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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百七十二話 力ずく

「もう一度聞くよ……他のやり方はなかったのか?

 今からやり直すことは出来ないのか!?」


答えは分かっている。それでもこう聞くしかなかったのは

澄や他の子供達を助ける為にその皆が慕う鹿野戸さんと戦わざるを得ない、

その矛盾から来る罪悪感に耐えられなかったからだった。


「出来る筈が無い。今回だけじゃない……これまでの全てを含めて

 俺が何人を殺して、そして何人を救えなかったと思っているんだい?」


「それでも……これから死ぬ誰かを救えるのならさぁ……!」


「救えない。この世界を人間の手へと返さなければ、

 俺が守ろうとする誰もを救う事など出来ない」


「そうやって誰かを守るってのを理由にして魔族を殺して回るのか。

 その目的の為になら町一つ壊すのもしょうがないってのか!」


それを聞いた鹿野戸さんは分かりやすいぐらいに言葉に詰まる。


「……やはり、君には分かるのか」


「分かるよ! 鹿野戸さんの目的は朝廷と幕府の同士討ちだ!

 その布石としての『山嶽王』の新坂への襲撃が失敗した以上、

 誰かがそれを代行する必要がある。その為に来たんだろう……!」


鹿野戸さん本人からもそうだし、石英さんからも大まかには聞かされている。

朝廷を幕府の手の者と偽り襲撃し、

逆に幕府の治める町を朝廷の命を騙って破壊する。

その結果煽られた憎悪を利用して同士討ちを狙うのが今回の騒乱の主目的だ。


そして岩童が持っているあの大きな旗も、町中にばら撒かれた麻布も、

この町全てを魔術の影響下に置くための手段であって、

決して俺達を罠に嵌めるためのものじゃあない。ただ流用されただけだ。


では……町中の者を自在に操れるようになった鹿野戸さんは何をするのか。


「……ここに住んでる人達自身に町を破壊しろと、

 そう命令する気だったんじゃないのか……!?

 家を焼き、隣人を害し、子供を……親を殺すよう、

 そう命令するつもりだったんじゃないのか!?」


鹿野戸さんならそれくらいはやるだろう。

人間の子供の頭を撫でるその慈愛に満ちた掌で、

魔族の子供を絞め殺し、その首をねじり切るぐらいはやってのける人だ。


「流石にそこまでは……いや、どうだろうな。

 朝廷の手による者の破壊に見せかける必要が無ければそうしたかもしれない。

 ただね、今回はそういう理由があったから……操った魔王軍や

 ここにいる岩童に町を破壊してもらうつもりだった」


自身の残虐性を俺のような子供にこうも指摘されておきながら、

悪びれもせずこのように返す。

その口調から分かるが、鹿野戸さんは怒ってなどいない。

むしろ……俺とのやり取りを楽しんでいるようにすら見えた。


「……この町には戦士なんて殆どいない。普通の魔族ばかりが住んでるんだ。

 何の罪もない子供達だって沢山いる。

 人間を食べた人だってそんなにいないんじゃないのか?

 その……ちょっと複雑だけどさ、高級品って話だしな」


「だろうね。界武君の言葉は間違っていない」


「だ……だったらさ! そんな人達までまとめて殺してしまうっていうのは

 どうなんだよ、鹿野戸さん!?

 アンタが忌み嫌う魔族が人間を食糧として扱うやり方と

 何が違うって言うんだよ!?」


「違うのは結果だけだよ。人間が殺され毛人がそれを食らうか、

 毛人が殺され人間がそれに取って代わるか。

 界武君が言うようにそこに道義的優劣はない。

 だけどね、この結果の違いこそが俺が求めているものなんだ」


「そんな……そんな風なやり方で子供達も納得できるのかよ!?

 俺も牧場育ちだったから分かる! 魔族をそこまで嫌ってない子もいる筈だ!

 そんな子供達にまでこの凶行の片棒を担がせる……

 それがどれだけ酷い事かなんて、鹿野戸さんの方が分かってるだろうに!」


「納得するしないの話じゃなくてね、そうしないとこちらが殺されるんだ。

 俺も俺に付いてきてくれる子供達も……

 仲間が無為に殺されるのを受け入れる気が無い、そういう事なんだよ」


「でも……それじゃ……」


分かっていた、分かっていたけど……

やっぱり俺の理屈は鹿野戸さんには通らない。

逆に俺の方が追い込まれてしまっている自覚すらある。


遠鬼なんかにも少なからずある特徴だ。

自分の人生をとある一つの目的の為だけに捧げると……

そう覚悟した者だけが持つ異常なまでの頑なさ。

どんな言葉をぶつけようと、巌のような頑強さで跳ね返されてしまう。


(やっぱり言葉じゃ駄目だ。理屈じゃ敵わない。

 だから、鹿野戸さんを説得するには……!)


