百六十八話 別の目的
(……考えろ!)
どうにか不時着に成功したのはいいけども、
到底安心できるような状況じゃなかった。
(まず……鹿野戸さんの居場所だ。
そこに向けて魔力のおむすびを置いておかないと、
拘束魔術を無効化できない……!)
鹿野戸さんから放たれる不可視の魔力光線……それが拘束魔術の正体だ。
だから鹿野戸さんと俺の間にそれを屈折させるおむすびがないと
妨害効果は発揮されない。
ついさっきまで空を飛んでいたから今何処にいるか大まかには分かってる。
不時着した場所は新坂の中央より少し左寄りに外れた場所だ。
そしてこの新坂で鹿野戸さんが控えていそうな場所は……。
(あの三本の旗が立った新坂の関、もしくは……守護屋敷か!?)
それは推測というよりはもう直感に近かった。
だけどもとにかく次の命令が放たれるよりも
先に魔力のおむすびを作っておく必要がある。
今必要なのは精度よりも速度……
だからとその透明の三角柱を二つ……それぞれ守護屋敷と関の方へ向けて作った。
……拘束魔術の影響は、今の所感じない。
ならば今はこれでいいとしよう。他にも考える事は一杯あるからだ。
(次は……辺りの調査。羽膳が打ち落とされたはずだから、
助けに行った方がいいよなぁ。となると……)
「あっちだ。あっちに落ちてきてた!」
「急いで……でも絶対に一人で近付くなよ!
凄い原始魔術を使うって話だから……」
その時いくつかの高い声が聞こえてきた。
声の主はまず間違いなく鹿野戸さんに付き従う子供達だ。
着地の際の土埃も晴れない内にコソコソとその辺の路地に逃げ込む。
まだ見つかっちゃいけない。これからどうすべきかの検討が済んじゃいない。
(こうなると……羽膳と合流するのは後か)
まさかあの子供達と戦う訳にはいかない。
そんな子供達に見つからずに羽膳を探すとなるとこの新坂っていう町は結構広い。
だからと俺は早々に羽膳を探すのを諦めた。
(まあ、アイツの事だからあれぐらいじゃ死なねぇだろうし、
魔力の霧も使えるみたいな事言ってたからな。
それに、そもそも俺よりも強い筈だし……)
心配する必要自体が無かったように思う。
羽膳なら一人で勝手に何とかするだろうと決めつけて、
ならば俺は次何をすべきかを考える。
(鹿野戸さんがここにいるのなら、守護の服従印をどうこうするよりも
鹿野戸さんを見つける方が先じゃないか……?)
鹿野戸さんを説得する事さえ出来れば何もかも解決する筈だ。
俺自身それが不可能に近い事は分かってはいるんだけど、
それでも目の前に可能性が見えたのならそれを考えずにはいられない。
(というか、説得は無理でもせめてここからは出て行ってもらわないと
大変な事になるよな……。
この魔族の町である新坂に鹿野戸さんがいるって状況自体が不味い。
あの人は人間以上と言ってもいい程に魔族を憎んでる)
もしこの町中で戦うとなったら周りの被害など歯牙にもかけやしないだろう。
そうなるとこの新坂の町がどんな事になるのか、想像するだに恐ろしい。
そうして考えながらもすり足で路地を移動していた時、
一枚の麻布が落ちていたのを見つけ何となく拾い上げた。
そこに描かれていたのは、鹿野戸さんの服従印……。
あの関に掲げられた旗と同じものだ。
(……というか、鹿野戸さんの準備が良すぎやしないか?)
あの旗といい、ここにある麻布といい……
ただ俺や羽膳の侵入を防ぐだけならこうまで手間をかける必要なんてない。
こっちは殆ど無警戒でこの町に飛んできたんだ。
あの大きな旗の一本でも立ててあればそれだけで罠としては十分だったろう。
というよりもだ、大きな旗を三本も、それにこの麻布……
これらには出来るだけ多くの住民に拘束魔術をかけようという
意図があるようにしか思えない。
(つまりは……あの旗は俺達への罠として用意された物じゃあない)
元々鹿野戸さんはこの町で俺達を迎え撃つ気なんて無かったんだ。
別の目的でこの町に潜伏したはいいものの、
そこにすぐ衛蒼さんが帰ってきてしまった。
だから鹿野戸さんは臣錬って人に衛蒼さんを足止めさせておいて、
急いでこれだけの仕掛けを用意したんだ。
(新坂の町を鹿野戸さんの拘束魔術で支配する為の……仕掛けをだ)
そしてそれすらも俺達が空から新坂に侵入した事で
中途半端なままにするしかなかった。
本来であれば極力目立たずにこの印を人々の目に焼き付けておいて、
新坂の民ほぼ全てを魔術の影響下に置いた確信を得てから
動きたかったんだろうと思う。
でも鹿野戸さんはただでは転ばなかった。
その仕掛けをあろうことか俺達への罠に流用したんだ。
その目論見は見事に当たり、羽膳は打ち落とされて俺もこの通りだ。
(これだけの判断を咄嗟にするとなると……
鹿野戸さんが今いるのは新坂の関だ)
あの旗を俺達への罠として掲げようという判断は
子供達に出来るものじゃない。
その場……新坂の関に鹿野戸さんがいなかったら、
間違いなくこうはならなかっただろう。
強い確信を得た俺は
守護屋敷に向けて作っておいた魔力のおむすびをかき消した。
……拘束魔術の影響は感じない。つまりはそういう事なんだろう。
ここで俺に与えられた選択肢は二つ。
鹿野戸さんを説得する為に新坂の関に向かう……
もしくは、守護屋敷に潜入して守護の服従印を破壊する。
(正直……どちらもやらない訳にはいかない。
だってのに関も守護屋敷も場所が離れすぎてる。
どうにかして一か所に集まってもらえねぇかなぁ……)
そこでハッと気づいた。
一か所に集まってもらうというのは悪くない案だと。
守護は大怪我を負ったままだろうから動けないかもしれないけど
鹿野戸さんなら別にそういう事は無い。
(鹿野戸さんを守護屋敷へと呼び寄せておいて、
俺はその間に屋敷に行って守護の服従印を破壊しておけばいい。
もしかしたら羽膳の奴も屋敷の方にいるかもしれないし、
そうなったらいい事ずくめだ……!)
