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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百七十五話 必死

「俺は負けねぇ!」


岩童が振るう旗が鼻先を掠るように横切る。

十分に余裕を持って避けた筈がまだ甘かった。


まともに食らえば死を免れない一撃が眼前をすり抜けた……

もう何度目か数えるのも億劫になってしまいそうな程感じてきた死の恐怖だ、

今更体が竦んだりなんかしない。

だけど……それでも全身から流れる冷や汗だけは止める事が出来ず、

汗が体から熱を奪ってか昼だというのに肌寒くすらある。


「『同族殺し』を倒してその勝利を『山嶽王』様に捧げるぅ!」


岩童は叫びながらも旗を振り回す。

その巨大な旗は巨人族の体格に相応しい武器として、

戦場となってしまった守護屋敷玄関前の広場を思う存分荒らしまわる。

塀を薙ぎ倒し、石畳を割り、石灯籠をも吹き飛ばしてはもう

旗の布地はボロボロだ。


そのボロボロの布がたてるバサバサという音が今も耳元を通り過ぎていった。

精度が……上がっている。

先の二回の攻撃はどれも当たってもおかしくない程に迫ってきた。


「あぶねぇだろうがぁ!」


叫ぶ。威嚇するように睨みつけながら。


……やられっぱなしでは駄目だ。

当たるかどうか、効果があるかなんてのは二の次、三の次、

とにかく反撃しなきゃ駄目だと……

そう思って左手から伸ばした透明の拳で岩童の顎を殴りつけた。


その一撃は当たった。岩童には不可視の攻撃だ……避けられる筈もない。

だけど……その顎が、跳ね上がらない。

鋼牙の時は昏倒させられた。あの時よりも俺はずっと強くなっている筈だ。

それが岩童には通用しない。


「また……見えねぇ奴かっ! だけど効くかよ、そんなもんはぁっ!」


さっき横一閃に振り回した旗を左手一本で器用に切り返し、再度の横薙ぎ。


「くっ……!」


速い……避けられる予感がしなかった俺は原始魔術で大きな布を作っては

旗の先へと飛ばして張り付ける。


空気抵抗で僅かに落ちた速度に助けられ、どうにか転がって避けた。

そのまま転がりっぱなしは自殺行為だからと

跳び上がっては距離をとって構えなおす。


次の攻撃を想定しての行動だったが、何故か岩童は攻撃を止め

旗を脇に挟んだまま立ち尽くしていた。


「なぁ……ガキ。お前、名前なんだったか?」


「何だよ急に……界武だ、覚えておけよ」


「ああそうだ、そんな名前だったな……界武」


何故急に名前などを聞くのかと岩童の顔をよく見れば、

先程の戦士の形相とは程遠い、

遠鬼に敗れて身の上話をしていた時の純朴そうな表情をしていた。


「お前、スゲェのな」


「スゲェって……俺、今一方的にやられてんだけど」


「いや……正直な、お前みてぇなガキなんて

 一発でのしてしまえると思ってた」


「……実際そうなりそうだったじゃねぇか」


「そんな事ねぇだろ、これで躱されたのは六回目だ。

 その歳で、その身体で……本当に、大した奴だよ」


変な気分だった。それも当然だろう。

ちょっと前まで俺を殺そうとしてた奴に言われる台詞じゃあない。


「思ったんだけどな……界武よ、お前は多分俺なんかよりもずっと多くの

 戦いを経験してんだろ。俺のやってたようなガキの喧嘩みたいのじゃなくて、

 もっと本気の……戦士との戦いをだ」


その岩童の言葉に思い出すのは延老さんに遠鬼、

羽膳にそして……鹿野戸さんの顔だった。


「……だと思うよ。お前のその喧嘩がどんなものだったのかは知らねぇけどな」


それを聞いて合点がいったらしく、岩童の眼差しに敬意の光が灯る。


「じゃあ悪かったな界武、お前をガキだと見くびってた。

 立派な戦士だよ、違いねぇ……だから、次からは本気でやる」


岩童はそう言うと脇に抱えていた旗を握りなおし中段に構えた。

その旗の先が……少し青白く光っている。


「武装強化……でもさぁ岩童。

 お前二つの魔術は同時に使えないんじゃなかったか?」


あの魔術は武装強化だ。だが軽々と巨大な旗を振り回す様から見るに

強化魔術を解除している感じじゃない。


遠鬼と岩童の戦いを見ていた俺は知っている。

岩童は……意志が成熟していないからそういうのは苦手としていた筈だ。


「それは昔の話だ。今の俺は『同族殺し』と戦う為に、

 この程度の事は出来るようになってんのよ」


意志が成熟したという事なのだろうか。

魔族の戦士として、『山嶽王』の血族として戦うと決めたその時に

意志が成長したという事なのだろうか……。


どちらにしろ、次からはあれが振り回されるとなると……多分、

さっきまで見たいに紙一重で回避するのも無理だ。

魔術の枕で衝撃を吸収するのも同様に厳しいだろう。


(つまり……あれを振るわれたら最後、俺は岩童に殺される)


