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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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百六十一話 鵺族

界武が斜面を駆け出してすぐ、試作品第七号と呼ばれた蜻蛉型の翼は

実に見事に風を捕らえて空へと舞いあがった。


だが、その翼が蜻蛉型をしていると知っているのは

界武を除くと多分羽膳だけだったろう。

なにせ、その巨大な翼は実際の蜻蛉の羽よりも透明で見えにくく、

ただ骨組みらしき部分が薄く光るだけの奇怪な見た目であったからだ。


地に足が届かなくなると途端に慌てだす界武であったが、

二度目ともなるとすぐに魔術の翼を消すような事はしなかった。


「うわっ……と、じゃ、じゃあこれで足を引っかけて……!」


界武はそう言って空中で不格好にジタバタともがいた後、

どうにか想定していたと思われる格好へと落ち着いた。


(翼にぶらさがったままだと身体が受ける空気抵抗が大きいから

 すぐ減速してしまうと……確かそう言っていたな)


空気抵抗という言葉も羽膳は界武から初めて聞いた。

空気というのはそこに何も無い訳ではなく確かに透明な気体が存在しており、

そうである以上はそれを押しのけて進む際には邪魔をされるという。


説明されるまでもなく、そういったものがあるという実感は持っていた。

別に空を飛んでいる際に限らず、地を走っている際にもそういった抵抗を

誰でも感じる事は出来るから、そこに限っては難しい話ではない。


(……だが、その存在を確信しているとなると話は別だ。

 更に空気抵抗と言語化し、それを緩和する手段を考え、

 その手段を実際に行える者となるとこの界武しかいないのではないか?)


界武は今、自分の身体を地面と水平になるよう固定させ、

そのまま空を滑るように麓へと飛んで行っている。

後から説明を聞いたが、あの蜻蛉の翼の腹の部分に出っ張りが作られており、

そこに足を引っかけて身体を固定する事でそのような体勢になれるという。


「凄い……凄い界武君! ほんっとうに飛んでる!」


その空飛ぶ界武を追って月陽という少女が斜面を駆け降りていく。

随分と機嫌を損ねてしまったと界武は呟いていたが、

あの楽しそうに駆ける様子を見る限りはそんな感じはしない。


それを軽く見届けてから羽膳は何も言わず地を飛び立ち界武を追う。

口に咥えるは両端が輪っかになっている長い縄だ。


(あの蜻蛉の頭にこれを引っかけろ、という事らしいが……)


そうは言われても界武が作ったこの巨大蜻蛉は半透明だ。

追いついたはいいがどこに引っ掛けていいものかどうかと羽膳は目を凝らす。


「えっと……待ってろ! 今見えるようにするから!」


自分の少し上を飛ぶ羽膳の困惑に気付いたか、界武はそう声をかけてくる。

すると忽ちの内に蜻蛉の頭らしき場所に、

薄銀色に輝く反り返った角のような突起が現れた。


(……器用だな)


原始魔術の一部分だけの色を変えられる……

その技術にそんな素直な感想を抱く。


そんな羽膳の方もその突起に器用に縄の輪っかを引っかけ、

もう片端の輪っかに右足首を通す。


「じゃあ加速するぞ……落ちるような事があっても助けてやれんからな」


そう言い残して先行し、大きく羽ばたいて速度を増していく。


「ちょ……待て! 急に加速すんのは……!」

「うるさい。時間が惜しいのだ」


縄を引く右足首に重さを感じはするが、

少年一人を引っ張っていると実感出来るほどのものではない。

つまりは、界武は自重の殆ど全てを自作の翼で支えきり

この空を飛んでいるという事なのだ。


「……全く、本当に何なんだコイツは」


一人静かにぼやき、当てつけとばかりに乱暴に加速する。

後方から届く罵声や不満の声は、

その速度が安定していく度に歓声へと変わっていった。







「おおっ……凄い! 雲があんなに近い!

 でもやっぱり高いな! 上はともかくあんまり下は見たくねぇなぁ!」


空へと飛び立ってから四半刻と経っていないが、

だとしても飛んでいる間ずっと飽きもせず

そう歓声を上げられるのもある意味感心する。


「うるさいぞ界武。引いているこっちの身にもなれ!」


本当にうるさかったという訳ではないが、

その声に思うところがあって羽膳はそう界武に声をかけた。


「そうは言うけどなぁ。

 お前も初めて飛んだ時はこんな風にならなかったか!?」


後ろからそんな声が聞こえてくる。

どうやら、会話に不自由しない程度にはこっちの声も届いているらしい。


「そんな昔の事などもう覚えてはいない! それよりもだ……

 あんな話を聞いてすぐだというのに、よくもそう楽しそうでいられるな!」


ここでいうあんな話とは石英が教えてくれた破滅の魔術の事だ。


石英の話が真であったのならば、逆徒の思考は既に妄執を通り越し、

狂気に至っていると思える。


(子や仲間の命を代償に敵の命を奪う!

 こんな馬鹿げた戦いを、誰が正気でこなせるものか……!)


おぞましい、あの話を聞いた時に最も強く感じた思いがそれだ。

羽膳の中で逆徒は討つべき卑劣な反逆者から

得体の知れぬ異形の化物へと変貌を遂げていたのだ。


そんなものと相対さねばならないという事実に

陰鬱としかけたところにこの歓声である。

羽膳としては界武のその切り替えの早さの秘訣を聞きたかったのだ。


「ああ……石英さんの話か。

 といってもなぁ……そりゃあ絶望の魔力の話は初耳で驚きもしたけど、

 鹿野戸さんがそういう人だっていうのは熟知してたからなぁ」


鹿野戸、というのは逆徒の名らしい。

この界武は何故か分からないがその反逆者であり異形の化物でもある

逆徒の事を、名に敬称を付けて、鹿野戸さんと呼ぶのだ。


「熟知……だと!?」


「そうだよ!