力しかない。鹿野戸さんの企みを力ずくで打ち砕いて諦めさせるしかない。

その為に俺はここまで色々やって来たんだ。

澄を説得し、『山嶽王』を倒し、石英さんを仲間にし、羽膳の協力を取り付け、

そして……空を飛んでこの新坂に戻ってきた。


だというのに、いざ鹿野戸さんと対峙するとどうしても俺は躊躇ってしまう。

その理由も分かっている。俺と鹿野戸さんの目指すものは殆ど変わらない。


(人間の子供達が、幸せに暮らせる世の中になる事……)


俺達二人はそれを心から希っている。

だというのに……互いの存在理由すら賭けて戦うしか道が残っていない。

そんな事実を、ただ認めたくなかったからだった。


(でも……やっぱり、やるしかないんだな)


今更ながら、もう一度覚悟を決めなおす。

今ここで、鹿野戸さんの企みをぶち壊す。

必要とあれば側に控える岩童を殴り倒してでも鹿野戸さんに迫る。

それが出来るだけの意志と魔力が自分の中にあるのだと、信じるしかなかった。







「……なあ、鹿野戸さん」


昂った気持ちを落ち着けるかのように、俺は一息吐いてからゆっくりと言った。


「まだ、何かあるのかい?」


「……俺さ、澄と話をしたんだ。澄……知ってるだろ、

 俺と延老さんがいた集落を見張っていた女の子だ」


「……勿論知っている。そうか、報告が来ないと聞いていたが

 界武君達に捕らえられているのか」


「捕らえる? そんな事してないよ。

 今は……多分まだ延老さんと旅をしてるんじゃないかな?」


「『閃刃』と!? まさか……どうして?」


俺が何を訴えてもどこか余裕があった鹿野戸さんが、

ここで初めて余裕の無い反応を見せる。


「どうしてって……

 まあ、一番大きな理由は澄が延老さんを信じてくれたからだよ」


「毛人を……信じた!?」


「そうだ。それで……延老さんを見張る為って言いながらさ、

 それでも延老さんについていったよ」


「何を……しているんだ、界武君!?

 『閃刃』は数多くの人間を殺めてきた毛人の戦士だ。

 食べてきた人間の数とて文字通りに数え切れないだろう。

 そんな毛人に……澄を任せたっていうのか!?」


「でも! 延老さんはもう人間を食べないよ。

 俺を、人間を認めてくれたんだ! 食糧などではないと、言ってくれたんだ!」


「そんな薄っぺらい言葉で、過去の罪が……!」

「過去の罪って何だよ!? 戦場で敵を殺める事か!?

 そんなものお互い様だろうに! それに……人間を食べた事が罪か!

 そりゃあ人間の俺にとっちゃいい気のしない話だよ!

 でもなぁ……それでも罪じゃあないだろ!?」


人間の俺がこれを認めていいのかという疑問が残りはする。

魔族の考え方に寄り過ぎてるのかもしれないとは考えたりもする。

でも……俺は多分、この考え方をずっと変えないんだろう。


「人間を食べる事が罪だという価値観があって、

 悪い事をしているという自覚があって、それでもその行為を自分の意志で犯して!

 それで初めて罪悪感が生まれるんだ!

