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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百八十七話 別の生き物

岩童との戦いの高揚が覚めた後、

俺の体は本当に……本当に重くなっていた。


「畜生……痛い……しんどい……吐きそ……」


弱音を吐きながらふらふらと路地を歩く。

体調が万全であるのならともかく、

とても連戦に耐えうるような体調じゃあない今となっては

敵に見つかった時点で手詰まりとなってしまう。

そんな訳で逃げるように、隠れるように新坂の町を壁伝いに進んでいる。

ただそれはもう三歩と歩いたら適当な壁に寄りかかって休むような鈍足で

お世辞にも効率のいいものではなかった。


(とにかく……痛くない所が無ぇ)


岩童の額に思いっきり打ち付けた左拳を筆頭に、

身体の至る所に作られた打ち身に擦り傷、切り傷が痛みという形で

俺のあらゆる動きを阻害してくる。


(特に……左手だ)


この傷口を視界に入れるだけで痛みが増す気がするから

出来る限り目を逸らしてはいる。

だけど……時折手首から先を切り落としたくなる位に

鋭い痛みを発するものだから、ついついその惨い傷痕を見てしまう。


(これ……治るのかな?)


これまで何度も酷い怪我を負ってきた。

だけど後遺症が残るようなのは動かない右手だけで済んでいた。

それは勿論怪我の絶えない俺を何度も治療してくれた

遠鬼と月陽のお陰なんだけど……

そんな二人でも、今度の怪我を後遺症なしに癒す事は無理のように思えた。

折れた骨が露出している様など見てしまえば、そう弱気にもなるのだ。


(両手が動かなくなったら、流石に面倒だなぁ……)


日常生活の何もかもを魔術の腕に頼らなくてはならなくなる。

普段の体調ならばまだ我慢も出来ようものだが、

魔力を底の底まで使い切った状態でもそれを強いられたのなら

日常のあらゆる場面で今感じている吐き気と頭痛に襲われるという事になる。


「……しんどいなぁ、それ」


思わず口に出てしまう。そう、今も相当しんどい。

岩童との闘いだけでもう限界以上の力を使ってしまっているから

本音を言えばもう動きたくなんてないんだ。


だけどまぁ……同じような状況だった筈の岩童は

あっという間に見えなくなってしまった。

ただ動くためだけの余力という点でいえば

俺よりもずっと残っていたんだろうか。

こういう時は巨人族の頑丈さが羨ましくなる。


「しかし……羽膳の奴、何処にいるんだよ。

 見つけたら文句の一つも言ってやらねぇとなぁ……」


一体何度目の愚痴だろうか。

とにかく羽膳の捜索を始めてからは

この最悪の体調のせいで遅々として進まぬ事もあって

口を開けば恨み言しか出てこない。


(どこかで戦ってるのならその音で気が付きそうなんだけどな……)


だが残念な事に戦いの喧騒なんぞは全く聞こえず、

新坂の町は不気味な静寂に包まれたままだ。


(呼びかけて……みるか?)


今ここで声を張り上げたのならばかなり遠くまで届くだろう。

羽膳がまだこの町にいるのならば当然聞こえる筈だ。

だが……それは鹿野戸さん達にも俺の声が届いてしまうという事であり、

味方よりも敵を多く引き付ける懸念があった。


(もうちょっと探して……手掛かり無しならそうしようか)


