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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百七十六話 表情だけでも

実際にこの少年と対峙した者でないと分からない感覚だろうと岩童は思った。


全力を出したくなるのだ。そうしなければいけないという気持ちにさせるのだ。

この少年……界武は、傍目には越え難き実力差があるよう見えたとしても、

少なくとも対峙している方にとってはそれを微塵も感じさせないのだ。


だから……先の攻防で界武の攻撃を防ぎきり

その小さな体を弾き飛ばした岩童は、その行為を大人げない等とは思わなかった。

むしろ……よく防げたと、よく反撃に繋げられたと

自分を誇りたい気持ちすらあった。


(……強かった。俺ぁこんな強い相手に勝てるようになったんだ!)


『同族殺し』に敗れ、恥を捨てての命乞いで完全に喪失してしまった誇り、

それを取り戻せたかのような達成感に浸る。


実際界武は決して簡単な相手ではなく、最後の一撃は危険なものだった。

あの左拳をまともに受けたなら、

しばらくは鼻での呼吸に難儀する事になっただろう。


だが……その切り札の一撃すらも咄嗟の機転で耐え凌いだ。

無論その代償が無かったわけではないが。

割れた額から流れる血が鼻筋を通り口元へと届く。

……少しだけ苦い。だがその味気ない僅かな苦みも心地良い。


「あああああ……!」


そうして勝利の高揚に酔っている岩童にも

声にならない苦悶の声が聞こえてくる。

界武が上げた叫び声だろう……先の一撃で恐らくは拳が砕けているだろうから。


そしてその気持ちは岩童にも痛いほど分かる。

岩童自身も『同族殺し』に拳を砕かれ、その敗北感に涙したものだ。


だが……すぐに、その苦悶の声は怒号と化して辺りに響いた。


「畜生……畜生! 手の骨が折れたぐらいでなんだぁ!」


そして弾き飛ばされた先の土煙の中から界武が姿を現したが……

確かに砕けている。岩童の右腕程には破壊されてはいないが、

それでもその拳は砕けている。


痛い筈だ、辛い筈だ。武器として頼る拳を砕かれ、

勝機を失った絶望感に打ちのめされている筈だ。


その目には涙が溜まっている。頬にはそれが流れた跡もある。

だというのに……少年の瞳は、絶望の色で染まるどころか……

闘志に満ち満ちていた。


「岩童っ! お前も額から血が出てんじゃねぇか!

 じゃあ今のは相打ちだな! 次やるぞ次っ!」


それだけ言っては唖然とする岩童を無視し、界武は構えをとった。


……その引き絞る左手は骨が突き出ている。

当然拳を作る事なんて出来ないから手首から先がだらりと下がっている。


(その左手で、また俺を殴ろうってのか……?)


おかしな話だ、と岩童は思う……いや、思い込もうとする。

そんな事は出来ない。そんな事をしても何の意味もない。

左手だけじゃない。壁を崩す程の一撃を受けたのだ、

その身体は無残と言ってもいい程にボロボロで……

とにかく、もう戦いは終わった筈なんだと、

岩童の勝利で終わった筈なんだと……思い込もうとした。


だがそんな今も構えをとる界武の視線が

岩童の身体を探るように細かく動いている。

この少年は……敗北を認めるどころの話じゃない。

まだ勝機を探っているに違いなかった。


「……お前さ、まだやんのか?」


「何だよ、勝った気でいたのか!?」


怒りに歯を食いしばり、界武は吠えた。


「ふざけんなよ! そりゃあ不甲斐ない事にちょっとやられちまったけどな、

 こっちはなぁ……両腕の骨折ってでも戦ってた事があんだよ!

 それに比べりゃ左手だけだよ今回は! どうって事ねぇんだよ!」


自分を奮い立たせるようにか、界武は大声で叫ぶ。


「両腕の……骨?」


「そうだよ、相手がもうとんでもなく強かったからなぁ……

 岩童、お前よりもずっと強かったんだよそん時の相手は!」


言葉を失ってしまう、そんな経験を初めてした。

戦士とは何か、どういう生き物か……

岩童はそれを頭では分かっているつもりでも、実際はそうではなかったらしい。


(そうか……これが戦士なのか。

 相手が強いとか、怪我が酷いとか……そんな事は全然関係ねぇ、

 勝敗は勿論、自身の生死すらも度外視して戦い続ける……

 これこそが、魔族の戦士!)


