表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
170/198

百七十話 戦士とそれ以外の者

敵となった厳容について、俺は殆ど何も知らない。

石英さんが言うには魔力だけは相当なものらしいが、

それだけだ……みたいな話だった。


格闘術に優れているとか、何とかの魔術が強いとか、

鼠人族の種族特性は何だとか……

そういった情報をもっと手に入れておくべきだった。


だけど、もうこうなったらどうしようもない。


「くらえっ!」


狙ったのは顎だ。とにかく頭を揺らせば意識を奪える。

情報不足で、準備不足で、更に言うなら地力も鍛錬も足りちゃあいない。

それがどうしようもなく正しいとしてもだ、

この場では眼前の男を昏倒させる事さえ出来ればいいんだ。

あの男……厳容が思いの外弱かったとか、

偶々幸運に恵まれて攻撃が急所に当たったとか……

その程度の何かが一つあればそれだけで全ての不足が帳消しになるのだと。


俺はその場を一歩も動かずに、ただ厳容に向かって左拳を突き出す。

さっき吹き飛ばされたままだから厳容との距離は五歩以上離れているので

当然その拳が届く事は無い。だが……その拳から放たれた透明の拳は

俺の拳の重みを乗せて真っ直ぐに伸び、見事に厳容の下顎に突き刺さった。


以前鋼牙に打ち込んだ事もある拳の重みを乗せた一撃だ。

手ごたえはあった……あの顎が跳ね上がって、そのまま膝から崩れ落ちる、

そうあって欲しかったが……そうはならなかった。


おかしい。魔術の腕を伝って左拳に届いた衝撃は重かった。

厳容程度の小柄な男の顎なんかは軽く跳ね上げてもいい程に。

だけど……その厳容が、この一撃をまともに受けたのに微動だにしない。


「……何だ、これは? 一体何をした?」


殴られた筈の下顎をその毛むくじゃらな指で掻きながら、

厳容が冷たい視線をこちらに向けてくる。


(効いて……ないのか!?)


いや、効いていない筈がない。あの鋼牙の顎を跳ね上げた一撃だ。

その体格からいっても年齢からの推測でもだ、

この厳容が鋼牙よりも頑丈だなんて事は無い……。


(いや、強化……していたのか!?)


もし強化魔術を使っているのなら、確かにこの状況になるのも分かる。

でも……どうしてだ? 今の攻撃なんて不意打ちも同然だった。

この一撃を予め想定して強化魔術を使っておく……てのはどう考えてもおかしい。


「よく分からんが、お前は離れた者を殴る魔術が使えるのだな?

 であれば……距離を詰めるか」


そう言って低く身を屈めた厳容が一気にこちらに突っ込んでくる。


(……速い!)


近付いて何をされるか知れたものじゃない。

俺は自分の横に置いてあった魔力のおむすびを掴むと、後ろに跳んだ。


ただそこで直ぐにガタッという音と共に背中に届く衝撃。

……壁だ。狭い部屋だから、後ろも見ずに跳ぶとそりゃあこうなる。


(しまった……!)


痛む背中をさする暇なんてない。

もうすぐそこまで迫った厳容は低い姿勢から

伸び上がるように拳を振り上げてくる……!


(……ん?)


違和感があった。その拳の迫力は凄まじい……それは間違いない。

でも何かが違う。延老さんや羽膳の攻撃とは……何かが違うのだ。


その違いが何か分からぬまま、

先の一撃の意趣返しか俺の顎を狙ったその突き上げを首を傾けどうにか躱す。

厳容の右拳はそのままに俺が背にした土壁を砕き、

その破片が降りかかって思わず左眼を閉じた。


「ふんっ!」


荒い鼻息と共に厳容はもう片方の拳を振り上げては頭を狙って振り下ろす。

辛うじて開けてある右眼が何とかその拳を捉え、

透明の腕を伸ばしてどうにかそれを捌き切る。


グバンッと、今度は先の一撃とは逆の耳元で凄まじい音。

頭のすぐ横で厳容の拳がまたも土壁を砕いたのだ。

両腕を壁に突っ込んだ厳容が次に何を狙ったかというと……頭突きだ。

壁に押し付けられた格好の俺に向かって、頭から思い切り突っ込んできたのだ。


「うわあああっ!」


予想してなかったその攻撃に情けない声を出してしまう。

その頭を挟み込むように両手で防いではみたが、

相当に強化されているであろうその一撃の勢いは殺しきれず、

胸元でその一撃を受け止めるしかなかった。







……轟音と共に後ろに吹き飛ばされる。

土壁を突き破って俺だけが部屋の後ろの空間へと飛ばされる。

そこは屋外じゃあなかった。俺の下には木目の床があったからだ。


しかし……頭も、背も、胸も……もう上半身全部が痛い。

だけどももうこの程度の痛みで戦意を失う筈などなく、

直ぐに立ち上がっては魔力のおむすびを作り直す。


(厳容は格闘術が主体なの……か?

