十七話 延老
現状、長門国を除いては人間は食糧でしかない、という事だ。
その事自体許せるもんじゃないし、出来ればそんな世界はぶっ壊してやりたい。
だが、どうすればいい? ……いや、それが分かったところでこの少女が
食べられるまでにどうにか出来るもんでもないだろう。
荷台の上で揺られながら、少女の方を盗み見る。
どうやら座りながらうたたね中のようで、荷台の振動に合わせて
頭がゆらゆらと揺れている。……呑気なもんだ。
俺があの牧場で目を覚ましてから半月以上は経っただろうか。
この世界の至る所に牧場があるそうだから、この半月で食べられた人間も
結構な数になるんだろう。俺の知らない所で今日も多分何十人という
人間が食べられてる。この少女はその内の一人というだけだ。
そう、偶々俺の前に現れたというだけで。
(俺の手はそんなに長くない。全員を救う事なんて出来やしねぇ。
それどころか……この少女一人救う事だって多分無理だ。
遠鬼はともかくあのじいさんを欺かないといけねぇし、
それが出来たとして……どう逃げる? 水、食料はどうする?
今は駄目だ。魔族に匹敵する強さや仲間を手に入れないと……)
そしてそれはいつ来るのか。
……ここで考えるのを止めた。
何の解決策も浮かばずただ怒りを溜め込むだけってなら、しない方がマシだ。
あれから老人と遠鬼の間で、最寄りの村までご一緒しよう、
という話に落ち着いていた。だから俺はこうやって荷台に座り、
遠鬼は手綱を握る老人の横で何か話してる。その老人はエンロ―と名乗った。
確か、延老という字だったはずだ。ただその言い方が……。
「今は、延老と名乗っております」
といった感じで何やら含みを持たせていたので、本名は違うのかもしれない。
名前を隠すような奴が怪しくない筈もなく、その後のこっちの自己紹介でも
この延老という老人はやらかしてくれた。
「俺は遠鬼、こっちの小僧は界武。今は西へ向かう旅の途中だ」
「遠鬼……殿ですか? 失礼」
そう言うや否や延老の腕が素早く振られ遠鬼の前で止まった。
いつの間にやらその手には長刀が握られており、
その剣先を遠鬼が右手で摘まんでいる。
あの一瞬、何の殺意も見せずにいきなり遠鬼の首を刎ねようとしたらしい。
畑に鍬を入れるが如く気軽に他人に武器を振るう。それが信じられない。
「……なるほど、確かに遠鬼殿ですね」
たった今殺そうとした男へ向けてにっこりと嬉しそうに笑う。
「そう言った」
殺されかけた男もそれを何とも思ってないようだ。
遠鬼が剣先を離すと、延老は静かにそれを鞘に納めた。物騒な挨拶だ。
「では左衛門佐殿……と呼んだ方がよろしいですか?」
「遠鬼でいい」
「……ん? サエモンノスケって何だ?」
聞き慣れぬ名前で呼ばれた遠鬼にその事を聞いたが……。
「気にするな」
その一言で面倒そうに流された。まあ、別に遠鬼の別名はどうでもいい。
大事なのは話に割り込む機会が出来たという事。
「じゃあ気にしない。それはそれとして、あの子に名前はあるのか?」
そう、もしあるのなら少女の名前を知りたかった。
「さあ……聞いてませんな」
ある程度は予想してた返事に、失望を隠しつつ軽く返事をした。
「ああ……そう」
こうしてお互いの紹介が終わって今に続いてる。
俺の印象としては……極力関わり合いになりたくない、だった。
延老と合流して最初の夜は野宿となった。
街道から少し外れた森の傍で腰を落ち着け、焚火に火を灯す。
延老が言うには、村には明日には着くとの事だ。
この角付き額当ての効果が村でも発揮するのかちょっと不安だったが、
延老には特に不審がられてないようだ。夕食は延老が雑穀を、
遠鬼が山菜と猪肉を持ち寄っての雑炊となった。
久々に雑穀が食べられるという事で俺は少し嬉しかったが、
少女はまるで興味が無いようだった。
その理由が知れたのは実際の夕食でだった。
少女は俺達と鍋を囲むでもなく、見たことが無い大粒の穀物と少しの野菜、
そして水を少々手渡され、何も言わずに口に運んでいた。
「あの子は俺達と一緒に食べないのか?」
遠鬼に聞いてみる。
「最高級品、らしくてな。食べるものも決められてるんだと」
つまらなそうな口調だ。その言葉に引っかかりは感じるものの、
冷遇されているという訳でもないらしい。実際少女の食べてるものは、
今グツグツと煮えている猪雑炊よりもずっと高価なものらしい。
(やっぱりそれは最高級品だからか? 餌の質も上等だと……)
後で、延老の目を盗んで猪雑炊を差し入れよう。
せめて食べ物ぐらいは自由に食べてもいい……そう思ったから。
