百八十五話 譲歩
子供ばかりを十人、馬車に詰めて運び出す。
聞いた時はその恐ろしさに寒気を感じたものだが、
いざやってみると不思議と手慣れていた自分に気が付く。
(ああ……これ、出荷とやる事自体は一緒なのか……)
鋼牙は察してしまった。買い手が決まった人間を運ぶ際のやり方と……
そう、牧場で自分達がしていた事と大差なかったのだ。
と、そこまで考えが及んだ鋼牙は慌てて頭を振る。
(いや……大差はある。運ぶのが魔族か人間か……その差は大きい。
大きくなきゃいけねぇ!)
だが……本当にその差は大きかったのだろうか。
鋼牙は自分が馬車に積んだ魔族の子供達を御者台から見下ろしては思う。
(なんとなく……売れそうなガキばっかり集めちまった)
無意識ではあった。だが十二から十四ぐらいの歳の
発育が良く魔力の多そうな子供ばかりを集めてしまっていた。
そのような意図は無い筈なのに、生贄として差し出すも同然の子供を選ぶ際、
鋼牙は売れるかどうか……
もっと言えば美味しそうかどうかを基準にしてしまっていたのだ。
自分達が今まで何も考えずにやってきた事……
その残酷さを客観的に見せつけられたような気がして、
鋼牙は思わず喉を掻き毟りたくなる。
そんな自傷へと至る感情を誤魔化す為か
鋼牙は締め上げられた痛みが残る喉を撫でながら独り言ちた。
「ああ……こんなのをずっと見せつけられちゃあ
確かに狂っちまうのかもしれねぇなぁ……」
自分は絶対に鹿野戸と同じ側に立つ事はない。
魔族が人間を食らう事など鋼牙が生まれる前から常識だったのだ。
今更それを疑問に思う事はないし、何より牧場の管理人として
その人間の消費に積極的に加担してきた側でもあるからだ。
その確かな自覚はありながら、鋼牙は何故か自分が鹿野戸の側から
もう二度と離れる事は出来ないのではないか、という予感をも抱いた。
「そんな事もあるかもしれないと思ってはいたが……
鋼牙、お前まで操られてしまっていたか」
臣錬が足止めしている最中だと聞かされていたその場所に着く。
足止め、とだけ聞いていたから何が起きているのかと警戒する気持ちもあったが
来てみれば気持ち悪いほどに安穏とした景色がそこにあった。
まずそのように声をかけてきた衛蒼が武器すら持っていない。
足止めをしている筈の臣錬が何をするでもなくただ地に腰を下ろしており、
その隣には十数人の村人や兵士がずらりと寝かされている。
拘束魔術の影響で動けぬまま立ち尽くしている者達を不憫にでも思ったか、
ここにいる二人がせめて寝かせておこうとしたのだろう。
「ああ……まあ……ご想像の通りだよ。悪ぃな」
鋼牙はそれ以上無駄口を叩く気になれなかった。
こうして今操られているのは力に驕って鹿野戸を深追いした結果。
衛蒼に会う機会があればその言い訳の一つも言おうと思っていたのだが
乗ってきた馬車の荷台にあるものを思うとどうしても口が重くなる。
「いや……全て逆徒の力を測り損ねた俺の落ち度だ。
こちらの都合で色々手伝わせておいてこんな事態を予想も出来ず……
本当に悪かった」
そんな鋼牙の陰鬱な表情に責任でも感じたか、衛蒼はそう言って頭を下げる。
これもまた変な話である。管領といえば幕府の中でも将軍の次に偉い立場だ。
それが鋼牙のようなならず者も当然の小物にこうして頭を下げている。
(どうなんだろうなぁ……
普段の俺なら、これを見て喜んだりすんのか?)
鋼牙は思う。ここまで偉い奴が自分なんかに頭を下げる。
それはもしかしたら嬉しい事なのかもしれないと。
普段であれば小躍りぐらいはするのかもしれないと。
だというのに……。
「いいよ、頭を下げないでくれ。
これは多分な……全部俺のせいなんだよ。
今までのも全部……そして、これからのも全部な」
鋼牙はそう言っては項垂れるしかなかった。
服従印を刻まれているこの身はこれから起こる事を止める事など出来ない。
「これからの……?
