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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百七十一話 泣き顔

「つか……れた……」


服従印を破壊されて意識を無くした厳容を担ぎ穴だらけの廊下をそろそろと歩き、

壁に空いた大穴をくぐっては寝室に戻り押入れから布団を引っ張り出してだ、

そして担いだ男をそこに寝かせた後にため息と共に出た言葉だ。


痛む体を押して、人一人担いで、

それで今まで俺を散々に痛めつけてくれた男の為にここまでしたんだ。

肉体的な疲労もそうだが精神的なそれも相当なものだった。


(……呼吸は、してるな)


見た感じ、ただ寝ているだけのように見える。

耳元で大声を上げればそれで起きてくれるんじゃないかってくらいには。


さっきまで戦っていたとはいえ、俺が与えた傷なんてものは厳容に残ってない。

服従印を破壊した時の一回を除いて、

俺の攻撃など効かないか当たらないかのどちらかだったからだ。


(強かったな……ああは言ったけど、紙一重の差しかなかったんじゃないかな)


もしこの男が戦い慣れていたのなら、

俺の方が倒されていたとしても全く不思議じゃなかっただろう。

勝敗を分けたのはその程度のものでしかなかったんだ。


(遠鬼の言う事を認める訳じゃないけど……

 戦うっていうのは本当に強くなる為に必要なんだな)


そう思いながら俺は後ろを振り向く。

そこにはあの戦いからずっと

俺を拘束魔術から守り続けている魔力のおむすびがある。


(怖くはあったけど……

 これを維持したまま強化魔術を発動する事が出来た)


