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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百八十一話 最後の挑戦

凪は自分の放った矢が確かに羽膳を仕留めたという実感からか

僅かに高揚していた。


ただしそれとてただの一瞬で醒めてしまう。

難敵を倒した直後だというのに鹿野戸の表情がまるで優れないからだ。

先の言い方からも察せられるが、何かしら良くない事が起きているのだろう。

そんな鹿野戸を前にしていつまでも勝利の余韻に浸ってなどはいられず、

凪は一度表情を引き締め直してから鹿野戸へ声をかけた。


「先生……これで潜入してきた者の内の一人、羽膳は仕留めましたが……」


もう一人の方、界武への対処は鹿野戸と岩童が行うという事になった筈だ。


「……界武君は岩童に任せてある」


「ではそちらも問題はなさそうですね」


凪はそれを聞いて安堵する。

岩童個人への信頼は乏しくとも、凪は巨人族の戦闘力は高く評価していた。

凡そ戦闘適性が乏しいと思わしき石英ですら凪一人では仕留めきれる気がしない。

それ程にあの巨体の秘めたる戦闘力というのは恐ろしいものだった。

身体が小さく魔力も弱い人間のような種族にとっては特に……。


「……どうかな。俺の見る限り勝率は五分だ。

 時間稼ぎ程度に考えていた方がいいだろう」


「……まさか」


だが鹿野戸の考えは違った。

凪には過大評価にしか聞こえないのだが

それでも鹿野戸の眼力には絶対の信頼がある。


「……その少年は、それ程に強いのですか」


だからその言葉を信じる他ない。

元服もまだの人間の少年が巨人族の戦士の強さに届き得るという事実、

それをどう扱えばいいのか凪は困惑しつつも次の言葉を待った。


(ではそれが先生の表情が優れない理由なのだろうか……)


鹿野戸の言う通りに岩童と界武の強さが同程度だとすれば、

鹿野戸が岩童に加担するならばまず勝利は間違いないだろう。

だというのに鹿野戸は岩童一人を残しては、時間稼ぎをさせる事にした。

そうしなければならない事情があったのだ。ではそれは何か……。


「詳細は伝えない。その時間が無い。

 だから事実だけを伝える……。

 『山嶽王』が『同族殺し』に討たれ、石英が界武君に付いた。

 その界武君が幕府管領と侍所所司代を連れてここに来たのだ。

 幕府側には計画のほぼ全てが露呈したと見ていい」


「それはっ……」


俄かには信じ難い。だがこれもまた信じるしかない。

だがそうなると……。


「では新坂を破壊する事自体、既に無意味なのでしょうか」


そういう事になる。この新坂に潜入した本来の目的はこの町の破壊だ。

そしてそれを朝廷の仕業と誤解させて幕府と朝廷の仲違いの契機とする。

本来は『山嶽王』がする筈だったこの作業の代行に来たのだ。


だが……その計画の殆どが幕府側に知られてしまったのでは、

もうこの新坂を破壊する理由がない。

そんな事をしても怒りの矛先は鹿野戸の方にしか向かないからだ。


「同士討ちの要因としては使えない。

 だがそれ以外の用途があれば無意味とは言えない」


「それ以外……ですか?」


「人質として、だ」


人質……町一つ丸ごと人質とするとして、一体何を要求するというのか。

悩む凪に鹿野戸はまたも簡潔に答える。


「何を要求するにしろ交渉相手は管領殿となる」


「……ではまさか」


「人質を使ってその動きを拘束し、昏倒させて、服従印を刻む。

 あの管領その人を手駒に出来ればそれで同士討ちは演出出来る」


こうまで追い込まれた状況を打開せしめる鹿野戸の腹案とは、

幕府管領、衛蒼を次の操り人形とし朝廷と相争わせるというものだった。


「先生、それは不可能だろうと

 他ならぬ先生自身が反対しておられた案ではないですか!」


そう、凪とてそれが出来れば最良であろうと思い何度か提案した事がある。

鹿野戸自身もそれを考えてない筈もなく、実行の検討まで進めたりもした。


「何故なら管領本来の強さが読めず、

 どんな服従印を刻んでも抵抗される可能性が高いと……!」


既に十年近くも衛蒼は通り名の示すように楼京の守護者として戦ってきていた。

だが……そのいずれの戦いでも、彼がその全力を以て敵と対峙した事はない。


「以前の将軍拉致の件でもそうです!

 あの鬼衝をけしかけたにも関わらず……」


「そうだ、管領殿はその実力の半分も晒さずに圧倒してのけた」


「だからこそです! その強さの底が読めない者を服従させる印は作れないと。

 いや……もし先生が誰にでも通用する最強の服従印を刻めたとして、

 それでも制御出来るか分からないと……故に早々に諦めた案ではないですか!」


「……だが、それしかもう手が無い」


凪の訴えなど鹿野戸は百も承知である。

だけどももう、鹿野戸には他の選択肢が残ってはいなかった。


「……十八人。それだけの子供達がここにいる筈だ。

 彼等を町に均等に配置し、必要に応じ新坂全てを吹っ飛ばすと脅しをかける」


「……言う事を聞いてくれますかね?」


「それも賭けではあるが……一人二人の人質なら管領は躊躇いなく

 その人質毎俺達を刺し貫くだろう。その程度の計算はする。

 だが……町一つだ。流石の管領もその犠牲の大きさに判断が鈍るかもしれん」


「だとして……服従印を刻む間大人しくしてくれますか?」


「無理だろうな。だからどうにかして拘束……もしくは昏倒させる必要がある」


「誰が、どうやってそれを成すのです?