そんな風に考えていた時だ。

バシリ……と何かが割れる音が前の方から聞こえた。

軽いとも鈍いとも言えない中途半端な音。

それが凄い近く、目と鼻の先の距離で鳴った。

その源は何かと思い俯きかけていた頭を起こす。


割れていた。

鹿野戸さんの拘束魔術を屈折させるために作っておいた

原始魔術の三角柱……それが、巨大な矢を突き立てられて

見るも無残に砕かれていた。


狙撃された。それが偶々魔力のおむすびに防がれたんだ。

これがなかったら……俺の命も怪しかっただろう。

そんな恐怖に震えながらも視界を防ぐ魔力のおむすびを退かす。


想像したよりもずっと向こうの方に、一つの人影があった。

巨大な弓を構えた青年姿のそれと俺は初対面ではあったけど、

延老さんや鹿野戸さんの話の中で何度も出てきていたからか

初対面とはとても思えず、むしろ親近感すらあったぐらいだ。


「凪……さん、だったか?」


鹿野戸さんの弟子の人間の青年。

延老さんによれば弓の腕はなかなかのものらしい。

そんな人がはっきりと殺意を向けて、その大きな弓に次の矢を番えていた。


俺の目はそんなに遠くまで見通せない。

調べた事はないけれど……多分、人間の平均的な視力しかないと思う。

そんな俺の目が何故か、その時だけ凪さんの唇の動きを綺麗に映してくれた。


その唇は……み、つ、け、た、ぞ。

見つけたぞ……そんな風に動いたんだ。







慌てて路地に引っ込む。


運の悪い事に……多分、今一番見つかってはいけない人に見つかったんだ。

それを察知出来たはいいけど残念ながらそこまでだ。

今の体力だと戦うは勿論、逃げるのだって難しい。


足音が聞こえる。

大きな足音が……多分、屋根を伝ってこっちへと駆けてくる凪さんのそれだ。

真っ直ぐに向かってくるその音は大きく……そして速い。


(逃げないと……!)


それが無理とは知っていても足掻くしかない。

ふらつく身体を左右に揺らし、一歩一歩前へと進む。


(ああ……でも、無理か)


俺の足がそうやって五歩と進まぬ内に足音はすぐそこの屋根まで到達していた。

恐らくはもう、後ろを振り向けばそこに凪さんはいるだろう。


「はじめまして……でいいんだよな」


その凪さんにも聞こえる様にと、今出せる最も大きな声を出した。


しょうがない。こうなったら今ある手札で戦う他ない。

後ろを振り向き見上げた先、

隣の路地の屋根の上には矢を番えた弓を構える青年がいた。


初めて凪さんを見た時の感想は……変な話だけど、格好いい、だった。

高所から弓を構えて立つ人間の青年……

それは俺が何となく脳裏に描いていた

人間の勇者の姿そのままだったのかもしれない。


短く整えられた黒髪、精悍な顔立ちに敵を射抜かんばかりに鋭い眼差し。

皮の防具は動きやすさを重視したか籠手と胸当てのみ。

その下に着る服は澄なんかが来てる子供達の服と意匠はさして変わらないが、

色は藍よりもさらに黒に近い濃紺で、

その色彩の深さがより勇ましさを際立たせている。

矢を引き絞る腕は力強く、

身の丈よりも大きく見える弓を軽々と扱う様には羨望を覚えるほどだ。


(ああ……こういうのが、人間の勇者って奴なのかな?)


凪さんの姿が眩しく見えたのは逆光のせいだけじゃないと思う。

それぐらいに、強く、頼もしく見えたんだ。

ただ惜しむらくは、その矢が、眼差しが、敵意が……

その全てが俺に向けられていたって事だ。


「……さっき矢を防いだのが、お前の原始魔術なのか?」


凪さんの声は想像した以上に低く響く。そういう所も格好いい。


「ああ……あれ? まぁ確かに俺の原始魔術だな」


鹿野戸さんの拘束魔術に対抗する為なけなしの魔力を使って維持していた

魔力のおむすび……それが計らずして矢を防いだ。


あれは本当に偶然だけど、

それでもあの事を警戒して攻撃を躊躇ってくれるのなら

それは俺にとっては僥倖に違いなかった。


「凪さん……ちょっと教えてほしい事が一つ」


その俺の言葉に凪さんは返事をしない。

だけど……弓を構えたまま動きもしない。

次の言葉を待つかのようにじっとこちらを見据えている。


「じゃあ聞くけど……どうしてそんなに俺に敵意を向けてるんだ?」


それは間抜けな物言いだったかもしれない。

鹿野戸さんの計画を滅茶苦茶にしたのは他でもない俺だったからだ。

それだけでも敵意を向けられるに十分な理由ではあるんだろうけど、

それでも俺にはそれが不思議だった。


「何度でも言うけど、俺は澄や青、鉄、咲みたいな……

 子供達を助けたいだけなんだ。

 それに……辛そうな顔で戦い続けてる鹿野戸さんもそうだ。

 あんなに苦しい思いをしてまで戦わなくていいじゃないか。

 だから……」


だから、歩み寄る余地はまだあると思うんだ。

鹿野戸さんは首謀者であるからかもう引けない所まで来てるんだろうけど、

この凪さんであればまだ、戦いから引く選択肢が選べるんじゃないかと。


「言いたい事はそれだけか?」


だがやっと返ってきた言葉は、そんな冷たいものだった。


「それだけって……大事な事じゃないか!?」


「大事な事などたった一つだ。

 如何に毛人を滅ぼして人間の世を取り戻すか……

 それ以外に大事な事など無い」


「なっ……」


甘かった。この人の考えも鹿野戸さんと似たり寄ったり……

いや、むしろより過激かもしれなかったのだ。


「界武。そもそもどうしてお前はこんな時にここにいるんだ!?