 言ったと思うけど俺はあの人と会って話をした事もあるから、

 どんな人かは知ってんだよ!」


つまりは、あの石英の話を聞いても羽膳ほどには

引きずらなかった秘訣というのは、

単に逆徒の為人を既に知っていたから、らしい。


そうなると、それはそれで次の疑問が生まれる。


「では聞くが……お前の目から見て逆徒とはどのような者だったのだ!?」


「それは……!」


そこまで言って界武は言い淀む。

この界武でも言語化に困るようなものがあるのかと変に感心しながらも

黙って返事を待っていると、拍子抜けな言葉が返って来た。


「……言いたくない」


「言いたくないとは何だ!?」


「だってなぁ……ちょっと、個人的に色々あってな、

 鹿野戸さんの事を他人に語るのは……なんか嫌だ」


重要な事なのに、なんか嫌だで片付けられてしまった。

当然、こんな返事に満足する羽膳ではない。


「お前の好き嫌いを聞いているんじゃないんだぞ!?

 大事な事なんだ! この反乱の首謀者で……」

「分かった、分かったよ! それじゃあ言うからちゃんと聞けよ!」


ようやくちゃんと語ってくれるらしい。

ならばと羽ばたきを抑え耳をそばだててみると……。


「人間みたいな顔に、獣人みたいな手足をしてて……

 それで、尻尾は蜥蜴みたいだった。背は高くて六尺は越えてる。

 体格はほっそりとしてて、でもそれなりに鍛えてある感じだった」


その為人が知りたかったのに界武はその外見を語りだした。


(余程、逆徒の事を語りたくないのか……)


話題を戻そうかとも思ったが、

逆徒の外見に関してはそれはそれで重要な情報だった。

だから羽膳は敢えて界武の話題逸らしに乗る。


「ちょっと待て、獣の手足に人間の顔、そして尻尾は蜥蜴だと!?」


「そ……そう、そうなんだよ! ちょっと他で見ない感じの魔族でな。

 知っているか羽膳、こんな外見の種族?」


「……聞いた事はあるが見た事はない。お前の言うように珍しい種族だ。

 楼京ですらその姿を目にする事は稀と聞いている。

 名を……鵺族と言ったか」


「ぬ……ぬえ?」


「そうだ! その種族特性も幕府に記録があった。

 確か……お前のするよく分からん説明のようにな、

 相手を煙に巻く事が出来るらしい」


「俺の説明って……そんなに分かりにくいか?」


どうやら界武の方も自分の言ってる事が

相手にちゃんと伝わってないのではないか、という疑念は持っていたらしい。


「言ってる事は分かってもどうしてそうなってるのかが分からんのだ!

 だからどうにも煙に巻かれるようにしか思えん!

 ……それはともかく、鵺族も似たような感じだ。

 とにかくその正体が悟られにくいと聞く。

 親しかった筈の友人ですらしばらく会わないと誰だか分からなくなった、

 といった証言が残されている」


逆徒の種族については何となく腑に落ちた……羽膳はそう思った。


(なるほど、鵺族か……。

 であればその為人がこうまで理解出来ないというのも道理なのかもしれん)


何故こうも理解し難い存在なのだとずっと思っていたが、

そもそも逆徒の種族自体が理解を拒む特性を持っていた訳だ。


(幕府にも殆ど記録が残っていないのは、その辺が理由なのかもしれないな)


結局為人は聞けなかったが、これはこれで報告すべき情報である。

そう思っていると眼下にほっそりと伸びる街道、

その先に馬車らしきものがあるのに気づいた。


「羽膳……! あっちだ! 進行方向の先に馬車みたいなのが見える!」


界武もその馬車に気付いたらしい。

話を中断してそう大声を上げてくる。


「分かっている!

 この時期にこの辺りを走る馬車となると誰が乗るかは予想は付く。

 まず間違いなく衛蒼様だ!」


「ああ……お前の上司の偉い人だろ!?」


「そうだ! 前に話した通りに衛蒼様に合流しようと思う。

 減速して高度を落とすぞ!」


「分かった……いや、ちょっと待ってくれ!」


「何だ!?」


「俺さぁ……ど、どうやって下りればいいと思う?」


後ろを振り向いてその表情を見れば、冗談を言っている風ではなかった。

どうやら、どうやって飛ぶかまではちゃんと考えていたらしいが、

どうやって降りるかについては全く考えていなかったらしい。


羽膳は何も言わずに足首に掛けてある縄を外した。


「ちょ……お前! どうする気なんだ!」


「落ち着け! 加速しなければそのうち落ちていく。

 後は適当な高さになったらしっかり速度を落としきればいいだけだ」


「いやだからさ! そうすぐ言われた通りに出来るもんでもないだろ!?

 責任を取れ!」


「何のだ!?」


「俺を! ちゃんと! 安全に! 降ろせ!」


「……悪いが、着地が一番難しいんだ。

 手練れの鳥人族でもここで気を抜くと稀に足を折ったりする」


「何故それを今言うんだ!?」


「俺もお前を気にする余裕はないって事だ。

 どうにかして降りろ」


そう言うと羽膳は一足先に減速し、界武をわざと先行させた。


「このっ……覚えてろよ、羽膳!」


その界武の捨て台詞が耳に心地良い。


(……随分とアイツに振り回されてきたんだ。

 このくらいの仕返しぐらいはさせてもらわないとな)


羽膳は界武の着地を後方から眺める事にした。

……当然、他の鳥人族ならともかく、

その一の戦士である羽膳にとっては着地など全く難しいものではなかった。

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