰り返そうとする。
「なるほど……そういう使い方もあるのだな」
羽膳は近くにいる俺にしか聞こえない程に小さな声でそう言った。
まるで……次に放たれる攻撃が何なのか予知したかのように。
矢が放たれる。
次に放たれた矢は青白く輝く軌道を描いて凪の頭に迫った。
だが……分かる。この矢は明らかにおかしい。
音が違った。矢が発する風切り音が高く鋭い。
そして……何より、速い。
先程凪さんが放った連射したそれの速度とは桁が違う。
その矢は目で追えぬほどの速さで……
ただ青白い軌道だけを空に残し羽膳の頭を貫いたのだ。
「羽膳っ!」
さっきまでの安心感はどこかに吹っ飛んだ。
理屈は分からないが凪さんは武装強化魔術の質を変えたのだ。
矢の貫通力を増すこれまでの魔術とは違い、
矢の速度を増すまた別の魔術で矢を強化したのだ。
そうと知ってなければ防壁を作る間もなく
頭を撃ち抜かれていただろう。
少なくとも俺はそう思ったからこれで羽膳が死んだと思った。
実際に矢が描いた軌道は防壁に防がれて途中で途絶えてはおらず、
羽膳の頭がある位置を綺麗に素通りしている。
つまりは貫通した……そう思った。
「うるさいぞ界武。騒ぐと集中が乱れる」
だが羽膳は平然としたまま立っていた。
というか、そんな風に俺に苦情を言う余裕まで見せた。
……驚いた。
今の一撃を防げなかったどころか、かすり傷すら受けてはいない。
つまりは躱したのだ、あの速さの矢を。
「見せた事のない矢の筈だが……何故、避けられた?」
俺と同じく驚愕に大きく見開いた眼を羽膳に向け、
凪さんはその理由を問う。
聞いた羽膳は満身の笑みで答える。
「ああ……見たのは初めてだ。
だがお前達人間の小賢しい魔術などは俺には通用しない」
その言葉に俺は密かにムッと眉を顰める。
「……見れば分かるんだ、お前の考えてそうな事ぐらいはな」
羽膳はそんな俺の表情に気付かないまま、
そう凪さんに告げた。
こと魔術戦においては人間のお前に勝ち目は無いと
憎たらしい事にコイツは凪さんにそう宣言したんだ。
……俺の目の前で。
(……ちょっぴり、凪さんの方を応援したくなってきたな)
先程殺されかけた癖にそんな事を考えてしまう。
そんな俺の物騒な考えまで読まれた訳ではないだろうが、
羽膳もまた俺と同じように眉を顰め小さな声でこう言った。
「界武、休んでいる暇があるならして欲しい事がある」
「……何だよ」
「逆徒の狙いはこの町自体を人質とした衛蒼様との交渉だ。
新坂を破壊すると脅し、衛蒼様を拘束し、そして服従印を刻む」
「なっ……なんでそれを知ってんだ!?」
「だからうるさいと……大声を出すな。
とにかく、聞いたのだ。死んだふりをしている間にな」
羽膳は大声が本当に嫌いなのか、小さな声のままそう続ける。
そこで俺も何となく気づく。
(凪さんに……聞かれたくないのか)
そういう事ならと俺も声を潜める。
「俺も鹿野戸さんから奥の手があるって話を聞いた。
多分その事だと思う。
それで……今なら使うのに都合がいいとか言ってたのか」
なるほど確かに、今ならば衛蒼さんと交渉するのにうってつけだろう。
人質としては十分過ぎるであろう町一つ丸ごとの命を握っているのだ。
「それで……だ。俺はこの凪という男をどうにかする。
だからお前はその間にこの町に散ったという
人間の子供達を探し出せ」
「散った……?
ああ、いざとなったら子供達を使って町を爆破する気なのか?
鹿野戸さんはまたそんな事を……!」
許せない。
鹿野戸さんの気持ちは分かっていても許せるものじゃない。
そう思って怒りを示す俺を見た羽膳は、その険しい表情を少し緩めた。
「俺も同じ思いだ。
新坂の民を助けたいと憤るお前の気持ちはよく分かる」
「ん? あ、ああ……そうだな」
子供達の犠牲を忌避する俺の思いをそう解釈したか。
(いや……新坂の人達を守りたいという気持ちはなくもない。
流石羽膳だ……俺の気持ちをよく分かってるな)
そういう事にしておく。
「話によればこの町に散った子供の数は十八人。
それらを出来る限り多く……どうにかしてくれ。
やり方は問わない。殺すのは無理だろうから昏倒させる、
それも難しいなら最悪一か所にまとめるとかでもいい。
とにかく町全体が人質となっているこの状況を変えたい」
それが今俺達が出来る最善だろうと……羽膳は言った。
「……分かった。
俺は子供達を探してどうにかすればいいんだな?」
やり方を問われなかったのは助かる。
いや……指定されたとしても
それが不本意なものなら従う気は無いけれど。
「……頼んだぞ」
「頼まれてやる……ああ、それと羽膳。
俺からも言っておく事がある」
「何だ?」
「分かってるかもしれないけど、
凪さんを倒せたとしても殺すのは避けろ。
鹿野戸さんなら凪さんにも間違いなく破滅の魔術を使ってる。
長年連れ添った弟子を殺されたとなると……
その絶望の深さは多分、
この町全てを吹っ飛ばす程の破壊力に転化されると思う」
「……それほどか。
分かっていたがやりづらいな……」
その反応を見るに、羽膳もその凪さんに破滅の魔術が使われてる
可能性までは思い至っていたんだろう。
だが町一つ破壊される程のものになるまでは思ってなかったらしい。
「そうするとお前もそうだが俺もあの凪をここから追放しないと
状況は変わらないという訳か」
羽膳は凪さんを一睨みして警戒を示した後、
うんざりする様にそう吐き捨てた。
「そういう事だ。まあ羽膳……お前なら楽勝だよな?」
何故か羽膳を前にするとこんな感じで挑発めいた言葉が出てきてしまう。
「無論だ。あれ一人ならどうとでもなる」
その言葉の割にはよくにじみ出てくる脂汗を拭いながら
羽膳はそう答えた。
後はもう、視線を交わすだけで十分だった。
俺は子供達を救うという使命感に身体を奮い立たせ
全身の痛みを押してどうにかの早歩きでこの戦場を立ち去る。
羽膳は羽膳で凪さんをここから吹き飛ばす為になら
あのボロボロの翼を酷使してでも風の魔術を使うのだろう。
お互い、自分の体がもうとっくに限界を迎えている事など承知してる。
それでもなお鹿野戸さんの企みを砕く為に俺達は動き続ける。
当然だろう……最も弱みを見せたくない相手が
同じような状況で止まってくれないんだから
それはもう動くしかないんだ。




