表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
186/198

百八十六話 信頼

「お前のせい……いや、お前のお陰でと言うべきか。

 多少視野が広がったのだ」


鹿野戸は馬車に子供達を積む鋼牙の姿を眺めながら、

その背中に向けて言った。


「視野……?」


「そうだ。まさか俺が決死の覚悟で挑まんとしていた最後の手段をだ、

 お前のような奴が言い訳付きで好き勝手暴れる為に利用しようとしていた、

 というのはな……予想外過ぎて視野を広げるいい契機になった」


(これ……多分褒められてるんじゃねぇよなぁ)


そのまどろっこしい言い方に皮肉を感じ

鋼牙はそう穿った受け取り方をしてしまっている。


だがこれは鹿野戸の言い方が良くなかっただけで、

鹿野戸は鹿野戸なりに鋼牙を評価しているつもりらしかった。


「この土壇場で界武君に計画を滅茶苦茶にされたせいか……

 いや、単に追い詰められたせいなのだろうな。

 とにかく、俺は多少視野が狭くなってしまっていた。

 ここからの逆転の策は管領を駒にするしかないと

 思い込んでしまっていた」


「実際……それしか手がねぇぐらいには

 追い込まれてるんじゃねぇのか?」


鋼牙としても、今鹿野戸が置かれている状況が

最悪に近い事ぐらいは察する事が出来る。


「まあ確かにそうだ。

 だがな……よく考えれば実際に管領に服従印を刻む必要などなかったのだ」


「え? いやでも……」

「実際に刻まずともな、朝廷にそうではないかと疑わせる事が出来れば

 それだけでも十分にやりようはあるのだ」


「う、疑わせる……?」


つまりははったりである。

この状況をそれだけで乗り切ろうというのだろうか。

そんな事が本当に出来るのかと鋼牙は半信半疑の視線を向ける。


「幕府から朝廷側への連絡手段はほぼ絶ってある。

 だからまずは朝廷側に管領が操られていると噂を流せば疑念は生まれる」


「……でもよ、そんなの衛蒼のダンナが話に行けばすぐ晴れちまうだろ」


「それがただの噂だけならそうだろうな」


そんな含みのある鹿野戸の返事。

こう返されたら鋼牙としても俄然次の言葉が気になってくる。


「だけならって事は……他の何かをするってんだな?」


「……ああそうだ。で、それがお前の今回の仕事になる」


「俺の?」


そういえばそういう話だった。

衛蒼の目の前で子供を殺すといった挑発までして

一体何を要求するのか、それを確認する為の会話の途中であったのだ。


「そうだ。管領にそうと知られずに

 朝廷側から俺に操られているのではないか……

 と疑わせるような行動を取らせるのだ」


……それこそが、鋼牙が鹿野戸より聞いた譲歩案なのであった。







「俺が聞いた譲歩案の内容はこうだ。

 ……新坂から安全に撤退したいから見逃せ。

 追撃は勿論、この後の捜索も止めろ」


首を切り落とした少年の体を御者台に静かに横たえてから

鋼牙はそう告げた。


「撤退する……だと!?」


「ああ……あの先生サマが言うにはな、もう完全に手詰まりなんだそうだ。

 今回の計画は失敗なんだと。

 だから今はひとまず引いて次の機会が来るまで潜伏したい。

 それでまぁ……要するに今から逃げ隠れするんで見て見ぬ振りをしてくれ、

 という事らしい」


『山嶽王』が討たれ、計画の大部分が露呈した今となっては

これ以上無理をする必要がない……いや、出来ないと鹿野戸は判断した。

鋼牙はそう言っているのだ。


「今新坂に潜入している仲間は勿論、

 俺のような駒を含めて全部傷めずに持ち帰りたいんだそうだ。

 その為にはどうしたってダンナのお目こぼしが必要なんだと」


「つまり、俺にはただここで座して全てを傍観しろというのか?」


憮然とした面持ちで衛蒼は言った。

それは提示された譲歩案をどう評価すべきか悩んでいるようにも見えた。


衛蒼から見れば大幅な譲歩と取れなくもない。

最初の要求は服従印を刻まれて駒となれ……だったのが、

一度譲歩を要求したらただここに座っていればいいに変わったのだ。


その点だけを見ればこの譲歩を受け入れても

いいのではないかと思わせられる。

だが……今この場で鹿野戸を殺しておかねば次はもっと酷い事になる、

それだけは衛蒼にも容易に想像出来るからか判断が難しい。


いや……判断が難しいのは単に鹿野戸が危険だからというだけではない。

子供を眼前で殺害する……その過激な挑発は確かに効果があり、

衛蒼は心のゆとりを失っていたからだ。


(ここで逆徒を逃がせば同じような事がまた起こるのは違いない。

 だが……少なくとも新坂は無事に解放出来るかもしれない)


年端もいかない子供が惨たらしく殺される様を見た直後だ。

これ以上同じものを見たくないという欲求に衛蒼が引きずられたとして

それを責めるのは酷とは言える。


(一旦受け入れるのも手か……。

 それでもし撤退の仕方に粗があるようなら新坂の安全を確保した後に

 隙を突いて叩き伏せればいい)


とにかく今は譲歩でも何でもして鹿野戸を新坂から引き剝がすのが先だ。

それ以外の事は後でどうとでもなる。

衛蒼の考えはそういう方向に流れ始めていた。

それこそが鹿野戸の狙いだとも知らずに。


「……分かった。その譲歩案の乗ってもいい」


周りの誰もがその衛蒼の言葉を聞いて大なり小なり驚いただろう。

その驚きは言葉の内容についてではない。

その言葉が予想以上に早く衛蒼の口から出てきたからだ。


特に鋼牙の驚きは大きかった。

勿論それを表情に出すのは可能な限り抑えたが、

それでも衛蒼の回答を聞いた瞬間、

その目は大きく見開かれ、体毛も見て分かる程度に逆立っていた。


(本当に……予想通りになりやがった)