厳容の最後の一撃、あれを防ぐ為にはどうしたって強化魔術を使う必要があった。

原始魔術を維持したままでの強化魔術の発動、

というのは鍛錬でもあんまり上手く出来なかった技術の一つだ。

だからこそ最後まで躊躇っていた訳だが、結果としては上手くいった。


というか……恐らく次に戦いがあったとしても、俺は強化魔術と原始魔術、

双方を同時に使いこなす事が出来ると思う。

自信という奴だ。あの土壇場で完璧に成功させた体験が、

俺を強くしたのは間違いなかった。


「お~い! 起きてくれ! 死んでないなら起きろ!」


残念ながら成長の実感に浸ってる場合じゃないので

そんなありきたりな言葉を耳元で呼びかける。


いくら呼び掛けてもピクリとも動かないとかそんな怖い事にはならず、

幸いにも三度目ぐらいの呼び掛けにて頭を俄かに動かすと、

厳容は声から逃げるように寝返りを打った。


「寝てる場合じゃねぇんだぞ! いいから起きろ、サッサと起きろぉ!」


そう叫びつつ肩をバンバンと叩く。

ここまでやるとどんな寝坊助でも飛び起きるには違いなく、

厳容にしてもそれでようやく目を覚ました。


「よせ、起きる、起きるから……」


別に眠気から横になっていた訳じゃないせいか、

特に寝ぼけたような様子はなく意識ははっきりしてそうだった。

そんな厳容は上体を起こすと一度周囲を見渡してから、

こちらに胡乱な眼差しを向けてきた。


「……誰かな、君は?」


最初に同じような事を問われた気がする。

だから俺は自己紹介より先にこう聞いた。


「俺の事は覚えてねぇんだな?」


「覚えて……いや、会った事はないと思うのだが……」


「そっか、じゃあどこまで覚えてる?」


「どこまで……?」


その質問の意図が分からなかったのか、

厳容は壁に空く大穴に視線を向けては俺にこんな事を言った。


「あの壁の穴は何だ? 君がやったのか?」


「アンタだよ厳容さん。アンタがやったんだ。それも覚えてないのか?」


その俺の返事には驚きを隠せなかったか、

途端にあたふたと慌てだす厳容。


「私が……!? まさか、そんな……」


「悪いな厳容さん。後で時間が出来たらアンタの疑問には何だって答えるよ。

 でも今は時間が無いんだ。まずは俺の言う事を聞いてくれ」


目を見てしっかりと話す。

厳容の目は狼狽の色を濃くしながらも、その奥に理性の光が灯り始めた。


「……分かった、今は従おう」


「助かる。まず……衛蒼さんと羽膳は知ってるか」


「勿論。管領様と所司代殿だ」


「ならいい。その二人と一緒にアンタを助けに来たんだ俺は」







そして俺はただ貴方は逆徒に襲撃されて服従印を刻まれて色々やっていたと、

簡潔に知っている事実だけを伝えた。


「『山嶽王』に襲撃されたのは覚えてるか?」


「……そう言われると、何となく記憶に残っている気がする。

 だが……変だな。他人の記憶を盗み見てるようで実感がない」


「ならその後の記憶は? 服従印が刻まれた後のだ」


「それは……分からない。

 ただ、少なくともはっきりと覚えているものは何もない」


「……そっか。ちなみに体は? どこか痛いとか動かないとか……あるか?」


「いや、それは……大丈夫だと思う」


くねくねと身じろぎしながら厳容は言った。


情報をまとめると、厳容は印が刻まれていた間とその前後の記憶が

ごっそりやられた以外は服従印破壊の副作用がなさそうだった。

勿論、少し時間が経ってから都合が悪い部分が出てくるかもしれないし、

無くしたと思われた記憶も思い出せるのかもしれない。

ただ、どちらにしてもそれを確認するのは別に俺じゃなくていい。

他の誰かにお任せするとして、俺は俺の聞きたい事を聞ければそれでよかった。


(ただ……こうやって話をした感じだと、

 有益な情報なんてものは持ってなさそうだな。

 鹿野戸さんに関する情報は全て忘れているとなれば、

 これ以上何を聞いても仕方が無いか……)


今のこの人はずっと騒動の渦中にいた筈なのに何も覚えてない可哀想なおじさん、

程度の立ち位置にいる。ならば今は何もしないでもらう事が最善か。


俺が呼んでおいてなんだけど……ここにはそろそろ鹿野戸さんが来る筈で、

そうなった時にこの人がいても邪魔にしかならないからだ。


「大体分かった。ありがとう。

 じゃあ……この後アンタはこの部屋でずっと俺か羽膳か、

 もしくは衛蒼さんが来るまでじっと待っててくれ。

 魔力の霧をしっかり使いながら……出来るだろ?」


「それは出来るが……何か他に出来る事はないのか?」


「無い。何も無い。さっきも言ったけど今のこの町は

 丸々全て拘束魔術の影響下だ。

 アンタが何かしようとしてもまた操られるのが落ちだよ。

 騒動が落ち着くまではじっとしてもらうのが最善なんだ」


この人、厳容もこの国の守護様だ。

出来る事があるのなら何でもいいからやりたいと考える程度には

この新坂と丹波国に責任があるんだろう。


そんな人にはきつい言葉にはなったかもしれないが、

実際どうしようもないものはどうしようもない。


「……分かった。今は従う事にしよう」


厳容も事の重大さは分かっているようで、

ここで無理を言ったりはしなかった。

やっぱり、操られてたりしなければちゃんとした人なんだろう。

……人間を好んで食べるという悪癖を除いては。


「なら良かった。じゃあ俺はこの騒動を収めに行ってくるから。

 くれぐれも……この部屋を出ないようにな」


それだけ言って俺はこの部屋から出ていこうとした。

流石に、そろそろ鹿野戸さんがここに来てもおかしくないからだ。


「ちょっと待ってくれ」


部屋を出ていこうとした俺をそう言って止める厳容。


「何だ? 時間が無いんだけど……」


「君の名を聞いてない」


「ああ……そうだっけな。えっと……鬼人族の戦士、界武だ」


鬼人族……しかも戦士を自称するのはちょっと気恥ずかしさがあった。

だけどもまぁここはこう言うしかない。

今俺が実は人間でした、なんて言っても面倒事しか起こらない。


「分かった、カイム君だな」


その返事だけを受け取ってから、俺は部屋から出た。







駆け足だ。駆け足で屋敷の廊下を通り過ぎる。

服従印を破壊するのにこんなに時間がかかると思ってなかったからだ。

失った時間を考えれば、もうすぐそこまで鹿野戸さんが迫っていたとしても

何の不思議もない。

そうであるが故の駆け足だった。


「あっ……守護様は助け出したぞ!

 だけどもうちょっと待っててくれな!」


途中に厳容の居場所を教えてくれた役人が横たわっていたから、

その人にだけはそう声をかけておいたが。


そして俺は屋敷を飛び出す。急に屋外に出たせいか陽の光が目に刺さり、

目を細めながら外の景色を見渡す。


一見した限りでは……鹿野戸さんらしき人はいない。

どうやらまだ来ていないようだった。

もしくは……鹿野戸さんの方にここに来れない事情があるのだろうか。


(来てくれないとなると……俺の方から関に行かなきゃいけなくなるか)


厳容の服従印を破壊出来た今となっては別にそうする事に抵抗はなかった。

そう思いながら関の方に目を向ければ、ゆらゆらと揺れているあの旗が見えた。

描かれているのは鹿野戸さんの服従印……いや、何かおかしい。


(あの旗……一本だけ、近過ぎないか?)