「見つかったか!?」
「いや……あっちにもいなかった。そっちの方はどうだった?」
「こっちも駄目だ。そもそもまだ動ける人もそれなりにいるし、
もっと一杯麻布撒かないと……俺達の方が危険だよ」
「でも凪さん達はもう一人の方にかかりきりだろ?
やっぱり危険を承知で俺達がどうにかしないと……」
大通りの一角で話し合う子供達がいた。
それを見て俺は少し安堵する。
逃げ回っていた時は見つからないようにと思っていたけど、
こちらから探すとなると意外と大変だったからだ。
「おい……いや違うな……えっと、こんにちは」
そう声をかけながら俺は路地から顔を出した。
警戒させないように、そう思っての作り笑顔とこの挨拶。
あの子供達もこれで俺に害意が無い事を分かってくれるだろう。
「なっ……!」
「いた! 見つけた!」
「分かってるよ! 自分から出てきたんだろ!?」
俺を探していたと思われる三人の男の子は非常に騒がしい。
出てきた俺を指差してひとしきり騒いだ後、
警戒を崩さないようにとそれぞれの武器に手をかけた。
「いや……ちょっと待ってくれ!
戦う気は無いんだよ、分かるだろ?」
笑顔を崩さずに、何も持たない両手をひらひらと振って無害だと訴える。
「というかさ、俺の事知ってるんだろ?
鹿野戸さん……先生から聞いてないか? 界武って言うんだけど……」
俺の名前はそれなりに効果があったと見える。
矢を番えようとした手は止まり、
三者三様に困惑を含んだ表情を見せつつも会話に応じてくれた。
「知ってる。先生に言われて探しに来たんだから」
「凄い原始魔術を使うって聞いてる。後は……」
「青や鉄達を助けてくれたって」
(そうか……やっぱりそうだったか!)
子供達の言葉を聞いて、俺の予想が合っていた事を知り嬉しくなる。
鹿野戸さんは俺を探していた……ここまではいい。
では何故探していたのか。これも今の言葉を聞けば分かる。
鹿野戸さんは子供達に、
俺に対して肯定的な印象を与えるような説明をしたんだ。
その理由は勿論子供達が俺こと界武に良い印象を持つようにしたかったから。
つまりは……。
(鹿野戸さんはまだ、俺を仲間にしたいと思っているんだ)
そういう事になる。であればこの俺の言葉も聞き入れてくれる筈だ。
「そうそうありがとう! その界武だよ!
だから勿論皆に攻撃する気なんて全くない!」
「それなら……いいけど」
「え~あの~……ほらさ、
見つけたんだから先生の下に連れていかないと」
「痛っ……脇を押すな! 分かったよ……俺が話をするから……」
そうして三人の内の一人が少し前に出て俺に行った。
「界武……さん? あのさ、先生が呼んでるんだけど……
あの、だからさ、一緒に来て……欲しいんだけど」
その言葉に俺は笑顔で応じる。
「勿論いいよ。俺も先生と話したかったんだ。
でもさ……ちょっと色々あってさ。
先生と会う場所は俺が選びたいんだ」
「え!? いやでも、そういうのは……」
「大丈夫! 先生に言ってみてくれ。
多分言う事を聞いてくれる筈だからさ!」
後はもう勢いで押し切る事にする。
ここで子供達と会話をしている姿を羽膳に見られるだけでも
あまりいい事にならなさそうだから、サッサと終わらせたかった。
「先生に伝えてくれ!
俺は先に守護屋敷に行ってる!
そこで待ってるから会いに来てくれって!」
それだけ言い捨てると返事を待たずに駆けだす。
「ちょ、あの……」
「守護屋敷だ! 守護屋敷だからなぁ! 頼んだぞ!」
後ろからの声を更なる大声でかき消し、俺は守護屋敷へと駆ける。
(これでいい。これで多分……鹿野戸さんは屋敷へと来てくれる。
後は……)
走りつつも懐に手を忍ばせる。
そこには石英さんから預かった破壊印がある。
(コイツで鹿野戸さんの計画全てをひっくり返してやる!
その後なら……俺の説得にも応じてくれるんじゃ……ないのか!?)
その願いと共に、
俺は物言わぬ人々の群れをかき分けて守護屋敷へと急いだ。