 そうじゃなきゃ……それを罪だと罰するなんて無理だよ、鹿野戸さん」


昨日握り飯を食べたとして、それが今日罪になったから罰すると言われて、

一体誰が納得してくれるのか……そういう事だ。


だから俺は思う。もしこの世界で人間を食べる事を止めさせようとするならば、

それを罪と断ずる以外の方法でなければならないんだと。


「だから……『閃刃』を許すと?」


「許すも許さないもないよ、鹿野戸さん。

 俺はこの世界がそういうもんだと割り切ってるだけだ。

 で、その上で将来は人間と魔族が争わなくてもいいようにしたいんだ」


「そんなふざけた事が出来ると思っているのか!?」


「少なくとも澄は信じてくれたよ! そして……俺に、託してくれた!」


託す、その言葉で鹿野戸さんは澄が俺に何を伝えたのか悟ったのだろう。

顔色が、途端に悪くなっていく。


「澄が知っている事は、もう全て君達に知られてしまっている、

 そういう事なんだろうね……」


「そうだよ。でも勿論澄を責めるのは止そうな。

 ……真実を知ってもなお魔族を憎む事すら辛いと泣く優しい女の子をだ、

 無理矢理に憎悪で染め上げて戦士に仕立てようとした鹿野戸さんの不手際だ」


「……なるほど、耳が痛い」


そう零して鹿野戸さんは力なく笑う。

多分、今の俺の言葉は鹿野戸さんにとって本当に痛かったんだろう。

そして勿論、澄の口から自身の企みのかなりの部分が露呈した事実も、

鹿野戸さんを存分に痛めつけたに違いない。


辛そうな鹿野戸さんを見て俺の心もキリキリと痛み出す。

でも……それでもまだ言わなければならない事がある。

俺と鹿野戸さんの言い争いを興味なさげに眺める岩童にチラリと視線を送っては、

なおも言葉を続けた。


「後さ……その後俺は石英さんにも会った」


「姉貴と!?」


ずっと黙っていた岩童が大きな声を上げる。

その大き過ぎる声に多少驚きはしたけれど、その岩童に答える形で会話を繋ぐ。


「そうだよ。岩童……俺達を探しに行ってくれたんだってな。

 行き違いになっちゃったけど、どうにか伝言見つけてさ、

 石英さん達と会う事が出来たよ」


「えっと、それじゃあ……」


「ああ、その時は遠鬼が俺と一緒にいた。

 アイツの目的はお前も知ってるだろ? そう、『山嶽王』と戦う為にだ」


「『山嶽王』様は……『同族殺し』と戦われたのか?」


「……凄い戦いだったよ。お前にも見せたかった。

 『山嶽王』は……全力を尽くして戦って、そして……悔いなく逝った。

 石英さんやお前、巨人族の村の人達に感謝してな」


それを聞いた岩童は黙ったままただ俯く。

今どんな想いがその心を支配しているんだろうか……。

多分それは言葉に出来ない程の何かなんだろう。だからこその沈黙だ。


「『山嶽王』が……そうか。では石英は今はどうしているんだい?」


ただ、今の話を聞いて鹿野戸さんの方は

黙っている訳にはいかなくなったんだろう。

遠鬼と『山嶽王』との戦いなんて、

鹿野戸さんの企みには組み込まれている筈が無いからだ。


(……ここから先は、鹿野戸さんも知らない筈の情報だ。

 隠さず全て伝えるのは相応に危険な賭けになるんだろうな)


これ以上は何も伝えない方が、

あるいは鹿野戸さんの企みにとって痛手になるのかもしれないし、

全てを伝える事で石英さん達の身が危うくなる可能性もあった。


でも……俺は躊躇わなかった。

全てをぶつけなければ鹿野戸さんの説得なんて無理に決まってるからだ。


「石英さんは……俺が説得した。だから今は俺達の仲間だ。

 そしてこの後は、石英さんの下にいる子供達を戦いから遠ざけて

 守ってもらおうと思ってる」


「石英までも……説得したと!?」


「そうだよ。

 鹿野戸さん……アンタは石英さん達の願いをしっかりと理解してなかった。

 『山嶽王』にただ戦ってもらうだけじゃ駄目だったんだよ。

 石英さん達は『山嶽王』に全てを思い出してもらって……

 その上で、戦士として戦って欲しかったんだ」


「だが『山嶽王』は……」

「服従印を書き換えたから過去を思い出せなくなってた筈だ……

 そうなんだろう、鹿野戸さん?」


「……界武君。君は……」


「あの細工は本当によく考えられてたと思う。

 『山嶽王』を戦士として立ち直らせる為には敗北の過去を書き換えるしかない。

 ただこの記憶の改竄には石英さん達に秘密にしておきたい副作用があった。

 反乱の敗北を勝利へと塗り替えたんだから、

 敗北した後に刻んだ記憶は『山嶽王』自身が否定するしかなくなる。

 石英さん達の事は、どうしたって思い出せなくなる……」


「それを見抜いて、『山嶽王』に過去を思い出させたと……言うのか」


俺は返事の代わりにと、懐から一枚の布切れを取り出した。

ついさっき厳容の後ろ首にあてた、服従印を破壊する為の切り札だ。


「そうだ。だから石英さんは俺の説得に応じて、この布を託してくれた。

 鹿野戸さんなら分かるだろう。この布に刻まれてる模様が何か!」


「……破壊印」


暗く、低い声だった。

鹿野戸さんは今、俺がこれまで何をしていたのかを完全に把握してしまったんだ。


「そしてこの破壊印を持った俺が新坂の守護屋敷にいる!

 答え合わせは済んだ筈だよな……鹿野戸さん!」


鹿野戸さんは弟子である石英さんには

澄の比じゃないぐらいに企みの全貌を話してしまっていただろう。

それらが全て俺の知るところとなり、

そして俺は衛蒼さんや羽膳と一緒にここ新坂にやって来た。


「もう既に厳容の服従印は破壊した後だよ!

 これでもうアンタの計画は完全に破綻したって事なんだ!」


こうなっては朝廷と幕府の全面戦争などもはや夢物語だ。

遠からず両者の誤解は解かれ、

謀略の主である鹿野戸さんへと全ての怒りの矛先が向く事になるだろう……。


「ここまでされれば流石に分かってくれるだろう!?

 鹿野戸さん……アンタは負けたんだ!

 だからもう……止まって、くれよ……!」

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