ここから関へは結構な距離がある。

少なくともあんなにはっきりと旗の絵柄が視認できない程度には。


……旗の方がこっちに近付いてきている。

だがそもそもどうして、どうやって運んでいるのかまるで分らない。

俺には拘束魔術が効かない事を鹿野戸さんは知っている筈だから、

そういう意図であの旗を運ぶ意味は無い。

更にあれだけの大きな旗だ、

少なくとも子供達や鹿野戸さんが担いで運べる重さじゃない。


その内、ドスドスと小さな地響きが足元から伝わってくる。

その震えに何となく覚えがあった俺は、

徐々に見えてきた人影を見て何が起きているのかを悟る。


(……巨人族だ。この震えは石英さんが歩いている時に感じたものと似てる)


そしてこの少し離れた距離からもはっきりと見える人影に、

近付いて来る者の体格が常人のそれでない事も明らかだった。


「……岩童」


一度会った事があるから見間違えは有り得ない。

遠鬼と戦い破れ、それからは『山嶽王』の治療を頼む為にと

俺達を探しに出ていった石英さんの弟だ。


それがどうしてここにいる。どうしてあの旗を持っている。


(……いや違う。分からないんじゃない。

 俺は少なくとも岩童がここにああしていられる理由を知っている。

 ただ、それを信じたくないだけだ……!)


今のこの町で拘束魔術の影響を受けずに動けるとなると理由は限られてくる。

俺のようにそれを完璧に遮断する方法を身に付けたか、

もしくは……鹿野戸さんに服従印を刻まれたかだ。


岩童の巨体が屋敷の塀のすぐ側まで来た。

俺をチラリと睨みはしたが何の反応も見せずに、

ただゆっくりと塀の向こうの路地を門の方へと歩いてゆく。


俺にとっては巨大な壁でしかなかった塀は

岩童の下半身程度しか隠せてはいなかったから、

左肩に担いだ巨大な旗も、包帯に巻かれたままの右腕もはっきりと見て取れた。


旗を持っている以外は前に一度別れたその時のままの姿だが……

ただ一つの違いが、あの後ろ首に刻まれた服従印だ。


そうして岩童は守護屋敷の門の前に辿り着いた。

そのボロボロに破壊された門については何の感慨も抱いていない所を見るに、

あれは岩童自身がやったんだろうと気が付いた。


(一度ここに来た時に、入りにくいからと破壊しておいたのか……)


大きな門とはいえ、それは俺のような普通の身丈の者にとっての話だ。

岩童にとっては潜って通れるようなものじゃあない。


そして……岩童から少し遅れて、すらりとした細身の男がその姿を現した。

岩童と並べては小人のように見えてしまうが、

俺なんかよりもずっと背が高い事をよく知っているんだ。


「仲間を連れてきちゃ駄目だとは言わなかったけどさぁ……」


まさか岩童を連れてやってくるとは思ってなかった。

一人で来いとは言わなかった自分の迂闊さを悔やむ。


「……予感があった。

 もし君が生きていたらまた必ず俺の前に姿を現すだろうとね。

 ただ、まさかこの新坂に、空を飛んで来られるとは思わなかったよ」


鹿野戸さんの方でも俺のこの来襲は予想外との事だった。

まあそうだろう。空を飛んでここに来るだなんて

昨日の朝までは俺自身も想像すらしていなかったから。


「久しぶりだな、鹿野戸さん。また性懲りもなくアンタを止めに来たよ」


「……久しぶり。俺の方もまだ君を諦めた訳じゃない。

 どんな手を使ってでもだ、界武君……君に協力してもらう」


こういった所も俺達は似てる。互いに頑固者で……時間が経ったからと

考えを改め相手に歩み寄るような事はないんだ。

だから、結局俺達はここでも前の喧嘩の続きをする事になる。


……それを悲しいとも悔しいとも思わない。

だけどどうしてなのか、俺は澄の泣き顔を思い出さずにはいられなかった。

あの悲しい涙を思い出しながら……俺は罪悪感で窒息しそうになっていたんだ。

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