鹿野戸からはこの少年は実は人間だとは聞いている。

だが……岩童には全くそう見えていなかった。

あの『同族殺し』を相手にした時と同じ……

いや、それ以上かもしれない迫力を、界武は持っていたのだ。


「……わりぃな、界武。俺はまだお前を甘く見てた」


『同族殺し』と戦う前の小さな障害……そんな意識があった。

だが違う、そんな生易しいものじゃなかった。

ここにいる少年は、『同族殺し』と肩を並べる難敵なのだと、

そう考えるしかなかった。


あんな一撃で勝利を信じた自分を、岩童は恥じた。


「もう俺は次を考えねぇ……全てを出し切って、

 そしてお前に勝ってやる!」


岩童は左手一本で振るっていた旗を今度は両手で持ち、腰を低く構えた。

痛みを感じないとはいえ骨が砕けた右腕だ。

何かを持つという簡単な動作ですら使用回数が限られている。

だから『同族殺し』と戦う時まではこうやって使わぬようにと戒めてきたが、

もうそんな事は関係なかった。


あの瞳が勝利を諦めていない以上は全力を出し切らねば負けるのは自分だと、

界武の眼差しを受けた岩童はその考えに微塵も疑いを持たなかった。







「……スゲェ迫力だな」


一瞬、界武が自分の事を言っているのだと岩童は気付かなかった。


「俺のがか?」


「そうだよ、今の両手で構えてるのを見てたらさ……

 遠鬼と戦ってた時の『山嶽王』を思い出した」


「『山嶽王』様を?」


「ああ、あの時の『山嶽王』は凄かった……。

 巨人族とはいえ傍目にはほっそい老人にしか見えねぇ筈なのにな。

 遠鬼の奴を容赦なくぶちのめしてたよ」


「そ……そうなのか? でもお前の話だと、

 『同族殺し』が勝ったってんじゃなかったのか?」


「最後にはな……でも、それまではずっと『山嶽王』が押してたんだ。

 そりゃあもうなぁ、本当に強かったよ……」


倒すべき敵からの言葉とはいえ、

それでも『山嶽王』が褒められるのは悪い気がしなかった。


「あの時の『山嶽王』はなぁ、遠鬼がどんなに技を尽くしても

 その全てを完全に読んで迎撃してたんだ。

 流石の遠鬼でも、あれに勝てるとは思えないぐらい……凄かったよ」


「そうか。『山嶽王』様は自分の戦い方を取り戻されたのだな……」


この戦いが終わる前にそれが聞けて良かったと岩童は思った。


「じゃあ……行くぞ」


そしてこの戦いにもう言葉は不要とばかりに、

界武は会話を打ち切ろうとする。


「ああ、来い、界武……いや、ちょっと待て」


それに応えようとした岩童であったが、

対峙した界武の表情に違和感があったから、ついそう言葉を続けてしまう。


「……何だよ?」


「いや……界武。お前、笑ってんのか?」


そう、さっきまでは怒りと闘志に満ちて歪んでいた界武の表情が……

楽しそうに笑っているのだ。


「ああ……これか?

 さっき遠鬼と『山嶽王』の戦いを話してたらさ……

 あの時、遠鬼はこうやって笑ってたってのを思い出したんだ」


「で……真似たのか?」


「真似たっていうか……あれだよ、

 こんな時に笑う奴はどんな事を考えてんだろうなと思って、

 それで……ちょっと試してみたんだよ!」


何故か少し恥ずかしそうにしながら界武はそう返した。


「でも……こうやって表情だけでも笑ってみせてるとな、

 なんとなく……楽しくなってきた」


左手を砕かれ、全身をボロボロになるまで痛めつけられている。

そんな絶望的なまでに追い込まれている筈の界武は、

その戦いを楽しいと……そう言ったのだ。


「楽しい……?」


「不思議とな。多分……表情だけでも笑っておくと

 それにつられて心も笑ってしまうようになってんだよ、人は。

 もしかしたら遠鬼の奴もそれを知ってて……いや、

 アイツはただの戦闘狂だな」


自分の言った事が面白かったのか、それで界武は声を出して笑った。

岩童もそれに合わせて笑おうかとも思ったが……顔が引きつるばかりだった。


(俺からみりゃあ……界武、お前もただの戦闘狂だよ)


思っても言葉には出さない。何故なら岩童は気付いたのだ。

この界武という少年は『同族殺し』の事を語る時……魔力が強くなっていくのだ。

今この時も……新たな力に目覚めんとばかりにその魔力が迸っているのが分かる。

この上更に『同族殺し』との共通点を指摘してしまえば……。


(……本当に、覚醒するかもしれねぇ!)


それが恐ろしかった。

もしそうなってしまえばたとえ岩童が両手で旗を振るったとしても……

勝てるかどうかは賽の目次第、そんな気がしたのだ。


「……じゃあ行くぞ、界武!」


「おうよ! 来いよ岩童っ!」


その返事を受けて、岩童は焦るように旗を突き出す。

両手で振るう旗は、左手一本の時と力強さと鋭さに天地の差がある。

だから……それを防ぐ力も、躱す技も、界武には無い……無い筈、だった。

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