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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百八十二話 圧倒的

飛び立つ前にひと悶着起こしながらも、とにかく羽膳と界武が空を飛んだ。


この日は晴天であり、雲もまばらにしかない綺麗な空であった。

その空を駆け上がるように飛ぶ羽膳の姿は見慣れたものであったが、

今回はその後ろに見慣れぬ少年が付いていっている。


その少年の名は界武。不可視の原始魔術にて巨大な翼を作り、

それを使って飛んでいるらしいが……その翼が見えないものだから

衛蒼の目には羽膳が足に引っ掛けた紐で吊り上げているように映るのだ。

だが羽膳が空で支えられる重さの上限は赤子程度だと聞いている。

つまりは、やはりあの少年は空を飛んでいるのだ。


(羽膳から話は聞いていたが、本当に鬼人族が空を飛べるのだな……)


珍しいものを見た、そう思いながら新坂へと飛ぶ部下とその同行者を眺めた。


事前の話し合いに沿うのならばこのまま新坂まで飛んで行き、

そこで丹波国守護、厳容に刻まれた服従印を解除する手筈となっている。

それが終わるまでは衛蒼は事を荒立てぬようにこの場で待機するつもりでいた。

目の前の男の機嫌を損ねてもいい事など無いからだ。


「衛蒼殿……! かの鳥人族を何故馬車に隠しておられた!?」


そんな衛蒼に臣錬が吠える。

その過剰なまでの怒りは滑稽にすら思えたが、

勿論笑う訳にはいかずただ宥めるしかない。


「右衛門佐殿……そう大声を立てられるな。周りの者が怖がっているではないか」


この時周りにいたのは野次馬しに来た避難民が十名ぐらいに、

残りは臣錬の部下であろう魔王軍の兵士が同程度だ。

野次馬の中には子供達も数人おり、それらは衛蒼の言葉通りに大いに怯えていた。


「右衛門佐殿。とにかく今は羽膳の報告を待ってはくれないか。

 それで貴方が持っているであろう疑惑の全てに説明が付く筈なのだ」


「報告……だと!?

 一体奴が新坂で何をすると……!」


「いやな、これは信じてもらえないと思って伝えていなかったのだが、

 どうも羽膳の調査によると厳容殿は既に逆徒の手中に落ちてるようでな」


この言葉を聞いた後の臣錬の表情の変化……

今思い出してもゾッとするものがある。

これまで普通に会話をしていたと思っていた知人、

その態度、言動が全くの演技であったと気付かされたからだ。


「……どこまで、聞いている?」


その問いに答える気は無かった。

臣錬が敵であると知れたのだから、

これ以上こちらから情報を提示するのは共有を意味せず、漏洩という事になる。


(一体いつから……右衛門佐殿は操られていたのだ?)


口を噤みながらも衛蒼は考える。

衛蒼が新坂を離れたのはほんの僅かの間、半日も経っていない筈だ。

そして新坂を発つ際には臣錬も見送りに来ていたが、

その際には不穏な気配はなかったと思う。

つまりは……。


(そんな僅かな時間で逆徒は新坂に潜入し、更に右衛門佐殿に服従印を刻んだ。

 行き当たりばったりで出来るような事ではなく、

 かなり綿密な計画が組み上げられていた事になる……)