そう、ここに来る前に鹿野戸は鋼牙に言ったのだ。


『管領の弱点はその強さだ。

 強過ぎるが故に自分がその力を振るう事が出来れば

 大抵の事は解決出来ると思っている。

 まあ実際そうなのかもしれんが、

 それでもそんな考え方だとな……どうしたって詰めが甘くなる』


無表情でそう言い聞かせていた、その時の鹿野戸の姿を鋼牙は思い出す。

それでもまだ半信半疑な鋼牙に向けて鹿野戸はなおもこう言ったのだ。


『俺が新坂から逃げ出すというのは管領にとって悪い話ではないのだ。

 奴としては俺をここ新坂から引っ張り出したいと考えている筈だからな。

 だからこっちからそう言えばそれも悪くないと考えるだろう。

 だがこの時点で奴に正常な判断力が残っていれば思い止まるかもしれん。

 俺を逃がす事の危険性と……逃げた後の俺をまた追い詰める事の難しさ、

 そこに考えが至れば首を縦には降りにくいからな』


ではもし正常な判断力とやらを奪った後ならどうなるのか。

それは今見た通りなのだ。


鹿野戸が逃げた後といった先の事はひとまず置いておいて、

目先の事を解決しようとするだろう。

新坂から引き離してさえしまえば後は力で解決する術があるに違いない、

そんな楽観的な期待に委ねて譲歩案を受け入れてしまうだろうと。

鹿野戸は……そんな衛蒼の心の動きを完全に読み切っていたのだ。


『そこが……管領の詰めの甘さ。俺たちが付け入るべき隙。

 あの男はな、反逆者が悠々と撤退する様を傍観する、

 そんな情けない姿を一度でも衆目に晒してはいかんのだ。

 それで奴の強さに宿る信仰は失われ、

 民の失望はすぐに噂となって近隣に広がる。

 それが朝廷の耳に届いた頃にはな、

 俺に操られているかもしれないという疑念は確信に変わる』


それを聞いた鋼牙は、もしかしたらそんな風になるのかもしれない、

そう思いはした。だがこうも鹿野戸の予想通りに事が運ぶとは

流石に予想していなかったのだ。


そうであるが故の驚愕。それが鋼牙の返事を少しだけ遅らせてしまった。

だから鋼牙は衛蒼の次の言葉を止める事が出来なかった。


「逆徒が撤退するというのならすればいい、止めはしない。

 だが……先程潜入させた羽膳と界武君はこの話を知らないだろう。

 彼等の拳が逆徒に届く前に新坂から逃げ出した方がいいのではないか?」


それは追い詰められた衛蒼のせめてもの抵抗。

早く逃げぬと自分の部下がお前の首を刈ってしまうぞという挑発だった。


それを聞いた鋼牙は深く考えずにこう答えてしまった。


「界武……か。俺はそんな名前の奴は知らねぇけどな、

 羽膳の奴は殺されちまったよ」


「羽膳が……殺された?」


「そうだよ、見てねぇのか? 奴が撃ち落されたのを。

 ああまで怪我しちまえば羽膳がどれだけ強かったとしても

 後はもうなぶり殺しよ」


「それは……本当か?」


「おう。俺はな、奴が胸の中央を射られて倒れた姿を見てんだよ。

 間違いなく死んだよありゃ。

 だからな、ダンナの言うような事はいくら待っても起こらねぇよ」


挑発に対して残酷な現実で反撃しただけ。

それが鋼牙の思惑だったのだが……鋼牙は知らなかったのだ。

衛蒼が羽膳へと向けている、その信頼の深さを。


「そうか……羽膳は死んだふりまでしてお前達を欺いたというのだな。

 あの誇り高い男がそうまでして新坂でやり遂げたい事があるのだな?」


「……はぁ?」


今度は衛蒼に驚かされる番である。

鋼牙は驚愕のあまりまたも目を見開いた。

何故ならその衛蒼の言葉は一分たりとも負け惜しみに聞こえなかったから。

絶対の確信を以てそう言っていたからだ。


「いや……あの後の出血は結構なもんだったし……

 流石に死んだんじゃねぇかな?」


「確かめたのか?」


「そ、そりゃあ……しっかりと確認しては……」


俄かに慌てだした鋼牙を見て、衛蒼は笑った。

ここに至って、奪われた筈の判断力は確かに衛蒼の下に戻ってきていた。


「折角だから教えてやる。

 羽膳はな……あの男は一度負けてからが怖いのだ。

 その誇り高さ故に決して負けを負けのままにしておかない。

 次戦の勝利の為にならやれる事は何でもやる。

 そういう男なんだ」


鋼牙は今一度衛蒼の瞳を覗いてみる。


(……本気だ。多分、本気で言ってやがる!)


これではもう衛蒼の言葉を疑えない。疑いようがない。

羽膳は生きており……まだ、何も諦めてはいないのだ。


「……直ぐに新坂に戻って逆徒に伝えた方がいいのではないか?

 羽膳はその程度で死ぬような男ではないとな。

 でなければ……俺に要求を吞ませたと綻ぶ逆徒の頬がな、

 次の瞬間には蹴り飛ばされているかもしれんぞ」


その衛蒼の言葉に、鋼牙は馬車から飛び降りた。

一刻も早く……その足で駆けて新坂に戻らねばならないと、

そう判断したからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