ならばどうするか。


(……振るわせなければいい)


岩童の攻撃が届かない距離から一方的に攻撃して倒してしまう、

それしかないと思った。


ただそうなると普通の原始魔術の拳じゃあ決定打にならない。

こういう時に頼りになる筈の魔術があるにはある。


(銀の……原始魔術。あれなら多分……岩童にも通用する)


ただ……今は難しい。

俺から少し離れた場所でフワフワと浮いている透明の三角柱がその答えだ。


(鹿野戸さんの拘束魔術対策の魔力のおむすび、

 あれを維持したまま強化魔術に加えて銀の魔腕をも作り出す。

 それは……流石に無理だ)


あるいは、強化魔術を解除すれば銀の魔腕は出せるかもしれない。

だけどそれをするのも難しい。

岩童が俺の予測出来ないような攻撃をしてきたら、

体を強化していなければ咄嗟に対応出来る筈もないからだ。


(透明の原始魔術だけも岩童に通用する技は……あるか?)


思い出せ。岩童が言ったように俺が岩童に勝るものはその戦闘経験しかない。

だからその中で……岩童のあの巨体をも倒しうる重たい一撃を

打った事がなかったか、どうにかして思い出すんだ。


(……あった。あれなら多分、岩童にも届く!)


俺は透明の腕を両手から一本ずつ伸ばしては地面を這いまわらせる。

何も遊んでいる訳じゃない。岩童が撒き散らした石畳や塀の破片、

壊された石灯籠の部品なんかを拾い上げているんだ。


岩童はそんな俺の行動を旗を構えたまま凝視している。

俺を戦士と認めたからか、戦い方に興味を持ってくれたのだろう。

ならば好都合と、俺はじっくりと時間をかけて必要なものを拾ってまわる。

そうして右手から伸ばした魔腕には細かい破片を沢山、

左手からの魔腕には大きめの石灯籠の傘を一つ収納させた。


「……スゲェ魔術だと思うけどよ、ここの掃除なんて今する事か?」


「……掃除? まあ確かに俺は行儀がいい方だからな、

 こう散らかってると掃除もしたくなるんだけど……これはそういう事じゃない」


先端が拾ったもので膨らんだ魔腕を空中に掲げ、俺はそれを勢いよく振り回す。


「岩童! お前のその頑丈な体でもなぁ……

 これだけ質量のある攻撃なら耐えられねぇと思うんだよ、俺は!」


羽膳の魔力の防壁を破るために編み出した技、魔力の槌。

質量のあるものを溜め込んだ魔腕で放つこの一撃ならば、

いかに巨人族の身体が頑丈であっても耐えきる事は難しいだろうと、

そう考えての行動だ。


(魔力の槌ならだ、原始魔術が届く範囲がそのまま攻撃射程だ。

 そしてそれは……岩童の旗の一撃よりもずっと広い!)


「……なるほど。つまり今度はそれをぶつけてくるって訳か?」


「そうだよ!」


「それは悪手じゃねぇか? お前の攻撃は見えないから俺に当たったんだよ。

 そうやって見えてればどうって事はねぇよ」


……言われてみると確かに、という気はする。

だとしても今更止められるもんでもない。

空中で存分に振り回された魔力の槌は

もういつでも岩童へ向けて打ちつける事が可能な状態にある。

 

「……そう言うなら試してやるよ! 止めれるもんなら止めてみろっ!」


どの道これが通用しなかったら俺は殺されるしかない。

だから躊躇う事なんてない。


(今更だ……今更!)


「くらえぇ!」


左と右……最初に使うのは右だ。

……岩童にああ言われたからでもないけど、その右の一撃に少し細工を施してやる。

小さめの破片ばかりを集めた右の槌を……岩童に届く前にかき消したんだ。

そうすると当然……小さな破片が飛び散りながら岩童へと迫る事となる。


以前遠鬼に使った礫の応用だ。

この礫の散弾……あの旗一本では全てを防ぎようはなく、

広範囲に飛び散った全てを躱すのも無理……だと思っていた。


だけど迎え撃つ岩童は特に慌てた様子も見せず旗の穂先を静かに降ろす。

どうするのかと見ていたら……

十を越える礫が襲い掛かろうかとする直前で旗を大きく振り上げた。


足元から天に掲げるかの如く振り上げた旗……そう、旗だ。

既にボロボロにはなっているがそれには大きな布が取り付けられている。

そのボロ布が振り上げられた勢いで大きく広がって……

礫を一つ残らず包み込み、はたき落として見せたのだ。


「なっ……!」


少なくともあの礫一つでも岩童に当たれば無傷では済まない筈だ。

それだけの速度をつけて放った礫……それがあんなボロ布に遮られる筈が無い。

だが……実際にそれが目の前で起きたのだ。


(あの布までも……強化されてるっていうのか!?)


