十八話 法螺
懐かしい名前を聞いた。実際はまだ半月程度しか経ってないが、
随分と長く会ってない気がする。まあ、もう二度と会いたくもないが。
(鋼牙……あの狼人族の男の事だよな。となると、
全牙っていうのは牧場で死んでた二人の内のどちらかか)
そうなるとちょっと妙な話だ。全牙は死んでいたが、
鋼牙はまだ生きている筈だ。単にあの野盗の勘違いか?
もしそうだとしても、俺としては絶対に看過できない話だ。
なにせあの男の言う事が正しいとすれば、奴は俺の服従印を破った張本人、
もしくはその仲間である筈だ。
是非とも、その理由を聞いておきたい……おかねばならない。
このまま放っておけば遠鬼か延老に殺されかねないが、
それは話を聞いてからにして欲しい。
(しかし、本日二回目の野盗の襲撃って……多すぎやしないか?
それとも魔族の世界はこれが普通なのか?)
そういえば今日一日、俺達以外の旅人は延老達以外見かけてすらいない。
察するに、ここは特別治安が悪い場所なのか。
(……まあ、ここの治安は守護様とやらがどうにかすればいいか)
それにだ、治安が悪かろうとあの二人が同行している以上、何の不安もない。
今だって、十を越える野盗が襲って来てるというのにまるで緊張感が無い。
延老はともかく遠鬼は見るからに戦意を無くしていて、
俺だって期待の名勝負が観戦できなくなったと知って、
口直しにと呑気に雑炊を啜ってるほどだ。
少女は……さっきまで安心してたのに、またの野盗の襲撃に再度慌てている。
「大丈夫、あの二人が野盗なんかに後れを取る筈もないよ」
ひとまずそう言って安心させておく。
あんな戦闘狂共、心配するだけ時間の無駄だ。
そこでふと、少女が食事中のけ者にされてたのを、
良く思ってなかった事を思い出す。
……幸い、今は延老も遠鬼もいない。俺が何をしようと誰も咎めやしない。
それならと空の器に雑炊をよそって、心配顔の少女に差し出した。
「……食べな。熱いからちょっと気を付けてな」
急に差し出された箸と器を驚きつつも受け取った。
本当に食べていいのかと目で訴える少女。
「少なくとも、俺は美味しいと思ったよ。食ってみな」
食べればいい。好きなものを食べるぐらいの自由はあってもいい筈だ。
そうして恐る恐る……でも、嬉しそうに箸を進める少女を見て、
何となく俺も嬉しい気持ちになれた。
「おい、護衛はいないって話じゃなかったのか!? 誰だお前は!?」
その暖かい気持ちを邪魔するかのような野盗の親玉の大声。
見ると遠鬼を指さし吠えている。確かにあんな偉丈夫と戦いたくはないだろう。
それを一瞥した遠鬼は、野盗を無視してつまらなそうに俺の方に戻ってきた。
「おいこら、無視すんなテメェ……!」
「あの人は旅の空で偶然一緒になっただけですよ。
私の護衛などではありません。どうかお気になさらずに」
野盗を宥める延老。野盗の方も相手が老人一人となったことで
余裕を取り戻したか、何やら大声を張り上げている。
「おい、遠鬼」
延老の苦労を尻目に結局焚火に戻って来る不躾な男に一声かける。
今はまだ少女が雑炊を啜ってるから、こっちに来ないで欲しかった。
「何だ」
「延老……さんを助けてこいよ。一人でやるのは大変かもよ」
「不要だ」
「ちょ……ちょっと待て!」
だがやっぱり俺の制止も聞かずに戻ってきてしまった。
当然、雑炊を食べている少女が見つかる。少女もそれに気付き、
気まずそうに遠鬼を見上げていた。
子供の悪戯を見つけた大人は大抵怒鳴り散らすもんだが……
遠鬼は何故か楽しそうににやりと笑い、
咎めもせずに自分も雑炊を食べ始めた。
「美味いか?」
悪戯の共犯を楽しむかのように少女に声すらかける。
嬉しそうにコクリと頷く少女。
……二人の雑炊を啜る音を聞いて、俺は何とも言えない気持ちになる。
「あっちは引き延ばしておいた方がいいぞ」
遠鬼はそんな俺にそう言って延老の方に視線を投げた。
「えっと……なんでだ?」
「その気になったら奴等全員斬り捌くのに一分とかからん。
食べ終わる前に戻って来るぞ」
「ああ……確かに」
それなら丁度いい。あの野盗には聞いておきたい事もある。
速やかに腰を上げ、俺は延老の下に歩き出した。
「え、延老……さん!」
まだ野盗の親玉を宥めている延老に声を掛ける。
野盗を含めた全員の視線がこっちに向いた。流石に十人近くも賊が並ぶと
それなりに迫力があった。だが躊躇ってなどいられない。
覚悟を決めて、彼等の方へ歩を進める。近づいてみて分かったが、
野盗達は今まで見た中では人間寄りの容姿をしている。
ただし、その全身にはびっしりと棘のようなものが生えてはいるけれど。
「何ですか、界武君?」
どうせやるなら先制攻撃だ。原始魔術の腕を二本背中に隠し、
野盗全員をしっかり視界に収めたことを確認してから大声で言った。
「その野盗の親玉、ちょっと気になる事言ってたんで捕らえて尋問したい!