鋼牙、逆徒にどんな命令をされた?」
鋼牙はその問いに答えずに視線を逸らす。
逸らした先にいたのは鋼牙達を興味深げに眺めていた臣錬だ。
「アンタ……臣連だっけか。
先生サマからの命令だ。俺の護衛をしろ、だと」
護衛、その言葉を聞いた臣錬は小さく笑う。
「護衛と来たか。言わせてもらえば衛蒼殿を相手として
誰かを護衛出来る者などそうはいまいよ。当然、私も無理だ」
「だが命令だ」
「命令か……ならば、仕方ないな」
臣錬はゆっくりと腰を上げ、緩慢な歩みで鋼牙の前まで進む。
そして気が乗らなそうな表情で衛蒼を見据えては両手を前に出した。
衛蒼が怪しい動きをすれば直ぐに火球を放つ為の構えなのだろうが……
表情から分かるように臣連自身がそれに効果がない事を痛感したばかりだ。
命令だからそうしているだけで、護衛なぞ真面目にやるつもりはないのだろう。
向かい合う衛蒼はそんな二人を見て難しい表情をする。
強さでいえば衛蒼の足元にも及ばない二人だが、
かといって力に訴える事もできない。
そんなもどかしさからの表情である。
そんな衛蒼を一睨みしてから、鋼牙は声を張り上げる。
「衛蒼のダンナ! 俺が命令されたのはなぁ、交渉だ!」
「交渉……か。そこまでは予想がついた。
新坂の住民、及びその周囲にいる避難民の命と引き換えに
軍門に下れと……服従印を刻まれよ、そう言うのではないか?」
この衛蒼の予想は間違ってはいない。
だが鋼牙もそれぐらいの事は見透かされていると考えていたのか
表情を変えもしない。
「流石に馬鹿じゃあねぇか……その通りだよ。
ダンナを駒にして朝廷と戦争するつもりらしいな……で、答えは?」
「当然承諾しかねる。そんな事を許してしまえば
この新坂の町以上の犠牲が生まれるに違いないのだ。
どんな阿呆でもここで首を縦には振るまいよ」
交渉……そう鋼牙は言ったが、こんなものは交渉になりはしない。
新坂の町は確かに捨て置けはしない。
だがだからと言って鹿野戸の手先となって朝廷と戦えというのは
どう考えても帳尻が合わない。
どうしてもどちらかを選べと言われたならば
衛蒼ならば躊躇いなく……いや、躊躇いはするだろうが
結果的には新坂を切り捨てるだろう。
後に続く犠牲を思えば当然の選択である。
「なるほど。まぁそうなんだろうなぁ……」
鋼牙は衛蒼の返答を聞いても特に驚きもしない。
当然予想出来る類の返答だからというのもあるが
ただそれだけ、とも思えない何かがある。
不穏なのは鋼牙がわざわざ馬車を使って運んできたもの……だ。
魔族の子供が十名程度……拘束魔術の影響で身じろぎすら出来ずにいる。
そして……遂に鋼牙は御者台から手を伸ばし、
その内の一人を片手で抱きかかえる様に引っ張り出した。
「……止めろ、鋼牙」
それだけを見て全てを察した衛蒼は表情険しく迫る。
「臣連サンだっけか……護衛、頼むわ」
鋼牙はそんな衛蒼を直視出来ずに、全てを臣連に押し付ける。
「ちょ……ちょっと待て鋼牙とやら!