それしか考えられない。

いや……たとえそうでなかったとしても眼前で起きた事は変わらない。

だからあの振り上げられた旗が俺の頭に振り下ろされる前に

しなきゃいけない事がある。


「はあっ!」


左手で振り回していたもう一つの魔力の槌を飛ばす。

その中に入っているのは石灯籠の傘……

俺の肩幅ぐらいの広さはある石の塊だ、その質量は先の礫など比較にならない。


(これならあんな布でどうにか出来るエネルギーじゃない……!)


だから届くと思った。あの槌が岩童の顔に突き刺さり……

それで、俺が勝つんだと信じた。


だけど……岩童はその次の一撃も分かっていたかのように

振り上げた旗を一度軽く下げては地に水平にと構え直し、

槍のように突いたんだ。


確かにあの旗ならば質量で灯籠の傘にも劣らない。

そして……強化された旗と加速されたとはいえ無強化の傘、

その二つがぶつかれば砕かれるのは当然のように傘の方になる。


文字通りに粉微塵に砕け散った魔力の槌……。

岩童の奴はあの即席の武器として使った程度の大旗で

俺の攻撃を防ぎきってしまった。


(駄目だ! こうも見事に防がれたのなら……)


俺の攻撃には見る価値無しと考えた岩童が本気で反撃に来るだろう。

その時俺はどうなるのか……あれ程の技を持っている岩童が慢心を捨てて

攻めてくるとなれば、多分もう俺に勝ち目はない。


ないんだ、勝ち目が。


「うあああああああっ!」


それだけは駄目だ。そりゃあ俺は強くはない。

今の慢心を捨てた岩童が相手となると、

いつ、どこで戦ったとしても十回やったとして十回全部、

負けるのは俺になるんだろうとは思う。


だけど、それでもここで負けるのだけは駄目なんだ。

ここで俺が負けてしまえば……澄や子供達はどうなる、石英さんはどうなる、

そして……月陽はどうなるのか。


そこからはもう反射的に腰から二本透明の腕を伸ばした。

その腕が掴むのはたった今突き出された旗の穂先だ。

突き出されたのだから次は当然岩童はその旗を引くだろう……。


(その……引く力を利用する!)


「んっ!?」


岩童もその旗の重さに違和感があったんだろう。

だけど……粉砕した石灯籠の塵が目くらましとなったか一瞬反応が遅れた。

岩童が引いた旗に引き寄せられるように加速した俺は

一気に岩童の眼前へと跳びかかる。

引き絞る左手には十分に力を貯めた。それを解き放つかのように拳を突き出す。

狙うは岩童の顔の中央……鼻柱。


(砕くっ!)


俺は必死だった。とにかく負ける訳にはいかない。

その思いだけが先走った結果の洗練とは程遠い一撃だったと思う。

だけど……それでも、それは渾身の一撃だった。


だから……本当に鼻柱に当たっていたのなら、

岩童の鼻骨を砕けるだけの威力はあったんだと思う。


そんな一撃を……岩童はその額で受けた。

俺の拳が届くまでの僅かに間に顎を引き、打撃の到達点をずらしたんだ。


額の骨っていうのは頑丈だ。少なくとも鼻骨なんかよりもずっと。

だから……岩童はその一撃を耐えきった。

そして包帯まみれの右腕を鞭のように振り回し、俺の身体を弾き飛ばした。







弾き飛ばされた先にあったのは守護屋敷の外壁だった。

その外壁が脆かったのか、

それとも単に俺の身体が凄い勢いでぶつかったからなのか……

とにかく、その外壁は大いに壊された。


……痛い。身体のあらゆる所が痛い。

ただ……そんな痛みの中でも一つ、特に俺を責め立てているものがある。

岩童の額を殴りつけた俺の左拳……それが特に刺さるような痛みを訴えてきた。


外壁が壊された際に巻き上がった土埃で視界は最悪、何にも見えやしなかった。

だから俺は倒れたまま、

左手がどうなってるのかと思いながら目の前まで持ってきた。


(ああ……こりゃ痛いわ)


折れた拳の骨が皮膚を突き破り、その姿を晒している。

左拳が……砕けているんだ。


「ああああああ……!」


俺は情けない叫び声をあげる。……涙も流れていたと思う。

それは拳の痛みから来る辛さや、渾身の一撃を防がれてしまったという悲しさ……

それに何よりも……その砕かれた拳がお前は負けたのだと

俺に言っているように見えて、その悔しさのせいで発した叫びだった。

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