そして……周りの反応につられて見てしまった新坂の関に上がる大きな旗。

界武からその模様の意味は聞かされている。

あれを目にしただけで、誰しもが逆徒の拘束魔術に縛られるのだという。


その新坂近隣の民全てに影響を及ぼすという

逆徒の桁外れな魔術そのものよりも、

それを最大限に活かす為にこれだけの準備を惜しみなく遂行できる

その計算高さと実行力をこそ、衛蒼は恐ろしいと思った。


「……あの、旗について……右衛門佐殿は何かご存じか?」


勿論あの旗の意味は知っているが敢えて臣錬にそう聞く。


「さあ……あれが何であれ構わないではないか。

 どうせ貴様もすぐに駒になり果てるのだ」


そしてその返事を聞き、ああなるほど……と衛蒼は思った。


もしかすると、過去未遂に終わった将軍の誘拐でさえ、

衛蒼に服従印を刻む為に行われたのではないのかと、そう思ったのだ。







「駒……か。右衛門佐殿にはその自覚があるのだな?」


「無論……でなければあのような男の命令なんぞに従うのものか」


本心では逆徒に従わざるを得ない今の状況をよく思ってはいないのだろう。

臣錬は憎々しげに後ろ首を搔きむしる。


「では一つ相談があるのだが……

 その服従印、解除する手段がこちらにあると言えば如何する?」


服従印の効果がどれほどかは分からないが、

衛蒼はまず交渉の余地がないか確認してみる。

臣錬の方であまり良くないわだかまりを抱えているとはいえ元々は仲間である。

戦わずに済むのならそれが一番いいのだ。


「……フン、興味はあるが生憎とそこまでの自由はない」


臣錬は両掌から炎を作り出す。妖狐族の得意技、狐火の魔術だ。

炎に関する魔術が得意という種族適性を持つ妖狐族、

その中でも随一の実力を持つ臣錬の作り出す炎は

対峙する者にとっては脅威の一言であろう。


「ほら……周りの者を見よ。

 この炎を見ても逃げ惑ったりはしない。突っ立ったままだ」


確かに、と衛蒼は思う。

この場には兵士のみならず近隣から来た村人なども集まっている。

特に子供達などは炎に怯えて逃げ去るというのが常識的な行動だが

誰もそのようには動かない。

ただ……泣きそうな瞳をこちらに向けて立ちつくしている。


「これがあの男の拘束魔術よ。私も不意を突かれてこれに動きを縛られてな、

 何も出来ぬままに印を刻まれた」


「なる……ほど……」


そういう事なら場所を変えたかった。

このままここで臣錬と戦えば野次馬同然に集まった民にまで火の粉がかかる。

だが……それを言い出すのは不味い。

普段の臣錬ならともかく、逆徒に操られている今の状態では

民を戦いに巻き込むのも躊躇いはすまい。


「さあどうだ衛蒼よ、お前も動き辛くなっているのではないか……?」


下卑た笑みを浮かべながら臣錬が言う。

衛蒼は新坂に掲げられた旗に刻まれた印を目にしてしまっている。

とすれば当然動きは縛られているのだ。

今も勝ち誇るように笑う臣錬を目の当たりにしながらそれを咎めようともしない。


「どうやら図星のようだな……であれば分かるだろう!

 こんな化物じみた拘束魔術師が刻んだ服従印だ、

 無駄口を叩く程度の自由はあれど命令に逆らう事は出来ん!」


左右それぞれの手から生み出した火球、

臣錬がそれらを放ったのはその言葉と同時だった。


火球、というのは厄介だ。

躱せば周りの者に火が燃え移るだろうし、

かといって防ぐとなっても今度はこちらが焼かれてしまう。


だからだろうか……。

防ぐも躱すも無理のその攻撃を、衛蒼は身じろぎもせずにそのまま受けた。


二つの火球の相乗効果か、一気に大きな火柱が燃え上がる。


まさかそのまま当たると思ってなかった臣錬は、

この思わぬ成果に狂ったように笑った。


「ハハハハハハッ!

 衛蒼よ! 以前の模擬戦ではまるで当たらなかったが

 当たってしまえばこの炎はお前とて焼き尽くす程の火力よ!

 足止めせよとの命令だったがこれはやり過ぎてしまったかなぁ!?」


この火柱を眺めるしかない周囲の人々はもう恐怖しか感じていないだろう。

たった今も『楼京の守護者』などと呼ばれて神の如く崇拝されていた

最強の戦士が焼き殺されているのだ。


「管領様ぁ!」


その叫び声は衛蒼が乗っていた馬車の御者台からだ。

体格のいい役人の男が臣錬の狂笑をかき消す程の大声で叫んだのだ。


無論その返事などない……皆がそう思っていたその時だ。


「狼狽えるな」


いつもと変わらぬ落ち着いた声が火中から聞こえたかと思えば

のほほんとした表情の衛蒼が歩いて火柱の中から出てきた。


先程まであの業火に焼かれていたとは思えない。

以前のまま、その前髪の一本ですらも焦げてはいないと疑うまでに

変わらぬ姿で現れたのだ。


「なっ……!?」


勝者の陶酔が一気に冷めた臣錬は驚くというよりむしろ呆れている。

少なくともあの火球に焼かれた者で無傷だったというのは一人だっていない。

そもそもああまで焼かれてしまえば炎と熱には抵抗できたとしても

空気が焼かれて窒息する筈だ。


それに……そもそも、衛蒼は拘束魔術の影響で動けないのではなかったのか。

だから火球を受けたのではなかったのか。


火柱から出てきた衛蒼はそんな臣錬に憐れみすら含んだ眼差しを向ける。

相変わらずその手に武器すらも持っていない衛蒼ではあったが、

この一幕だけでその力が周りの誰からも隔絶した高みにある事が分かる。


「おま……お前は、不死身かっ!?」


「不死身……違うかな。

 右衛門佐殿……貴方はどうも自分の魔術を過大評価しているのではないのか?」


「なっ……!?」


臣錬が言葉を無くしたのは、衛蒼の眼差しに敵意が無かったからだ。


「このような蛍火ではな、少なくとも俺は焼けまいよ。

 だが足止めせよとの命令か……それも結構だな。

 その命令に付き合う代わりに幾つか問いに答えてくれないだろうか?」


敵意剥き出しの臣錬に……まるで大人が我がまま盛りの子供を宥めるように、

優しく問いかけていたのだ。


「こ……拘束魔術は、動けないのではなかったのか!?」


「動けない……?

 ああ、おろしたての袴を着せられた時のような窮屈さは感じるがな、

 その程度だ」


多分……その言葉も強がりなどではない。

実際に拘束魔術は対象の魔力が強ければ強い程効きにくくなるからだ。

つまりは……魔力の強さに関して言うのなら、

衛蒼は逆徒などとは比較にもならぬ程に強いという事だ。


そしてそれは同時に、衛蒼と臣錬の魔力の差にも当てはまる。

臣錬はこの魔術の前に成す術もなかったからだ。


臣錬は今になって恐ろしくなる。

衛蒼に対して抱えていた妬みや対抗心が全くの的外れだったのだと気付いたからだ。


(そもそもこいつは人ですらないのではないか……?)


武力を以て右衛門佐まで成り上がった臣錬がそんな疑問を持ってしまう程に、

衛蒼という男の強さはただ……圧倒的だった。

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