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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百六十六話 墜落

「衛蒼殿……! かの鳥人族を何故馬車に隠しておられた!?」


自分の部下に一撃入れて新坂へと飛んで行った二人組を睨みつけてから、

臣錬はその上司であろう衛蒼に向けてがなり立てた。


「右衛門佐殿……そう大声を立てられるな。周りの者が怖がっているではないか」


その衛蒼は慌てる素振りすら見せずに悠々と構えてはいる。

だがその心中は一つの疑念に満ちていた。


(別に咎める気は無いが、何故右衛門佐殿はこうも横柄なのだろうな……)


まず、普段の臣錬であれば衛蒼殿、とは呼ばない。

若いとはいえ将軍に次ぐ管領職にいる衛蒼だからと、

管領様……そう呼ばれていたと記憶している。


また、楼京にいた頃は言葉の節々に棘を感じる事はあったが、

こうまで大声で怒鳴り散らすなんて事は無かった。

それは当然と言えば当然である。

そんなものは部下とか目下の者に対しての態度だからだ。

幕府管領に対してそのように振る舞う者など、

楼京においては征夷大将軍以外にいないのだ。


(つまりは、私が新坂を離れたほんの僅かの間に

 右衛門佐殿がこうも態度を変えるような事が起きたという事になるが……)


果たしてそれは何だというのか……それが分からない。

ただ朝廷への反逆者だと吹き込まれただけならば

このような態度にはならないだろうと思う。

もしそうであったとしたら、この新坂にいる百余名の魔王軍と臣錬だけでは

衛蒼たった一人を取り押さえる事も出来ないからだ。


(だから、右衛門佐殿がこのような態度を取る……

 私を下に見るという事はだ、私がもし力に任せて反抗したとしても

 それを鎮圧し得る手段を得た、という事ではないのか?)


その手段とは何か。まさかこの短期間に臣錬が急に衛蒼を凌ぐ強さを手に入れた、

という事は無いだろう。とすれば……。


(……いや、今更考えてももう遅いな。

 ひとまず今は右衛門佐殿を引き留めつつ羽膳の報告を待つしかない、か)


そう考えて懸念を一度振り払う。

そして今は当初の計画通りに事を進めようと臣錬に声をかける。


「右衛門佐殿。とにかく今は羽膳の報告を待ってはくれないか。

 それで貴方が持っているであろう疑惑の全てに説明が付く筈なのだ」


「報告……だと!?

 一体奴が新坂で何をすると……!」


「いやな、これは信じてもらえないと思って伝えていなかったのだが、

 どうも羽膳の調査によると厳容殿は既に逆徒の手中に落ちてるようでな」


それを聞いた瞬間に表情が変わる臣錬。

さっきまで怒りのあまり血管を浮かび上がらせていたその怒り顔が

一気に感情が抜け落ちたかのように真顔に戻り、

目だけを動かしてギラリと衛蒼を睨みつけてくる。


「……どこまで、聞いている?」


あまりに意外過ぎるその反応に返事。

そしてその後新坂の関に掲げられたものを見て、

衛蒼は自分の対応が決定的に間違っていた事を知る。


目にしてしまったのだ。

臣錬の反応に不信感が頂点に達したその時、

急にざわつき始めた周りを囲む人々……

その幾人かが指差す方向を衛蒼も見てしまったのだ。


「……あの、旗について……右衛門佐殿は何かご存じか?」


新坂の関には、大きな旗らしきものが三本も掲げられていた。

遠目からもはっきりと見えるほどに大きなその旗……

それらに描かれた紋様は皆同じ。


その巨大な服従印が、衛蒼の目にも焼き付けられてしまったのだ。


「さあ……あれが何であれ構わないではないか。

 どうせ貴様もすぐに駒になり果てるのだ」


そう笑う臣錬の後ろ首……襟の高い狩衣のその奥に、

鈍く光る紋様を衛蒼は見た。







「つ……翼がっ!」


羽ばたく事が出来なくなると途端に高度が保てなくなる。

それでも羽膳はどうにか体勢を整えて空中に留まろうと試みる。


「魔力の霧だっ! あれで抵抗出来るようになる!」


そう叫ぶ界武の声が後ろから聞こえる。

不思議と界武自身はまるで影響を受けてなさそうだった。


「霧と言ってもだな……飛んでる間は難しいっ!」


魔力の霧を使えるには使える。だが霧は風に飛ばされるものだ。

だから飛んでいる間はそれで身を守る事は出来ず、

その代わりにと防壁の魔術を身に付けた羽膳であった。


「守護屋敷まではまだ距離があるが……一度降りるぞっ!」


そう言って着地しやすそうな場所を探して視線を下げた羽膳に

再度界武の声が飛ぶ。


「羽膳……前! 前を見ろっ!」


その声に再度視線を前に戻せば、大きな矢が眼前に迫っていた。


「があっ!」


かろうじて起こせた突風で矢を逸らせはしたものの、

それは胸を貫く代わりに右翼の付け根に突き刺さる。


(……やられた! 拘束魔術の足止めもこの矢を当てる為の布石かっ!)