 じゃあ強化魔術を使った方が……)


そうしたいのだがそうもし辛い理由がある。

今この新坂で敵と戦うとなると魔力のおむすびを作っておく必要がある。

つまりは原始魔術を使いっ放しのまま強化魔術を発動しなければならない。


そう思って強化魔術の使用を躊躇いつつ

壁の穴の向こうにいる筈の厳容を睨みつけたが、不思議とそこには誰もいない。


(何処にいった……!?)


左右と確認するが細い廊下が伸びるだけだ。

それで……何となく感じた嫌な予感に視線を上に向けると、

廊下の天井に張り付く厳容がいた。


視線が合う……その厳容の瞳が赤く輝いているようにも見えた。

その瞬間に全身に走る悪寒に、

俺はそれを叩き落そうとかいったような考えは頭から吹き飛んでしまい、

ただこの場から逃げる事しか考えられなくなった。


シャッ、という鋭い息吹の音と共に全体重を乗せた跳び蹴りが降ってくる。

たまらず倒れこむような動作で廊下を転がり、紙一重で躱す。

廊下の床板が割れるけたたましい音に

撒き散らされた木片があちこちにぶつかる音が重なって俄かに騒がしくなった。


(天井なんて……そう簡単に張り付けるものか!?)


原始魔術を使ってならともかく、四肢の力だけでは俺なら無理だ。

手強い……のかもしれない。強化魔術を使わなければ戦いにもならない程に。


(魔力のおむすびは……まだある。いけるか……?)


以前この新坂近くの草原で訓練していた時だろうか。

あの時に春夜さんの助言を受けてからずっと、

それを参考に強化魔術と原始魔術を同時に使う練習は続けてきた。

だけど……この土壇場で、しかも原始魔術の中でもかなりの魔力を必要とする

魔力のおむすびを発動したまま……。


(強化魔術が……使えるのか?)


廊下の床に空いた大穴を睨む。厳容は……いない。

でも次は流石に予想が付く。床下から……ガサゴソと音がする。


「下かぁ!」


銀の魔腕を二本作り出してはもうこの廊下ごと叩き壊す勢いで

何度も床板を殴りつける。

先程散らばった何倍もの量の木片が辺りに飛び散るが……

残念ながら手応えは全く無い。ただ悪戯に廊下を壊しているだけだ。


(何処だ……!?)


焦る。というか……屋内の、こんな狭い場所で戦った記憶があんまりない。

それもあってか戦いにくいのに、厳容の方はこういった場所が得意なのか、

こうも軽々と翻弄してくる……。


場所を変えたいと辺りを見渡したその時、

厳容が床に空いた穴から飛び出してくるのを視界の端に捉えた。


「そこかぁっ!」


銀の拳を打ち放つ。


流石にあれだけ近場の床板を破壊したからか、

厳容が飛び出してきた穴は俺から結構離れた場所にある。

あそこからなら厳容は俺を攻撃できない筈だ。

更に……床は穴だらけで走って近付くなんてどう考えても無理だ。

つまりはあの厳容にはこちらに近付く手段が無い。


(この距離から一方的に打ちのめすっ!)


そう思ってもう一本の銀腕も打ち放とうとしたが……

厳容は床を走るではなく、どうやったのか壁に着地しては

そのまま重力を無視するかのように壁を駆け上がって一気に俺に近付いてきた。


「なっ……速っ!」


意表を突かれた……!

慌ててもう一本の方は攻撃ではなく防御の方に回す。

右肩から延びる銀の腕を大きく盾のように広げる。


「むっ……!?」


厳容もこの急に展開された盾に驚いたらしく、

壁を駆け上がってきた勢いのままに跳び蹴りを打ってはみるが、

その衝撃を殺された事を知ると壁に飛び移ってはまたも天井に張り付いた。


「……原始魔術をそのように使う者は初めて見るな」


褒めるというよりは、呆れたとでも言いたげな表情で厳容が言う。


「……俺も、そんな風に壁やら天井やらを動き回るのとは初めて戦ったよ」


俺のこの言葉は皮肉とかじゃなくてただの本心の吐露だ。


「鼠人族はこのような場所が得意なのでな……」


厳容は天井に張り付いたまま怪しく笑う。


という事は狭い場所で素早く動けるというのが鼠人族の種族特性なのだろうか。

だとしたら……状況は良くない。


(そう……良くない筈だ。良くない筈……なのに……)