「そう言えば左衛……いえ失礼、遠鬼殿。近頃は勇名高き他人と偽って、
ならず者を集めては村や旅人を襲う卑劣漢が
多くのさばっているのをご存知ですか?」
夕食中の雑談で、延老がそんな話題を切り出した。
「確かに沢山いたな、俺も随分やられた」
「ああそうでしょうとも。去年など私は遠鬼殿を六回は斬ったかと」
「それでさっき斬りつけた訳か」
「はい、三人目ぐらいから言葉で確認するのも面倒になりましてな」
延老は哄笑する。このじいさんは本当に大きな声で笑う。
「遠鬼、お前何したんだ……」
過去の所業は知らないが、名前を騙られる程度の事はしてきたらしい。
「おや、界武君には遠鬼殿の武勇を教えてはおらぬのですか?」
俺が何も知らないのを不思議に思ったのか、延老が尋ねてくる。
「教える事などない」
「つまり後ろめたいって事だな」
弱点発見だ。聞きだせるなら聞きだしておこう。
そう思ってたが、この企みが気取られたか強引に話題を変えられた。
「そんな事はどうでもいい。それよりだ……
俺は延老などという男を聞いた事が無い」
俺の言葉を流して、遠鬼は延老に話を投げる。
「このような老骨に、何の武名もありませんので」
「あの刀の冴えを見せられては、信じられん」
「ハッハッハ……。あの遠鬼殿にそう褒められるのは光栄ですな」
「老齢の竜人族の剣士で数多の武名の持ち主、俺は一人知っているが」
延老はちょっと困ったような表情で笑う。
「今の私はただの延老でして……ご容赦願えないですか?」
「それで構わんが一つ頼みがある」
「はて、何でしょう……?」
「勝負を挑みたい」
(また……この戦闘狂は何を言い出しやがる)
今の今まで一緒に鍋を囲んで雑談をしていたのにだ。
恐らくは、遠鬼は延老の戦いぶりを見てから
ずっと勝負を挑みたがっていたんだろう。
道理であっさりと延老達と同行する事にした訳だ。
そして……今回は幸か不幸か、勝負を挑まれた方も恐らく戦闘狂だ。
好々爺然としていた延老は今、猛々しい笑みを浮かべていた。
「困りましたなぁ……。逃げ出したくはあるのですが、
私も古き掟に従う身でして……」
雑炊をすすり終えた老人が、刀を手に取り立ち上がる。
「六人も遠鬼を斬ってるんだろ……今更七人目から逃げることも無い」
金棒を担ぎ、遠鬼も腰を上げる。
「……やるならここから離れてくれ。鍋に砂でも入ったらどうする」
既に呆れ果ててる俺としては、突っ込む気にもならないから、
せめて食事の邪魔をしないで欲しいとだけ伝えた。
しかし……いっそ同士討ちにでもなってくれないものか。
そしたら少女を奪って二人で長門国を目指すのに。
(……そうだ、それがいい! 同士討ちなら最高で、
遠鬼が勝てば少女を貰っていけばいい。
延老が勝ったとしても、深手を負ったなら少女を奪って逃げられる!)
争え、もっと争え……そう心の中で念じていると、
俺の上着が掴まれ体を揺らされた。あの少女だ。
視線を向ければ、何やら慌てて遠鬼達の方を指差している。
「心配しなくても大丈夫だよ」
俺は優しく少女にそう言った。
少女はその俺の言葉に安心したかのように一息ついて微笑んだ。
その言葉を大事にはならないよ、とでも解釈したか。
勿論そんな意味じゃなく、どういう結果になろうと少女にとって
悪い方には転がらない、という意味での大丈夫なんだが。
そして俺の言葉に従ったわけじゃないだろうが、
遠鬼と延老は焚き火から森側に二十歩程度進んだ場所まで移動していた。
延老は長刀を両手で握り中段に構え、遠鬼を正面に見据えている。
一方の遠鬼は構えらしい構えも取らず、右手に掴んだ金棒をだらりと下げている。
そして……これから始まる勝負に俺は軽い興奮を感じていた。
この薄暗い夜の闇の中で行われる一騎打ち。
その一挙手一投足も見逃すまいと食い入るように見つめる。
正に一触即発のその時だ。遠鬼達の更に向こうの森の中で、
一斉に十を超える炎が灯った。それと同時にいくつもの雄叫びが響く。
「勝負はどうやら、次の機会にお預けですな」
延老が炎の方を向いて構える。
「つまらん」
遠鬼は金棒を担ぎ、半身だけそちらに向ける。
雄叫びが未だ轟く中、森より一人の男が松明を持ってやってきた。
「お前ら! 俺こそは今巷で噂の牧場荒らしだ! 知っていよう、
この辺では無敵と恐れられた全牙、鋼牙の兄弟を!
その二人を殺めて黒樹林の牧場を荒らした張本人が俺様よ!
死にたくなかったらそこの人間を置いて立ち去るがいい!」
その声に呼応して、森から続々と男の手下らしき者が松明を掲げて現れた。




