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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百七十八話 称賛

戦いの場で敵より早く動ける。

それがいかに有利な事かを今俺は思い知っている。


「畜生……当たらねぇ!」


そう愚痴りつつも旗を振り降ろす岩童。

両手で扱うそれは左手一本で持っていた時とは切り返しの鋭さが違う。

だから当たらないと感じたその時には即その挙動を変え、

避けた俺を追うような横薙ぎになる。


これまでの俺だとこれを躱すのはまず無理だった。

最初の振り下ろしを辛うじて避けられたとしても、

この横薙ぎは受けるしかなかっただろう。


(……だけど、今の俺ならどうとでも出来る!)


腰を大きく下げると地を滑るように後ろへ跳ぶ。

それだけで岩童の目には俺が消えたようにしか映らないだろう。

そうして岩童の旗は俺の残像を消し飛ばすだけで終わり、

俺は旗が通り過ぎた後を悠々と駆け抜け間合いを詰める。


先に旗を振るう際に岩童が前に踏み込んだ右足、その脛を思い切り蹴り上げる。

……痛くない筈はないだろうに岩童は顔をしかめるだけでその痛みを耐え抜き、

左足での蹴りを放つ。

蹴り足と共に巻き上がる土煙とつむじ風……至近距離でのこの迫力、

普段なら相当に肝を冷やしたんだろうけど今はその限りじゃない。

当たらないという絶対の自信が心まで強化してくれている。


(だけど……遠鬼の奴はどうしてこんなのを何度も受けて平気なんだろうな……)


思えば遠鬼は本気で動けば避けられるような攻撃も

最初は敢えて受けたりするようなところがある。

ああやって敵の強さを測ったりしてるんだろうけど……

俺には無理だ、そればっかりは真似できない。


(あれ程体が頑丈じゃないのもそうだけど……おかしいだろ。

 わざわざ痛い思いをする必要がどこにあるってんだよ……)


俺は痛いのは嫌だ。だから当然岩童の蹴りを躱し、

軸足の脛へと叩き付けるように左踵を振り下ろす。


「いっつぅ……この野郎っ!」


間合いを離したかったか、

岩童は後方に旗を突き刺してはそれを軸にして後ろへと跳ぶ。


「本っ当に速く動きやがる……『同族殺し』はこれより上だってのか!?」


間合いを離した岩童は構えを変えた。

やや腰を低くして、旗の穂先を前斜め下……俺の方へと向けて突き出している。

あの構えは攻撃には不向きだろう。旗は一度振り上げるなり振り回すなりして

運動エネルギーを得なければ攻撃として威力を持たない。

つまりは……岩童はこの戦いで初めて受けに回ったんだ。


「そうじゃねぇかなぁ……でもまぁ、遠鬼の事ばかり気にしてていいのか?

 この調子だと俺にも勝てねぇじゃないのか!?」


岩童の言葉に俺はそう返す。大きな事を言ってる自覚はある。

調子に乗り過ぎるな……もし遠鬼がここにいればそんな忠告をするかもしれない。

だけどしょうがない。俺は楽しかったんだ。

これまで殆ど防戦一方だった戦いの攻守が逆転したのもそうだし、

自分がどんどん強くなっていくんだ……これが楽しくない訳がない。


その高揚に任せて今度はこちらから攻めに行く。

といっても両手は共に攻撃に使えたもんじゃないから

不慣れな蹴りを中心に、という事になる。


(右手に包帯巻いて拳作っとくべきだったなぁ……)


ちょっと後悔。というか最近は戦う予定の無い所で戦う事が多かったから

どうしても右手を振るう機会が少なかったように思う。

ただもう今更な話だ。


俺と岩童の間にあった距離は俺の歩幅で十歩程度、それを一気に詰める。


旗の穂先のすぐ近くまで迫る……岩童は動かない。動けないのかもしれない。

それを一瞥し更に加速する。


足元まで迫ると流石に岩童も反応する。

旗の穂先が俺の足元を払おうと動き出すが……意外にその動きが速い。

恐らくは完全に守勢に回った事で反応が良くなっているんだろう。


どうやら懐の奥深くまで攻め入るのは難しい。

そう考えた俺は前に出ている右足の脛へと狙いを……とそこで考えを変える。


(さっきは二連続で蹴りを入れても耐えられた……それなら!)


脛よりも弱点といえそうな箇所……例えば足の小指なんかはどうだろう?

あれをぶつけると相当に痛い、それは誰しもがよく知っている。


「これならどうだぁ!」


巨人族はその巨体故に草履の類は履いてない。

その剥き出しの小指を前から押しつぶすように蹴りつける。


後は足払いされる前にと急いで距離を離す。

そしてどういった反応を示すんだろうかと見上げれば、

岩童は別に表情を歪めてなどおらず、

先程までと変わらずじっとこちらを見据えて旗を構えている。


(……痛くない筈はないんだけど、やせ我慢か?)