こうなってはもう着陸どころの話ではない。

羽膳は立て直せたばかりの体勢をまたも大きく崩し、

そのまま新坂大通り沿いの一角にある屋敷の屋根に墜落した。


「羽膳っ……大丈夫かっ!」


まだ空に浮いている界武が声をかけるが、それが聞こえたとも思えない。


「というか……俺も危ないかっ!」


次に矢に射られるのは自分だと感じた界武が止むなく翼をかき消した。


「……またあの降り方をするのかよぉ!」


そう叫びながらも界武は両手を眼下に突き出す。

そうして新坂の街中に大きな砂埃を巻き起こしながらも

どうにか地面に転がり落ちた。







「つぅ……痛い……」


低空飛行していた事もあってそこまでの高度が無かった。

それに不幸中の幸いか屋敷の屋根が衝撃をある程度は吸収してくれたのだろう。

墜落した割にはそこまでの怪我は無く、羽膳はどうにか立ち上がった。


どうやら屋敷の屋根を突き抜けてそのまま土間に落ちていたらしく、

踏み固められた冷たい土の感触がまだ頬に残っていた。


(右の翼に綺麗に突き刺さってるな。これでは暫く空は飛べんか……)


左手で右翼の付け根、矢の刺さる場所を押さえてみるが、

その手がべったりと血に濡れる。


(これは抜くと更に出血が酷くなる類の傷だな。

 格好がつかないが……一息付くまでこのままにしておくしかないか。

 しかし……これが鳥人族の天敵と言われた弓矢の威力……

 確かにこれはたまらないな)


痛みはある。撃ち落とされた事実に怒りも湧く。

だがそれよりも話に聞いていた弓矢の威力を体験出来た、

その驚きが勝り不思議と冷静なままだった。


辺りを見渡すとその屋敷は何かしらの商いをしていたように見えるが、

今は無人で戸も閉まっており薄暗く、その様子がはっきりとは分からない。


そして当然そこに界武の姿は無い。

……はぐれてしまった。衛蒼の命を受けて新坂まで来たはいいものの、

服従印を解除する手段を持つ界武とここではぐれてしまったのは痛い。


(早く見つけて合流しないと、そして厳容様の服従印を……)


そう気持ちが急いてしまうが、その前に羽膳を撃ち落とした犯人だ。


(逆徒の武器は槌と聞いている。

 となると……この矢は別の誰かの仕業か?)


……とにかく、この無人の家からは出るべきだろう。

そう考えて痛む右手を押さえつつ戸の前へと向かい、

そして足を使って引き戸を開ける。


「……何だこれは!?」


そういえば新坂は避難民でごった返していた筈だ。

それにしては嫌に静かだと思っていたのだが……。


確かに新坂の大通りには沢山の人がいる。

だがその誰しもが微動だにせず立ち尽くしていたり、

倒れたまま動かなかったりと、まさに奇怪な光景であった。

その景観だけでも奇怪な事この上ないが、

それに加えてその人々の誰もが一言だって言葉を発していない。


その光景に更に異常さを加味しているのがあちこちに貼られている麻布だ。

そこに描かれている紋様は小さいながらも旗に描かれていたものと同じもの。

それを見た瞬間に訪れる肺を圧し潰すかのような重圧感に

たまらず魔力の霧を展開する。


(これが……これが逆徒の拘束魔術か!)


体中を走る震え。それは拘束魔術の影響からではない。

その効果を心底恐ろしいと羽膳が感じてしまっているためだ。


「この影響下で戦うとなると……俺一人で逆徒を取り押さえられるのか……?」


思わずそう呟いて天を仰いでしまう。


この拘束魔術だけでもこの効果だ。

拘束魔術の恐ろしさもそうだが、逆徒の強さはそれだけではない。

……こうまでの準備は逆徒一人で出来るものではないのだ。


(つまりは……あの、子供達がいるのだ)


あの旗を掲げているのも、

この麻布をばら撒いたのも間違いなくその子供達の仕業だろう。

そして……この動かない人の中にも、

逆徒の武器である子供達が紛れ込んでいるのかもしれないのだ。

もしそれと気付かず近付いてしまった時には……

恐らく、羽膳の命は無い。


(……人の多い場所は避けた方がいいな)


子供達を警戒するのもそうだが、新坂の民を戦いに巻き込む訳にもいかない。

そして目の届く範囲には界武の姿が見えないのもある。

……恐らくはここから離れた何処かに落とされたのだ。


(であれば……こっちはこっちで守護屋敷に向かうべきか)


界武も落ちた後に無事ならば守護屋敷へと向かうだろう。

とすればそれが一番無難な手に思えた。


であれば路地に入ろうと体を引きずるように大通りを後にする。

大通りをまっすぐ行くのが守護屋敷への近道ではあるが、

この状況だと遠回りも止むを得ない。


そうして路地に入って少し歩いた羽膳に、どこからか声がかかる。


「……よお、大丈夫か羽膳?」


聞き覚えのある声。そして自分の名前を知っているとなれば……。


「こ、鋼牙……か?」


振り向けば路地の隅に狼人族の男がいた。

しばらく行方の知れなかった今回の事件の協力者であるその男が、

路地の一角に建てられた粗末な家の壁に背を預け

腕を組んで羽膳を待っていた。


「お前……今まで何処にいたんだ?」


この何処に敵がいるか知れない危険な場所で聞けた仲間の声。

それにほっとした羽膳は警戒もせずに近付こうとした。


(……いや、何かがおかしい!)


そもそもどうして鋼牙がここにいる。

それに……あの男、逆徒の拘束魔術の影響下にあるこの新坂で、

どうして涼しい顔をして立っていられるのだろうか。


「鋼牙、まさかお前……!」


その後の言葉を続ける事は出来なかった。

何故ならば瞬発力を強化して飛び込んできた鋼牙の飛び蹴りに

大きく吹き飛ばされたからだ。


「分かるか? まあ……そういう事だよ」


そう自嘲気味に笑いながら鋼牙が自分の後ろ首を指す。

蹴り飛ばされた羽膳からは見えはしないが、

そこにはまず間違いなく服従印が刻まれているのだ。

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