 どうして私達の邪魔をする!?

 そして……どうして先生の考えを鈍らせるような事を……!」


後に続く言葉はもう八つ当たりに近かった。

こっちからしてみればどうしてアンタ達はこんな所にいる、

と言いたいくらいだ。


「アンタ達が邪魔されて当然のような事をしてるからじゃねぇか!」


「当然……!? ふざけるなよ!

 手段を選べるような余裕が私達にあるとでも思ったのか!?

 これが失敗すればまた長門国で何百人と殺されかねないのにだ!?」


なるほど……凪さんが頑なな理由はこれか。

俺の視界には鹿野戸さんとそれに付き従う子供達しか見えていないけど、

この人の視界には長門国にいる多くの仲間もが映っているんだ。


(ああ……そうか。それでもう考え方が全然違ってるんだ)


気づいてしまった。

俺と凪さんは同じ人間ではあっても、もう全然別の生き物なんだと。

だから……俺にとっては子供達が自爆していく様は惨く見えても、

凪さんにとってはそれほどでもない……いやむしろ、

子供の命程度で魔族の戦士を殺せるのなら大戦果だと、

それぐらいに考えてるのかもしれない。


「私がこの中で一番先生との付き合いが長い。

 だから先生の苦しみも嘆きも怒りも……一番よく知っている」


そう言った後、凪さんの目がカッと見開かれる。


「だから私は自分の復讐を先生に預けたのだ!

 先生ならば何を犠牲にしてでも毛人を滅ぼしてくれると……

 人間の世を取り戻してくれると信じたのだ!

 それを……!」


「それを……何だよ?」


「お前がっ! お前のせいで先生に迷いが生まれたっ!

 自分のしておられる事が間違っているのではないか、

 子供達に犠牲を強いるのは自分の弱さ故ではないかと……

 そんな迷いが先生の目を曇らせた!」


弓を引き絞る凪さんの腕に力がこもる。


「お前さえいなければ……お前さえいなければ!

 先生は私達の望んだままの復讐鬼でいられたのだ!

 何故希望を見せるような事を言う!?

 何故救いが残されてるような噓を吐く!?

 そんなものはとっくに残っていないのにだ!」


番えた矢が薄っすらと青白く光り始める。

武装強化の魔術で……矢を強化しているんだ。

次の矢は原始魔術で防がれないようにと、

その威力を必殺までに押し上げている。


(不味い……あれを撃たれたら……)


身体が震え、歯がガクガクと鳴りだしてしまう。

ここまで純粋な殺意を間近で放たれてしまっては、

この戦いに耐えられないまでに傷ついた体は

震えて萎縮するしかなくなってしまう。


(殺されるのか……もう、駄目なのか?)


「お前を殺しさえすれば、先生は元に戻られるだろう。

 何を犠牲にしてでも生き延びて、また毛人を滅ぼそうとなさる筈だ!

 だから……今ここで死ね、界武っ!」


今更俺を殺すのを躊躇うような人じゃない。

だから凪さんはほんの僅かの逡巡すら見せずに矢を放った。

その青く輝く矢は確かに俺の心臓を貫いて、この命を奪うのだろう。


そう思っていた。半ば死を覚悟してすらいた。


だけど……その大きな矢は、

何故か俺と凪さんの丁度真ん中あたりの距離で空中に静止したんだ。


「えっ……」

「なっ……!?」


俺と凪さん、双方が同じようにそれを見て驚く。

つまりはこの矢を止めたのは俺達以外の第三者という事になる。


「やっと見つけた……と思ったら、凪、どうして界武を襲っている?

 お前の相手は俺の筈だろうが……!」


その憎たらしいまでに聞き覚えのある声。

そして空中に浮く矢をよく見れば、障壁の魔術……

羽膳の得意技が強化された矢を阻んでいたんだ。


「羽膳……テメェ、何処で何してやがった!?

 こっちはとっくに守護の服従印を解除してやったんだぞ!」


よりにもよって羽膳の奴に命を救われた、

その事実を誤魔化したかった俺は声の方を振り向いてそう吠えてやった。


「……悪いな。埋め合わせとしてそこの凪を倒してやる。

 後は……任せろ」


そう強気な事を言う羽膳ではあったが、

その身体は俺と比べて遜色のない程に傷ついてはいた。

だけど俺は良く知っている。

たとえどれだけ傷ついていようが……

あの男は、俺よりもずっと強いのだ。

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