こっちの攻撃が効いてるのかどうか分からないとなると、

いかにこちらが有利な状況だとしても不安に思ってしまうものだ。


「……どうした? やり返してこないのか?」


だから俺はそう聞いてしまう。

それを聞いて岩童はようやく反応を返すが……それは余裕の笑みだった。


「なるほどなぁ、これならどうにかなるわ」


今の攻防も俺が一方的に攻め立てていた筈なのに、

どうしてそんな返事が来るのか……当然俺はそう考えた。


「どうにか……? 何言ってんだよ、このまま続くと負けるぞ、岩童」


「負けねぇよ……多分な。ああ、理由もちゃんと教えてやる」


そう言いながらも岩童は構えを崩さない。

最大限に俺を警戒したまま勝ち誇るその姿を滑稽と笑えばいいのか、

それとも不気味と怖がればいいのか……。


「テメェの攻撃はなぁ、軽いんだ、痛くねぇんだよ!」


「痛くない……? さっき痛そうな顔してたじゃねぇか」


「……そんなに、痛くねぇんだよ!

 戦えなくなるぐらいまで痛めつけられるってのがないって言ってんだ!」


顔をしかめる程度には痛いけど、戦意を喪失する程ではない、という事らしい。


「でもまあそれはそうだよなぁ……とにかくお前は軽いし、

 何より蹴りはそんなに得意じゃねぇだろ、拳の方がずっと痛かったぞ」


意外と説得力のあるその言葉に冷や水を浴びせられたような気分になる。

圧倒的に有利なこの状況が言葉一つでひっくり返されたような……

とにかく、なまじ高揚していただけにその落差にむかっ腹がたつ。


「そうかい分かったよ! もっと痛くすればいいんだなぁ!?」


怒りに任せて突っ走る。


(大丈夫……岩童の攻撃は当たる筈が無い……!)


そう思っていた……が、今度の反応はさっきよりも更に速かった。

こちらの攻撃を読んでいたかのように俺の駆け寄ろうとした場所を穂先が遮る。


「くっ……!」


それでもまだこっちの方が速い。

咄嗟に踏み止まっては右手で空を殴りつける。

放たれたのは透明の拳。この突進の速度も加味した不可視の拳で岩童の顎を狙う。


だがそれすらも岩童の警戒範囲に入っていた。

しっかりと顎を引いて衝撃に備えた岩童の頭はその一撃で大きく揺れる事はない。


「それなら連打ぁ!」


一撃で無理なら二、三と続ければいい……格闘術は手数で勝負が延老さんの教えだ。

砕けた左手すらも振り回しては透明の拳を何度も打ち込む。

当然痛い。流石に砕けた拳の先からではなく、

手首から透明の腕を生やす様にはしてはいるがそれでも痛い。

だけどその痛みを越える全能感に押されて拳を何度も打ち込んだ。


「い……痛くねぇっつってんだろぉ!」


そういう割には辛そうに歯を食いしばりながら

岩童は足を止めた俺へ向けて何度も足払いを繰り出す。


「あ……当たらねぇって言ってんだろぉ!」


そう言いながらも躱しても躱しても迫ってくる足払いに

俺はたまらずまた距離を取った。


再度開いた間合い……俺と岩童はお互いに肩で息をしている。


「ま、守りに徹すりゃあなぁ……こういう事も出来るんだよ。

 分かるか? 全然効いてねぇからな……」


「一撃も当てられねぇ癖に、よ……よく言う」


ぜぇぜぇと息をしながらもそうお互いに憎まれ口を叩く。

そしておかしな事に……この時にはもう俺と岩童、お互いに笑っていた。


恐らくは岩童も感じているんだろう、自分が強くなっていく感覚って奴を。


「じゃあこれならどうだぁ!」


「おうっ! どんどん来いやぁ!」


遠鬼は言っていた。魔族の戦士は強くなる為に戦うのだと。

つまりは今のこの戦いがそういうものなんだろう。

俺達はそれからどれだけ強くなれるのかを競いあうように

何度も何度も攻防を繰り返した。







最初に気付いたのは俺の方だった。


(岩童の奴……右手で旗を持てなくなったか)


砕かれた右腕を無理矢理酷使していたその対価を支払う事になったらしい。

岩童はもう左手一本で旗を脇に抱えるように持っている。

右手はだらんと下がったまま……多分、もう二度と動く事はないだろう。


だがその後すぐに岩童も気付いたか、俺を見て嬉しそうに言った。


「界武……流石にそろそろ魔力が尽きたか? 遅くなってるぞ」


その指摘は正しい。俺自身もう魔力が殆ど残っていない事を自覚していた。

全身に纏っていた赤銅色の雷光は既に見る影もなく、

ちょっとだけ速く動ける程度の効果しか残ってはいなかった。


「まあ……つまりはだ、この戦いも次が最後って事だな」


残念だと……俺は心からそう思っていた。


「となると……余力がある分俺の方が有利だなぁ」


そう笑う岩童だが、両足の脛は真っ赤に腫れ上がっており、

上半身も至る所に紅い拳の跡が残っている。


巨人族の頑丈さ……いや、岩童の我慢強さについてはもう認めるしかない。

この男は、強化された俺の攻撃……その全てを耐えきった。


「岩童……認めるよ。お前は強い。今のお前なら多分、

 遠鬼が相手でもいい勝負するんじゃないかなって思うよ」


「そりゃあ……ありがとよ」


嬉しそうにそう返してから、岩童も俺への称賛の言葉をくれた。


「界武……もしお前が俺と同じ歳まで成長したんなら、

 この世界で一番強くなってんだと思うよ……本当に、そう思う」


「……俺もそう願うよ。えっと……ありがとう、岩童」


互いに恥ずかしくなったか、照れ隠しにと小さく笑った。


「だが……」

「だけどなぁ……」


そして言葉が重なる。


「今ここで勝つのは俺だ!」

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