不思議だった。緊張感が薄い。

延老さんや羽膳と戦った時に肌で感じたような……

ヒリヒリする程の緊張感が無いのだ。


「……なあ、厳容さん」


「なんだ?」


頭突きを受けた胸には多分大きな痣が出来ているだろう。

もしかしたら骨まで痛めているかもしれない。

でも軽く撫でただけで感じる鋭い痛みも、やはりあの緊張感を喚起させない。


だから俺はこんな事を言ってしまった。


「厳容さん、もしかして……アンタ、あんまり強くないのか?」


「な、何を馬鹿な事を……! お前の方が一方的にやられているではないか!」


余裕を見せていた厳容が、この言葉を聞いて途端に怒り出す。


「いやまぁ……そうなんだけど。でも……よく考えたらさ、

 アンタの強さって要は人間を食べて得た魔力じゃないか。

 借り物の魔力だ。戦闘経験もあんまりなさそうだし……」


挑発している訳じゃない。

俺はただ、戦いが始まってからずっとあった違和感を言語化しているだけだ。


「それってさ、結局アンタ自身の強さでも何でもないんじゃないか?

 魔力はあるんだろうさ。その強化魔術も大したもんだと思う。

 でもさぁ……魔術ってのは、意志の力なんだよ」


「だから……だから何だというのだ!」


「その強化魔術に乗せる意志が弱いと思うんだよ。

 そうだ……そうだよ。どれだけ魔力が強くても、

 その魔力に意志が伴わないのなら魔術はそこまで強くはならない!」


合点がいった。

そうだ、延老さんや遠鬼、後は……羽膳の奴もそうかもしれない。

魔族の戦士を自称するああいった強者は、

当然その攻撃の一つ一つに強い意志を籠めている。


「厳容さん、そういやアンタ……『山嶽王』と戦った時、

 震えて何も出来なかったらしいな」


正しくは、眼光一つで抵抗の意志を無くしてしまった……だったか。

石英さんの言葉が今はよく理解出来る。


「そっそれが……どうしたっ!」


「いや怒らないでいいよ。気持ちはよぉく分かる。

 あんなのが出てきて戦えって言われたらそりゃあ怖いだろうさ。

 でもさぁ……それでもアンタの護衛は戦ったんだろ!?

 そして遠鬼も延老さんも……多分、羽膳の奴も戦いから逃げたりはしない!」


そこが、戦士とそれ以外の者との違いだ。

どれだけこの厳容の魔力が強かろうとだ……

戦いからは絶対に退かないという固い意志を持つ魔族の戦士には勝てる筈が無い。

意志の、強さが違うのだ。


「ただ魔力だけならアンタは俺よりずっと強い。

 でも戦士じゃないアンタじゃあ俺には勝てない。

 厳容さん、今ここにいる俺はただの人間の子供だ。だけど……戦士なんだよ」


「何を偉そうにっ……!」


これ以上俺に喋らせる気は無いらしい。

厳容は天井から飛び込むように俺の方へと突進してくる。

さっきは意表を突かれたせいか逃げる事しか出来なかったその一撃も、

相手の強さの質が知れた今となってはそこまで怖くもない。


厳容の全体重を乗せた左拳、それを強化した右腕でいなす。

頭を狙ったであろう拳が俺の耳のすぐ側をすり抜けてお互いの肩がぶつかる。


「ああああっ」

「シャアアアアッ!」


次に厳容が振りかぶるは右拳。

振り下ろされるその拳が伸び切る前に左手で掴み取る。

 

「お、おのれえええっ!」

「強化が弱いぞ厳容さんっ! だから俺でも止められるんだよ!」


「ならばこれではどうだぁっ!」


上体を大きく反り上げる。

最初に放ったような頭突きを打ってくるつもりだ。

痛めた胸にもう一度あれを受ければ、

今度こそ俺の胸は骨ごと砕かれるだろう……。


だが……振り下ろされた頭が俺の胸に届く事はなく、

それどころか空中で完全にその威力が吸収されてしまっていた。


「なっ……何だこれは!?」


「魔力の枕……空気を貯めこんだ原始魔術の袋だよっ!」


そして俺は動きの止まった厳容の頭を右脇に挟んで締め上げる。


「ぐっ……ぐううううっ……離せっ!」


暴れる厳容だが、きつく頭を締め上げられているからかその抵抗も知れたものだ。


「一度見せた攻撃をそのまま放つ不注意さも良くないぞ。

 だから言っただろう……アンタは、戦士には勝てないってなぁ!」


左手を懐に入れて取り出したのは破壊印だ。

俺の眼下には、右手一本で頭を締め上げられている厳容が……

そして、その後ろ首が晒されている。


「いいか、死ぬなよ厳容さん、頼むぞっ!」

「なっ……何をする気だ!?」


破壊印を厳容に刻まれた服従印にあてる。

そして……一気に魔力を流しこんだ!


「があああああああっ!」


その厳容の叫びと共に、後ろ首に刻まれた服従印から赤黒い光が溢れ出す。

視界を覆うように広がるその赤い光に俺は、

月陽の服従印が解除されていく場面を思い出していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