 先生自身は矢面には立てないでしょうに……!」


石英から情報が洩れているとするのなら、

鹿野戸の扱う破滅の魔術の概要はバレていると考えるべきだ。


術者が感じるであろう絶望を破壊力に転化する魔術。

故に術者が殺されたのならば子供達が爆破する事はない。

つまりは鹿野戸の死は新坂の解放と同義なのだ。

……これでは鹿野戸自身が衛蒼と対峙できよう筈もない。


「今も足止めしているであろう右衛門佐……臣錬だったか。

 それと……あそこにいる鋼牙にやらせるしかないだろう」


鹿野戸の見下ろす先には、先の締め技からどうにか息を吹き返し

息を整えている最中の鋼牙の姿があった。


凪は頭を抱える。聞けば聞くほど成功するまでの障害が多い案だ。


まず衛蒼が町一つの人質に尻込みし抵抗を止め、

次に臣錬と鋼牙の二人で無抵抗の衛蒼を昏倒せしめたとして、

そして服従印が刻めたとしてもそれに効果があるかどうかもまた賭けだった。


「不安は分かるが追い込まれているのはこちらだ」


それでもその鹿野戸の言葉に頷かざるをえない。

凪とて『山嶽王』が倒れ、石英が裏切ったと聞いてしまったからだ。


だが……頭でそうと分かっていても、割り切れないものが心には残る。


「……分かってます。先生が仰る事は理解出来るのです。

 ですが……こうも思うのです!

 その界武という子供を殺してさえいればこんな事には……!」


「それは違う」


「何故ですか……先生!」


鹿野戸がその人生の全てを賭けた今回の計画。

それをここまで徹底的に棄損したのが界武だ。

だというのに……鹿野戸はまだその界武を庇うような事を言うのだ。


「俺と界武君は……いや、どうだろうな。

 理屈はいくらでも付けられる。だけどもどんな理屈も正鵠を得ない」


そうやって鹿野戸は言葉を濁した。

界武に関しては言葉に出来ない思いがあるのだろう。

それが余計に凪には気に入らなかったが、かといって責める事も出来なかった。


「では……私は、どうしましょうか?」


凪の中にも色々と言葉に出来ない思いはある。

だけどもその全てを飲み込んでただ鹿野戸の指示を望んだ。


鹿野戸と凪は師弟である以上に長門国からずっと共に戦ってきた戦友である。

鹿野戸の計画へ異論を唱えるような段階はとうの昔に過ぎているのだ。


「子供達への指示を頼む。その後はここで次の指示があるまで待機。

 ああ……もし界武君が岩童を倒してここに来るようなら……」

「射殺します。構いませんね!?」


凪個人としては今すぐにでも守護屋敷に駆けつけて

界武を射ち殺してしまいたかった。

その強い思いからか鹿野戸の指示を遮るようにそう言った。


「……ああ、構わない」


本意ではないのだろうが、鹿野戸はその許可を出す。

それで今はその言質を取れただけで十分だと凪は考えた。


「ではそのように動きましょう……鋼牙!」


まだゼェゼェと苦しそうに息をしている鋼牙に向けて、凪は声を上げる。


「……なん……だよ、ダンナ?」


「以後は先生に付き従え! 管領との交渉なども任せる事になるだろうが、

 顔見知りのお前ならばやりやすいだろう!」


「……交渉? ああ……まあ……分かったよ。

 言われた通りに何でもやるさ」


元より刻まれた服従印があるからどんな指示にも逆らえなどしない。

そんな諦め半分の返事をしてから鋼牙は凪達の下へと歩いてゆく。


「……では先生、鋼牙はお任せします」


「分かった」


その短い言葉を最後に二人は別れた。


鹿野戸はこれから新坂の関へと向かい、そこから衛蒼との交渉の指揮を執る。

凪は町中に散らばる子供達を探し出しては指示を与え、そしてここに戻ってくる。


この最後の悪あがきとでも言うべき奥の手。

失敗すればそれで全てが終わってしまうであろう一か八かの賭け。

だというのに……それを遂行せんとする鹿野戸と凪の両名は、

別段緊張する事もなく淡々と行動する。


その迷いのない行動の裏にあるのは自信ではなく、

人間の世界を作らんとする使命感でもない。


それは……敢えて言葉にするのなら惰性、だった。

苦しみ疲れ果て、何度も諦めかけた事のある二人の男は、

希望が消え果て夢破れんとするこの最後の時に至り、

深く考える事を止め惰性で動く事で自分達を守った。

そうしなければ悲壮感に押し潰されてしまいそうだったからだ。


そうして、最後の挑戦が始まった。

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