そんな事をして何になる! 悪戯に衛蒼殿を怒らせても何も……」
「命令だよ」
「くっ……!」
臣錬はたまらず火球を二発放つ。
一発目は肩、二発目など顔に命中したにもかかわらず
衛蒼は瞬きすらしない。
ただ鋭い視線を鋼牙へと向ける。
「なぁ……ダンナ。アンタは強い……そりゃもう、本当に強いよ。
でもなぁ……それって本当にいい事なのかねぇ」
直視は出来ないがその視線は感じているのだろう。
まるで無理筋の言い訳を吐き出すかのように、鋼牙は俯いたまま言う。
「何が言いたい?」
「そんなアンタに俺やあの人みてぇな弱者が勝負を挑もうとすりゃあなぁ、
挑むしかないという状況に追い込まれりゃあなぁ……
そりゃあ真っ当な手段は使えねぇのよ。
こんな事をするしかなくなるのよ……」
そう言うと鋼牙は何もかもから目を逸らしたまま
抱きかかえた少年の首へと手刀を振り下ろした。
「止めっ……!」
たまらず衛蒼は手を伸ばす。
衛蒼ならば感情のままにその手で臣錬を叩き伏せ、
鋼牙を殴り飛ばして少年を救出する事は出来ただろう。
だが……それを理性が邪魔した。
交渉に来たという鋼牙に実力を行使したなら次は当然向こうも実力を行使する。
そうなったらこの新坂の町がどうなってしまうのか。
その最悪の結果を予測出来てしまっている衛蒼は、
手を伸ばす以上の事が出来なかったのだ。
結果……衛蒼は、眼前の子供の首が地に転がり落ちる様を
ただ見つめるしかなかったのだ。
「……分かるだろうけど、俺だってこんな事はしたくねぇよ。
というかなぁ……アンタがもうちょっと弱けりゃ
俺がこんな事しなくて良かったんだよ。
だからこれはアンタの責任なのさ。強すぎたアンタのな」
自分に言い聞かせているのだろうか。
たった今殺した少年の方を見向きもせずに鋼牙は言った。
「……鋼牙、逆徒はこんな事をして何をどうしたいのだ!?
俺に何をさせたいのだ!?」
先程鋼牙へと伸ばした手を……その震える手を握りしめ、衛蒼は吠えた。
「だから言っただろ。服従印を……」
「そんな事出来る筈がないだろう!」
「……じゃあ、もう一人。
それでも駄目なら更に一人……。
そういう事になっちまう」
その鋼牙の返事を聞いた衛蒼から放たれる吹き上がるような怒気。
それに肝を冷やした臣錬がどうにかして鋼牙を諫めようとする。
「や……止めておけ!
衛蒼殿を本気で怒らせると我等程度じゃどうにもならんぞ!」
「……命令なんだよ」
「くっ……!」
それでもう臣錬は何も言えなくなった。
滝のように流れる脂汗を拭う事も出来ずに、
ただ衛蒼の怒気に晒されるしかなくなる。
だが苦しいのは衛蒼も同じだ。
ここにいる二人は服従印で操られているだけなのだから
怒りのままに切り捨てても何の意味もない。
そして怒りの矛先を向けるべき鹿野戸は未だ新坂に引き籠ったまま。
住民全てを盾に取り、衛蒼の理性のたがを試すかのように
卑劣な挑発を繰り返そうとする。
「いいか鋼牙……それを続けるな!
その馬車の荷台が空になるまで俺が何もしないなどとは考えるな!
俺は正直そこまで我慢強くはないっ!」
「……俺も命令されてるだけだ」
だが鋼牙の返答はにべもない。
それも当然の話、鋼牙は伝言役でしかなく、交渉の相手は別にいるからだ。
「ならばっ……ならば、別の命令はなかったのか!?
こちらとて逆徒が稀代の策略家だと知っている!
ならば……別の命令がある筈だっ!
お前が交渉に来たというのなら、
別の何か……譲歩案も聞いてきている筈だ!
そうではないのかっ!?」
それを聞いて鋼牙はようやく衛蒼の方を向く。
「……聞いて、きている」
「ならばそれを先に言えっ!
それを言うまでは絶対にそのような愚挙を繰り返すな!」
それは傍目には衛蒼が威勢良く吠えているように見えただろうか。
だが実際の所は全くの逆だ。
衛蒼は眼前で一人子供が殺されただけで音を上げてしまったのだ。
譲歩案があるのなら反逆者である鹿野戸との交渉に応じると……
そう宣言してしまったのだ。
それは正常な判断力があれば間違いなく選ばない選択肢。
つまりは、鹿野戸が望んだままの状態に陥ってしまっていたのだ。