俺がやるから手ぇ出さないでくれ!」
背中に隠した二本の手は、拾っておいた大きな石をそれぞれ握っている。
その一本を敢えて目立つように上空に伸ばし、親玉に向けて振り下ろす。
「ガキがよく言ったな! って何だあれ? ただの原始魔術か?」
俺の魔術の腕は半透明だ。完全に透明じゃないから暗闇の中だと薄く光って
視認されてしまう。だが、今この時はそれこそが肝要だ。
俺の期待通り、親玉は頭上に迫る腕を撃ち落とさんと構えた。
(そうやって、上ばかりに注意を払うから……!)
その間に、残る一本が目立たないように地を這って敵を目指す。
そして上空の腕が親玉の頭に落ちるよりも早く、
地面を這って迫ったもう一本が股座を思いっきり突き上げた。
そして……声も出せずに悶絶している男の頭に、天からの追撃が振り下ろされた。
「お……親分ッ!」
自分達の大将がよく分からぬ内に悶絶して倒れ込んだ事に
驚愕する残りの野盗達。その内の三人の首が音も無く飛んだ。
「お見事でした、界武君」
俺がその言葉を聞いている間にも更に二人が斬り捨てられた。
後は語るまでもない。というか、語りたくはない。残酷すぎるのは趣味じゃない。
「さて……では愚物よ。お前は私を襲う前にこう言った。
俺こそが黒樹林の牧場を襲撃し、全牙、鋼牙の兄弟を殺した
牧場荒らしであると。これ相違ないか?」
昏倒から目覚めてみれば、集めた子分共は皆殺されており、
自分は捕らわれの身。野盗の親玉の心中やいかに。
でも俺にそれを察してやる義理はない。
幸い、尋問は延老さんが代わりにやると言ったんで、
聞きたかった事をあらかじめ伝えておいてある。
「あ、ああ……確かにそれは俺だけどよ……」
親玉は自信なさげだ。
「では聞こう。その場で何をやった? どのように全牙と鋼牙を殺した?」
「そ、それはまあ……こう、俺の棘で、ザクッとさぁ……」
俺はがっかりして首を振った。この男は違う。ただの嘘つきだ。
「違うな。聞いた話じゃそんな風に殺されたんじゃないってさ」
その俺の言葉を聞いて延老さんが頷く。
「愚物め、法螺すらまともに吹けぬのか」
「な……何だと!?」
「では言おう……まず一つ。お前が殺したという鋼牙はまだ生きている。
そして二つ。あの少年の言った通りだ。
そもそも、お前のような愚物に全牙ほどの強者は殺せん」
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
「待たん」
首が跳ね飛ばされた。残酷ではあろうが、もう特にそう感じない自分がいた。
こう何度も見せられたせいか、慣れてきてしまっていたらしい。
(あ~あ……とんだくたびれ儲けだ)
ひとまず少女が雑炊を食べる時間を稼げた。
この戦闘での俺の成果はそれだけだった。
もう戻っていいか確認しようと焚き火の方に目を向ければ、
遠鬼がさっきのままの笑い顔で頷いていた。
……どうやらもう大丈夫らしい。
焚き火に戻る途中、遠鬼の笑顔を見て嬉しいと感じてしまった事に気付いた。
(良くねぇな。ちょっと馴れ合いが過ぎて来たか。)
少なくとも、長門国に着くまでは誰にも心許せない旅路の筈だ。
しっかりと気を引き締め直さないと、だ。




